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28 レオン12~14歳
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レオンが12歳になるころ。
闇魔法のあつかいは、目に見えて安定してきた。
読み書きも、家庭教師をつけてもらえない代わりに、私が『英語の読書と筆記』、それから『貴族教育』で必須とされる初歩のラテン語と、簡単なフランス語会話を教えた。
レオンは、驚くほど吸収が早かった。
文字の読み書きも、簡単な魔法理論も、いちど説明すれば二度は聞かない。
本に書かれた知識を覚えるだけでなく、そこから自分なりの結論を引き出すのが早い。
それは教育を受ける機会の少ない次男としては、異例と言っていいほどだった。
けれど――
その鋭さは、学問だけにとどまらなかった。
屋敷で働くメイドたちの雑談から、恋愛に関する知識などを情報として収集していった。
最近では、はっきりと変化が見えるようになった。
私が異性の使用人と言葉を交わすたび、レオンは廊下の端で立ち止まる。
ただ、動きを止め、こちらを見ている。
怒っているようでも、泣きそうでもない。
それなのに、空気だけが張りつめる。
――嫉妬。
そう名づけてしまえば簡単だ。
けれど、彼のそれはラスボスのように冷たい。
◇
屋敷の長い廊下は、夕刻になると急に騒がしくなる。
夕食前は一日のうちでもっとも忙しい時間帯で、下男は銀器やワインの運搬に走り、女中たちは食堂と厨房を何度も往復する。
人の流れが絶えず、足音と衣擦れが反響するその端で、彼だけが動かない。
視線だけが、私を追っていた。
厨房で皿洗いを手伝っているときも同じだった。
大きな流し台には、夕食の下準備で使われた皿や鉢が積まれている。
脂の浮いたぬるま湯に木灰を溶かし、粗い布で一枚ずつこすり落とす。
本来はキッチンメイドやスカラリー・メイド(下働きの少女)の役目だが、客が多い日や行事の前には、私のような中流メイドも応援に回る。
「今日は皿が多いね」
水差しを運んできた下男が、私にそう声をかけた。
彼は袖をまくり、額に汗をにじませている。
私は、うなずいた。
「ええ。侯爵様のお客様が増えましたから」
ありふれた、仕事上の短いやり取り。
使用人同士の、ごく当たり前の会話だ。
けれど、そのときだった。
視線を感じてふと顔を上げると、厨房の出入口の陰に、レオンが立っていた。
半開きの扉の向こう、光の届かない位置。
少年の影が、壁に細く伸びている。
その影が、不機嫌そうに揺れていた。
「……坊ちゃま?」
私は布をしぼる手を止め、声をかけた。
「どうして、そんなところに?」
レオンは一瞬だけ視線をそらし、小さく肩をすくめる。
「……エマが、いなくなるんじゃないかと思って」
胸がつまった。
19世紀の屋敷では、使用人は一年契約で入れ替わりが激しい。
“昨日いた人が、今日には荷物をまとめていなくなる”――そんなことは子どもには当たり前の出来事で、レオンも幼いころから何度も味わってきたのだ。
私は布巾をおき、レオンの目線に合わせる。
「私は仕事をしているだけです。
坊ちゃまがお望みなら、ずっとそばにおりますよ」
レオンはほっとしたように笑った。
その笑みの奥に、幼い不安がしがみついているのがわかった。
「……約束だよ」
◇
13歳になると、レオンの態度は少しずつ変わった。
私が部屋に入ると視線をそらしたり、となりに座ると頬を赤くしたり。
本来なら、この年齢でスクールルーム(※家庭教師と学ぶ専用階)へ移る。
しかし、レオンは“落ちこぼれ”とみなされ、家庭教師をつけてもらえないまま成長してしまった。
感情の揺れがそのまま影ににじみ、隠しきれない。
ある夜、闇魔法の訓練中に、レオンはぽつりと言った。
「エマは、僕のこと……嫌いじゃないよね?」
「もちろん嫌いではありません」
「じゃあ――僕だけのエマとして、そばにずっといてくれる?」
私は言葉を失った。
13歳の少年には不釣り合いなほど強い独占欲。
その目には、ラスボスのレオンの面影があるようにも見えた。
でもそれは、愛情を知らずに育った子どもが“どうやって人を大事にすればいいか”を手探りしているだけなのだとわかった。
「坊ちゃま……私は、坊ちゃまの成長をお守りするだけです」
レオンは黙りこむ。
影がしゅんと縮んだ。
「守られるだけじゃ、いやなんだ。
エマを、守れるようになりたい」
その声音の幼さと決意が混ざり合い、私は胸がひどく締めつけられた。
◇
レオンが14歳になったころの夏。
レオンは庭で足を滑らせ、地面に手をついた。
その瞬間――影が反射的に彼を包み込んだ。
魔力の成熟のあかしだった。
私は駆け寄り、手をさしのべる。
「坊ちゃま、今のはすごいです。影が、あなたを守ろうとしたのですよ」
レオンは照れくさそうに顔をそむける。
「エマが教えてくれたからだ。
エマのためなら、僕は……もっと強くなれる」
その瞳には、もはや“幼い坊ちゃま”ではなく、誰かを想いはじめた少年の光が宿っていた。
私は怖くなった。
このままでは、いつか私はレオンにとって“唯一の存在”になってしまう。
使用人として、それは決して許されない。
闇魔法のあつかいは、目に見えて安定してきた。
読み書きも、家庭教師をつけてもらえない代わりに、私が『英語の読書と筆記』、それから『貴族教育』で必須とされる初歩のラテン語と、簡単なフランス語会話を教えた。
レオンは、驚くほど吸収が早かった。
文字の読み書きも、簡単な魔法理論も、いちど説明すれば二度は聞かない。
本に書かれた知識を覚えるだけでなく、そこから自分なりの結論を引き出すのが早い。
それは教育を受ける機会の少ない次男としては、異例と言っていいほどだった。
けれど――
その鋭さは、学問だけにとどまらなかった。
屋敷で働くメイドたちの雑談から、恋愛に関する知識などを情報として収集していった。
最近では、はっきりと変化が見えるようになった。
私が異性の使用人と言葉を交わすたび、レオンは廊下の端で立ち止まる。
ただ、動きを止め、こちらを見ている。
怒っているようでも、泣きそうでもない。
それなのに、空気だけが張りつめる。
――嫉妬。
そう名づけてしまえば簡単だ。
けれど、彼のそれはラスボスのように冷たい。
◇
屋敷の長い廊下は、夕刻になると急に騒がしくなる。
夕食前は一日のうちでもっとも忙しい時間帯で、下男は銀器やワインの運搬に走り、女中たちは食堂と厨房を何度も往復する。
人の流れが絶えず、足音と衣擦れが反響するその端で、彼だけが動かない。
視線だけが、私を追っていた。
厨房で皿洗いを手伝っているときも同じだった。
大きな流し台には、夕食の下準備で使われた皿や鉢が積まれている。
脂の浮いたぬるま湯に木灰を溶かし、粗い布で一枚ずつこすり落とす。
本来はキッチンメイドやスカラリー・メイド(下働きの少女)の役目だが、客が多い日や行事の前には、私のような中流メイドも応援に回る。
「今日は皿が多いね」
水差しを運んできた下男が、私にそう声をかけた。
彼は袖をまくり、額に汗をにじませている。
私は、うなずいた。
「ええ。侯爵様のお客様が増えましたから」
ありふれた、仕事上の短いやり取り。
使用人同士の、ごく当たり前の会話だ。
けれど、そのときだった。
視線を感じてふと顔を上げると、厨房の出入口の陰に、レオンが立っていた。
半開きの扉の向こう、光の届かない位置。
少年の影が、壁に細く伸びている。
その影が、不機嫌そうに揺れていた。
「……坊ちゃま?」
私は布をしぼる手を止め、声をかけた。
「どうして、そんなところに?」
レオンは一瞬だけ視線をそらし、小さく肩をすくめる。
「……エマが、いなくなるんじゃないかと思って」
胸がつまった。
19世紀の屋敷では、使用人は一年契約で入れ替わりが激しい。
“昨日いた人が、今日には荷物をまとめていなくなる”――そんなことは子どもには当たり前の出来事で、レオンも幼いころから何度も味わってきたのだ。
私は布巾をおき、レオンの目線に合わせる。
「私は仕事をしているだけです。
坊ちゃまがお望みなら、ずっとそばにおりますよ」
レオンはほっとしたように笑った。
その笑みの奥に、幼い不安がしがみついているのがわかった。
「……約束だよ」
◇
13歳になると、レオンの態度は少しずつ変わった。
私が部屋に入ると視線をそらしたり、となりに座ると頬を赤くしたり。
本来なら、この年齢でスクールルーム(※家庭教師と学ぶ専用階)へ移る。
しかし、レオンは“落ちこぼれ”とみなされ、家庭教師をつけてもらえないまま成長してしまった。
感情の揺れがそのまま影ににじみ、隠しきれない。
ある夜、闇魔法の訓練中に、レオンはぽつりと言った。
「エマは、僕のこと……嫌いじゃないよね?」
「もちろん嫌いではありません」
「じゃあ――僕だけのエマとして、そばにずっといてくれる?」
私は言葉を失った。
13歳の少年には不釣り合いなほど強い独占欲。
その目には、ラスボスのレオンの面影があるようにも見えた。
でもそれは、愛情を知らずに育った子どもが“どうやって人を大事にすればいいか”を手探りしているだけなのだとわかった。
「坊ちゃま……私は、坊ちゃまの成長をお守りするだけです」
レオンは黙りこむ。
影がしゅんと縮んだ。
「守られるだけじゃ、いやなんだ。
エマを、守れるようになりたい」
その声音の幼さと決意が混ざり合い、私は胸がひどく締めつけられた。
◇
レオンが14歳になったころの夏。
レオンは庭で足を滑らせ、地面に手をついた。
その瞬間――影が反射的に彼を包み込んだ。
魔力の成熟のあかしだった。
私は駆け寄り、手をさしのべる。
「坊ちゃま、今のはすごいです。影が、あなたを守ろうとしたのですよ」
レオンは照れくさそうに顔をそむける。
「エマが教えてくれたからだ。
エマのためなら、僕は……もっと強くなれる」
その瞳には、もはや“幼い坊ちゃま”ではなく、誰かを想いはじめた少年の光が宿っていた。
私は怖くなった。
このままでは、いつか私はレオンにとって“唯一の存在”になってしまう。
使用人として、それは決して許されない。
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