19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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12 翌日の朝

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そっと、レオンの部屋の扉を押し開ける。

カーテンがしめきられた部屋は、暖炉の火が落ちたままの冷気が残っていた。
薄い毛布の隙間から、レオンの小さな頭がのぞく。
昨夜より少しは眠れたのだろう。
胸の上下は静かで、寝息も落ち着いている。

私は音を立てないよう足を運び、銀盆にのせた温かい牛乳のカップを枕元の小さなサイドテーブルに置こうとした。

そのとき――
レオンが、弱々しく身体を起こした。

「……あの……おはよう……」

普段はほとんど声を発しない子が、頬を赤らめながら、か細い声で朝のあいさつをしてきたのだ。

私は一瞬だけ動きを止めた。

……なんて可愛らしいの!

勢いのまま抱きしめたい衝動が胸の奥を押したが、ぐっと抑える。
メイドが主人の子を抱きしめるなど、『情が深すぎる』と判断されかねない。

「おはようございます、レオン坊ちゃま。昨夜は、よくおやすみになれましたか?」

レオンは視線を落とし、毛布の端をそっと指で摘まんだ。

「……きのう……その……ありがとう……」

消え入りそうな声。
でも、しっかりと伝えようとしている。

胸の奥が、あたたかくなる。

「いいえ。レオン坊ちゃまが少しでも楽になられたなら、それで十分でございます」

私は毛布のしわを直し、レオンの肩口までそっと引き上げた。
この頃の貴族の子どもの寝具は、羽毛布団こそ贅沢品で、二男以下の子には薄いウール地のブランケットがあたえられるのが一般的だ。

「今朝は、お部屋を少し温めておきますね。窓は開けません。
こちらは温かい牛乳でございます。どうぞ召し上がってくださいませ」

レオンはうなずき、両手で慎重にカップを受け取った。
白い指が、陶器のふちをきゅっと握る。

牛乳は、領地内の酪農家の乳牛から搾ったものを、早朝に馬車で運んでもらったものだ。

この時代の英国農家では、生乳のあつかいはまだあやうく、殺菌概念は一般化していなかった。
それでも「煮立てると腹を壊しにくい」という経験的知識は広まりつつあり、貴族の子どもには“必ず一度煮ること”が常識だった。

さらに、子どもは胃腸が弱いと考えられていたため、牛乳は水か湯で半分に薄めるのがふつうだ。

レオンはカップを口元に運び、ひとくち飲んで、小さく息を吐いた。

「……あったかい……」

飲み終えると、安心したように私へカップを返し、かすかに笑った。

その笑顔を見て、私は心に決める。

――この子を、誰より大切にしよう。

両親はほとんどレオンに会いにこない。
だからこの子は、怒られるでもなく、ほめられるでもなく、存在しないかのようにあつかわれている。
19世紀の貴族社会ではめずらしくない、冷たい家族関係だ。

だからこそ、私はこの小さな背中を守りたいと思った。

立ち去ろうとしたそのとき――
レオンが布団を握ったまま、ためらうように私を呼んだ。

「……エマ。……また……きょうも……来てくれる?」

その声の弱さが、愛情に飢えている状況を伝えてくる。

私はそっと頭を下げた。

「もちろんでございます、レオン坊ちゃま。
本日も、必ず参ります」

けれど――
心の中に、ひとつ小さなトゲがささる。

この時代の階級社会では、幼いとはいえ貴族の息子をメイドがかわいがるのは本来タブーだ。
でもレオンはまだ幼く、情緒も不安定。
いまだけなら、大目に見られるだろう。

“甘やかしすぎるメイド”は主人の不興ふきょうを買うが、献身的に世話をするメイドは「良い家庭教師の下支え」として評価される。
線引きさえ誤らなければ、問題はない。

扉を静かに閉めると、廊下には朝の冷気が満ちていた。
それでも、私の胸の内は、かつてないほど温かかった。
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