19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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26 お菓子のあまさ

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馬車の音と人声が混じる往来おうらいはしで、甘い匂いがふと鼻をかすめる。

通りの角に、小さな菓子屋があった。
ガラス越しに見えるのは、茶色や琥珀色の塊――砂糖菓子だ。
 
私は足を止め、周囲を一度だけ確かめてから扉を押す。
鈴が、かすかに鳴った。
店の中は狭く、甘い匂いがこもっている。
木の棚には、紙に包まれた菓子が無造作に並び、カウンターの奥には銅鍋と量りが置かれていた。

バタースコッチ以外にも、安価で日持ちする甘味がたくさん売られている。
どれも、19世紀のイングランドでは、よく見かけるお菓子だ。

砂糖とミントの『ペパーミント・ドロップ』、木の実や種を砂糖でおおった『シュガー・プラム』、砂糖を煮詰めて固めた『ボイルド・スイーツ(硬い飴)』。

上流向けの華やかな菓子ではなく、街の人と子供のための実用品。

「いらっしゃい」
 
店主の女主人は手を止めず、短くそう言う。
 
砂糖・糖蜜・バターを煮詰めている最中のようで、銅鍋の中身を木べらで混ぜていた。
火から目を離せないようで、顔だけをこちらに向けている。

菓子屋の主人は、貴婦人でも下働きでもない。
働く女性のなかでは、中間的な立場だ。
彼女がつけている白いエプロンには、砂糖や糖蜜が跳ねたのか、少し黄ばみや染みがある。
 
私は銅貨を一枚だけ取り出して、そっとカウンターに置く。
 
「……バタースコッチを、少し」

雇い主である主人の金を使うことはできないから、自分のお金で支払った。
メイドの賃金は低いので、自由に使えるお金はごくわずかだ。
 
店主の女主人はうなずき、鍋のそばから茶色い塊を取り出した。
小さな刃で割り、紙の上で量る。
砂糖が冷えて固まった断面が、鈍く光った。

「これでいいかい」
 
「はい」
 
包み紙でくるまれたそれは、指で触れると、ほんのり温もりを残している。

私はそれを受け取り、すぐにエプロンの内側へしまった。
甘い匂いが、かすかに立ちのぼる。


屋敷に戻ると、私は洗濯物を運ぶふりをして、裏階段へ向かった。
あの子がいる小部屋の扉を、そっと叩く。
 
部屋に入ると、お菓子の包みをレオンにさしだした。
 
「……レオン様。これ、どうぞ」
 
「僕に?」
 
レオンは一瞬きょとんとしてから、両手でそれを受け取った。
 
紙を開き、中身を確認する。
 
中からでてきた琥珀色のかたまり……バタースコッチを見て、レオンは一瞬、それが何なのかが分からないといった様子で眺めた。
視線は紙から私へ移り、また戻る。
 
「これは……?」
 
「街で買ったバタースコッチです。今ならまだ溶けていませんから」

私が説明すると、レオンはしばらくバタースコッチを見つめたまま動かなかった。
 
それから、恐る恐る一欠片を口に入れる。
噛んだ瞬間、表情が変わった。
甘さに驚いたようで、眉がわずかに上がり、どうしたらいいのか分からないという顔になる。

「……甘いね」
 
もう一口。
今度は、少しだけ噛みしめるように。
 
「……おいしい」
 
その言葉に、私は口元をゆるめた。
 
レオンは包みを両手で抱えるように持ち、大事そうに見下ろしている。
『ミスト・テイル』のラスボスであるレオンがうかべたことがないような、無邪気でうれしそうな笑顔。
それを見ていると、『レオンがラスボスになる未来』が遠のいていくように感じられた。

「……ありがとう、エマ。うれしい」
 
その感謝の言葉を聞いた私は、思わずかがみこんでいた。
 
レオンの頭を、そっとなでる。

「よかったですね」
 
レオンは、頬を赤らめながらうなずいた。
そして、また一口かじる。
その口元が、うれしそうにほころんでいた。
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