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第一章
第四話 45 鑑賞会
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歩いていき映画館に着くと、十夜は笑った。
「なぁ、これ見に行こうと思うんだけどどう?」
その映画の広告を見て笑いかけ、まるで――恋人同士みたいな優しい声音で話しかけて来る十夜に聖月は複雑な想いに駆られる。
「ねえ、なんでそんな十夜楽しそうなの?」
どうしてか、と疑問を抱いて問いかける。
十夜は、見た感じでは軽そうに見える。だが、そこまで、めったに喜んだりはしない男なのだ。それに、こんなに楽しそうな様子の十夜は見たことない。そんな疑問を持ち、問いかけた聖月に、十夜は口角をあげる。
「だって、聖月と一緒に映画に行くなんて久しぶりだろ? 二人っきりで楽しい」
「え…っ」
満面の笑みで、云われて聖月はその刹那息を止める。
その笑顔はなんだか、胸が締め付けられる。
「は、恥ずかしいこというなよっ」
聖月は、なんだか妙に恥ずかしくなってしまい手で顔を覆う。なにせ、十夜は美男子だからこう喜ばれてしまうと恥ずかしくなってしまうのだ。
「えー、なんだよ、恥ずかしがってんのー?」
ギャハハ、と下品な笑い方で聖月のことをからかった。そこには、今までの品のかけらもない。その軽薄な目の色が、ある一点の場所を見て、ある種の色をあらわした。それは、十夜の怒りの炎そのものだった。
「なに、これ?」
ギュウッ、と音が立つぐらいに右手の手首を捕まれる。十夜の顔は今までに見たことのないほど、険しいものだった。
怖い…――。
そう本能で感じてしまうほどの、強い怒りの表情。
「…ッ! いった、な、なに……――!」
十夜に痛いぐらいに、険しい顔で見られている場所は、昨日のことが蘇る赤黒い痛々しい痕だった。
「……ッ、ぁあ…」
聖月は、取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいて、喉に絡んだ掠り声を細々と出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
聖月は、足取り重く、腰の鈍い痛みに耐えながら、施設に向かっていた。
戻りたくないなあ…。
と、心の中でため息をつく。施設に帰っても戻っても、何もいいことがない。施設が悪魔の巣窟だったことを、思い知らされたからだ。みんなが、敵だという信じたくないことも、聖月は分かってしまった。
十夜の勧めてくれた映画は、たしかに面白かった。だけど、内容があまり覚えてないのだ。ラブストーリーだったのは覚えているが、詳しい内容は忘れてしまった。今日何をしに映画を見てしまったのかも、何もかも霧がかかっている。それもこれも今なお続くこの体中の痛みのせいだ。
身体が痛んで、映画に集中できなかった。座って休まっているはずなのに、今なお痛みは続いている。ぼんやりと先ほどの出来事を思い出す。何よりも、十夜のあの顔がこびりついてはなれない。
『なに、これ?』
そういって、十夜に右手を痛いぐらいに握られる。
十夜が、泣き笑いの表情になった。聖月は、しまった、困った…と困惑した表情になる。何か喋らないと――と口を開いて話した言葉は小さく掠れた。
「なにこれって…」
聖月が、目線を泳がせると十夜の目の色がまざまざと変わる。
何かあっただろ…と、ビシビシ伝わってくる疑いの目だった。いつも軽そうな十夜の顔が強張っていた。それを見てまるで身体中に荊(いばら)が絡んだみたいに聖月は身体が動かなくなる。
「何か遭ったんだろ?!」
ざわり、と十夜の怒声にあたりが騒がしくなる。聖月たちがいるのは、公道の真ん中だから目立ってしまっていた。いくつもの視線で、聖月は本格的に震えが止まらなかった。何か云わないと、とは分かるが唇が震えてまともに言葉が紡げない。
「ぁ…あ…」
「何とか云えよ!」
耳に突き刺す叫びに、聖月はハッとなる。
十夜の顔は、さまざまな表情をしていた。心配していて、何か遭ったのではないかと訝しげな顔。十夜にそんな顔をさせたくなくて、やっとのことで言葉を紡ぐ。
「いや、これは……ほら! 施設で、手錠取りゲームやって、手錠取る為に暴れたら痕になっちゃっただけだからっ、そんな怒んないでよっ」
自分でも驚くぐらい妙に納得する言い訳が思いついた。その説明に、納得したのか痛いぐらいに捕まっていた右手が外された。
「本当に、そうなんだな?」
十夜の真剣な表情を見たのは、いつぐらいだろう。
内心で、ごめんと謝りながら聖月はこくりと頭を上下に動かす。
「べつに…何か遭ったわけじゃないからだいじょうぶだよ」
ぎこちない笑顔で、聖月は頷いてみせる。本当は、そんなことはないのに。本当は、今にでも十夜に泣き言を言いたいぐらいなのに。そんな弱い自分を押し殺して、十夜に聖月は笑ってみせる。十夜が安心した表情で笑いながら
「そっか。聖月がイジメにあったとか思ったじゃんかよ」
「え~、十夜のほうが虐めてんじゃんっ」
「ははっ、それもそうか」
聖月は、笑いながら心が冷たくなっていくのを感じた。もう、自分は十夜と一緒に歩く資格なんてないような気がして、十夜の笑い声を聞きながら泣きそうになる。
――十夜の、触った場所の痛みは当分取れそうになかった。
十夜と別れて施設に向かうが、足取りは相変わらず重い。
やっとのことで、施設に着くと、今後のことが不安でしょうがなかった。自分がどうなってしまうのか、今後のことがまったく分からないし、希望が持てない。ここから、逃げ出せばそんな不安からも開放されるのだろうか。西洋風の建物は、はじめは美しいと思っていたが今は別の感情が支配されている。
「……」
大きい玄関を通ると、誰もいなかった。それがよかったのか、悪かったのかがもう聖月には分からない。
聖月は重い足取りで自身の部屋に向かう。部屋に戻ったら早々に荷物をまとめて、ここから逃げよう――…聖月はそんな決意をぼんやりしていた。逃げて、兄のところに戻ろう。それがダメだったら、十夜に頼み込んで部屋を無理を承知で貸してもらおう…と。
どうしてこうなったのか聖月には分からなかった。こんなとき泣けばいいのかも、全て分からない。
聖月は、自分の部屋のドアを開けようとするときに、どこか違和感を感じて手を止めた。
「…鍵が開いてる……?」
今朝、ちゃんと閉めたはずだ。なのに、何故開いているんだろうか。
嫌な予感がして、ドアを開ける。
誰も、いないはずなのに。自分の部屋のはずなのに――なぜか話し声が聞こえる。ここには、誰にも入れたことがないはずだ。なのに、なんで人の声がするのだろう。テレビもちゃんと消して、出かけていったはずなのに。
ゆっくりと足音を忍ばせて廊下を進んでいく。段々と部屋に近づいていくにしたがって声が大きくなっていく。
「ぎゃははは、なにこの聖月! ただのお人形じゃん~。揺らされて、揺れているだけだし。 顔も死んでるしっ! あはは、面白い! 見返すとサイコーッ」
「笑わないでよ、聖月がかわいそうっ。でも、本当に顔が…真顔っていうか…」
「抜け殻って感じだなぁ。でも、ここ見ろよ、ちゃんと反応してるし素質はあるね。エロいなぁ…」
「うはぁ、えっろ。ちゃんと反応してるってことは、気持ちよかったってことだよなぁ! ぷっ、くくく…あの顔がこうなるとは思わなかったなぁ!」
聖月は、目の前が真っ白に染まっていくのを感じた。
目の前の状況が倒錯的すぎて、現実と妄想の区別が出来ない。
目眩がする。耳鳴りが鳴って、頭痛がしてもう狂いそうだった。もう、立っていられない。自我を保つのがやっとで、その場で崩れ落ちるのも容易かった。今、ナニが起こっているのだろうか。目の前に行われていることが、聖月にとっては狂気に他ならない。
「あ、ぁああ…っ!」
喉元から、不協和音の叫びが漏れる。自分の出したと思いたくないほど、切羽詰っていた。
「おー、戻ってきたのか。おかえり~」
あはは、と軽快に笑って蒼が手を振る。隣には、ケイもキダも居る。ケイは驚いた表情だが、キダはニヤニヤと蛇のような笑みをしている。
「み、見るなぁ…っ、こんなの…なくなれば、いいんだ…ぁあ…、あぁあ…ッ」
聖月は、テレビに近づくと大声で喚いた。目には大粒の涙を浮かべ、懇願するような声でテレビに縋り付く。
そこには、自分が――昨日の聖月が映っていた。大きな画面のなかで聖月は男たちに嬲られ、蹂躙されている。それは夢じゃないことの証明に他ならなかった。昨日のことが本当にあったのだと思い知らされて、聖月は子供のようにわんわんと泣いた。
画面のなかの聖月はまるで人形のように顔が青白く、蹂躙されているのに無表情だ。なのにそれとは対照的に涙をはらはらと流している。
昨日、自分は壊されたのだとその顔を見て思ってしまった。もう、限界が来ていることは明白だった。裸の身体を大勢のバッタ――ではなく人間の男たちに舐められている。昨日のバッタは、本当にバッタではなかった。だが、気持ちの悪い男たちとバッタは聖月のナカでは同価値だ。
「うぅ、ぅうう…」
画面の声なのか、今の聖月の声かも分からない呻き声が部屋に響き渡る。聖月は、泣きながらDVDデッキからDVDを取り出す。こんな映像なんて見たくもなかった。
「こんなものっ! こんなもの、なくなればいいんだッ」
バキンッ!――床に聖月の渾身の力で叩きつけられたDVDが、綺麗に真っ二つに割れた。周りに居た3人が「あぁっ」と小さく叫ぶ。この激情をどうしていいかわからない聖月は、割れたDVDを何度も激情にまかせて何度も踏みつける。
「死ね、死ね、死んでしまえっ、死んでしまえーッ! お前なんか、お前らなんか、死んでしまえばいいんだっ」
大声で、罵声を浴びせながらDVDをこれでもかと踏みつけた。誰に対して、罵っているのかも、聖月には判断できなかった。3人は突然の聖月の豹変振りに、固まってしまって動かない。だが、あることに気づいたらしい蒼が悲痛にめいた声をあげる。
「あーっ、それ俺の買ったDVD! おい、聖月弁償してくれよ」
蒼の言葉に、興奮冷めない聖月は踏みつけながら怒鳴る。
「はぁ?! 弁償?! するわけねえだろ、こんなの! なくなったほうが、俺のため世のためなんだよっ」
フー、フーッ、と猫の威嚇の顔をして蒼を怒鳴り散らした。今の聖月には、普段の面影は一切ない。ただの破壊神に成り下がっていた。
「てめえ、俺の金返せよっ、この編集前のお前のDVD何百万したとおもってんだよっ」
「知らねえよ! 蒼の金なんて! …って、何百万……?」
聖月は、思わずその言葉を聞いて固まってしまった。興奮が少し落ち着いてきたことをキダは分かったのか、あくまで優しく話しかけて来る。
「聖月、それにコレコピーとってるからこれひとつ壊したって意味ないよ」
にっこりと、完璧な笑顔で言われて聖月はまるで奈落へ落とされたような気持ちになる。しかも聞き捨てならないことを、キダはさらりといった。
「コピー…?! 早くそれ全部消してくれよおっ」
キダに、まるで子供が強請るように聖月は縋った。先ほどから聖月の気分は上下が激しく、周りにいる3人が困惑するほどだった。だが、キダはそんなそぶりをおくびにも出さずにただ笑って、聖月の要求をかわす。
「無理なお願いだなぁ」
「ふざけんなっ、あんなビデオこの世に残してもなんも価値はないんだよっ」
「あるんだな、それが」
「はぁ? 意味わかんねえ…」
キダの身体を思い切り叩こうとした矢先、ドアの開く音がして目をそちらに向けると、神山がノックもせずに部屋に入ってきた。急なことに驚いていると、神山は聖月以外の3人に軽く頭を下げて、顔をあげた。いつも通りに、神山は綺麗な顔をしている。
5人もこの部屋には居るので、少し眉をしかめ窮屈そうな顔をして、神山が口を開く。
「聖月くん、小向様が部屋に来なさいといっておられるので、今すぐ来なさい」
穏やかな顔で放たれた言葉は、優しげな言葉なのに、命令形でどこか怒気を含んでおり、聖月が瞠目するのには簡単なことだった。
「なぁ、これ見に行こうと思うんだけどどう?」
その映画の広告を見て笑いかけ、まるで――恋人同士みたいな優しい声音で話しかけて来る十夜に聖月は複雑な想いに駆られる。
「ねえ、なんでそんな十夜楽しそうなの?」
どうしてか、と疑問を抱いて問いかける。
十夜は、見た感じでは軽そうに見える。だが、そこまで、めったに喜んだりはしない男なのだ。それに、こんなに楽しそうな様子の十夜は見たことない。そんな疑問を持ち、問いかけた聖月に、十夜は口角をあげる。
「だって、聖月と一緒に映画に行くなんて久しぶりだろ? 二人っきりで楽しい」
「え…っ」
満面の笑みで、云われて聖月はその刹那息を止める。
その笑顔はなんだか、胸が締め付けられる。
「は、恥ずかしいこというなよっ」
聖月は、なんだか妙に恥ずかしくなってしまい手で顔を覆う。なにせ、十夜は美男子だからこう喜ばれてしまうと恥ずかしくなってしまうのだ。
「えー、なんだよ、恥ずかしがってんのー?」
ギャハハ、と下品な笑い方で聖月のことをからかった。そこには、今までの品のかけらもない。その軽薄な目の色が、ある一点の場所を見て、ある種の色をあらわした。それは、十夜の怒りの炎そのものだった。
「なに、これ?」
ギュウッ、と音が立つぐらいに右手の手首を捕まれる。十夜の顔は今までに見たことのないほど、険しいものだった。
怖い…――。
そう本能で感じてしまうほどの、強い怒りの表情。
「…ッ! いった、な、なに……――!」
十夜に痛いぐらいに、険しい顔で見られている場所は、昨日のことが蘇る赤黒い痛々しい痕だった。
「……ッ、ぁあ…」
聖月は、取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいて、喉に絡んだ掠り声を細々と出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
聖月は、足取り重く、腰の鈍い痛みに耐えながら、施設に向かっていた。
戻りたくないなあ…。
と、心の中でため息をつく。施設に帰っても戻っても、何もいいことがない。施設が悪魔の巣窟だったことを、思い知らされたからだ。みんなが、敵だという信じたくないことも、聖月は分かってしまった。
十夜の勧めてくれた映画は、たしかに面白かった。だけど、内容があまり覚えてないのだ。ラブストーリーだったのは覚えているが、詳しい内容は忘れてしまった。今日何をしに映画を見てしまったのかも、何もかも霧がかかっている。それもこれも今なお続くこの体中の痛みのせいだ。
身体が痛んで、映画に集中できなかった。座って休まっているはずなのに、今なお痛みは続いている。ぼんやりと先ほどの出来事を思い出す。何よりも、十夜のあの顔がこびりついてはなれない。
『なに、これ?』
そういって、十夜に右手を痛いぐらいに握られる。
十夜が、泣き笑いの表情になった。聖月は、しまった、困った…と困惑した表情になる。何か喋らないと――と口を開いて話した言葉は小さく掠れた。
「なにこれって…」
聖月が、目線を泳がせると十夜の目の色がまざまざと変わる。
何かあっただろ…と、ビシビシ伝わってくる疑いの目だった。いつも軽そうな十夜の顔が強張っていた。それを見てまるで身体中に荊(いばら)が絡んだみたいに聖月は身体が動かなくなる。
「何か遭ったんだろ?!」
ざわり、と十夜の怒声にあたりが騒がしくなる。聖月たちがいるのは、公道の真ん中だから目立ってしまっていた。いくつもの視線で、聖月は本格的に震えが止まらなかった。何か云わないと、とは分かるが唇が震えてまともに言葉が紡げない。
「ぁ…あ…」
「何とか云えよ!」
耳に突き刺す叫びに、聖月はハッとなる。
十夜の顔は、さまざまな表情をしていた。心配していて、何か遭ったのではないかと訝しげな顔。十夜にそんな顔をさせたくなくて、やっとのことで言葉を紡ぐ。
「いや、これは……ほら! 施設で、手錠取りゲームやって、手錠取る為に暴れたら痕になっちゃっただけだからっ、そんな怒んないでよっ」
自分でも驚くぐらい妙に納得する言い訳が思いついた。その説明に、納得したのか痛いぐらいに捕まっていた右手が外された。
「本当に、そうなんだな?」
十夜の真剣な表情を見たのは、いつぐらいだろう。
内心で、ごめんと謝りながら聖月はこくりと頭を上下に動かす。
「べつに…何か遭ったわけじゃないからだいじょうぶだよ」
ぎこちない笑顔で、聖月は頷いてみせる。本当は、そんなことはないのに。本当は、今にでも十夜に泣き言を言いたいぐらいなのに。そんな弱い自分を押し殺して、十夜に聖月は笑ってみせる。十夜が安心した表情で笑いながら
「そっか。聖月がイジメにあったとか思ったじゃんかよ」
「え~、十夜のほうが虐めてんじゃんっ」
「ははっ、それもそうか」
聖月は、笑いながら心が冷たくなっていくのを感じた。もう、自分は十夜と一緒に歩く資格なんてないような気がして、十夜の笑い声を聞きながら泣きそうになる。
――十夜の、触った場所の痛みは当分取れそうになかった。
十夜と別れて施設に向かうが、足取りは相変わらず重い。
やっとのことで、施設に着くと、今後のことが不安でしょうがなかった。自分がどうなってしまうのか、今後のことがまったく分からないし、希望が持てない。ここから、逃げ出せばそんな不安からも開放されるのだろうか。西洋風の建物は、はじめは美しいと思っていたが今は別の感情が支配されている。
「……」
大きい玄関を通ると、誰もいなかった。それがよかったのか、悪かったのかがもう聖月には分からない。
聖月は重い足取りで自身の部屋に向かう。部屋に戻ったら早々に荷物をまとめて、ここから逃げよう――…聖月はそんな決意をぼんやりしていた。逃げて、兄のところに戻ろう。それがダメだったら、十夜に頼み込んで部屋を無理を承知で貸してもらおう…と。
どうしてこうなったのか聖月には分からなかった。こんなとき泣けばいいのかも、全て分からない。
聖月は、自分の部屋のドアを開けようとするときに、どこか違和感を感じて手を止めた。
「…鍵が開いてる……?」
今朝、ちゃんと閉めたはずだ。なのに、何故開いているんだろうか。
嫌な予感がして、ドアを開ける。
誰も、いないはずなのに。自分の部屋のはずなのに――なぜか話し声が聞こえる。ここには、誰にも入れたことがないはずだ。なのに、なんで人の声がするのだろう。テレビもちゃんと消して、出かけていったはずなのに。
ゆっくりと足音を忍ばせて廊下を進んでいく。段々と部屋に近づいていくにしたがって声が大きくなっていく。
「ぎゃははは、なにこの聖月! ただのお人形じゃん~。揺らされて、揺れているだけだし。 顔も死んでるしっ! あはは、面白い! 見返すとサイコーッ」
「笑わないでよ、聖月がかわいそうっ。でも、本当に顔が…真顔っていうか…」
「抜け殻って感じだなぁ。でも、ここ見ろよ、ちゃんと反応してるし素質はあるね。エロいなぁ…」
「うはぁ、えっろ。ちゃんと反応してるってことは、気持ちよかったってことだよなぁ! ぷっ、くくく…あの顔がこうなるとは思わなかったなぁ!」
聖月は、目の前が真っ白に染まっていくのを感じた。
目の前の状況が倒錯的すぎて、現実と妄想の区別が出来ない。
目眩がする。耳鳴りが鳴って、頭痛がしてもう狂いそうだった。もう、立っていられない。自我を保つのがやっとで、その場で崩れ落ちるのも容易かった。今、ナニが起こっているのだろうか。目の前に行われていることが、聖月にとっては狂気に他ならない。
「あ、ぁああ…っ!」
喉元から、不協和音の叫びが漏れる。自分の出したと思いたくないほど、切羽詰っていた。
「おー、戻ってきたのか。おかえり~」
あはは、と軽快に笑って蒼が手を振る。隣には、ケイもキダも居る。ケイは驚いた表情だが、キダはニヤニヤと蛇のような笑みをしている。
「み、見るなぁ…っ、こんなの…なくなれば、いいんだ…ぁあ…、あぁあ…ッ」
聖月は、テレビに近づくと大声で喚いた。目には大粒の涙を浮かべ、懇願するような声でテレビに縋り付く。
そこには、自分が――昨日の聖月が映っていた。大きな画面のなかで聖月は男たちに嬲られ、蹂躙されている。それは夢じゃないことの証明に他ならなかった。昨日のことが本当にあったのだと思い知らされて、聖月は子供のようにわんわんと泣いた。
画面のなかの聖月はまるで人形のように顔が青白く、蹂躙されているのに無表情だ。なのにそれとは対照的に涙をはらはらと流している。
昨日、自分は壊されたのだとその顔を見て思ってしまった。もう、限界が来ていることは明白だった。裸の身体を大勢のバッタ――ではなく人間の男たちに舐められている。昨日のバッタは、本当にバッタではなかった。だが、気持ちの悪い男たちとバッタは聖月のナカでは同価値だ。
「うぅ、ぅうう…」
画面の声なのか、今の聖月の声かも分からない呻き声が部屋に響き渡る。聖月は、泣きながらDVDデッキからDVDを取り出す。こんな映像なんて見たくもなかった。
「こんなものっ! こんなもの、なくなればいいんだッ」
バキンッ!――床に聖月の渾身の力で叩きつけられたDVDが、綺麗に真っ二つに割れた。周りに居た3人が「あぁっ」と小さく叫ぶ。この激情をどうしていいかわからない聖月は、割れたDVDを何度も激情にまかせて何度も踏みつける。
「死ね、死ね、死んでしまえっ、死んでしまえーッ! お前なんか、お前らなんか、死んでしまえばいいんだっ」
大声で、罵声を浴びせながらDVDをこれでもかと踏みつけた。誰に対して、罵っているのかも、聖月には判断できなかった。3人は突然の聖月の豹変振りに、固まってしまって動かない。だが、あることに気づいたらしい蒼が悲痛にめいた声をあげる。
「あーっ、それ俺の買ったDVD! おい、聖月弁償してくれよ」
蒼の言葉に、興奮冷めない聖月は踏みつけながら怒鳴る。
「はぁ?! 弁償?! するわけねえだろ、こんなの! なくなったほうが、俺のため世のためなんだよっ」
フー、フーッ、と猫の威嚇の顔をして蒼を怒鳴り散らした。今の聖月には、普段の面影は一切ない。ただの破壊神に成り下がっていた。
「てめえ、俺の金返せよっ、この編集前のお前のDVD何百万したとおもってんだよっ」
「知らねえよ! 蒼の金なんて! …って、何百万……?」
聖月は、思わずその言葉を聞いて固まってしまった。興奮が少し落ち着いてきたことをキダは分かったのか、あくまで優しく話しかけて来る。
「聖月、それにコレコピーとってるからこれひとつ壊したって意味ないよ」
にっこりと、完璧な笑顔で言われて聖月はまるで奈落へ落とされたような気持ちになる。しかも聞き捨てならないことを、キダはさらりといった。
「コピー…?! 早くそれ全部消してくれよおっ」
キダに、まるで子供が強請るように聖月は縋った。先ほどから聖月の気分は上下が激しく、周りにいる3人が困惑するほどだった。だが、キダはそんなそぶりをおくびにも出さずにただ笑って、聖月の要求をかわす。
「無理なお願いだなぁ」
「ふざけんなっ、あんなビデオこの世に残してもなんも価値はないんだよっ」
「あるんだな、それが」
「はぁ? 意味わかんねえ…」
キダの身体を思い切り叩こうとした矢先、ドアの開く音がして目をそちらに向けると、神山がノックもせずに部屋に入ってきた。急なことに驚いていると、神山は聖月以外の3人に軽く頭を下げて、顔をあげた。いつも通りに、神山は綺麗な顔をしている。
5人もこの部屋には居るので、少し眉をしかめ窮屈そうな顔をして、神山が口を開く。
「聖月くん、小向様が部屋に来なさいといっておられるので、今すぐ来なさい」
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