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第9話(最終話)夢の終わり

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 ぱち、と目を覚ますと、牢の中の固いベッドではなく、羽毛でふわふわの柔らかいベッドで寝ていた。懐かしい感触だ。周囲を見るに、神殿の私室であろう。
「聖女様、おはようございます」
 私を見捨てたはずの僧侶たちが愛想良く挨拶してくる。
 どうやら、時間遡行は上手くいった様子である。
「おはようございます。今日は何日ですか? 少し寝ぼけていて」
 それとなく日付を聞くと、神殿に召喚されてそれほど間が空いていなかった。そこまで前に遡るつもりはなかったのだが、奇蹟の力が強すぎたか、竜の思惑がそこにあるのか。
 まあ、そこまで深く考えなくてもいいだろう。デュランがまだ生きていて、ベルガモールとの信頼も築き直せる、それが私にとっての重要事項。
 よーし、今度こそ頑張るぞ。
 私は気合を入れて、魔法の授業に臨むのであった。

 ――結論から先に言うと、かなりの困難であることが分かった。
 魔法や奇蹟に関しては、時間遡行前の知識があるのですぐに修得した。ベルガモールにも褒めてもらえるし悪い気分ではない。
 しかし、ベルガモールとデュランをくっつけないように苦心しても、結局デュランを死なせてしまう。
「何故デュランを殺した! この魔女め!」と涙を流しながら憎悪のこもった瞳でこちらを睨みつけるベルガモールの顔は、ちょっと忘れられない。
 私は夢の中の竜と協力して、何度も何度も時間を巻き戻した。
 私が魔女だというのなら、きっとこの竜は邪竜なのだろう、となんとなく思った。
 何度も何度もやり直して、何度も何度も失敗して。
 ベルガモールに嫌われて。ベルガモールに罵られて。ベルガモールに殺されたこともある。
 好きな人と結ばれるというのは、こんなに難しく苦しいことなのか。
 どうして。どうして。どうして。
 ――ああ、きっと私は解っているのだ。
 正解を知っていながら、その正解に辿り着きたくなくて、グルグルと同じ迷路を辿っている。
「璃玖よ、もう良いのではないか?」
「うるさい、うるさい」
 竜の進言を無視して、私は何度も過去へ戻る。ベルガモールの憎悪が私を何度も突き刺す。愛する人にこんな目を向けられて、殺されるのが、こんなに辛いと思わなかった。推しに殺されるのもいいな、なんて思ってた自分を殴りたい。
 ベルガモールはデュランの死体を抱きしめて、私を睨みつけている。結局正解はそこにしかなかった。
 ――何百回目かのやり直し。私はボロボロに、ズタズタに、疲れてしまった。
「……ああ、結局こうするしかないのね。せっかくこの世界まで渡ってこれたのに、こんな結末しかないのね」
 私は――ベルガモールとデュランの愛を認めた。
 ベルガモールとデュランは、手に手を取り合い、結婚して、白藤騎士団を共に守り抜くのだろう。
 結局、聖女という元々この世界に存在しなかった私に、割り込む余地などなかったのだ。
「璃玖よ、ご苦労だったな」
「邪竜さん、結局あなたは何だったの? 何のために私をこの世界に招いたの?」
「お前のためだよ」
 私のため?
「ベルガモールとデュランが結ばれて、お前は随分弱っていたからな。見ていられなかったよ、ヤケ酒を飲んで荒れているお前は」
「あなたには関係ないことでしょう」
「そんなことはないさ。俺はずっとお前を見ていた。お前が俺を忘れていてもな」
 ……???
「あなたは、いったい――」
「さあ、これでお前の夢は終わりだ。もう起きる時間だよ」

 ……。
 …………。
 ……………………。

 私は自分のくしゃみで目を覚ました。
 むくりと起き上がると、フローリングの冷たい床で寝ていた。見覚えのある部屋は、借りたアパートのワンルーム。
「……今までの、全部夢?」
 随分と長い夢を見ていた気がする。
 ふと、夢の中のあの黒い竜を思い出して、部屋の隅のダンボール箱を漁る。
 小さい頃、映画館で買ってもらった、黒い竜のぬいぐるみ。
「あなたは、ずっと私を見ていたの?」
 そう呟きながら、大きなぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめる。埃の匂いがした。
「……一度洗ったほうがいいね」
 私は苦笑いしながら、ぬいぐるみを洗濯機に入れた。
 ぬいぐるみ洗浄モードにしてから、『白藤の騎士』の単行本を手に取る。
 もうデュランに対する嫉妬はない。ベルガモールの幸せそうな笑顔は、もう私のものではないと理解してしまったから。
「コミックス全巻集め直そうかな」
 今ならもっと素直に、ベルガモールとデュランの恋を応援できそうな気がする。
 今日は大学も休みだし、本屋さんにでも出掛けようかな。
 服を着替えてカーテンを開けると、太陽が眩しく照りつける。私の夢の終わりを祝福するような、晴れの日だった。

〈完〉 
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