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42 王太子ルートは拒否
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その静寂を破るように、庭園の向こうから砂利を踏む音が近づいてきた。
「殿下。お時間でございます」
振り返ると、近衛士官アランが立っていた。
冬の薄光を受けた濃紺の軍服は、肩の金糸刺繍をわずかに輝かせる。
エポーレット(※肩章)の金房が風で微かに揺れ、胸元には王家の百合紋章が刻まれた金属の装飾。
磨き上げられた軍靴は、控えめながらも規律正しい音を響かせている。
まるで宮廷の空気そのもののような、冷静さと厳格さ。
王太子は足を止め、振り返りもせずに微笑んだ。
「……相変わらず、絶妙なタイミングだな。アラン」
それは称賛の形をとった言葉だったが、声の奥にはわずかなトゲがあった。
アランは即座に返事をしなかった。
ただ、軍靴のかかとを揃える音だけが、静かな庭園に短く響いた。
「君は本当に、彼女のそばに現れるのが上手い」
王太子はそう言って、ようやく振り返った。
その視線は私ではなく、まっすぐアランに向けられている。
王太子は私に向き直ると、庭園に残る白い息とともに柔らかく微笑んだ。
「……ヴァロワ嬢。噂の流れを読む役目、楽しみに見ているよ。またこうして、時間があれば庭をデートしよう」
「そのお言葉は、ウワサになってしまいそうで怖いのですが」
「気をつけるよ」
いたずらっぽく眉を上げてそう言うと、王太子はアランとともに歩き出した。
すれ違いざま、アランがほんの一瞬だけ私に視線を寄こす。
その瞳は氷のように鋭く、しかし何かを察しているようでもある。
――のちほど、話がある。
声ではなく、目線だけでそう言っているように感じた。
軍人らしい、短く正確な合図だった。
気づけば、私はひとりで庭園に取り残されていた。
冬のヴェルサイユ庭園は、空気そのものが冷たくて、凛としている。
剪定された生垣は幾何学模様に並び、枯れ色の花壇を囲むように広がっている。
風が吹くたびに、薄い土埃が舞い上がり、噴水の水面が揺れた。
私は裾を押さえながら小道を歩いた。
そのとき――
またもや背後から、軍靴が砂利を踏む音がついてくる。
「さっきのは、危険なやりとりだったな」
アランの声だった。
低い声は忠告の形を保っていたけれど、そこには任務とは別の色が混じっていた。
彼は生垣の影から現れると、そのまま私の歩調に合わせて隣へならぶ。
「王太子殿下と二人で庭園を歩くところを誰かに見られていたら……
王妃教育の担当者に目をつけられ、即座に“未来の王妃”あつかいだ」
アランは呆れたように言いながら、肩のエポーレット(※肩章)をゆっくり揺らして歩く。
その横顔は冷たいはずの冬光を受けても鋭さをうしなわない。
けれど、ほんの一瞬だけ影が差した。
「それとも――本気で、王太子の婚約者になるつもりだったか?
王太子に惚れたのか?」
「惚れてはないし、元から王妃になるつもりはないわ」
私は迷わず答えた。
「ただでさえ、ひどい時代が近づいているのに」
アランは足を止めた。
庭園の幾何学模様の中心で、私は彼と向き合う。
「……“ひどい時代”?」
「……勘よ」
本当は違う。
前世の歴史の知識だ。
“フランス革命”なんて口にしたら即座に狂人あつかいだろう。
私は視線をそらし、小さな声でつづけた。
「財政は悪化しているし、パンの値段が上がれば人々は怒る。
宮廷の贅沢は必ず槍玉にあがる。
王妃のサロンに出入りしている令嬢なんて……民の不満の標的になるに決まっているわ」
アランは腕を組み、低くうなずいた。
「なるほど……それは確かに、“危険”だな」
私の脳裏には、乙女ゲームのイベントがよみがえる。
王太子ルートに入れば、“フランス革命”イベントで婚約者(ヒロイン)が真っ先に巻き込まれる。
だから私は、絶対にそのルートには入らない。
王太子や王妃陛下とは、あくまで“務め”の関係を保つ。
「殿下。お時間でございます」
振り返ると、近衛士官アランが立っていた。
冬の薄光を受けた濃紺の軍服は、肩の金糸刺繍をわずかに輝かせる。
エポーレット(※肩章)の金房が風で微かに揺れ、胸元には王家の百合紋章が刻まれた金属の装飾。
磨き上げられた軍靴は、控えめながらも規律正しい音を響かせている。
まるで宮廷の空気そのもののような、冷静さと厳格さ。
王太子は足を止め、振り返りもせずに微笑んだ。
「……相変わらず、絶妙なタイミングだな。アラン」
それは称賛の形をとった言葉だったが、声の奥にはわずかなトゲがあった。
アランは即座に返事をしなかった。
ただ、軍靴のかかとを揃える音だけが、静かな庭園に短く響いた。
「君は本当に、彼女のそばに現れるのが上手い」
王太子はそう言って、ようやく振り返った。
その視線は私ではなく、まっすぐアランに向けられている。
王太子は私に向き直ると、庭園に残る白い息とともに柔らかく微笑んだ。
「……ヴァロワ嬢。噂の流れを読む役目、楽しみに見ているよ。またこうして、時間があれば庭をデートしよう」
「そのお言葉は、ウワサになってしまいそうで怖いのですが」
「気をつけるよ」
いたずらっぽく眉を上げてそう言うと、王太子はアランとともに歩き出した。
すれ違いざま、アランがほんの一瞬だけ私に視線を寄こす。
その瞳は氷のように鋭く、しかし何かを察しているようでもある。
――のちほど、話がある。
声ではなく、目線だけでそう言っているように感じた。
軍人らしい、短く正確な合図だった。
気づけば、私はひとりで庭園に取り残されていた。
冬のヴェルサイユ庭園は、空気そのものが冷たくて、凛としている。
剪定された生垣は幾何学模様に並び、枯れ色の花壇を囲むように広がっている。
風が吹くたびに、薄い土埃が舞い上がり、噴水の水面が揺れた。
私は裾を押さえながら小道を歩いた。
そのとき――
またもや背後から、軍靴が砂利を踏む音がついてくる。
「さっきのは、危険なやりとりだったな」
アランの声だった。
低い声は忠告の形を保っていたけれど、そこには任務とは別の色が混じっていた。
彼は生垣の影から現れると、そのまま私の歩調に合わせて隣へならぶ。
「王太子殿下と二人で庭園を歩くところを誰かに見られていたら……
王妃教育の担当者に目をつけられ、即座に“未来の王妃”あつかいだ」
アランは呆れたように言いながら、肩のエポーレット(※肩章)をゆっくり揺らして歩く。
その横顔は冷たいはずの冬光を受けても鋭さをうしなわない。
けれど、ほんの一瞬だけ影が差した。
「それとも――本気で、王太子の婚約者になるつもりだったか?
王太子に惚れたのか?」
「惚れてはないし、元から王妃になるつもりはないわ」
私は迷わず答えた。
「ただでさえ、ひどい時代が近づいているのに」
アランは足を止めた。
庭園の幾何学模様の中心で、私は彼と向き合う。
「……“ひどい時代”?」
「……勘よ」
本当は違う。
前世の歴史の知識だ。
“フランス革命”なんて口にしたら即座に狂人あつかいだろう。
私は視線をそらし、小さな声でつづけた。
「財政は悪化しているし、パンの値段が上がれば人々は怒る。
宮廷の贅沢は必ず槍玉にあがる。
王妃のサロンに出入りしている令嬢なんて……民の不満の標的になるに決まっているわ」
アランは腕を組み、低くうなずいた。
「なるほど……それは確かに、“危険”だな」
私の脳裏には、乙女ゲームのイベントがよみがえる。
王太子ルートに入れば、“フランス革命”イベントで婚約者(ヒロイン)が真っ先に巻き込まれる。
だから私は、絶対にそのルートには入らない。
王太子や王妃陛下とは、あくまで“務め”の関係を保つ。
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