アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第五話

51 カラオケ

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 眼を覚ますと、ケイタイに着信が入っていて慌てて確認する。頭痛がしていたが、今はそういう話ではない。ケイタイに映し出されている07:23分という文字に、なんだか安心しつつ、聖月は電話の主を知った。
 そのまま朝だということも忘れて、電話帳を開き通話ボタンを押していた。
「もしもし、十夜」
 目的の人物は、意外と早くに出た。
『聖月? はっやいなー、お前』
 十夜の眠そうな声を聞いて、今の時間を思い出した。聖月は、申し訳なくて目の前にいるわけでもないのに、頭を下げて謝った。
「ごめん、今電話気づいて…朝早くにごめん」
『ん? 今別に起きようと思ってたから、別にいいよ』
「…そう。昨日電話してくれてたんだよね? 昨日寝てて気づかなくて」
『そうそう。カラオケいこーぜって話をしようと思って』
 十夜の言葉を、反芻する。
「カラオケ?」
『うん。このごろ行ってなかったろ? 衛誘ったら、OK出てさ」
 カラオケ、と聴いて胸をどこか弾ませる。
 聖月は、あまり歌がうまくないが、というより音痴なのだが、十夜や衛の歌声は綺麗なので、聞いてて楽しいのだ。うまい人の歌は、こちらまで気分が踊る。だが、このごろはみんなの都合が悪くてカラオケにいけてなかったのだ。
「いいけど…いつなの?」
『今日とか駄目?』
「今日? ちょっと待って…」
 今日、と聞いて頭をめぐらせる。
 たぶん、大丈夫なはずだ。まだ、身体は痛むがなんとかやっていける。
「たぶん平気。二人のカラオケうまいから、楽しみだわ。何時にいくの?」
『おーよかった。いつもの駅に10時集合な。聖月も、歌えよな。笑ってやるから』
「ひっどいこというなぁ。アレでもちゃんと歌ってるんだからな」
『俺、聖月の歌好きだぜ。自然って感じで』
「…それ褒められてる?」
 十夜がケタケタ笑っている。聖月もつられて笑った。
 十夜と話すと落ち着いた。落ち着いて、今までの悪夢がなかったような感覚が襲ってくる。今までのことが、全部なかったみたいなそんな気分になる。そんなはずはないのに、どうしてそう思ってしまうのだろう。
 答えの出ない問題に、聖月は頭を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。その後、詳しいことを決めて電話を切った。
 切った瞬間思う。
 自分は、このままこんな優しい人と友人でいいのだろうか、と。分からずに、聖月は愛おしそうにケイタイを擦り続けた。
 しばらくぼんやりとしていたが、出かける準備をしていないということを思い出し、服を選び、カバンの中身を揃える。
 時間に近づいたので、聖月は部屋を出た。鍵をかけ、そのまま走るように、この建物から出ようとする。だが―…。
「おい、聖月。どこいくんだ」
 最悪、だ。聖月は、思わず足を止め背後からかけられた声に消沈する。そのまま気づかずに通り過ぎればよかったのに、それが出来なかった。どうしてか身体が動かなかった。
「…どこだっていいだろ」
 声の主が、聖月の言葉に舌打ちをする。
「おいおいまさか、逃げ出すんじゃねえだろうなぁ?」
「……」
 逃げたらどうなるか分かったものじゃない。声の主―――蒼の低い声は無視するような聖月の態度が気に障ったのか、さらに怒鳴り散らすようにいった。
「バカだなぁ。そんなことしたら、一生道具扱いだってのに」
 聖月は奥歯を、噛み締める。この男は、聖月に自分が何をしていたかのか、覚えていないのだろうか。もっとも、彼は聖月を道具にしか思っていないのだから、結局はどの口がものいうのだろうか。
「………逃げない。出かけるだけ」
 聖月は、相手の機嫌をそこねないように出来るだけ優しく云うようにした。だが、声はいつも通りぶっきら棒に出ただけだった。
「はあ? どこに出かけるんだよ」
 グイッ、と力強く肩をつかまれ、そのまま後ろを向かされ、聖月は顔が歪むのを感じた。どうして、この人はこんなに乱暴なのだろう、と思う。十夜だったら、衛だったら、こんな酷いことはしないのに。
「…どこだっていいだろ」
「おい、聖月。同じこといってんじゃねえよ」
 精悍な顔立ちが、苛立ちに歪む。人をまるでゴミのように見ている男。これが、蒼の正体だった。聖月は、それに気づかずに、普通に話していた。初めのころは話されて、緊張したりもした。なんて自分はバカだったのだろうか――。
「蒼に話すことなんて、ない」
 視線をまじえると、蒼の表情は変わる。
「はぁ? 俺たちダチじゃねえか、教えろよ」
 聖月はそれを聞いたとたん、笑ってしまった。
 笑みのほうではなく、苦笑だった。表情筋がはっきり動くのを、聖月はしっかりと感じる。蒼が、聖月のことを驚きの表情で見詰めている。まるでちぐはぐの動きに驚く観客みたいな目で、聖月のことを目の前の男は見ていた。
 蒼が友達だというのなら、友達というのはどういうことだろう。どういう存在なのだろう。聖月はそこまで考えて一気に頭に血が上る感覚がした。
 友達だというのならそんな無関心で見下すような眼を向けないはずだし、友達が犯されているDVDで大笑いできるはずがない。
「…あんたなんか友達じゃない、どけ」
 怒りでどうにかなってしまいそうだった。声が震えて仕方がない。聖月の顔は、無表情から一変して怒りで染まっていた。
 蒼はもっと眉をしかめると、聖月とは反対に楽しそうにする。まるで口笛を吹きそうな勢いだった。
「へえ、怒っちゃった?」
 美しい目からの下品な視線を感じ、不快感でおかしくなりそうだ。聖月はガマンできずに力のままに蒼を突き飛ばしていた。
「――ッ! おい、聖月!」
 そのまま尻餅をついた蒼の怒り声を無視し、聖月は人目を気にしないで走った。建物のドアを開け、バス停にバスが待っていたので全力疾走する。勢いのままにバスに飛び乗り、運転手に定期を見せると、後ろの席に座った。
 運転手は、聖月が座ったところで、バスを発進させる。
 バスには2、3人しか乗っていなかった。聖月はどっと疲れを感じ、目を閉じる。足はまだ、がくがくと震えている。
 ――…大丈夫。大丈夫、これから十夜と衛に会うんだ。さっきのことはなかったことにすればいいんだ。
 だが、そう自分を言い聞かせても、蒼の蔑んだ目つきが脳内にこびりついていた。
 


◇◇◇◇
 



 駅に着くと、早めに着きすぎたのか二人ともまだ来ていなかった。ぼんやりと店のガラスの奥にある男性用の服を見詰めていると、肩を叩かれた。
「よお。聖月、待ってた?」
「十夜」
 声をかけてきたのは、十夜だった。十夜を見た瞬間、安堵する。先ほどの蒼との出来事が、全部夢みたいだ。
 いつも通り色気たっぷりの十夜に、ほっとする。同時に、私服姿の十夜は、やはり自分とは違うのだと思う。十夜のほうが、聖月よりもカッコいいし、センスのある服を着こなせて羨ましい。カッコいい十夜の登場に、道行く人たちが十夜のことを振り返っている。
「おはよう」
 とりあえず、挨拶をした。
「おう、おはよー」
 十夜も、笑顔で答える。眩しい笑顔で、つい写真を撮りたいぐらいだった。
「で、聖月いつ来たんだ?」
「今さっきだよ。衛は?」
「寝坊したってさ」
 十夜の言葉に驚いた。衛らしいといえば、らしいのかもしれない。
「え、マジか。どうすんの」
「先いってていいってさ」
「じゃあ、行く?」
「うん」
 次の行動が決まって二人は歩き出した。ただいまの時刻は9時55分。まだ朝早いので、十夜が眠そうにあくびをする。
「眠い?」
 聖月が聞くと、十夜は笑った。
「そうかもな。でも、これから眠気もさめるでしょ」
「カラオケだもんね」
「そうそう」
 友人との、たわいのない会話。それが、聖月の心をどんどんろ過するように癒されていった。先ほどまで無表情だった聖月の顔が、あの建物にいるときとは別人のようによく笑った。表情がコロコロ変わり、本当に別人みたいに笑っている
 やがてカラオケにつくと、部屋に入り曲を入れようと機械を動かす。基本的に聖月は十夜の歌を聞くのが好きなので、十夜が先に入れるのを待った。だが、なかなか十夜は曲を入れない。
「曲いれねえの?」
 聖月が十夜の顔を見ると、十夜は悪戯っぽく微笑する。
「聖月が入れたら入れる」
 十夜の回答に、聖月は目をむいた。思わず大声を出してしまった。
「えーっ、俺十夜の歌うの聞きたいのに! うまいじゃん、十夜のほうが」
「俺だって聖月の歌うの聞きたいし、いつも俺はじめじゃん? きんちょーすんだよね、はじめって」
 そういって、十夜が飄々と笑う。そんな表情では、あまり緊張しているとは思えない。
「やだよ、俺だってはずいし、あんまうまくないし…。十夜はいつも堂々と歌ってんじゃん」
 聖月は、首を振って抗議する。十夜は一番で歌っても、堂々とした歌いっぷりでプロ並みにうまいのに何をいっているんだ、と聖月は毒づく。あんなに、初っ端から、こぶしをきかせビブラートを出すのはかなりの腕だという証拠じゃないだろうか。
 そんな聖月の想いは違うんだというように、十夜は言葉をつむぐ。
「俺だってホントは、しんぞーバクバクなんだぜ?」
「そうなの?」
 そこまでいわれると、そうかもしれないと思った。誰だってずっとカラオケで一番に歌うのは嫌なのかもしれない。
「そうそう。だから、聖月歌って?」
 十夜に、そう近距離で囁かれ、思わず聖月は頷いてしまった。何をやっているんだ、と自分を叱咤しても十夜はウキウキと楽しそうだった。
「やっりぃ。じゃあ、歌って歌って!」
 ぱちぱちと拍手され、なんだか逃げ道がなくなってしまった。十夜は満面の笑みで、なんとも楽しそうに時折「みつき! がんばって!」と掛け声をしながら、手拍子をする。十夜の笑顔は、子供のようにはしゃいでいた。
 子供のように楽しんでいる十夜に、やっぱり無理なんていえるはずもなく、歌をいれることにした。
「わかったよ…」
 意を決して、聖月はマイクを持って画面を見詰めるのだった。
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