19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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23 ラスボス化フラグの破壊

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夫人が、苛立いらだたしげに声をあげた。

「甘すぎますわ。あの子を甘やかすから、余計に――」

「甘やかしてなどおりません」

初めて、私は夫人の言葉をさえぎった。

その瞬間、書斎の空気がぴんと張りつめた。

「私は、甘やかしているのではありません。
ささえているだけです。
……あの子は、誰からも甘やかされたことなどないのです」

「…………」

レオンの父である侯爵は視線をそらし、くもった窓ガラスの向こう――きりのかかりはじめた庭へ目を向けた。

「……闇魔法を持つ子どものあつかいは、むずかしい。私も、どうすればいいのかわからないのだ。レオンは、今どうしている?」

「お部屋で休ませております。
泣き疲れて、ようやく……少し眠れました」

「泣いたのか……? レオンが?」

驚きの色が、侯爵の厳格な顔に走った。

この時代、英国の上流階級では、幼子の世話は乳母とナーサリー・メイドに任され、両親が泣き声を耳にすることは滅多になかった。
だから侯爵の驚きは、きわめて“上流貴族的”な反応だった。

侯爵は、私の方へゆっくり顔を向けた。

「……レオンのことは、おまえにまかせよう。ただし、あくまで使用人としてだ。
身分を忘れた真似をすれば――」

「承知しております、旦那さま。
必ず坊ちゃまのことは、メイドとしてお守りいたします」

私は裾を持ち上げ、規律どおりに深いカーテシーをした。
夫人はなおも不満げだが、当主の決定をくつがえすことはできなかった。

――ちょうどそのとき。

レオンのいる階層の方向から、ほのかな気配が走ったように感じた。
書斎の床に落ちる私の影が、かすかに揺れる。

……坊ちゃま、目を覚まされた?
だいじょうぶです。すぐ参ります。


私は書斎を出て、長い廊下を小走りで進んだ。

この屋敷は18世紀末の建築を継いでおり、廊下のガス灯は数が少ない。
夕暮れ時は特に暗く、階段の踊り場には薄闇がたまる。

レオンの部屋がある階層は、家族階より一段上に配置されており、親から少し距離がある。

階段を登るほど、空気にひんやりした静寂が増えた。

奥――レオンの部屋の前。
ドア下のすき間から、細い影がゆらいでいる。

私は使用人としての最低限の礼儀を守り、軽くノックした。

「坊ちゃま、エマです」

返事はない。
でも、分厚いオーク材のドア越しに、小さな息づかいが伝わってくる。

少しだけ取っ手を押して隙間を開き、室内に脅威がないことを確認してから、静かに入った。

本来、使用人が子ども部屋に勝手に入るのは慎重さを求められる。
けれど、乳母が不在の場合、ナーサリー・メイドや下働きが代わりに様子を見に行くのはよくあることだった。

部屋には暖炉の火が弱くゆれ、夕暮れの最後の光が窓辺に細長い金色の帯を落としている。
その中で――

ベッドに座り、レオンが膝を抱えていた。
彼の影だけが、不自然なほど濃く沈んでいる。

「……僕、また」

かすれた声だった。

「また、だれかを傷つけそうになった」

私はドアを閉め、礼節を守れる“ぎりぎりの距離”に立った。
19世紀では、子どものベッドに近づきすぎるのは、特に若いメイドにとって慎重さが求められた。

落ち着いた声で、私は彼に語りかける。

「傷つけてなどおりません。
坊ちゃまは、ご自分で止めようとなさいました。――皆をお守りになろうとしたのです」

レオンの肩が、わずかに揺れた。

ゆっくり顔を上げる。
大きな瞳の奥には、幼さと怯えと、かすかな希望が入り混じっている。

「……守ろうとしたって、どうしてエマにわかるの?」
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