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第一章
第一話 7 涙の余波
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ぎゅう、と力強く―――小向が腕を聖月の腰へまわしている。
その痛さが、聖月に対して大丈夫だよといわれているような気持ちになった。
「ごめん。覚えていたこと、思い出した?」
小向はすまなそうな声音でいう。聖月はぼんやりと考える。同情してくれているのだろうか。
なんだか鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔を押し付ける形になってしまって悪いような気がしたが、この小向からの抱擁を聖月はぼんやりと力弱く受け入れた。
***
案内しますと神山はいった。
小向が聖月に対する抱擁を見ていた神山は、聖月の顔を見るとひどく驚いた表情をしていた。神山の表情は、驚きとなぜか怒りの表情の顔だった。
一瞬聖月を睨みつけるようにして見ると、フンと鼻を鳴らした。まるで彼は、行動としぐさが子供のようだった。何かの見間違えだろうか。聖月は自分の目を疑った。すぐにこんな美しい青年がそんなことしないだろうと聖月は決めつけ、従順に聖月は神山の後をついていった。
神山は、何事もなかったように平然と階段を上っている。階段をあがる姿でさえ綺麗で、背中を追っているだけで夢心地になる。やっぱり見間違えのようだ。こんな綺麗な人が人を睨むなんてことをするはずがない。
だが―――。見間違えではないかという気持ちもあったが、やはりはっきり見てしまった聖月は神山の顔が気になってしょうがない。まるで神山の顔は、自分への対抗心に見えてしまった。自惚れなのかもしれないが、まるでドラマに出てくる嫉妬心に燃えた女性のような顔をしていたように聖月は見えたのだ。
ううむ、と聖月は答えの出ない問題に頭を抱えた。
あのあと、小向のおかげか涙は止まったが、あの神山のどす黒い対抗心の目を見たら、また聖月は泣きたくなっていた。
一言二言か話してないのにもう嫌われてしまったのだろうか。
やっぱりいきなり泣いたのがいけなかったのだろうか。今の聖月は、目が充血して鼻が赤いみすぼらしい状態だ。
呆れられてしまったのかもしれない。―――そうだったら、悲しい。
2階まで上がると、神山はくるりと優雅に回転して聖月を見据えた。
こんな一つの何気ないしぐさがこの青年には、なんにでも美しく見える。
「君塚さん、小向様に何かしましたか?」
「え? 何もしてません」
急に問われ、聖月はかなり焦りながら答える。聖月の釈然としない回答に、神山はジロジロと訝しげに見てから「そうですか」と言った。
―――うう~ん、すっごく気になる…。
「君塚さんは、小向様と会って何日目ですか?」
「えーと、二週間目?」
さっきから神山は、こんな会話も続かないだろう意味のない質問をしていた。しかも何度も。聖月がしつこく感じるほど、こまごまとした問いかけが多かった。そしてすべて小向と聖月の関係を疑うようなそぶりだ。
なんだ、なんだ。俺が何かしたか?――まぁ、小向さんと顔を合わせたのはまだ2回だけだけどさ。
そんなことを聖月は思っていたが、いつのまにか4階に着いてしまったらしい。聖月の目の前に大きな扉があった。
そこに神山は立っていたので、聖月もそれについていった。
「ここが小向様の部屋です。そしてコチラは、」
神山はスッと流れるように右の扉に立った。
「ここが、今日からあなたの部屋です」
そう歌うように言って神山は右のドアを開ける。そして玄関に入り、少し廊下を歩いてから木製のニスが塗ってあるドアが開かれると、実家よりも大きい部屋が目の前にあって驚いた。てっきり施設と聞いていたから、もう少しこじんまりとしたものを想像していたが、まったく違かった。
聖月はまるでリッチな一人暮らしが始まるような気分になっていっていた。なんだかすごくワクワクとしてしまう。
引っ越し業者が置いてくれただろう家具やら生活用品がたくさん入った段ボールが、ところどころに置かれていた。
一人部屋か。それにしても大きい部屋だ。聖月は、感嘆のため息を吐いた。
実家よりも大きいこれから自分の部屋になるこのワンルーム。
ここから、始まるのだ。
「神山さん。ありがとうございました」
作り笑いをするのが苦手な聖月は、ぎこちなく口角を上げた。
すると、神山はこちらこそ――。といって微笑んだ。ぶわっと薔薇が舞ったような錯覚に陥りそうな微笑みだ。やっぱり、あの睨んだ神山さんは見間違いだったんじゃ―――?
ガチャリとドアを閉め、ぼんやりと一人なった部屋を聖月は見渡した。
段ボールが、いくつもつみかさなっている。
部屋に何を置くかどうか、頭の中で組み替える。
段ボールのガムテープをバリバリとはがし、捲りながら頭を聖月は働かせる。
その痛さが、聖月に対して大丈夫だよといわれているような気持ちになった。
「ごめん。覚えていたこと、思い出した?」
小向はすまなそうな声音でいう。聖月はぼんやりと考える。同情してくれているのだろうか。
なんだか鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔を押し付ける形になってしまって悪いような気がしたが、この小向からの抱擁を聖月はぼんやりと力弱く受け入れた。
***
案内しますと神山はいった。
小向が聖月に対する抱擁を見ていた神山は、聖月の顔を見るとひどく驚いた表情をしていた。神山の表情は、驚きとなぜか怒りの表情の顔だった。
一瞬聖月を睨みつけるようにして見ると、フンと鼻を鳴らした。まるで彼は、行動としぐさが子供のようだった。何かの見間違えだろうか。聖月は自分の目を疑った。すぐにこんな美しい青年がそんなことしないだろうと聖月は決めつけ、従順に聖月は神山の後をついていった。
神山は、何事もなかったように平然と階段を上っている。階段をあがる姿でさえ綺麗で、背中を追っているだけで夢心地になる。やっぱり見間違えのようだ。こんな綺麗な人が人を睨むなんてことをするはずがない。
だが―――。見間違えではないかという気持ちもあったが、やはりはっきり見てしまった聖月は神山の顔が気になってしょうがない。まるで神山の顔は、自分への対抗心に見えてしまった。自惚れなのかもしれないが、まるでドラマに出てくる嫉妬心に燃えた女性のような顔をしていたように聖月は見えたのだ。
ううむ、と聖月は答えの出ない問題に頭を抱えた。
あのあと、小向のおかげか涙は止まったが、あの神山のどす黒い対抗心の目を見たら、また聖月は泣きたくなっていた。
一言二言か話してないのにもう嫌われてしまったのだろうか。
やっぱりいきなり泣いたのがいけなかったのだろうか。今の聖月は、目が充血して鼻が赤いみすぼらしい状態だ。
呆れられてしまったのかもしれない。―――そうだったら、悲しい。
2階まで上がると、神山はくるりと優雅に回転して聖月を見据えた。
こんな一つの何気ないしぐさがこの青年には、なんにでも美しく見える。
「君塚さん、小向様に何かしましたか?」
「え? 何もしてません」
急に問われ、聖月はかなり焦りながら答える。聖月の釈然としない回答に、神山はジロジロと訝しげに見てから「そうですか」と言った。
―――うう~ん、すっごく気になる…。
「君塚さんは、小向様と会って何日目ですか?」
「えーと、二週間目?」
さっきから神山は、こんな会話も続かないだろう意味のない質問をしていた。しかも何度も。聖月がしつこく感じるほど、こまごまとした問いかけが多かった。そしてすべて小向と聖月の関係を疑うようなそぶりだ。
なんだ、なんだ。俺が何かしたか?――まぁ、小向さんと顔を合わせたのはまだ2回だけだけどさ。
そんなことを聖月は思っていたが、いつのまにか4階に着いてしまったらしい。聖月の目の前に大きな扉があった。
そこに神山は立っていたので、聖月もそれについていった。
「ここが小向様の部屋です。そしてコチラは、」
神山はスッと流れるように右の扉に立った。
「ここが、今日からあなたの部屋です」
そう歌うように言って神山は右のドアを開ける。そして玄関に入り、少し廊下を歩いてから木製のニスが塗ってあるドアが開かれると、実家よりも大きい部屋が目の前にあって驚いた。てっきり施設と聞いていたから、もう少しこじんまりとしたものを想像していたが、まったく違かった。
聖月はまるでリッチな一人暮らしが始まるような気分になっていっていた。なんだかすごくワクワクとしてしまう。
引っ越し業者が置いてくれただろう家具やら生活用品がたくさん入った段ボールが、ところどころに置かれていた。
一人部屋か。それにしても大きい部屋だ。聖月は、感嘆のため息を吐いた。
実家よりも大きいこれから自分の部屋になるこのワンルーム。
ここから、始まるのだ。
「神山さん。ありがとうございました」
作り笑いをするのが苦手な聖月は、ぎこちなく口角を上げた。
すると、神山はこちらこそ――。といって微笑んだ。ぶわっと薔薇が舞ったような錯覚に陥りそうな微笑みだ。やっぱり、あの睨んだ神山さんは見間違いだったんじゃ―――?
ガチャリとドアを閉め、ぼんやりと一人なった部屋を聖月は見渡した。
段ボールが、いくつもつみかさなっている。
部屋に何を置くかどうか、頭の中で組み替える。
段ボールのガムテープをバリバリとはがし、捲りながら頭を聖月は働かせる。
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