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第6話 聖女の魔法が兵器並みなんて聞いてないんですけど

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 さて、私――愛別あいべつ璃玖りくが『白藤の騎士』の世界に来て、一ヶ月ほど経っただろうか。
 私は僧侶たちから教育を施され、魔法を修得した。魔導書はある程度読めるようになったし、簡単な炎や氷の魔法は詠唱無しで出せるようだ。僧侶たちは「素晴らしい素質をお持ちです」とべた褒めしてくれるので、ちょっと調子に乗りそうだ。何より、ベルガモールが自分のことのように私の成長を喜んでくれるのがこの上なく嬉しい。推しに直接褒められるなんてなかなかない経験だ。デュランを処刑してからなら死んでもいい。
「リク様、そろそろ一度、私と共に戦闘に出てみませんか?」
「せ、戦闘……ですか……」
 そうだよね、私、モンスターから国を守るために召喚されたんだもんね……。
「そんなに怯えないで。最初は弱いモンスターを狩るところから、徐々に慣らしていきましょう。大丈夫、私が絶対に守ります。リク様には指一本、髪の一筋すら触れさせません」
 ひ、ひえぇ……これもう口説きのレベルじゃん……結婚しよ……。
 これで自分の美貌に自覚がないんだから白藤の騎士、ヤバいな。
 というわけで、私は白藤騎士団とともにモンスター退治に出掛けることになったのである。

「――本日はここ、グラース草原にて白藤騎士団の演習を行う。ここいらは弱い魔物が多いが、総員油断することなく励むように!」
「はっ!」
 ベルガモールの言葉に、騎士団員たちは気合いの入った返事をする。
「なお、今回の演習には聖女様が同行する。何としても守りきれ。聖女様に怪我でもあれば――わかるな?」
「は、はっ!」
 ベルガモールの脅し文句に、騎士団員たちはやや怯みながら敬礼を返した。
「さあ、リク様、こちらへ」
 ベルガモールは私の手を取って、共に騎士団の後方に陣取った。ベルガモールの隣に立っている。恐る恐る長身の彼女を見上げると、彼女は安心させるかのようにニコッと微笑んだ。溶けそう。
「白藤騎士団、進め!」
 ベルガモールが号令を出すと、騎士団は足並みを揃えて草原の中を進んでいく。
 ベルガモールの言うことには、今回の演習はモンスター掃討を兼ねているらしい。定期的にモンスターを狩らないと、奴らは増殖し、やがては国の脅威になるからだ。弱いモンスターとはいえ、その生態にはまだまだ謎が多く、突然変異で凶暴かつ強力なモンスターになる場合もあるという。
「とはいえ、突然変異など滅多にあるものではありません。リク様は魔法の練習と思ってゆるりと参加するがよろしい」
「は、はぁ……」
 なんか、フラグが立ちそうな台詞だなあ、と思いながら、私はベルガモールに導かれるまま、騎士団の後ろをついていく。
「団長! 二時の方向にモンスターの群れを発見!」
「総員、戦闘態勢に入れ!」
 ベルガモールが指示を出すと、騎士団は陣形を展開する。
 騎士団が相手をするには随分小型のモンスターだったが、数が多い。翼の生えた蛇のような見た目をしている。団員たちは手分けして一人一匹、モンスターを討伐していく。……この草原に生息するモンスターはそんなに強くないとは聞いたけど、私が魔法を使う必要性すらなく、団員たちが倒してしまう。
「一匹逃げたぞ!」
「逃がすな、追え!」
 小さなモンスターは敏捷に草原を這っていく。そのうち草むらに紛れて見失いそうだ。
「カラーボールでマーキングしろ」
「はっ」
 ベルガモールの言葉に従い、騎士団員のひとりがボールを蛇に投げつける。
 蛇の這った場所に、蛍光ピンクの塗料が筆でひと塗りしたような跡を残していた。
「追跡開始。陣形を崩すな」
「了解!」
 そうして、伸びきった草むらを掻き分けて進むと、森の近くまで出た。
 あの小さな蛇は、森の手前で騎士団を待ち受けるように止まっていた。
「戦闘に入ります」
「――いや、待て。なにか様子が――」
 ベルガモールが違和感に気付いたのと、森を揺るがすような振動がこちらに近付いてくるのは同時だったように思う。
 森の奥から、なにかがこちらに迫ってきている――。
 ――木々を薙ぎ倒し、森から顔を出したのは、巨大な蛇であった。いや、蛇というかもはや龍のサイズだ。
「……な、なんだアレ!?」
「こんな巨大なモンスターはグラース草原では報告されていないはず……! ――突然変異か!」
 巨大な蛇はこちらを威嚇するようにシャーッと大口を開け、舌を突き出す。
「総員、戦闘態勢! こいつは絶対に討伐しないとまずい!」
 騎士団は、蛇に向かって扇形の陣形を広げる。……しかし、どう攻めれば良いものか。蛇の首は頭上高くにあり、空を飛べない人間は足元の胴体を剣でチクチク斬るしかない。尻尾を一振りされれば、あっという間に吹き飛ばされる。これはもはや、ドラゴンを相手にしているようなものだ。
「くっ……これは……兵器でも持ってこないと勝ち目が……」
 ベルガモールは悔しそうにほぞを噛む。
 と、不意に何かがベルガモール目掛けて飛びかかってきた。――あの生き残った小さな蛇だ!
「ベルガ様――!」
 私が気付いた時にはもう間に合わない。ベルガモールに食らいつこうと牙をむき出す蛇。
 が。
「団長、危ない!」
 あのデュランが、ベルガモールを庇って彼女と蛇の間に立ち塞がった。蛇の攻撃を背中で受ける。
 ……まあ、そこまではいい。ベルガモールを守ってくれたのは素直に感謝してもいい。
 ただ、蛇に体当たりされた反動で、デュランの手がベルガモールの胸に触れたのだ。
 より詳細に言うならば、胸を鷲掴みにした形になる。
「なッ……!?」
 ベルガモールは羞恥で絶句する。その顔が真っ赤に色付いたのを見た瞬間。
 私は自分の体温がすぅっと冷めていくのを感じた。
 人間って殺意を抱くと体感温度下がるよね。
「――ベルガ様に、触れるなァァァァァァ!!!!!」
 正直、何をしたのか覚えていない。
 ただ、怒りに任せて叫んだら、私の周囲からオーラが具現化したように吹雪が発生し、デュランと小さな蛇、それから真っ直ぐ延長線上にあった巨大な蛇を巻き込んだのだ。
 大小の蛇は、氷漬けになったあと、灰になるように消えていった。この世界のモンスターが倒された時はそんな感じらしい。
「せ……聖女様の魔法でモンスターがあんなにあっさり……」
「っていうか、詠唱無しであんな大魔法を……?」
「す、すごい! 聖女様バンザイ!」
 騎士団員たちが口々に私を褒め称える。
 私はというと、怒りで絶叫したあとなのでそれどころではなく、ハァハァと肩で息をしていた。
「リク様、素晴らしいご活躍でした」
 ベルガモールはうやうやしくお辞儀をする。
「べ、ベルガ様、ご無事ですか……?」
「はい、なんとも」
 ベルガモールは先程の羞恥の表情など何もなかったかのようにすました顔をしている。
「ところでリク様」
「はい?」
「……状態異常を治せる魔法はお持ちですか?」
 ベルガモールの見た方向を目で追うと、氷漬けになったデュランがそこにいたのであった。
 その後、私は嫌々ながら治癒魔法を使う羽目になる。

〈続く〉 
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