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第二章 第六話
57 十夜の家でお泊り
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何回見ても、すごい豪邸だと、率直に思う。
君塚聖月(きみづか みつき)は、友人である喜多嶋十夜(きたじま じゅうや)の家の前に来ていた。十夜に家に泊まらないか、と誘われて、約束の土曜日になり今ここにいたるわけなのだが。聖月は、2回彼の家を訪れたが、何度も恐縮するしかない。
断われたらどうしよう、と恐る恐るディメントのオーナーである小向に聞いたところ、あっさりOKが出た。あっさりしすぎて、逆に不安になったが、彼は爽やかに「たまにはいいよ」といった。その顔の嘘臭さといったらなかった。
許可は出たので、十夜に肯定の言葉を出し日付が決まった。数日間だけでも、あの施設から離れられると思うと嬉しかった。
ケイや、蒼(あおい)にはどこに行くのかとしつこく云われたが、聖月はどうにかはぐらかした。彼らに、十夜の家に泊まるということはいっていない。十夜に、彼らを見られたら、もしも自分の本当のことを知ったら…。そう思うだけで死にたくなる。
だから、ばれないように施設を出た。都心の一等地なのに、100坪以上はある十夜の家に驚くしかない。前に来たときと同様の、佇まいでそこに顕在している。
前の聖月の家のインターホンよりも、お金が掛かっていそうなボタンを押して、聖月は待った。カメラ付きなので、聖月が緊張していることもあちら側では丸見えだろう。
『はい、あ、聖月。今開けるから、待ってろ』
「うん」
やっぱりインターホン越しの十夜の声は何にも話していない聖月を分かったらしい。ドキドキとして、彼を待っていると上のほうから声をかけられた。
「聖月。今行く」
「ありがとう」
階段の上にある玄関から、十夜は顔を出した。彼はすらりとした身体を、綺麗に動かして階段を下りてくる。出てきた彼は、ジーパンにTシャツといった平凡な格好だったが、小物がお洒落なので無個性ではない。シンプルだが、センスのある服装で、聖月は褒める他ない。
「今日の服、ラフだね」
褒めたつもりだったが、聖月の声と言い方のせいだったのか十夜は微妙な表情だ。
「手抜きっていいたいのか?」
「違う違う! カッコいいってことだよっ。…褒めたんだけど…」
慌てている、聖月を見て十夜は笑いながら門の鍵を開けた。
「ははっ、それ褒めてんの? 普通そこは、服いつもと違うね、とか着こなし方上手いね、とかだろ。聖月って、褒めるの下手だな~」
けらけら笑っている彼は、普段と何も変わらなかった。どうやら怒っているわけではなさそうだ。彼の近くには、どこか甘い香りが漂ってくる。十夜の顔は、普段通り綺麗で色香を放っている。ぼんやりと十夜を見ていたら、彼はまた笑った。
「おい、聖月。中に入れよ、寒いだろ」
肩を触られて、身体がビクリと跳ねる。十夜に触れられた。―――感触がある。まだ、感覚がある。
「…うん」
十夜に肩を押されて、家の門の中に入った。十夜がそのまま、玄関に繋がる階段を上ったので、聖月はその後に続いた。ちらりと見えた大きな庭には、たくさんの花が咲いていた。梅雨だというのに、たくさんの花たちは生き生きと咲いている。前に来たときは、満開の赤いバラがアーチのあちこちに咲いていて見事なものだった。
バラの時期は終わったのか、アーチにはバラは一つもなかった。寂しい気持ちになっていると、十夜がドアの鍵を開けた。
「ほら、梅雨だし早く中入れよ」
「ありがとう。…おじゃまします」
ドアを持って待っててくれる十夜にお礼をいって、聖月は彼の家に入った。
入ってきた瞬間、十夜の家の匂いが香った。むせかえりそうなほどの、甘い匂い。それが嫌だとは思わない。玄関の広さに驚きつつ、靴を脱いで端っこに揃える。上を見ると、天井が高く、玄関だけでも前の家より大きい。
十夜に着いていきリビングに行くと、モデルルームのような清潔感がある空間が広がっている。何を見ても高そうなものばかりの家具たちと、それに似合ったあの寮の自分の部屋の何倍もあるリビング。
「やっぱり、大きいなぁ…」
羨ましいのか、嫉妬にも似た声を思わず出してしまった。
「馬鹿広いだけだけどな」
十夜は文字通りの馬鹿にした表情で、部屋を見詰めた。
「そういえば…十夜の、親御さんって今いるの?」
気になったので十夜に聞くと、彼はどこか遠くを見て答えた。
「父さんは、出張で明後日に帰ってくるらしい。母さんは…友達と旅行だっていってけど。本当かどうか知らん」
「へえ…。国会議員って、出張なんてあるんだ」
「さあね。そこまでは知らないけど、あの人が言うならそうなんじゃねえの」
十夜は、リビングのソファに座って投げやりなことをいっている。
十夜の家は、複雑だ。だから、普通の家庭の聖月が羨ましいと零していたこともあった。大きい家に一人で居るのは辛い。そう愚痴を言っていたこともあった。聖月は何といっていいか分からない。慰めるのはおかしいと思うし、同情の言葉をいうのもなんだか相手に失礼な気がした。
聖月はこういうとき、なんと答えていいのか分からない。そんな不器用な自分が、たまらなく嫌になる。そんな想いが顔に出ていたのか、十夜が表情を変えた。
「おいおい、聖月。なんでそんな顔してんだよ。お前が考え込むことじゃないだろ」
「…だけど」
でも、といった聖月に十夜は首を振る。
「いいんだよ、別に。これが、俺の家庭なんだ。お手伝いの人も来るし、別にどったことねえよ」
「……」
十夜は笑っているが、それがどうしてだか悲しいものに思えた。また、何も言えない聖月に、十夜はソファに座るように促した。聖月がそれに従って、十夜の隣に座る。
「…たまに、お前がここに来てくれたらそれでいいかな」
「…うん、また遊びにくるよ」
よかった、と笑う十夜が本当に嬉しそうで聖月は心の中が温かくなる。
十夜は優しい。だから、きっと、聖月の本当の姿を知ったとき許してくれそうだ。だけど知ったとき、彼はきっと深く傷つくだろう。そして、今のように話は出来ないだろう。聖月は、十夜に心の中でこっそりと謝った。卑怯者で、ごめんなさい――と。
この感情は、友人というより、依存なのかもしれない。だって、十夜は聖月にとって大切な存在だから。衛もそうだ。友人というより、十夜と同じような依存に近い感情を持っている。
だから、絶対に『ディメント』のことは隠し通す。それが、二人を騙すことでも…――。
十夜と聖月はそれから、色んな話をした。馬鹿らしいことも、進路の話も。大声で笑ったり、真剣に話したり、いろんな顔を二人はした。あっという間に時間はすぎて、夜の7時ぐらいになって、十夜がピザを頼んだ。
どんなピザにする?…――そんな会話でさえ、幸せだったし聖月にとって、愉しかった。十夜の部屋に移動して、頼んだものを待つためにTVゲームもした。
怖いゲームだったので、聖月は飛び跳ねるほど怖がった。十夜は、それを見てゲラゲラ笑っていた。趣味が悪いと素直に思った。怖いシーンになるたびに、聖月が目を瞑ろうとしているのを見て、十夜は阻止させようとしていた。取っ組み合いに発展しそうになりつつ、ゲームをなんとか半分まで進めたところでピザが届いた。
ゲームはいったん中断して、リビングでピザを食べた。美味しかったので、すぐに二人は食べ終わった。十夜が、先にお風呂に入っていいと言う。
この家の人より早く入るのは、敬意がなさすぎるので初めは断わったが、十夜が聖月を無理やり先に入らせた。十夜にそこまで云うなら、俺と一緒に入るか?といわれたので、丁重にお断りした。前の家のお風呂より、大きく、かつ最新型のお風呂で聖月は驚くしかなかった。
まず湯船の広さに聖月はびっくりした。その湯船に浸かると、やはり広いだけあって気持ちよさも倍増だ。
「…ッ」
聖月は、身体中に痛みを感じて目を閉じた。痛みは、この前客に付けられた鞭の痕からだった。切り傷に水が入ったのか背中に沁みた痛みがした。背中が熱い。耐え切れなくなって、聖月は湯船から出た。こんなときでも、『ディメント』のことを思い出さなければならないのか――。
聖月は辛くて悲しくなって、シャワーを浴びながら自然と涙が出ていた。悔しくて悔しくてたまらなかった。こんな穢れた身体を十夜の家の風呂で洗っていいのか、と不安になって、聖月は急いで体と頭を洗った。ここから、早く抜け出さなければ――。そんな使命感に似た思いに取り付かれた。
「ごめん…」
聖月は俯き、それだけしかいえなかった。いつまで、こんなことを続けなければいけないんだろう。ずっと、罪の重さに、耐えながら生きなければならないのか。聖月は、目の前が真っ暗になるような感覚になった。腹部にある、忌々しい傷を見て、憎しみのような感情がわく。
聖月は、切り替えようと、首を横に振った。お風呂場を確認して、すぐにそこから出た。身体をよく拭いて、脱衣所で服を着替えた。タオルを肩にかけ、部屋に戻ると十夜がベットに横になって雑誌を読んでいるのが見えた。
「あれ、早くねえか」
聖月を見た十夜が、驚いた表情で声を上げる。
「俺、洗うの早いんだ」
「もっと長く入っててもよかったのに」
不思議そうに十夜は呟いて、立ち上がった。
「じゃあ、お風呂行ってくる」
「いってらっしゃい」
十夜を見送って、聖月は床に座った。頭を少し拭いていると、やがてシャワーの音が聞こえてきた。聖月は、ぼんやりとそれを聞きながら、携帯を取り出した。画像フォルダを暇なので見ていると、ケイと蒼の画像が見つかった。なんとも苦い気持ちになり、次の写真に移動した。十夜と衛の画像を見つけ、顔を緩ませる。
それを何気なく見詰めていると、時間が経っていたのか、十夜がお風呂から顔を出した。
「ただいま」
「あ、おかえり」
ちらりと時計を見てみるとあれから30分は経過していた。十夜はいつのもセットした髪型ではなく、髪に濡れたいつもとは違う姿になっていた。ジーパンだったのが、スウェットになり、もっとラフな格好になっていた。
お風呂から出た彼は独特の雰囲気をまとって、なんだか心臓が早く動いた。十夜は容姿が綺麗で、色香も放っているので、今の状態は目に悪い。目に悪い、というより見たらなんだか飲み込まれそうだ。ディメントの客が見たら、一発で落ちるだろうな、と下世話な想像もしてしまった。十夜は笑顔で話す。
「なあ、酒飲もうぜ、酒」
十夜が手に持っていたのは、軽い度数のお酒だった。
「うん」
缶を渡されて、開けると、アルコールの匂いがした。聖月は、あまりお酒には強くない。それを知っている十夜だからこその、軽い度数のお酒だ。十夜は、お酒が好きなタイプなので、こんなのはザルだろう。
「あー、うまい」
十夜は、一気に喉にそれを押し込んだ。やっぱ風呂上りの酒はサイコーだな!と、なんとも親父臭いことをいっている。聖月も、1口呑んだ。すっきりとしたもので飲みやすく甘い味がした。美味しかった。
「おいしい」
「よかったなぁ」
十夜はお酒を飲んで上機嫌なのかニコニコとご機嫌そうだった。まだ1口しか飲んでいないのに、聖月は頭がぼうっとしてきた。十夜がもっと飲めよと催促するのでちびちびと飲んだ。ふわふわとした浮遊感が出てきて、少し眠くなってきた。そんな聖月とは反対に十夜はまだまだ元気そうだった。
「おいおい、もう酔ったのかよ」
「う~ん…? 眠い、だけ」
十夜の責める声が聞こえてくる。言葉のたどたどしい聖月に、十夜は苦笑いをしている。呆れられたらしい。まだ20時になったぐらいなのに、もう眠い。聖月は、目を擦りながら、あくびをした。聖月の顔は、ほんのりと赤く、酔っていることを示していた。
「じゃあ酒はやめとけよ。水、持って来る」
十夜がそういって立ち上がったのを、聖月はぼんやりと見詰めた。頭はもう飽和状態で、まだ冷静な自分が『ホント俺ってお酒弱いな』と言っていた。
君塚聖月(きみづか みつき)は、友人である喜多嶋十夜(きたじま じゅうや)の家の前に来ていた。十夜に家に泊まらないか、と誘われて、約束の土曜日になり今ここにいたるわけなのだが。聖月は、2回彼の家を訪れたが、何度も恐縮するしかない。
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ケイや、蒼(あおい)にはどこに行くのかとしつこく云われたが、聖月はどうにかはぐらかした。彼らに、十夜の家に泊まるということはいっていない。十夜に、彼らを見られたら、もしも自分の本当のことを知ったら…。そう思うだけで死にたくなる。
だから、ばれないように施設を出た。都心の一等地なのに、100坪以上はある十夜の家に驚くしかない。前に来たときと同様の、佇まいでそこに顕在している。
前の聖月の家のインターホンよりも、お金が掛かっていそうなボタンを押して、聖月は待った。カメラ付きなので、聖月が緊張していることもあちら側では丸見えだろう。
『はい、あ、聖月。今開けるから、待ってろ』
「うん」
やっぱりインターホン越しの十夜の声は何にも話していない聖月を分かったらしい。ドキドキとして、彼を待っていると上のほうから声をかけられた。
「聖月。今行く」
「ありがとう」
階段の上にある玄関から、十夜は顔を出した。彼はすらりとした身体を、綺麗に動かして階段を下りてくる。出てきた彼は、ジーパンにTシャツといった平凡な格好だったが、小物がお洒落なので無個性ではない。シンプルだが、センスのある服装で、聖月は褒める他ない。
「今日の服、ラフだね」
褒めたつもりだったが、聖月の声と言い方のせいだったのか十夜は微妙な表情だ。
「手抜きっていいたいのか?」
「違う違う! カッコいいってことだよっ。…褒めたんだけど…」
慌てている、聖月を見て十夜は笑いながら門の鍵を開けた。
「ははっ、それ褒めてんの? 普通そこは、服いつもと違うね、とか着こなし方上手いね、とかだろ。聖月って、褒めるの下手だな~」
けらけら笑っている彼は、普段と何も変わらなかった。どうやら怒っているわけではなさそうだ。彼の近くには、どこか甘い香りが漂ってくる。十夜の顔は、普段通り綺麗で色香を放っている。ぼんやりと十夜を見ていたら、彼はまた笑った。
「おい、聖月。中に入れよ、寒いだろ」
肩を触られて、身体がビクリと跳ねる。十夜に触れられた。―――感触がある。まだ、感覚がある。
「…うん」
十夜に肩を押されて、家の門の中に入った。十夜がそのまま、玄関に繋がる階段を上ったので、聖月はその後に続いた。ちらりと見えた大きな庭には、たくさんの花が咲いていた。梅雨だというのに、たくさんの花たちは生き生きと咲いている。前に来たときは、満開の赤いバラがアーチのあちこちに咲いていて見事なものだった。
バラの時期は終わったのか、アーチにはバラは一つもなかった。寂しい気持ちになっていると、十夜がドアの鍵を開けた。
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「馬鹿広いだけだけどな」
十夜は文字通りの馬鹿にした表情で、部屋を見詰めた。
「そういえば…十夜の、親御さんって今いるの?」
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「父さんは、出張で明後日に帰ってくるらしい。母さんは…友達と旅行だっていってけど。本当かどうか知らん」
「へえ…。国会議員って、出張なんてあるんだ」
「さあね。そこまでは知らないけど、あの人が言うならそうなんじゃねえの」
十夜は、リビングのソファに座って投げやりなことをいっている。
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聖月はこういうとき、なんと答えていいのか分からない。そんな不器用な自分が、たまらなく嫌になる。そんな想いが顔に出ていたのか、十夜が表情を変えた。
「おいおい、聖月。なんでそんな顔してんだよ。お前が考え込むことじゃないだろ」
「…だけど」
でも、といった聖月に十夜は首を振る。
「いいんだよ、別に。これが、俺の家庭なんだ。お手伝いの人も来るし、別にどったことねえよ」
「……」
十夜は笑っているが、それがどうしてだか悲しいものに思えた。また、何も言えない聖月に、十夜はソファに座るように促した。聖月がそれに従って、十夜の隣に座る。
「…たまに、お前がここに来てくれたらそれでいいかな」
「…うん、また遊びにくるよ」
よかった、と笑う十夜が本当に嬉しそうで聖月は心の中が温かくなる。
十夜は優しい。だから、きっと、聖月の本当の姿を知ったとき許してくれそうだ。だけど知ったとき、彼はきっと深く傷つくだろう。そして、今のように話は出来ないだろう。聖月は、十夜に心の中でこっそりと謝った。卑怯者で、ごめんなさい――と。
この感情は、友人というより、依存なのかもしれない。だって、十夜は聖月にとって大切な存在だから。衛もそうだ。友人というより、十夜と同じような依存に近い感情を持っている。
だから、絶対に『ディメント』のことは隠し通す。それが、二人を騙すことでも…――。
十夜と聖月はそれから、色んな話をした。馬鹿らしいことも、進路の話も。大声で笑ったり、真剣に話したり、いろんな顔を二人はした。あっという間に時間はすぎて、夜の7時ぐらいになって、十夜がピザを頼んだ。
どんなピザにする?…――そんな会話でさえ、幸せだったし聖月にとって、愉しかった。十夜の部屋に移動して、頼んだものを待つためにTVゲームもした。
怖いゲームだったので、聖月は飛び跳ねるほど怖がった。十夜は、それを見てゲラゲラ笑っていた。趣味が悪いと素直に思った。怖いシーンになるたびに、聖月が目を瞑ろうとしているのを見て、十夜は阻止させようとしていた。取っ組み合いに発展しそうになりつつ、ゲームをなんとか半分まで進めたところでピザが届いた。
ゲームはいったん中断して、リビングでピザを食べた。美味しかったので、すぐに二人は食べ終わった。十夜が、先にお風呂に入っていいと言う。
この家の人より早く入るのは、敬意がなさすぎるので初めは断わったが、十夜が聖月を無理やり先に入らせた。十夜にそこまで云うなら、俺と一緒に入るか?といわれたので、丁重にお断りした。前の家のお風呂より、大きく、かつ最新型のお風呂で聖月は驚くしかなかった。
まず湯船の広さに聖月はびっくりした。その湯船に浸かると、やはり広いだけあって気持ちよさも倍増だ。
「…ッ」
聖月は、身体中に痛みを感じて目を閉じた。痛みは、この前客に付けられた鞭の痕からだった。切り傷に水が入ったのか背中に沁みた痛みがした。背中が熱い。耐え切れなくなって、聖月は湯船から出た。こんなときでも、『ディメント』のことを思い出さなければならないのか――。
聖月は辛くて悲しくなって、シャワーを浴びながら自然と涙が出ていた。悔しくて悔しくてたまらなかった。こんな穢れた身体を十夜の家の風呂で洗っていいのか、と不安になって、聖月は急いで体と頭を洗った。ここから、早く抜け出さなければ――。そんな使命感に似た思いに取り付かれた。
「ごめん…」
聖月は俯き、それだけしかいえなかった。いつまで、こんなことを続けなければいけないんだろう。ずっと、罪の重さに、耐えながら生きなければならないのか。聖月は、目の前が真っ暗になるような感覚になった。腹部にある、忌々しい傷を見て、憎しみのような感情がわく。
聖月は、切り替えようと、首を横に振った。お風呂場を確認して、すぐにそこから出た。身体をよく拭いて、脱衣所で服を着替えた。タオルを肩にかけ、部屋に戻ると十夜がベットに横になって雑誌を読んでいるのが見えた。
「あれ、早くねえか」
聖月を見た十夜が、驚いた表情で声を上げる。
「俺、洗うの早いんだ」
「もっと長く入っててもよかったのに」
不思議そうに十夜は呟いて、立ち上がった。
「じゃあ、お風呂行ってくる」
「いってらっしゃい」
十夜を見送って、聖月は床に座った。頭を少し拭いていると、やがてシャワーの音が聞こえてきた。聖月は、ぼんやりとそれを聞きながら、携帯を取り出した。画像フォルダを暇なので見ていると、ケイと蒼の画像が見つかった。なんとも苦い気持ちになり、次の写真に移動した。十夜と衛の画像を見つけ、顔を緩ませる。
それを何気なく見詰めていると、時間が経っていたのか、十夜がお風呂から顔を出した。
「ただいま」
「あ、おかえり」
ちらりと時計を見てみるとあれから30分は経過していた。十夜はいつのもセットした髪型ではなく、髪に濡れたいつもとは違う姿になっていた。ジーパンだったのが、スウェットになり、もっとラフな格好になっていた。
お風呂から出た彼は独特の雰囲気をまとって、なんだか心臓が早く動いた。十夜は容姿が綺麗で、色香も放っているので、今の状態は目に悪い。目に悪い、というより見たらなんだか飲み込まれそうだ。ディメントの客が見たら、一発で落ちるだろうな、と下世話な想像もしてしまった。十夜は笑顔で話す。
「なあ、酒飲もうぜ、酒」
十夜が手に持っていたのは、軽い度数のお酒だった。
「うん」
缶を渡されて、開けると、アルコールの匂いがした。聖月は、あまりお酒には強くない。それを知っている十夜だからこその、軽い度数のお酒だ。十夜は、お酒が好きなタイプなので、こんなのはザルだろう。
「あー、うまい」
十夜は、一気に喉にそれを押し込んだ。やっぱ風呂上りの酒はサイコーだな!と、なんとも親父臭いことをいっている。聖月も、1口呑んだ。すっきりとしたもので飲みやすく甘い味がした。美味しかった。
「おいしい」
「よかったなぁ」
十夜はお酒を飲んで上機嫌なのかニコニコとご機嫌そうだった。まだ1口しか飲んでいないのに、聖月は頭がぼうっとしてきた。十夜がもっと飲めよと催促するのでちびちびと飲んだ。ふわふわとした浮遊感が出てきて、少し眠くなってきた。そんな聖月とは反対に十夜はまだまだ元気そうだった。
「おいおい、もう酔ったのかよ」
「う~ん…? 眠い、だけ」
十夜の責める声が聞こえてくる。言葉のたどたどしい聖月に、十夜は苦笑いをしている。呆れられたらしい。まだ20時になったぐらいなのに、もう眠い。聖月は、目を擦りながら、あくびをした。聖月の顔は、ほんのりと赤く、酔っていることを示していた。
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