18世紀末ヴェルサイユに似た乙女ゲーム世界に転生した悪役令嬢は、断罪を回避したい

ねこまんまる

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2 宮廷ではウワサばかり

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「では、つぎは着替えましょう、セシル様」

部屋つきの侍女が、銀盆に整えられたレースとリボンを確かめながら言った。

私は鏡の前の椅子からそっと立ちあがる。
すでに髪は高く結い上げられ、白粉がふわりと乗せられ、羽と造花で華やかに飾られている。
 
宮廷では、まず髪が最優先。
仕上がるのに何時間もかかるからだ。

侍女は私のシュミーズ(※薄い肌着)を整えると、つぎに淡い桃色のステイ(※のちの、コルセット)を用意する。

「では、締めますわ。少し息をお控えくださいませ」

背中で紐が滑り、ぎゅ、と結び目が引かれた瞬間、胸が上へと持ち上がり、胴がまっすぐに矯正される。

18世紀の美は、こうして息苦しさと引き換えに作られる。

侍女は私の体の動きを見ながら、くじらひげがぬいこまれたステイを、段階的に締め上げていく。

「これくらいが宮廷では理想でございます。セシル様の体は本当にお美しいラインですわ」

鏡を見ると、胴はなめらかに伸び、くびれではなく“貴婦人特有のまっすぐな円柱”の形へと整えられていた。
コルセットは時代により形がちがい、この時代のものは、“ウエストを細くするため”というより円柱のようなシルエットを作るのが目的だ。

――これで一日中過ごすなんて。

心の中で小さくつぶやきながら、私は表情だけは優雅にととのえる。
悪役令嬢のセシルなら、この苦しさを抱えてなお、完璧に微笑んでみせるはずだから。

次に侍女は、パニエ(※スカートを“左右に大きく広げるための骨組み)を私の腰に固定する。

「失礼いたしますわ」

三人の侍女が、私にドレスを着せていく。
見ただけで『高位の令嬢』だとわかる、贅沢なドレス、ローブ・ア・ラ・フランセーズ。

絹の光沢が肌に触れるたび、私は“宮廷のきびしいルール”をまとっていくような気さえする。

ここにいる侍女たちとは昔からのつきあいだけど、友人のような雑談をかわすことはない。
貴族の世界というのは監視の目がきびしく、侍女は令嬢と楽しげな雑談をしただけで評価が下がり、夜番や雑務にまわされることもある。

ドレスを着せられながら、私は思う。

……それにしても、よりによってなんで悪役令嬢に転生したの?

ゲーム内のセシルは、傲慢ごうまん・わがまま・嫌がらせのかたまり。
最終的に“断罪イベント”で、すべての貴族から糾弾され、婚約破棄され、修道院送りになるのだ。

それが私の固定ルート。
救いなしのバッドエンド。

冗談じゃないわ。
史実の18世紀宮廷で修道院送りなんて、実質“人生終了”。

18世紀フランス宮廷の令嬢にとって、処刑よりも修道院送りの方が、ずっとおそろしい。
 
この時代の修道院は、現代の修道院とはまったく別物なのだ。
 
現代では、外出できる修道院も多く、活動はボランティアや教育など多様。

でもこの時代は、令嬢を閉じ込める収容所みたいなものだ。
家族の許可なしには外出すらできないし、つねに監視されて、料理や洗濯などの家事もさせてもらえない。
 
転生直後の私は、自分が悪役令嬢のセシルになっていると気がついたとき、震えが止まらなかった。

でも、泣くひまはない。
 
絶対に、私は断罪されないわ。
そう誓って今日まで生きてきた。

なのにどうして、ゲーム通りに“フラグ”が勝手に立っていくのかしら……。

ゲームの中の悪評が現実でも反映されているのか、宮廷中で『私=暴君』というウワサが勝手に一人歩きしている。

すこし開いてあるドアの向こうでは、白い宮廷服に身を包んだ従者たちが、銀器を運ぶために細い通路を行きかっている。

そのあいまに、ひそひそとウワサ話をしていた。

「……セシル様、昨日は伯爵令嬢に“暴力”をふるわれたそうよ」

「しっ……声が大きいわ。侍従長に聞かれたらクビになるわよ」

ヴェルサイユでは、ウワサは呼吸のように自然に生まれ、やがて誰かの名誉を持ち上げ、誰かの人生を叩き落とす。

とくに――
私のように、“高位で、敵の多い令嬢”に関するウワサは、自律して歩いて宮殿中を駆け巡る。

――立ち向かわなければ。ウワサは自然に消えはしない。

裾を整えた侍女が「ご準備できました」と頭を下げる。

私は静かに立ちあがり、覚悟を胸に、部屋を出た。
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