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第1話 こんにちは契約してください
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「こんにちは! 突然ですが契約してもらえませんか!?」
玄関を開けると、目の前にスーツ姿の女の悪魔がいた。
「すいません、うち新聞は間に合ってるんで」
日向雅宗がドアを閉めようとする。
しかし、そこへすかさず悪魔が黒いパンプスを履いた足をドアの間にねじ込んだ。
「お話だけでも聞いて下さい! 新聞勧誘じゃないんです!」
「新聞でなくとも悪魔の話に耳を傾けるやつがあるか」
……最近、この街で悪魔を見かけることが増えた。
最初のうちは「角に翼、尻尾を生やした赤い肌の人型の生物が多数目撃されている」とニュースでも話題になり、ちょっとした騒ぎになったものだが、半年もすると案外みんな慣れてくるものである。
そうこうしているうちに、悪魔はその異様な怪力で、雅宗が押さえていたドアを無理やり開けて玄関に滑り込んできた。
ドアを壊されてはかなわないので、諦めて玄関先で話をする。
「わたくし、悪魔のリリムと申します。営業職をしております」
「悪魔に営業職とかあるんだ……」
ご丁寧に差し出された名刺を、しげしげと眺めた。
『リリム』と黒文字で印刷された、赤い紙。ちょっと地獄っぽさがあるかもしれない。
「で、契約ってなに?」
雅宗の胡散臭そうな視線をものともせず、リリムは笑顔で答える。
「はい! 実は魂と引き換えに何でも願いを叶えるサービスを提供しておりまして」
「帰ってもらっていい?」
「契約していただけますと、こちらのお米や洗剤をお付けします!」
「話聞けよ」
玄関先に積み上げられる米袋や洗剤の山。
というかどう考えてもビジネスバッグに入る量じゃないあたり、さすが悪魔の不思議パワーといったところか。
「ちなみに魂を差し出すとそれはどうなるの?」
「はい! 魂は地獄に囚われて、二度と天国に行くことは叶いません!」
「元気いっぱいに言うことじゃねえんだよなあ」
いくら米や洗剤をもらっても割に合わない。
雅宗はため息をつきながら、「契約しないから、これ持って帰ってくれない?」と突き返そうとした。
しかし、リリムも「はい、そうですか」などと、簡単には引き下がらない。
「そんなこと言わずに! 契約ノルマを達成しないと、私も地獄に帰れないんです!」
「知らないよ、そんなの……」
というか、地獄にも営業職やノルマがあるのかと思うと世知辛い気分になる。
雅宗のそんな気持ちもお構いなしにリリムは喋り続けた。
「人間さんも叶えたい願いのひとつやふたつ、あると思うんですが、それが何でも叶うとしたらいかがでしょうか?」
「そうだな……」
雅宗はしばらく黙り込んだあと、小さな声で呟く。
「俺は、最初から存在しなかったことになりたい」
「え」
「生まれた事実すら跡形もなく、消えたい。最初から存在しなかったなら、悲しむ人もいないだろ?」
「い、いえ、あの、それは……」
営業スマイルが完全に崩れ、リリムの赤い顔が目に見えて青ざめる。まるで自分自身が地獄の底に突き落とされたかのような表情だった。
「あの、なにかつらいことでもあったんですか……?」
「まあ、色々。それで? この願いも叶えられるの?」
「え……っと……すみません、最初から存在しなかったとなると、対価の魂も消えてしまうので……」
「だよね。だから、俺とは契約できない。諦めて帰ってほしい」
……どうして、目の前の悪魔は、自分が辛いことでもあったような顔をしているのだろう。
だが、雅宗にとってはどうでもいい。早く一人になりたかった。
「あの、他に願いは……」
「ない。早く帰って」
「いえ、絶対他にも叶えたい願い、あるはずです! そうじゃなかったら、私はこのお家に来てません!」
悪魔にはそういう物欲センサーみたいなのがあるんだろうか。
雅宗が心底迷惑そうな目を向けると、リリムは玄関先に座り込んでしまう。
「人間さんと契約して願いを叶えるまでは、私、帰りません!」
「うわ、めんどくさいセールスのやつだ」
雅宗はリリムを放置して、居間に戻ってしまった。
玄関先に金目のものは置いていないが、念のため、玄関を見渡せる位置にあるソファに座る。
リリムの目は捨てられた子犬のように潤んでおり、それでいて強い意志も感じさせる、不思議な目をしていた。
1時間ほどにらみ合いは続き、雅宗はやがてため息をつくと、ゆっくりと立ち上がる。
窓からは黄金色の夕日が差し込んでいた。
「リリムって言ったよな。よかったら夕飯食べてく?」
「えっ……よ、よろしいのですか?」
「いらないなら、そこで俺の食事シーン見ててもいいけど」
「いえ! いえ、ご一緒させていただきます!」
リリムはお腹が空いていたのか、ご飯を3回もおかわりする。
「リリム、お前、地獄から来たって言ってたけど、泊まる場所あるの? ホテル取ってる?」
「いえ、人間さんのお金持ってなくて……。公園で寝泊まりしようと思ってました」
「マジかよ……」
いくら悪魔とはいえ、女性が野宿するのはいかがなものか。
「よかったら、ウチ泊まってく? 部屋余ってるからひとつ使いな」
「そこまでしていただくとは、恐縮です……」
「まあ、結局悪魔の話に耳を傾けた俺の負け、ってことかな」
「じゃあ契約してくれるんですね!」
「ごめん、それは無理」
「むぅ……」
こうして、雅宗の家を拠点にしたリリムの営業活動が始まるのであった。
〈続く〉
玄関を開けると、目の前にスーツ姿の女の悪魔がいた。
「すいません、うち新聞は間に合ってるんで」
日向雅宗がドアを閉めようとする。
しかし、そこへすかさず悪魔が黒いパンプスを履いた足をドアの間にねじ込んだ。
「お話だけでも聞いて下さい! 新聞勧誘じゃないんです!」
「新聞でなくとも悪魔の話に耳を傾けるやつがあるか」
……最近、この街で悪魔を見かけることが増えた。
最初のうちは「角に翼、尻尾を生やした赤い肌の人型の生物が多数目撃されている」とニュースでも話題になり、ちょっとした騒ぎになったものだが、半年もすると案外みんな慣れてくるものである。
そうこうしているうちに、悪魔はその異様な怪力で、雅宗が押さえていたドアを無理やり開けて玄関に滑り込んできた。
ドアを壊されてはかなわないので、諦めて玄関先で話をする。
「わたくし、悪魔のリリムと申します。営業職をしております」
「悪魔に営業職とかあるんだ……」
ご丁寧に差し出された名刺を、しげしげと眺めた。
『リリム』と黒文字で印刷された、赤い紙。ちょっと地獄っぽさがあるかもしれない。
「で、契約ってなに?」
雅宗の胡散臭そうな視線をものともせず、リリムは笑顔で答える。
「はい! 実は魂と引き換えに何でも願いを叶えるサービスを提供しておりまして」
「帰ってもらっていい?」
「契約していただけますと、こちらのお米や洗剤をお付けします!」
「話聞けよ」
玄関先に積み上げられる米袋や洗剤の山。
というかどう考えてもビジネスバッグに入る量じゃないあたり、さすが悪魔の不思議パワーといったところか。
「ちなみに魂を差し出すとそれはどうなるの?」
「はい! 魂は地獄に囚われて、二度と天国に行くことは叶いません!」
「元気いっぱいに言うことじゃねえんだよなあ」
いくら米や洗剤をもらっても割に合わない。
雅宗はため息をつきながら、「契約しないから、これ持って帰ってくれない?」と突き返そうとした。
しかし、リリムも「はい、そうですか」などと、簡単には引き下がらない。
「そんなこと言わずに! 契約ノルマを達成しないと、私も地獄に帰れないんです!」
「知らないよ、そんなの……」
というか、地獄にも営業職やノルマがあるのかと思うと世知辛い気分になる。
雅宗のそんな気持ちもお構いなしにリリムは喋り続けた。
「人間さんも叶えたい願いのひとつやふたつ、あると思うんですが、それが何でも叶うとしたらいかがでしょうか?」
「そうだな……」
雅宗はしばらく黙り込んだあと、小さな声で呟く。
「俺は、最初から存在しなかったことになりたい」
「え」
「生まれた事実すら跡形もなく、消えたい。最初から存在しなかったなら、悲しむ人もいないだろ?」
「い、いえ、あの、それは……」
営業スマイルが完全に崩れ、リリムの赤い顔が目に見えて青ざめる。まるで自分自身が地獄の底に突き落とされたかのような表情だった。
「あの、なにかつらいことでもあったんですか……?」
「まあ、色々。それで? この願いも叶えられるの?」
「え……っと……すみません、最初から存在しなかったとなると、対価の魂も消えてしまうので……」
「だよね。だから、俺とは契約できない。諦めて帰ってほしい」
……どうして、目の前の悪魔は、自分が辛いことでもあったような顔をしているのだろう。
だが、雅宗にとってはどうでもいい。早く一人になりたかった。
「あの、他に願いは……」
「ない。早く帰って」
「いえ、絶対他にも叶えたい願い、あるはずです! そうじゃなかったら、私はこのお家に来てません!」
悪魔にはそういう物欲センサーみたいなのがあるんだろうか。
雅宗が心底迷惑そうな目を向けると、リリムは玄関先に座り込んでしまう。
「人間さんと契約して願いを叶えるまでは、私、帰りません!」
「うわ、めんどくさいセールスのやつだ」
雅宗はリリムを放置して、居間に戻ってしまった。
玄関先に金目のものは置いていないが、念のため、玄関を見渡せる位置にあるソファに座る。
リリムの目は捨てられた子犬のように潤んでおり、それでいて強い意志も感じさせる、不思議な目をしていた。
1時間ほどにらみ合いは続き、雅宗はやがてため息をつくと、ゆっくりと立ち上がる。
窓からは黄金色の夕日が差し込んでいた。
「リリムって言ったよな。よかったら夕飯食べてく?」
「えっ……よ、よろしいのですか?」
「いらないなら、そこで俺の食事シーン見ててもいいけど」
「いえ! いえ、ご一緒させていただきます!」
リリムはお腹が空いていたのか、ご飯を3回もおかわりする。
「リリム、お前、地獄から来たって言ってたけど、泊まる場所あるの? ホテル取ってる?」
「いえ、人間さんのお金持ってなくて……。公園で寝泊まりしようと思ってました」
「マジかよ……」
いくら悪魔とはいえ、女性が野宿するのはいかがなものか。
「よかったら、ウチ泊まってく? 部屋余ってるからひとつ使いな」
「そこまでしていただくとは、恐縮です……」
「まあ、結局悪魔の話に耳を傾けた俺の負け、ってことかな」
「じゃあ契約してくれるんですね!」
「ごめん、それは無理」
「むぅ……」
こうして、雅宗の家を拠点にしたリリムの営業活動が始まるのであった。
〈続く〉
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