19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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25 バタースコッチ

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ある日の午後。

レオンは机の近くに立ち、ふと窓の外へ視線を向ける。
屋敷のそばの通りでは、子供がひとり、小さな紙包みを両手で持っていた。
お菓子を口に運んでいる。

やわらかそうで、噛むたびに指にくっつくような、茶色いバタースコッチ。
19世紀イギリスで一般的だった砂糖菓子だ。

砂糖・糖蜜・バターを煮詰めて固めたもの。
 
飴ほど硬くなく、噛んで食べるタイプ。
子供向けだけど、庶民のささやかな楽しみとして広く知られていた。
 
子供はそれを大事そうに味わい、時折、嬉しそうに目を細めていた。
 
レオンは、その様子を目で追っていた。

「……エマ」
 
「はい。なんでしょう、レオン様」
 
私はレオンの背後に立ち、衣服用のブラシを手にしていた。
木の柄はすり減り、馬毛の先は柔らかくなっている。
長く使われてきた道具だ。
 
レオンの服の肩口に、ブラシを当てる。
ぱさり、と乾いた音。
布についたホコリが、光の中に舞った。
 
外で遊ぶことはゆるされなくても、子供の服にはいつも細かな汚れがつく。
暖炉のすす、廊下のホコリなど。
人の行きかう屋敷には、さまざまな汚れの原因がある。
 
力を入れすぎないように気をつけて、布目に沿って一定の方向にブラシをすべらせる。
袖口や襟元は、とくに念入りに。
 
レオンは最初こそ恥ずかしそうに身をすくめていたが、しばらくすると、されるがままになった。
 
ブラシが背中を通るたび、くすぐったそうに肩が揺れる。
こんなふうに、だれかに世話をされたことがないから、レオンは照れている様子だった。
 
衣服のブラッシングは、メイドの重要な日常業務だ。
19世紀ロンドンでは、衣類を頻繁に洗えないため、汚れは『洗う』よりも『落とす』。
衣服用ブラシでホコリやすすを払い、布を長持ちさせたのだ。
 
仕上げに、手のひらで布を軽く押さえた。
シワがのび、色が少しだけ明るく見える。
 
レオンは自分の服を見下ろし、それから、そっと私を見上げた。
 
「その、ありがとう、エマ」
 
「いえ」
 
私はブラシを布で拭き、元の場所へ戻す。

使用人が仕事中に主人と私的な会話を続けるのは好ましくない。
だから、手を止めない。
 
レオンはもう一度、窓の外を見る。
 
「ねえ。あの子……なにを食べてるの?」

「バタースコッチです。砂糖とバターと糖蜜を煮詰めたお菓子ですよ。
街の露店で、銅貨一枚で買えるものです」
 
「……甘いんだろうな」
 
「ええ。とても。砂糖が使われてますからね」

19世紀イギリスでは、砂糖はすでに一般的に流通している食材だった。
 
カリブ海などのサトウキビ由来の砂糖が大量に輸入されるようになっていたのだ。
それでも、砂糖は日常的にたっぷり使うものではなく、お菓子や保存食、紅茶用など用途は限られている。
 
しばらくして、レオンは窓から離れた。
何も言わなかったけど、お菓子の甘さを知りたがっていたように見える。
彼は部屋にとじこめられがちで、甘いお菓子の味を知らずに育ったのだ。
 

 
昼の用事を終え、私はロンドンの通りを急ぎ足で歩いていた。
 
19世紀ロンドンの街角には、菓子専門店だけでなく、小規模な甘味屋が多く存在している。
銅貨一枚で買える甘味は、子供にとって特別なご褒美だ。
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