アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第一章

第三話 34 密談 -神山、蒼、ケイ、-

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◇◇◇◇◇◇◇◇




 聖月が、一人で早々に自分の部屋に戻っていき、神山たち3人はそれを見送った後、聖月が聞いても分からないだろう話を繰り広げていた。
「へえ、もうケイと蒼は聖月と仲良くなったんだ」
 聖月と話すよりも、崩した口調で話すのは神山だった。聖月の前では、名字でさん呼びだか今はそれがない。
 口調が軽くなったのは、ケイと蒼は自分よりも弱い立場で年下だからだ。そして、聖月のことも軽く見ている証拠だった。
 当たり前だが、神山よりも聖月のほうが年下だからだ。それとは別に、違う理由もあるのだが。
 従業員と聖月には話しているが、本当は神山には別の仕事がある。それの立場がケイと蒼が下なので、聖月がいない今それを発揮していた。そもそも聖月がいなければ、神山は敬語なんて使わない青年だった。
 小向のような上の立場だったなら、敬語を使う。が、そのほかはすべて軽い口調なのだ。
 本音をいえば神山も聖月なんて人物に敬語なんて使いたくないが、すべては小向の命令があるからだ。
 小向の命令は絶対。
 それは神山たちのなかで絶対であるからだ。
「はい、そうですね。気になっていたので」
 蒼も、上の立場である神山に敬語で語りかけた。蒼は言いながら「おかわりとってくる、ケイはいるか?」と隣で皿を見てぼーっとしているケイに問いかけた。
 ぼんやりしていたらしいハッと視線をうろつかせるとケイは声に反応して「ああ、うん。よろしく」と答えた。
 蒼が席を立ち、しばらくするとカレーの入った皿を二つ軽々と持っている蒼が帰って来た。
「ありがと」
「ああ」
 カレーはそのままケイの前に置かれ、ケイは感謝の言葉を蒼に向かって言う。蒼も同調して、返事を返した。二杯めのカレーを、二人はしばらくの間無言で食べていた。美味しいなどの感想も言わずに、カチャカチャと金属と皿の擦れる音が響くだけだった。だれも口を開こうとはしない。
 妙な空気が3人を包む。
「……二人は、聖月のことどう思う?」
 それを破ったのは、神山の一言だった。
 その瞬間、蒼の瞳がわずかに昏い光を帯びた。期待し、愉しむような目。カレーを掬うスプーンの動きも鈍る。神山のその声で、蒼の雰囲気が変わったのは紛れもない事実だった。
 それに気付いたのは隣に座っていたケイだけで、神山は気づかない。それよりも、問いかけのほうで頭がいっぱいだったからだ。ケイはそんな様子の蒼をじっと見るだけで、何もいわずに深くは言及しなかった。
「いっつも無表情だけど、仲良くなると普通の男のように笑ったりする奴だってことは分かりましたけど…」
 蒼は、観察して思ったことを神山に話す。
 聖月は一見何を考えているのか分からない。
 何をしてしていても、だいたい無表情でいるからだ。 初対面の人には緊張して無表情になってしまうのだと、聖月自身がぼそぼそと話していたことを蒼は思い出していた。表情筋が極端に動かないんだよと愚痴を言っていたことも、蒼の記憶にはぼんやりと聖月が言っていたのを覚えている。
 そして、緊張すればするほど無表情になってしまうんだ――とも。
 無表情だった顔がだんだんと、変わっていくのはそれだけで面白い。どういう行動をすれば、どんな表情を見せるんだろうと興味を持ってしまう。聖月は平凡で面白みが無さそうに見えるが、そこに気づいた人間は深みに嵌ってしまう。
 それはきっと、ケイも蒼も――小向も思っていることだろう。
 ケイも蒼の声に耳を傾けているだけで、口は開かない。
 ケイが聖月に初めて会った時は、ガチガチに緊張しているなと率直に思った。
 無表情という仮面で覆われていても、隣に座っていたケイには聖月が緊張していることが丸わかりだった。だから、話しかけた。新入りが来るとは聞いていたが、思ってもみない容姿と雰囲気だったので好奇心が上回ったのもあるが。
 それが今の状況を作り出しているので、結果オーライだったわけだが。
「そう…」
 不本意そうに神山が言うと蒼がとたんに楽しそうに、口を動かした。
「ははっ、なんでそんなこと聞くんですか?」
 なぶるような、ためすような蒼の声。その言葉に神山は顔を俯かせたが、やがて上を仰いではっきりとした口調で言い放った。
「小向さんが、聖月をココで働かせようとしてる……」
「っぷ、マジですか?」
「え、本当ですか?」
 ケイと蒼はそれぞれ違う反応をした。ケイは純粋にそのことに驚いているようだが、蒼のほうは元から分かっていたように『マジか』と笑った。初めからこうなることを、予期していたように。得意げな蒼に、ケイは突っ込みをいれそうになる。が、ケイはそれをすんでのところで押さえる。
 今そんなことをしている場合ではないからだ。二人の反応を観察しながら、神山は続けて言う。
「そう言ってた。あの人は聖月は売れるだろって言ってたけど、俺はそう思わないから」
「ははっ、秋人さんはっきり言うな~」
「たしかに、はっきりいいすぎかも……あははっ」
 ケイと蒼は神山の言葉で声を立てて笑った。
 神山の言い方が子供っぽく、そう話している表情もまさしく――不貞腐れたようだったのでいつも綺麗で繊細そうな神山普段とのギャップが激しいのか笑いが込み上げてきたのかもしれない。
 3人がひとしきり笑った後、蒼が口を動かした。
「たしかに、売れなそうだよな、聖月。でも俺は結構売れると思いますよ。泣き顔がそそりそうだし」
 意外な蒼の反応に、神山は目を剥く。小向と同じことを言ったので、それにも驚く。唇の端についたカレーを舌なめずりするように舌でとった蒼は、別の顔を見せていた。神山は、心の奥底で初めて小向にそれを言われた時と同じ感想を抱く。たぶんそれは誰に言われても、何を言われても変わらないことだ。
 聖月が売れるなんてありえないだろう――とこっそり毒を吐く。
 ケイも、蒼と同様の肯定な言葉紡ぐ。
「それ俺も思った。なんかいじめがいありそうだし」
「おい、それお前がいうかよ?」
「えー?」
 いじめがいがある。
 蒼とケイがいつも通りの会話を繰り広げている間神山は、その言葉を反芻した。
 たしかにそうかもしれない。平凡で、地味で、凡庸といえる容姿だが、雰囲気がどこか庇護欲をそそるのだ。それは、小向も言っていた通りのこと。神山も薄々感じてとっていたことだった。それを神山が認めたくなかっただけ。
 それと同時に、残忍な想いも聖月を見ているとむくむくと湧きあがってくる。
 無表情なあの顔を歪ませたい――そんな気持ちが。
 男に兼ねそわなっているナニかを刺激する。
「やっぱり、聖月はソッチ系の人に好かれるかなぁ」
 ケイが感慨深そうに、蒼に問いかける。蒼は首を傾げた。
「ソッチ系の人?」
「Sっ気が多い人。蒼も気にいったみたいだし、相当だよねえ。俺もちょっと虐めてみたいしさぁ…」
 うっとりとした様子で、ケイが話す。その方法をどうやるか妄想しているしているようで、ウキウキとしているのが丸わかりだ。
 特にSではないケイがそうはっきり断言して言うのだから、確実だった。
「そうかもなぁ。なぁ、秋人さんまだ聖月にここがどういうことか話しました?」
 それはケイと蒼が気になっていた疑問の一つだった。ケイがナイスという目で蒼を見つめる。蒼はその励ましに、小さく頷いた。二人は、神山が話すだろう答えを期待しながら待っていた。
 やがて、《持ち》という永遠とも思えた時間はすぐに来た。
「いや、話してない。いずれは――たぶん夏休みが終わるまでには小向さんが話すんだろうけど」
 答えを待っていた二人は、思わず息を呑んだ。
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