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第一章
第二話 26、27 勉強会は夕焼け色に染まる
しおりを挟むその後聖月たちは、十夜による勉強会を始めた。
先生は、もちろん十夜だ。十夜の指導は巧みなもので、聖月のすっからからんな脳でもよく分かる説明だった。
だが、人というものは一度に分かることが、限られている生き物だ。1分間の間に100個単語を覚えろなんてことは、まず出来ない。集中力もすぐに切れてしまい、耐えきれない。勉強嫌いな聖月には30分が限度だった。
十夜の教え方は自身でも言っていた通り、スパルタといえるもので聖月の理解力と精神力では耐えきれないものだった。
聖月は理数系が苦手だ。数学は必然的に、嫌でも公式を覚えなければ何もできない。が、聖月にはそれが一番苦手なことだった。
公式を覚え、それを活用して解くのがどうしても難しく苦手なのだ。覚えなければ何も始まらないとは分かっているが、これは結局最終的には将来に何も役に立たないものだと考えてしまい聖月の頭の中には一向に入ってこない。
その聖月の悪い癖を見抜いた十夜が、徹底的にかなり厳しく聖月をそんな甘い考えでさえ鍛えなおして公式を鬼のように覚えさせたのだ。
そのスパルタが功を奏したのか、だんだんと聖月は結果を出していった。初めは40点ぐらいだった数学の小テストが、最後のテストでは80点以上とれる結果になった。
十夜はアメとムチを見事に使いこなして、聖月をしごき指導したのだ。
相当の教え上手で、十夜はやり手であることが証明された。そんな様子で聖月の学力は、著しく変化しいい方向へと向かっていったのである。中学ぐらいまで塾に通っていたから教えるのは得意と言っていたが、もともとの頭の良さも起因している気がする。
一方の聖月よりも覚えが悪く成績があまり良くない衛はというと、教え上手で秀才な十夜でも手こずっていた。あまり教え上手ではない聖月がみてもそれはよく分かった。
十夜が衛に勉強を教えるのが疲れてしまうといっていた理由が、聖月にはよく理解できた。ようやく分かった。聖月よりも理解力が低いことは低いことは知っていたが、想像以上だった。もちろん、悪い意味だ。
衛は国語が苦手らしい。
まず、その状況を把握するために前のテストを見せてもらうと芳しくなく酷いものだった。点数は、普通は平均点が高くだいたいの人が50点以上いく科目だろうに衛の点数は38点だった。十夜と聖月はその点数を見て思わず、二度見をした。
聖月でさえ、そのときの国語のテストは80点だったので、ことの重大さがよく分かることだろう。
問題文と回答が、よくみると噛み合っていない。
それ以上に目立つのは、漢字間違いなどのケアレスミスだ。句読点や、濁音がなくバツになっているのも多々ある。
これを直したらきっとあと10点は上がっていただろうほど、衛は言葉のミスをしていた。
それと異常に、ひらがなが多いのも衛の回答用紙の特徴だった。
問題がどうとか筆者の考えていることを理解しているなどの問題ではなく、まず基礎が衛になっていなかったのである。
十夜は痺れを切らして、中学生レベルの漢字ドリルを衛に取り組ませた。初めは小学生レベルにしようかと、十夜は悩んでいたが時間がなかったのでそれは諦めたらしい。
衛にはまず基礎が大切だと判断した十夜の教えは衛に合っていた。
どんどんと小学生がやりそうな、漢字の間違いが出てきたのだ。段々とこなすうちにそういったミスはなくなっていった。その次の勉強は、テストでも大きな点となる文章題である。
一度衛に十夜は小テストを行うことにした。その問題は聖月には――というよりは中学生でも簡単な問題だったが、十夜は衛にそれを取り組ませた。
30分間それを衛にやらせ、その答案用紙をみると悲惨なものだった。今までやってきたことは全て無駄だったのかと、聖月と十夜は絶望する。
さすがの十夜も
「お前は今まで何をやってたんだ! 小学生に戻れっ」
と怒鳴ったぐらいだ。鬼の形相で、衛に迫る。
「なんで、お前《一休》のこと漢字を間違えて《一体》になってんだよ! 思わず俺笑ったけど、何間違えてんだっなめてんのかっ」
十夜はその問題を指差して、衛に詰め寄った。聖月もその問題を見て、思わず笑ってしまった。
衛が飄々と、怒っている十夜にピアスがある舌をぺろりと出して、へらへらと笑って答えた。
「あー、だってさー《体》と、《休み》っていう字似てるじゃん? 間違えるのも無理もないと思うんだよ」
「そういう問題じゃないだろっ。あとお前30文字で答えを文章から書き抜きなさいっていってる問題なのに、28文字で書いてどうすんだよ。句読点をはずすなアホ。これで句読点外さなかったら合ってたんだぞ? もったいない」
「あはは。ごめん、ごめん」
「反省する気ねえだろ、お前。ちょっと表でてこい」
「えー? いや、反省してるって」
「嘘つけ」
十夜は衛の反省する気がない態度に苛々したのか、その後聖月を教える以上に声を張り上げ衛に勉強を教えることになった。
夕方になるまで、その声は止まなかった。夕方になっても衛は、考えもつかない予想斜め上の質問をしたり、回答をいった。
いわゆる、珍回答というやつだ。それを素でやってしまう、衛はすごいと聖月は思う。
その珍回答をどう直していいのか、十夜は悩まされることになった。そのどちらにとっても地獄のような勉強会は、時刻が夕方の5時になるまで続けられた。
空がオレンジ色に染まったころ、3人は学校を出た。
勉強が終わったころ、十夜は声が掠れていた。まるでカラオケ終わりだなぁ、と聖月は思う。屋上のカギは十夜が、職員室にまで返していってくれた。
教えてくれたお礼に、聖月と衛は十夜にオレンジジュースを奢る。十夜は聖月には喜んでくれたが、衛にはそっけなかった。相当衛に教えるのが、辛かったのだろう。衛は十夜と聖月とは家が逆方向なので、校門をでたすぐに別れることになった。
十夜と聖月の二人は一緒に帰ることになり、学校のすぐ近くにあるバスに乗った。
空いていたので、いちばん後ろのゆったりとした大きい座席に並んで座った。
十夜は聖月と衛の教えるのが、とても辛かったのかバスに乗っていてもダンマリとしたままだった。たまにオレンジジュースを飲むだけだった。気まずかったので聖月は先程の勉強会のお礼をいうことにした。
「十夜ありがとう。勉強すごいよく分かったよ。これで次のテストにも頑張れる気がする。いい点取れたら、十夜のお陰だよ」
ずっと黙っていた十夜だったが、聖月の言葉を聞くと目を少し細め美しく微笑んだ。
「いや…うん…まあ…喜んでくれたら嬉しいよ。でも、衛には正直びっくりしたわ。昔より悪く進化してたわ。アイツの解答みたか? ひらがなばっかで、読みにくいの何の。ほんと、衛は成長しないわ」
女性がうっとりする笑顔を見せたと思ったら、十夜は口悪く気だるそうに衛のことを話す。
色々とそれがいつもの顔とギャップが十夜にはあって、聖月には面白かった。それだけ、衛のことを教えるのは大変だったということだろう。いかせん色っぽく端正な顔立ちを十夜はしているので、疲れた表情をしていても色香を放っている。
くたびれた男性が、守りたくなってカッコいいと騒ぐ女性の気持ちが聖月にはよく分かった気がした。
「たしかにね。創作漢字がいっぱいあっておもしかった。どうしてあんなに漢字が作れるんだろう」
十夜は聖月の発言に肩を震わせ、ケタケタ笑い始めた。
「ぶっ、くくくく…。ああ…そうだな。でも、それが衛だからなぁ」
聖月は、十夜が笑っている所を見ながらバスの窓の背景をぼんやりと見る。どんどんと過ぎていく風景とともに、聖月の気持ちは重く沈んだものになっていく。さっきまで聖月は楽しかったのに、みるみると気分が重くなっていった。どうしてだろう。寮に戻るからだろうか。
十夜は気が沈んでいる聖月を察したのか、優しい提案をしてくれた。
「あのさ…来週の日曜日に一緒に映画みにいかね? 俺、見たい映画あるんだよな」
それは十夜からの嬉しい遊びの提案だった。遊びに誘われて、喜ばない人間なんていないだろう。聖月は遊びに行こうかといわれて、気分が高揚とした。
聖月は頭の中で、スケジュールを確認して笑顔で答えた。
「うん! 俺、行きたいっその日開いてるから、一緒に遊ぼうっ」
興奮して聖月が嬉々として答えると、十夜が嬉しそうに微笑んだ。先程の疲れは、今の十夜にはなかった。
「そっか、よかった。じゃあ、あとで、詳しいことメールする」
「うん、了解」
夕焼けのオレンジ色に染まった空と、十夜の柔らかい笑みは混ぜ合わさってとても綺麗だ。茶髪の髪がキラキラと、夕焼けの光で光り輝いている。夕日に包まれている十夜は、とても美しい。
勉強を教えてくれて、気分転換に遊びに誘ってくれる―――こんな優しい友人と一緒にいて、聖月は嬉しかった。胸の中に温かい幸福感がじんわりと広がっていって、聖月の心を満ち足りたものにしていく。
自分は、幸せだと聖月は心の底から思った。
両親が死んでしまった時は、神様を恨んだ。自分はいちばん不幸な人間なんだと、聖月は嘆いた。どうして、こんな酷い仕打ちをするんだと泣き叫んだ。酷い、酷い、酷い…世界中の人々を意味もなく恨んだりもした。だけど、それは聖月の間違えだったのだ。
優しい夕焼けも、バスに揺れるこの感覚も心地よさもすべてが愛おしい。
隣に一緒に笑って話せる友人がいて、聖月は幸せだった。
このままずっと、こんなやさしい幸せなときを過ごせればどんなに嬉しいのだろう。ずっと、このままこの温かいぬるま湯に浸かっていたい。
目の前に広がる夕焼けの色の染まったバスの中を見て、聖月は尊いものを感じた。聖月は、ゆっくりと目を閉じた。十夜が聖月をみて、驚きの声をあげた。
「聖月……? どうした…?」
十夜は聖月をみて不思議そうな…驚いた顔をしている。聖月は何故そんな驚きの顔を十夜はしているのか、不思議な気分になった。
「なに…?」
「お前…泣いてる……気づいてないのか…?」
「え?」
十夜にいわれて聖月は、びっくりした。急いで、自分の顔を触れてみた。すると、濡れたものが聖月の頬にあった。本当に、聖月は気づかずに泣いていたのだ。そう自覚すると、聖月の涙は止まらなかった。
「…ぁ…あ…」
聖月は、知らず知らずのうちに顔を両手で覆った。はらはらと、涙はとめどなく流れる。十夜は、そんな様子の聖月を見ていたがしばらくするとこう呟いた。
「綺麗だ…」
「え…綺麗…?」
十夜は、聖月の目を覗き込んだ。両手を顔から剥がされて、聖月は言葉を失った。十夜は涙が止まらない聖月の瞳を、食い入るように見つめている。
「夕焼けの色が、聖月の瞳に映りこんでる…あぁ…綺麗…ビー玉みたい…夕日の海みたいだ…」
うっとりと十夜に甘い声でいわれ、聖月は仰天する。美しい顔が目の前にあり、心臓が鼓動を早くした。
だが、そのあとの「カメラに収めたい」という言葉に我にかえり聖月は、十夜を押しのけた。ついでに涙も止まった。
「あー、見れないじゃん。聖月もっと見せろっ」
「うあ、やめろ! 涙も止まったし、もう見れないって」
そんな馬鹿みたいなやりとりをして、いつのまにか十夜の降りるバス停に着いてしまった。十夜は急いでバスから降りてことなきをえた。慌てる十夜を見ながら聖月は十夜に向かって手を振る。十夜もそれに対し満面の笑みで手を振ってくれた。
―――聖月は、信じていたのだ。
ずっと、このままの平凡ではあるが優しい幸せが続くと。信じてやまなかったのだ。聖月は奈落の底へと落ちる準備を神がしているとはまだ知らなかった―――。
◆ 第二話 END 第三話に続く ◆
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