19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

文字の大きさ
34 / 40

34 ロンドンの街

しおりを挟む
そうして、私とレオンは屋敷を出て、ロンドンの街を歩いた。
街はにぎやかで、馬車の車輪の音、露店商の声、石畳を打つ靴音がひびいている。
 
私たち二人は並んで歩いていたけれど、肩は触れない距離を保っていた。

レオンは橋の上で足を止めた。

「川が、思っていたより黒い」

テムズ川は、工場排水と生活汚水でにごっている。
 
イングランド南部を流れているのが、このテムズ川だ。
ロンドン市内を東西につらぬき、最終的に北海へそそぐ。

ロンドンは、テムズ川の河口に発達した港湾都市だ。
つまりロンドンは、この川がなければ存在しなかった。
 
川沿いに倉庫や工場、造船所が密集しているテムズ川を眺めながら、私はうなずいた。

「たしかに、きれいじゃないですね。でも、これが今のロンドンなんですよ」

「建物の壁も、黒っぽいんだね」

「この街のエネルギー源は、ほぼ石炭ですから、そのせいなんですよ」

家庭の暖炉、工場の蒸気機関、パン屋、鉄道などで毎日・同時に石炭を燃やしている。
当時の石炭は不純物が多く、燃焼効率が悪いから、黒いすすを大量に出していた。
煙突えんとつから出たすすの影響で、建物の壁は黒ずみ、空気には「焦げ・油・金属」っぽいにおいが常にただよっている。

レオンとの会話は、淡々としたものだった。
甘い言葉も、触れ合いもない。

それでも、私の胸は落ち着かなかった。

こうして二人でいるだけで、十分すぎるほど危ない。
それなのに、レオンは満足そうだった。


ロンドンのウエストエンドは、19世紀に、商店や書店、パン屋、菓子屋・ティールームなどが密集し、中産階級以上の女性が外出できる地域だった。

書店の前で、レオンは足を止めた。

ガラス張りの窓の内側には、革装丁の本が几帳面に並べられている。
背表紙は深い茶や緑で、金の箔押しが鈍く光っていた。

「……全部、本なのか」

レオンが、ほとんど息をひそめるように言った。

新刊はわずかで、多くは詩集や説教集、航海記や歴史書だ。
この時代、本は現代のように大量生産できなかった。

19世紀前半~中頃でも、印刷は活版印刷が使われていて、紙は高価。

製本は手作業が多いため、新刊は大量に出回らなず、書店は売れ残りリスクの高い新刊を少しだけ置くだけだった。

かわりに、長く売れる定番本が並べられていた。
値札は小さく、手書きで添えられている。

レオンは、本をまじまじと眺めた。
 
「航海記の本が多いんだね」
 
「はい。ロンドンは、大英帝国の中心の港湾都市なので、海軍と商船の拠点なんです。
だから、航海記は事実に基づく人気ジャルになってます」
 
私がそう答えると、彼はもう一度、本屋の窓の奥を見つめた。
店の中からは、紙と革、わずかにインクのにおいがただよってくる。


パン屋の前に差しかかると、レオンが足を止めた。
暖かい空気とともに、小麦と酵母の匂いが通りへ流れ出してくる。

店先の棚には、丸く焼かれたローフが麻布の上に並び、表面にはこんがりとした割れ目が入っている。
 
ローフは、パンをひと塊に焼いたものを指す言葉だ。
中世ヨーロッパだと、パンは基本的にローフ単位で売買されていた。
 
1ローフ買って、家でナイフで切り分けるのだ。
丸いローフ、楕円、細長いローフなど、形は地域差ある。
 
現代みたいな、甘い菓子パンではない。
毎日の食卓に出る、重くて実直なパンだ。

パン屋の中からは、木べらで生地をあつかう音と、かまどの薪がパチパチとはぜる小さな音が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(自称)我儘令嬢の奮闘、後、それは誤算です!

みん
恋愛
双子の姉として生まれたエヴィ。双子の妹のリンディは稀な光の魔力を持って生まれた為、体が病弱だった。両親からは愛されているとは思うものの、両親の関心はいつも妹に向いていた。 妹は、病弱だから─と思う日々が、5歳のとある日から日常が変わっていく事になる。 今迄関わる事のなかった異母姉。 「私が、お姉様を幸せにするわ!」 その思いで、エヴィが斜め上?な我儘令嬢として奮闘しているうちに、思惑とは違う流れに─そんなお話です。 最初の方はシリアスで、恋愛は後程になります。 ❋主人公以外の他視点の話もあります。 ❋独自の設定や、相変わらずのゆるふわ設定なので、ゆるーく読んでいただけると嬉しいです。ゆるーく読んで下さい(笑)。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

聖女だと呼び出しておいて無能ですか?〜捨てられた私は魔王様に溺愛される〜

みおな
恋愛
 学校帰りにいきなり眩い光に包まれて連れて来られたのは異世界でした。  王子はこんなちんちくりんは聖女ではないと言い放ち、私を王宮から追い出しました。  元の世界に帰る方法は、魔王の持つ帰還の指輪が必要と言われ、途方にくれた私の前に現れたのは、美形の魔王でした。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

処理中です...