19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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27 魔法を学ぶ授業

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レオンが11歳になったころ。
 
屋敷の中庭の木々は夏の濃い葉を揺らし、陽射しが地面の石畳いしだたみに深い影をつくっていた。

その穏やかな午後――
私は、部屋の小さな机に向かうレオンの前に、1冊の革張りのノートを置いた。
 
「今日から、このノートをお使いくださいませ」
 
これは練習帳といって、家庭教師が使わせる学習用のノートだ。
 
19世紀のノートは、現代の大学ノートとはまったく別物で、紙は綿・亜麻繊維のラグ・ペーパー。
丈夫で少し黄みがかっている、厚い高級紙だ。
 
11歳の男子は、本来スクールルーム(※屋敷の家庭教師がいる階層)に移る時期だ。
 
でもレオンは、両親から『問題児』『出来損ない』あつかいされているため、わざと教育をあたえられず、この部屋に閉じ込められている。
 
家庭教師は非常に高価で、本来は長男に投資されるべき存在のため、次男のレオンには家庭教師すらついていない。

侯爵と夫人は、レオンを社交界に出す気がないらしい。
そう理解した私は、家庭教師のかわりにレオンにいろいろ学ばせることにした。

ノートを見たレオンは、ぱちりとまたたきをする。

「……魔法の勉強用?」

「はい。“正式な勉強”は成人してからでないと許されません。
ですからこれは……坊ちゃまだけの“魔法のあつかい方の練習用”です」

知識を持たない人間は、選択肢を持てない。
選択肢を持てない人間は、やがて「力」だけにすがる。

教育をあたえられなかったレオンが、世界に居場所を見つけられず、剣や暴力や極端な思想に居場所を求める未来を私は前世で何度も見てきた。

だから。
……せめて、魔法を学ぶことだけでも。

レオンに魔法の勉強をさせることは、出世のためじゃない。
偉くなるためでも、家を継ぐためでもない。
彼を、悪役にしないため。
世界が冷たくても、理不尽でも、「考える余地」があれば、人は踏みとどまれる。

メイドが主人の子に勉強を教えることは、本来あり得ないこと。
でも“危険な暴走をおさえるための処置”なら、家庭内の秘密として成り立つはずだ。

レオンの顔がぱっと明るくなる。

「エマと……僕だけの?」

「ええ。屋敷のかたに知られないよう、静かに進めましょうね」

「うん」

ノートを抱きしめるレオンの姿は、まだ幼い。
その純粋さに、私は胸の奥が少し痛んだ。

この子の世界は、あまりにも限られている。
私ばかりを頼ってはいけないのに。

だけど、迷いを振り払うように私はノートをひらいた。

「ではまず、“魔力の性質”について……」

指先で床に落ちる影をそっとなぞりながら説明する。

「坊ちゃまの闇魔法は、感情と強く結びついております。怒りや恐怖が強いほど、影が広がるのです」

レオンは真剣に聞き入った。

「……じゃあ、どうやって止めればいいの?」

「ひとつは、感情そのものを鎮めること。
もうひとつは――“影の逃げ道”を用意することです」

私は自分の影を動かし、そっとレオンの影の上に重ねる。

影がふれる瞬間、レオンの呼吸が変わった。

「……あったかい」

「坊ちゃまの影を、ひとまず私の影にあずけているのです。
こうすれば、暴走の兆しを抑えることができます」

レオンはじっと見つめたまま動かない。

「エマ……僕、こういうの……好き」

「こういうの?」

レオンはうつむいて、ほんの小さな声で言った。

「エマに……触れられるの。影でも……好き」

実際には肌は触れていない。
だが、影を通じた魔力の感触は、レオンにとって“触れられた”のと等しい。

彼の指が、私のスカートの裾をそっとつまむ。

「……エマは、いやじゃないよね?」

私は、慎重に言葉を選んだ。
この時代、使用人が主人の息子の情緒に深く関わるのは、境界を越える危険がある。
だからこそ、その距離を守ったまま答える。

「……いやではありません。
ただし――これは魔力の練習でございます。
坊ちゃまを守るための方法です」

それでもレオンは、私の影に自分の影を重ねたまま動かなかった。

その姿は、ひどく孤独で、ひどく純粋で――
私の胸は、しめつけられるように痛んだ。

この子にとって、私は“唯一”になってしまう。
それはいけない。
けれど、離れることもできない。

夏の光が窓から差し込み、二人の影は、ゆっくりとひとつに溶けていった。
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