正義のミカタ

永久保セツナ

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正義のミカタ第3章~はじまりの想い出~

第4話 殺人鬼・霧崎零のルール

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夏が終わる三日前。所轄署から連絡がきた。犯人の居場所を突き止めたらしい。警視総監の御令嬢の力は大層強力なようだ。警察が本気を出すと、こんなに早くわかるのか。
いつもこのくらい本気出せばいいのに、と思いながら、ぼくは交番の部長の話を聞いていた。
――それで、月下君。署の捜査員のために、その場所まで道案内してくれないか。
平和な交番によく似合う、白ひげをたくわえた温和な顔の部長が言った。ぼくが断ることはできない。暇だし。
「わかりました」
場所を聞いて、署からの捜査員を率いてそこに向かう。……なんだか、ぼくが先導して歩いていると、ぼくが親玉みたいだ。不謹慎ながら、そう呑気に考えてしまった。
ついた場所は、今は使われていない建物。まあ、見た目が遊園地のお化け屋敷みたいな、いわゆる廃墟。洋風の屋敷のレンガの壁に、枯れて茶色のツタが絡みついている。
「ここです」
そう言い終わるが早いか、捜査員たちは競っているかのように建物に向かって駆け出して行った。……いや、おそらく実際に競っているのだろう。警視総監の御令嬢を先に救助すれば、出世は確実。署が成果をあげるために全力をこめて投入した二、三十人の警官たちの中に、いったい何人、その娘の命を本当に心配している人がいるんだろう。
そう思ったところで、ぼくはふと思い出した。
――この建物、中が妙に入り組んでいるのだ。以前、交番に猫探しを依頼したおばあちゃんがいて、先輩と二人で、この廃墟に入ったことがあった。見た目から想像もできないほど、迷宮のような内部で、先輩と一緒に遊び半分真剣半分で地図を作りながら進んだ覚えがある。結局猫は一番奥で寝ていた。
管轄しているぼくらですら迷う建物。
――ここに来たばかりの捜査官がたどり着けるわけがない。
ぼくは、さすがに不安になってきた。
よく考えたら、人の命がかかっているのだ。
「……行くしかない、か?」
ぼくは、ゆっくりと建物へ入っていった。



以前入った時と全く同じ、変わらない内部の様子。――当り前か。変わってた方がびっくりだ。
変わっているのは、中に人の気配がすること。捜査員と、人質と、――犯人。
先輩と作った地図はないが、記憶を頼りに最深部へ向かう。ばたばたと、走る音がするのは、名誉を求める捜査員たちが、我先にと最深部を目指しているのだろう。ぼくが建物に入ったことにも気付いていない。
奥に向かって歩いて行くと、やがて警官たちの喧騒が消えていき、静寂が辺りを支配した。外見はお化け屋敷だが、内部はステンドグラスから優しい光が差し込み、とても落ち着いた雰囲気。とても凶悪犯が潜んでいるとは思えない。
ステンドグラスが並ぶ廊下を慎重に歩く。――この建物は、ぼくが交番に来た時には既に廃墟だったが、昔、とても栄えていた富豪一族の豪邸だったらしい。多分、中が入り組んでいるのも防犯上の都合だろう。下手したら隠し通路なんかもあるかもしれない。
先輩から聞いた話を思い出しながら廊下の角を曲がると、叫び声が聞こえた。女性の、悲鳴。
――しまった、犯人に何かされているのか!?
ぼくは走り出した。……交番の部長が言っていたことを思い出した。
犯人は、警視総監の御令嬢をまんまとさらっておきながら、未だに何も要求してこないらしい。つまり、犯人の目的は金じゃないのだ。――そして、それはとてもタチが悪い。金を払えば返ってくるわけではないのだ。下手したら、娘を殺すことこそが犯人の望みかもしれないのだ。
警視総監殿を恨んでの犯行か。ぼくにはわからないが、明らかなのは、このままでは人質が危ない。
以前猫を探した通りの道を、全速力で駆け抜ける。
最深部の扉を開けると、予想通りというか、人がいた。人質と向かい合って立っている長身で細身の男と、椅子に座っている人質と思われる少女、つまり、警視総監の御令嬢。だが、ぼくはその少女を知っていた。
「……や、あ。つき、したくん……」
「……りか、ちゃん……?」
なんで、きみが、ここに。
答えはわかりきっていたけど、ぼくは彼女を見た途端、自分を呪った。
絶望を見た。
たとえるならば、芋虫。
六花ちゃんの体には、手足がついていなかった。
なのに、なんで。
なんで、きみはわらっているの?
「おや、やっと一人来ましたね。ようこそ」
男が、にこりと微笑んだ。
短い銀髪。笑みを絶やさず、しかし眼は鷹のように鋭い。
「この屋敷、迷うでしょう? お疲れさまでした」
お茶は出せませんがね。
そう言って、男はくすくす笑った。
ぼくは、この光景のあまりの異常さに、そう、頭の毛が太るような感覚がした。悪寒に吐き気。
男の微笑みから出る毒気にあてられて、何も言葉が出せない。
「……ああ、このお嬢さんの知り合いなんですね。可愛らしいお嬢さんですよね。――思わずさらってきてしまいました」
そういって、男は床に落ちていた腕を拾って、手の甲に口づけた。床に目を落とすと、もう一つの腕と、二本の脚が転がっていた。ああ。ぼくは自然と腰が抜けて、床にぺたりと座ってしまった。
「ふふ、情けない。貴方それでも警官ですか?」
男は、可笑しくてたまらないといった顔で、ぼくの顔を覗き込む。やめろ、ぼくを、ぼくをみるな。動けないぼくに、男は頼んでもいないのに喋り続けた。
「綺麗な手足でしょう? ふふ、あげませんよ。私が彼女から貰ったんです。あとで私の名前でも書いておきましょうか……いや、汚したくありませんね。困ったことです」
こわい。
ぼくの頬に一筋、涙が流れた。
理解できない恐ろしさ。まるで、何語を話しているのかもわからない外国に、たった一人置いて行かれたような。相手の言っていることが分からない。いや、わかりたくない。理解してしまったら、人間をやめなければいけない気さえする。
ぼくの涙にも気付いていないのか、男は恍惚とした表情で、口を動かす。
「実はね、ゲームをしたんですよ。彼女が、貴方達が来ると知って、彼らの命は助けるように懇願してきたんです。まったく、善い子ですね。それでね、こうしたんです。お嬢さんが、私が手足を切る間、ずっと笑っていられたら、お嬢さんと貴方達の命は見逃してさしあげる……見事、貴女の勝ちですよ、お嬢さん」
男は六花ちゃんのほうを向いて、にっこり笑った。
「……ふん、やく、そくは、ちゃんと、守るんだろうね……?」
六花ちゃんは痛みに耐えて、切れ切れに言葉を紡いだ。
「当然ですよ。私は、人は殺しても約束は破りません。それが、私――『霧崎きりさきぜろ』のルール、ですから」
それから、霧崎と名乗る男は、床に落ちている手足を、四本全部拾い上げた。
「ああ、安心して下さい。切った後すぐに切り口を焼いたので、失血して死ぬことは多分ないでしょう。――まあ、私、殺すのが専門なので保証はできませんが」
ふふ。
何が可笑しいのか、霧崎はくすくす笑いながら、扉へゆっくり歩いていく。
扉の前に立つと、霧崎は、くるりと振り向いて、六花ちゃんの太ももを手に取ってねろりと舐めた。
「では、ごきげんよう。またお逢いできるといいですね」
微笑んで、扉の向こうへ消えた。
「……変態め……」
六花ちゃんは笑顔で毒づいた。いや、笑顔じゃない。眼が憎悪を帯びている。
「……ああ、無理に笑ってたから、口の形が直らなくなっちゃったなあ……参ったね、月下君」
「う……っ」
めまいがする。吐きたくても吐けない。
なんとか、ぼくは立ち上がった。
六花ちゃんの、頭と胴体だけの身体を抱き上げる。
軽い。
そりゃそうだ。
手足ないんだもん。
抱きやすくて仕方ない。
ぼくは、ぼろぼろ涙をこぼしながら、建物を出て、病院へ走った。

〈続く〉
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