19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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24 ハグのおねだり

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私は、ひかえめに微笑んだ。
主人の子に向けるには、ぎりぎり許される優しさだ。

「私は、いつも坊ちゃまを見ております。
あなたが怖がりながらも、だれにも危害を加えまいと必死なこと……気づいておりますよ」

レオンの頬が、ほんのり色づく。

「……これからも、ずっと見ててくれるの?」

「もちろんです。
坊ちゃまがお望みなら――私は、そばでお支えいたします」

私は手を伸ばし、直接触れずに、ベッドの端に落ちるレオンの影をそっとなぞる。
 
身分差の時代、子どもであっても直接抱きしめるのは通常は許されない。
だから、“影に触れる”という形で距離をたもつ。

影と影が重なった瞬間、二人のあいだにだけわかる魔力の波紋が静かに揺れた。

「坊ちゃまの闇は、人を傷つけるために存在するわけではありません。
それは守るためにある力でございます。どうか、その本質をお忘れになりませんよう」

レオンは、少しだけ強い表情でうなずいた。
まだ幼い横顔なのに、どこか未来を見つめる気配がある。

私は胸の奥で、ひそかに誓いを立てる。
――いつかこの子が、私の手の届かない場所へ歩いていくその日まで。
せめて今は、この力で彼の孤独と闇を守ろう。

足元の影がふわりと揺れ、二人だけの秘密をやさしく包みこんだ。

レオンの肩が小さく震えているのに気づいたのは、私が影に触れて魔力を静めた直後だった。

「……エマ」

私をよぶ声は、幼いのにどこか張りつめていて。
私は思わず、もう一歩だけ近づいた。

レオンはうつむいたまま、ぎゅっと布を握りしめている。

「こわいよ……ぼく、また誰かを傷つけるかもしれない」

私はそっと膝をつき、目線を合わせた。
この時代、メイドが主人の息子と同じ高さになるのは失礼とされるけれど――
怯えた子どもを見放すことのほうが、はるかに禁じられる。

「もう、大丈夫です。
坊ちゃまは、ご自分をきちんと止められたのですから」

レオンは唇をかみしめ、しばらく黙っていた。

そして、勇気をふりしぼるように震える声で言った。

「……エマ。あの……ちょっとだけ……」

「坊ちゃま。なにをご希望ですか?」

レオンの手が、そっと私の袖をつまむ。
子どもの手はあたたかくて、頼りなくて、それだけで胸がぎゅっと痛くなる。

「……ぎゅって……してほしい」

その瞬間、私は息をのんだ。
使用人が主人の子どもに抱きしめるなど、本来あってはならない。

でも――乳母は、今いない。
彼は恐怖と罪悪感に押しつぶされそうになっている。
そして私は、彼の魔力暴走を安全におさえられる存在だ。

必要なのは“甘やかし”ではなく、保護。

私は慎重に言葉を選んだ。

「……少しのあいだだけ。
“抱きしめる”のではなく――坊ちゃまを“お支えする”かたちでよろしければ」

レオンは、ほっとしたように頷いた。

私は彼のすぐ横に腰を下ろし、決して抱きしめすぎないよう腕の強さをひかえめにした。
それでもしっかりと包むように、そっと身体を寄せる。
 
レオンは、私の肩に額をあずけた。
 
「エマ……あったかい……」

「坊ちゃまを安心させるのが、私のつとめでございますから」

魔力のざわめきが静まるのを感じながら、私は思う。
これは、おびえる子を守るための必要な行為。

レオンの細い身体が落ち着きを取り戻していく。

「……もう少しだけ、いい?」
 
「はい。少しのあいだだけ」

私は彼をしっかり支えながら、決して越えてはならない一線を守ったまま、そっと彼の闇と孤独を抱きとめた。
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