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第2話 アイドルになりたい
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「それでは、いってきますね、雅宗さん!」
「おう。あんまりしつこく勧誘したり迷惑かけるなよ」
スーツに身を包んだリリムが、黒いパンプスに足を入れる。
朝の街にはリリムと同じく、スーツ姿に赤い肌の悪魔たちが、今日も契約を取ろうと、まるでブラック企業の社員のように疲れた顔で行き交っていた。
彼らもどこか人間の家に居候しているのだろうか、と雅宗は考える。
あるいは、リリムが当初そうしようとしていたように、公園や河川敷で寝泊まりしているのかもしれない。
リリムは、雅宗に見送られながら、悪魔の群れの中に紛れ込んでいった。
彼女はとあるアパートの前にやってきて、インターホンを押す。
それにはカメラがついていて、来客の姿を確認できるようになっているようだ。
『はい』
「あ、はじめまして! わたくし、地獄から参りました、リリムと申します!」
ピッ。
インターホンが秒で切られた。
「待ってください、話だけでも聞いて下さい!」
リリムが再びインターホンで呼び出すと、家の中の人物は明らかに警戒している声を出す。
『アンタ、最近増えてる悪魔でしょ!? 帰って! 警察呼ぶわよ!』
「悪魔差別、よくないと思います!」
『アンタたちの日頃の行いでしょ!』
リリムはインターホンの向こうの相手と、しばらく押し問答を続けていた。
――このままではいけない……ノルマが、地獄に帰れない……!
リリムは焦燥感に駆られ、額の小さな角を人知れず熱くする。
一呼吸置いて、彼女は声を張った。
「どうしても叶えたい願い、ありますよね?」
悪魔の物欲センサーで感じ取った願望を口にすると、相手は途端に黙った。
そこへ更に押しを強める。
「ですが、その願い、普通では叶えられない類のものでしょう。そうでなければ、今頃とっくに実現しているはず」
『……』
「私が力をお貸しします。あなたの願いをなんとしても叶えてみせます。お話だけでも聞かせていただけませんか?」
再び、プツっとインターホンが切られた。
しかし、リリムはその場を動かない。
相手の心を動揺させることに成功した、扉は開かれるという確信。
その思惑通り、玄関が開き、女性が顔を出した。
招かれるまま、家の中にお邪魔した。
「……本当に、なんでも叶えられるの?」
女性は不安げな表情でリリムを見つめる。
リリムは胸を張って「もちろんです!」と元気に答えた。
営業職たるもの、自信を見せなければ顧客が安心できない。
女性はお茶を出し、ソファに座りながら、おずおずと語り始める。
「……私ね、地方から上京してきたの。あの……こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど、アイドルになりたくて」
「笑いませんよ! とても素敵だと思います」
「ありがと……。でも、いくらオーディションを受けても、なかなか良い結果が出なくて、そろそろ田舎に連れ戻されるかも……」
女性の名は井戸端あいり、という。
彼女の願いは「オーディションに合格して、可能ならセンターに抜擢されたい」とのことだった。
「お任せください! このくらいの願いなら、悪魔の力でちょちょいのちょい、です!」
リリムはドンと自分の胸を叩き、「まずは契約書にサインを……」と書類を取り出す。
「本当に、これにサインすれば願いが叶うの……?」
「はい! サインをすることで契約書に魔力が通るので、そのパスを通じて私が人間界でも魔法を使えるようになる、という仕組みなんですよ」
「そうなんだ……。っていうか人間界では悪魔は魔法を使えないの?」
「使えないというか、許可が下りないという感じですかね。昔、とある悪魔が人間界で自由気ままに魔法を使って困ったことになったらしくて、以降は契約書を通して魔力を供給する形になりました」
「そっかあ……」
あいりはリリムの話に呑まれたまま、契約書に名前を書いた。
すると、書いた名前が黄金色に輝く。魔力が通った……ということだろうか。
「はい、サインありがとうございます! それでは早速、あいりさんがオーディションに合格できるように、私がお手伝いしますね!」
契約書を受け取ったリリムが、黄金色のオーラを纏う。
爪が綺麗に切り揃えられた人差し指が、あいりを指さした。
「まずは、アイドルとしての魅力を底上げしてみましょう!」
人差し指をくるりと回すと、黄金色の魔力があいりの周囲を漂う。
一瞬、彼女もオーラを纏ったように輝くが、すぐに光は収まった。
「あいりさん、歌ってみてください!」
「え、今?」
あいりは戸惑いながらも、得意な曲を歌う。
持ち歌を複数用意しておき、いつでも歌えるようにしておくのは、アイドルとして当然の たしなみ である。
しかし、その歌声はいつもの彼女とはひと味もふた味も違った。
「…………なにこれ」
「アイドルであれば、『地獄の底から響くデスボイス』は必須ではないかと!」
「それ、地獄のアイドルの標準装備みたいな話? 人間界のアイドルはそんなん無いからね?」
あいりが泣きそうになりながら「戻して! 今すぐ!」と命じるので、リリムは慌てて元に戻した。
「お気に召しませんでしたか……。あ、では、『魅惑の視線』とかどうでしょう?」
「あ、それそれ! そういうのが顧客の必要としていたものだよ!」
「では、早速……」
リリムは再び、あいりに魔法をかけた。
あいりが鏡で確認すると、目が黄金色に輝いている。
「わぁ、すごいすごい!」
「あっ、鏡で見ると自分に魅惑がかかっちゃう……」
「えっ?」
リリムが止めようとしたが、時すでに遅し。
あいりは自分の瞳を見つめたことで、魅了がかかってしまった。
「わっ、わっ、何このポーズ!?」
彼女は片膝を床につき、両手を胸の前で祈るように組み、そのまま空中に掲げたまま、困惑している。まるで、舞台で劇的なアリアを歌うオペラ歌手か、あるいはどこかの国の神官のような、大仰な姿勢だった。
「魅了にかかると、基本的に大仰な献上ポーズになるんですよ。地獄では定番のポーズなんです」
このあたりで、賢明なあいりは察した。
このポンコツ悪魔に頼るより、自分の努力でセンターを掴み取ったほうが早いと。
それが、井戸端あいりがアイドルのスターダムに駆け上がった顛末である。
もちろんリリムの契約は破棄された。
〈続く〉
「おう。あんまりしつこく勧誘したり迷惑かけるなよ」
スーツに身を包んだリリムが、黒いパンプスに足を入れる。
朝の街にはリリムと同じく、スーツ姿に赤い肌の悪魔たちが、今日も契約を取ろうと、まるでブラック企業の社員のように疲れた顔で行き交っていた。
彼らもどこか人間の家に居候しているのだろうか、と雅宗は考える。
あるいは、リリムが当初そうしようとしていたように、公園や河川敷で寝泊まりしているのかもしれない。
リリムは、雅宗に見送られながら、悪魔の群れの中に紛れ込んでいった。
彼女はとあるアパートの前にやってきて、インターホンを押す。
それにはカメラがついていて、来客の姿を確認できるようになっているようだ。
『はい』
「あ、はじめまして! わたくし、地獄から参りました、リリムと申します!」
ピッ。
インターホンが秒で切られた。
「待ってください、話だけでも聞いて下さい!」
リリムが再びインターホンで呼び出すと、家の中の人物は明らかに警戒している声を出す。
『アンタ、最近増えてる悪魔でしょ!? 帰って! 警察呼ぶわよ!』
「悪魔差別、よくないと思います!」
『アンタたちの日頃の行いでしょ!』
リリムはインターホンの向こうの相手と、しばらく押し問答を続けていた。
――このままではいけない……ノルマが、地獄に帰れない……!
リリムは焦燥感に駆られ、額の小さな角を人知れず熱くする。
一呼吸置いて、彼女は声を張った。
「どうしても叶えたい願い、ありますよね?」
悪魔の物欲センサーで感じ取った願望を口にすると、相手は途端に黙った。
そこへ更に押しを強める。
「ですが、その願い、普通では叶えられない類のものでしょう。そうでなければ、今頃とっくに実現しているはず」
『……』
「私が力をお貸しします。あなたの願いをなんとしても叶えてみせます。お話だけでも聞かせていただけませんか?」
再び、プツっとインターホンが切られた。
しかし、リリムはその場を動かない。
相手の心を動揺させることに成功した、扉は開かれるという確信。
その思惑通り、玄関が開き、女性が顔を出した。
招かれるまま、家の中にお邪魔した。
「……本当に、なんでも叶えられるの?」
女性は不安げな表情でリリムを見つめる。
リリムは胸を張って「もちろんです!」と元気に答えた。
営業職たるもの、自信を見せなければ顧客が安心できない。
女性はお茶を出し、ソファに座りながら、おずおずと語り始める。
「……私ね、地方から上京してきたの。あの……こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど、アイドルになりたくて」
「笑いませんよ! とても素敵だと思います」
「ありがと……。でも、いくらオーディションを受けても、なかなか良い結果が出なくて、そろそろ田舎に連れ戻されるかも……」
女性の名は井戸端あいり、という。
彼女の願いは「オーディションに合格して、可能ならセンターに抜擢されたい」とのことだった。
「お任せください! このくらいの願いなら、悪魔の力でちょちょいのちょい、です!」
リリムはドンと自分の胸を叩き、「まずは契約書にサインを……」と書類を取り出す。
「本当に、これにサインすれば願いが叶うの……?」
「はい! サインをすることで契約書に魔力が通るので、そのパスを通じて私が人間界でも魔法を使えるようになる、という仕組みなんですよ」
「そうなんだ……。っていうか人間界では悪魔は魔法を使えないの?」
「使えないというか、許可が下りないという感じですかね。昔、とある悪魔が人間界で自由気ままに魔法を使って困ったことになったらしくて、以降は契約書を通して魔力を供給する形になりました」
「そっかあ……」
あいりはリリムの話に呑まれたまま、契約書に名前を書いた。
すると、書いた名前が黄金色に輝く。魔力が通った……ということだろうか。
「はい、サインありがとうございます! それでは早速、あいりさんがオーディションに合格できるように、私がお手伝いしますね!」
契約書を受け取ったリリムが、黄金色のオーラを纏う。
爪が綺麗に切り揃えられた人差し指が、あいりを指さした。
「まずは、アイドルとしての魅力を底上げしてみましょう!」
人差し指をくるりと回すと、黄金色の魔力があいりの周囲を漂う。
一瞬、彼女もオーラを纏ったように輝くが、すぐに光は収まった。
「あいりさん、歌ってみてください!」
「え、今?」
あいりは戸惑いながらも、得意な曲を歌う。
持ち歌を複数用意しておき、いつでも歌えるようにしておくのは、アイドルとして当然の たしなみ である。
しかし、その歌声はいつもの彼女とはひと味もふた味も違った。
「…………なにこれ」
「アイドルであれば、『地獄の底から響くデスボイス』は必須ではないかと!」
「それ、地獄のアイドルの標準装備みたいな話? 人間界のアイドルはそんなん無いからね?」
あいりが泣きそうになりながら「戻して! 今すぐ!」と命じるので、リリムは慌てて元に戻した。
「お気に召しませんでしたか……。あ、では、『魅惑の視線』とかどうでしょう?」
「あ、それそれ! そういうのが顧客の必要としていたものだよ!」
「では、早速……」
リリムは再び、あいりに魔法をかけた。
あいりが鏡で確認すると、目が黄金色に輝いている。
「わぁ、すごいすごい!」
「あっ、鏡で見ると自分に魅惑がかかっちゃう……」
「えっ?」
リリムが止めようとしたが、時すでに遅し。
あいりは自分の瞳を見つめたことで、魅了がかかってしまった。
「わっ、わっ、何このポーズ!?」
彼女は片膝を床につき、両手を胸の前で祈るように組み、そのまま空中に掲げたまま、困惑している。まるで、舞台で劇的なアリアを歌うオペラ歌手か、あるいはどこかの国の神官のような、大仰な姿勢だった。
「魅了にかかると、基本的に大仰な献上ポーズになるんですよ。地獄では定番のポーズなんです」
このあたりで、賢明なあいりは察した。
このポンコツ悪魔に頼るより、自分の努力でセンターを掴み取ったほうが早いと。
それが、井戸端あいりがアイドルのスターダムに駆け上がった顛末である。
もちろんリリムの契約は破棄された。
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