アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第五話

50 契約書

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 結局その後、少しだけ雑談したあとケイは自分の部屋に戻っていった。
 夕飯を食べる気になれず、そのままの格好でベットに潜り込んだ。たぶん、客は今日はなかったはずだ。久しぶりの休みに、なんだかすぐ眠気が襲ってきた。まだ、9時になったばかりなのに聖月は寝息を立て始める。
 そして、長い夢を見た。
 そう、これはたしか、3日間拓三拷問を受けた後に見せられた紙のときだった。そのとき、聖月は憔悴しきっていたが、無理やり小向に呼び出されてあの契約書を書かされた部屋に入っていったのだった。
 ―――久しぶり、どうだった?
 と、小向に聞かれて寒気が立つ。その場にいたのは、聖月を含め拓三と神山と小向で4人だ。神山は殺気十分でこちらを睨みつけていた。怖くて鳥肌が立つ。怖くて怖くて、どうにかなってしまいそうだった。
 そして小向は、挨拶も早々に椅子に座らせて、聖月を目の前にやる。
 小向は仮面の薄笑いを被りながら、それはもう丁寧にこの施設のことを話し始めた。何より怖かったのは、小向が話している間中ずっと笑って話していたことだった。仮面の笑顔でずっと。聖月は、恐ろしくなり目を合わせられない。
 そしてもっと恐ろしかったのは小向の話を拓三と神山が熱心に聴いていることだった。聖月に教えているのは、二人は絶対に知っていることだろうに、熱心に聞いていた。教えを請う弟子に見えるほどだった。二人はまるで宗教の教主に妄信しているみたいだった。
 そんな二人を置いて、小向は笑いながら聖月に話す。
 内容はこうだった。小向たちが施設だと呼んでいたここは、表向きはお金や身寄りの問題で一人になってしまった子を育てる児童所みたいなものだが、本当はそれは嘘であるということから小向は話し始める。
 コレは小向の祖父が作ったらしく、それを小向が受け継いだのだという。
 小向は初めから、聖月を騙していたらしい。それを信じた自分が恥ずかしかった。そして、児童施設だと信じて疑わなかった兄を少しだけ恨んだ。いや、兄は悪くない。悪いのは、もっと反対しなかった自分であり何より小向なのだ。
 本当は施設なのではなくここはディメントの男娼の寮みたいなものらしい。ディメントの本部は都心にあり、大きなビルの中であると続けた。
 そして、Demento(ディメント)とは小向がオーナーのいわゆる男娼館だ。聖月が、無理やりいれられた身体を売る場所。女性も扱っているらしいが、それは本部も寮も都心にあるらしい。
 Demento――…意味は狂気だという。
 さまざまなマニアックなプレイ、ハードなプレイも出来る界隈では有名な高級男娼館だ。会員数は、男娼館ではトップクラスで、男娼の数は100人を超すのだという。
 お金と会員証があれば、ほとんどのプレイは出来てしまうらしい。
 聖月は聞いていて目眩がした。いや聞いていても、あまり理解していなかった。すべてが現実離れしていたからだった。この世にそんなものがあったのだとは、聖月は思っていなかった。知っていたのだとしても、それは別の次元で生きている人だろうと達観していた。
 自分には一生、関係のないものだと信じていた。――…それが、普通だった。それが現実になるなんて、考えてさえいなかったのである。
 ディメントの本部は都心にあって、大きいビルの中にあり、カード会員か、会員の紹介のみ入店できるのだという。一般人はなかなか入れない、本当に格別な男娼が揃っているのだという。カードがあれば、簡単に入れる。だからといって、会員になりたい人間がすぐにカードを作れるわけではない。
 カードを作るために大きなお金がいる。なので、会員は絞られるのだという。
 なので、ディメントの客は金持ちが多い。金持ちは、特殊な趣味に走りやすいらしい。しかも、ディメントはハードなプレイも出来る貴重な店だ。会員になりたい、金持ちや一般人もかなり多いのだという。会員の中には、企業の社長、資産家、有名芸能人、議員、政界を握っている人物もちらほらいる。 
 そんなプレミヤがついているカードだが、そんなカードにも仕組みがあった。それは、会員のランク制だ。
 何度も入店すると、どんどんランクが上がっていき、さまざまなサービスがついてくる。男娼を通常よりも安い価格で、一晩持ち帰ることだってできるし、ただの男娼は客の要望をなんだって聞かなきゃいけない。会員ランクが高いほど、男娼を好き勝手できるという仕組みだ。
 位のいい客は、何が何でも断れないのかと聖月が聞くと、小向は笑った。唯一男娼が、嫌な客を断れる方法があるのだという。
 それは、売り上げランキングの上位に入ること。20位以内に入ると、会員ランクの嫌な客は引き受けなくたっていいのだという。特に、売り上げナンバー5は別格で待遇がいい。
 ナンバー5は、さまざまな特権を持っており、嫌な客は断れたり、無理な内容は断れたりするのだ。たとえ、大御所の会員だって、どうしても無理なら断ってもいいのだという。なのでナンバー5は、ほかの男娼の憧れの的だし、羨むべき存在だった。
 なのでナンバー5の料金は、ほかの男娼より破格である。他にも特権はさまざまあった。客の待つホテルまで、付添い人がいるし、タクシー料金だって、払わなくていい。寮でも、一番いい部屋に入れられる。
 特筆すべきは、一ヶ月にもらえる額だという。ナンバー5はもれなく今月稼いだ分+売り上げランキングの特別支給で、一ヶ月の給料がただのサラリーマンの年収を軽く超える額になるのだという。一位は今のところ神山だと小向は言った。
 神山は、絶対的自信でこちらを見据えていた。一位は譲る気はない、とオーラで語っていた。聖月は話を聞いていて、自分は絶対にナンバー5には入らないのだろうと思った。自分にはそこまで、価値のある人だとは思わなかったし、そこまで行くまで頑張ろうという気もなかった。
 やはり聞く限り、蒼やケイは男娼だという。ディメントでは男娼のことを『蝶』『青の蝶』と呼ぶ。蒼は青の蝶、といって男役。ケイは蝶、といって女役だという。聖月は、聞かなくてもだいたい女役をやるのだと感じていた。
 どうして蒼やケイは―――自分に男娼だということをここは男娼館だと教えてくれなかったのだろうか。頭の中でそんな疑問が残る。
 だが結局は聖月の頭の中には、あのDVDをすべてなくすことだけで埋め尽くすされていた。身体を売ることは、心底吐き気がしたし、嫌悪感がある。それよりも、聖月はDVDを十夜や衛や兄に見られたくなかった。見られてしまって、一生会えなくなってしまったら、きっとそのときが聖月の終わりだろう。
 自分のことよりも、大切な人を奪われて欲しくなかった。大切な人を失ったときが、聖月の本当の死だ。
 一通り説明が終わったのか小向がパサリと、紙を見せてきた。
「これ、やりたくないプレイにチェック入れて。NGにするから」
 云われて固まった。小向が何を言っているのか、分からなかった。ペンと一緒に紙を渡され、固まってしまう。
「どーしてもやりたくない行為に×してってこと。5つまでね」
「……」
 拓三が説明してくれて、やっとその紙の意味が分かった。紙を見ると、さまざまな行為がのっている。聖月は、何も考えずに嫌なものをチェックしていった。
「……おい。お前、すぐ5つ使ったけどいいの、それで」
「…え」
 ハッとして、紙を見ると何十かある項目のうち初めの5つで全てのチェックを終わらせてしまった。
「キス、抱きしめ…って普通それチェックしないだろ。後ろのほうよく見ろよ、それより酷いのあるだろ。そっちに×つけろよ」
「…あ……書き直します…」
 聖月は先ほど書いた部分を消しゴムで消していく。自分のつけた5つは、本当にマシなものだとやっと気づけた。拓三の云うとおり、これより酷いのがたくさんあり、身の毛のよだつものばかりだった。どれに何をつければ分からないぐらいに。―――まさか十夜のエロ知識をここで使うとは思っていなかった。
 だがそれでも意味の分からないものがあったりする。聞いたら馬鹿にされるのかもしれないと聖月は口をつむぐ。
「…時間かかるようだね。部屋で書いてきて。明日までね、それ」
「…はい」
 小向に言われて、拓三と聖月は部屋から出て行った。小向の笑顔と、神山の聖月を見る目が怖くてすぐに部屋に戻る。そんな聖月に拓三が着いてきた。
「着いて来ないで下さい」
「いや~、そうしてあげたいけどオーナーの命令なんだ。アドバイスしてあげろって」
「…いらないです」
「いやいや~。わかんないでしょ、いったいこの紙にどんなプレイ内容が載ってるか。知らない単語だってあるでしょ?」
「……」
 沈黙を、肯定だと勝手に解釈したのか、断りもなく聖月の部屋に入ってくる。聖月は、怒る気にもなれずそのまま机に向かう。隣に拓三の気配がしたが、聖月は気にせずに机に向かってペンを握った。まだ、拓三のことは顔も見れないぐらい怖いし、それ以上に憎い。だけど、今は怒っている気にもなれなかった。目の前の紙を片付けることが先だ。
「……か、かいいん?って…なんですか?」
 分からない言葉が出てきて、頭を抱えた。
「姦淫ね。つまり、強姦っぽいプレイすることだよ」
「……ッ」
 思わず聞いて、口を押さえた。胃酸が、喉奥までのぼってくる。プレイ、なんてどういうことだろう。元々聖月はこの仕事をやりたくないわけだから、それこそ姦淫になるのではないかと思う。震える手で、その項目にチェックを入れた。
 本当は、キスにだって全部に×をつけて提出したい。だけど、それは無理だと分かっているので、押さえ込んで吐き気を催しながら精一杯、紙と睨み合いをした。ここまでこれがつらい宿題になるとは思っていなかった。拓三にちょくちょく分からない言葉を教えてもらいながら、なんとか2時間ほどかけてチェックし終えた。
「ふーん、これでいいの」
 出来終わったときには、もう深夜になっていた。拓三も眠そうだ。
「…はい」
「もっとやばいのあるけど、コレでいいんだ」
「……」
「姦淫、首絞め、複数プレイ、薬、切付け…ね」
 本当はもっと、危ないものがあったのでそちらに丸をつけたかったが、どうしても複数プレイはいやだったので聖月は妥協した。
「鞭打ち、ろうそく、放置など……本当に○つけなくていいんだね。男娼は、普通こっちに丸つけるもんだけどね」
「………」
 答えに詰まった。それは、迷っていたものたちだった。だけど、聖月にはこの5つだけは外せなかった。
「了解。コレ貰っておく。心変わりしても、もう知らないからね」
 拓三は、眠そうに部屋から出て行った。拓三は、今回は本当にアドバイスしただけで、何もしてこなかった。それが不思議だったが、もう思考が出来なくなってだんだんと眠くなってくる。
「…ねむ……」
 そう一言、発して聖月は眠りに落ちる。疲労感がすごくて、一瞬で寝てしまった。
 ――朝。
 10時すぎに、聖月は机に突っ伏していた身体を重々しく持ち上げる。まだ、酷使していた身体は辛い。自分の未来が、まったく不透明でなんだか悲しくなった、気を紛らそうとテレビのリモコンを動かす。テレビをつけると、ニュースが流れていた。スーツ姿の顔のいい男性アナウンサーは低い声で、淡々と文章を読み上げていく。
「…次のニュースです。……で、男性が激しい拷問を受け、死亡した事件です。彼の死因の大きな要因に、鞭で何度も殴打されたことにより――」
「……ッ」
 目を疑った。思わず、洗面所に走り服を脱ぐ。鏡を見ると、まだ痛々しい鞭の痕が残っていた。
 ――…鞭打ちで、死んだ……?
 アナウンサーの声が、何度も反芻する。
「…おれも、死ぬのか………」
  聖月は、そう呟くとそのまま崩れ落ちた。
「……あんなところ、いたら…俺、死ぬのなぁ…」
 いっているうちに、涙が溢れてとまらなかった。自分は本当に、あそこに入れられて死んでしまうのだと悟った。それが悲しくて、聖月はその場で咽び泣いた。またケイタイが鳴り響いていたが、それに気づかないほど聖月はわんわんと泣いた。
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