19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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2 ハウスメイド見習いの仕事

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家族用の小客間に行くと、同じハウスメイド見習いのエミリーが私に言った。
 
「おはよう、エマ。私は床を掃除するから、暖炉の火起こし頼むわよ」

エミリーは、ロンドン近郊の生まれ、
都市の労働者階級の娘だ。
 
都会育ちの彼女は、農村出の私とは違う雰囲気がある。
すすと湯気の中でも乱れないように、金色の髪をきっちりと後ろでまとめ、小さな白いキャップの内側に綺麗に収めている。

対して、私の髪は栗色で、柔らかく波打ち、メイドキャップの下で小さくまとめていても、耳元で細い毛先がこぼれてしまう。
 
私は「わかったわ」と了承し、灰だらけの暖炉の前に膝をついた。

「じゃあ、さきに暖炉の掃除をすぐに終わらせるわね」

本当なら、火ばさみで昨日の灰を掻き出す必要がある。
 
でも、それをするとすすが粉のように舞い、せっかく洗ったメイド服がすぐに真っ黒になってしまう。

19世紀イングランドの暖炉は、木材ではなく石炭を使うのが主流。
石炭の灰やすすはとても細かくて、静電気でまとわりつくから、少し動いただけで空気中に広がる。
メイドにとって暖炉の灰は “もっとも避けたい敵” のひとつなのだ。

私は暖炉の灰受け皿を軽く引き出し、昨日のすすに手のひらをかざした。

指先に宿る温かな魔力が灰の中に染み込み、しつこいすすが音もなく崩れ、床へとすとんと落ちていく。

「よし、暖炉の掃除は終わり!」

この異世界には魔法が存在するけれど、19世紀の英国は迷信深い階級も多く、『魔法を使うなど危険だ』と思われやすい。
 
魔法が使えることがバレたら、私はこの屋敷から追い出されてしまうかもしれない。
私はメイドとしてここで働いていたいのに。

「エミリー。暖炉掃除は終わったよ」

「えっ、もう? あいかわらず、早いわね。エマはいいなあ。灰が全然飛ばないじゃない」

「たまたまうまくいっただけよ」

私は笑って返しながら、鉄格子の上に小さな『焚きつけ(※紙)』と『石炭』をつむ。

こっそり魔法を使うと、魔力が石炭の細かな隙間へしみこんでいく。
黒い塊の石炭が、わずかに乾いたような軽い手触りに変わった。

火口箱の先にマッチを擦ると、ぱちり、と火がつき、焚きつけ用の紙に燃え移った炎は石炭の表面を赤く染めていった。

エミリーがおどろく。
 
「うそ、もう火がついたの? 料理番だって、火をつけるのは時間かかるのに」
 
「たまたま、ね。うまくいっただけ」

19世紀に一般的だったビットミナス炭は、表面が燃えつくまで時間がかかり、いきなり火がつかない素材だ。

エミリーは目を丸くしたけど、私はニッコリと笑ってごまかした。


台所に移動すると、巨大な大鍋が待ちかまえていた。
昨夜の肉料理の脂が鍋底で固まっている。
 
厨房の中心には、腕組みをした男性『ブランチ料理長』が立っている。
背の高い男性フレンチシェフで、声は太く、歩くだけで台所の空気が変わる。

「エマ! その鍋、みがいときな!」

このどなり声には慣れたものだ。
料理長の料理は、貴族の晩餐会で絶賛されるほど。
屋敷の誇りでもある。

「午前中に洗うのを終わらせなきゃ、昼飯が作れないよ!」

「は、はい! ミスター・ブランチ!」

私の目の前にあったのは、底が深いフレンチ式の銅鍋だった。
赤銅色の表面は油と煤で黒ずみ、内側は曇っている。

ブランチ料理長が最も大切にしている鍋。
銅鍋は油汚れがこびりつくとくもり、ピカピカに輝いていないと厨房全体が叱られる。
この時代、フランス料理を出す名料理長は、銅鍋のあつかいにきびしい。

私は桶に水をため、そっと片手を浸し、魔法を使った。
 
すると、水面が一瞬だけ静かに震え、油の層が薄い筋となって裂けていく。

誰も、見ていないよね……。

急いでブラシでこすり落とすと、みるみる鍋が光を取り戻していく。
ブランチ料理長が振り返り、驚いた顔で言った。

「おや、ずいぶん手際がいいじゃないか」

「えっと、今日は調子がよくて……」

私はぎこちなく笑った。
 
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