アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第六話

58 優しい世界

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「水、ほら」
 十夜がいつの間にか、戻ってきており手には水の入ったコップを持っていた。手を伸ばしたが、聖月の手があまりに震えていたので、十夜は呆れたように笑った。コップを、優しく聖月の口元に持ってきてくれた。
「飲んで」
 十夜の甘い声が、脳天に埋没するように響く。催眠にでもかかったみたいに、聖月は口に入ってくる水を飲んだ。瞬間、水が喉を潤し、身体に冷たい感覚がした。
「今、布団ひくから。あと、携帯は充電しておくよ」
「…」
 頭がぼんやりとして、十夜が何を言っているんだか聖月には解読不可能だった。とんでもなく眠くて、瞼がだんだんと下がってしまう。それに抗えるほど、聖月の体は元気ではない。お酒のせいなのか、疲労感もある。つくづく自分には、お酒はあっていないなあと、聖月はぼうっとした頭で思う。
「こら、まだ布団ひいてないだろ。聖月、寝るな。もう少しガマンしろ」
 咎める十夜の声が、耳に入るが、脳にはまったく聞こえていない。それ程に、睡眠の色が濃かった。十夜が布団を敷いてくれて、もう殆ど寝てしまっている聖月を横にした。
「お休み」
 優しい声を聞きながら、聖月は完全に意識を手放した。
 
 
 妙な汗をかきながら、聖月は意識を覚醒させた。
「…んー…?」
 意識は、まだ完全ではないが、見知らぬ天井を見て一気に思い出す。十夜の家で、泊まったということを。
「…ッ!」
 起き上がった刹那、頭痛がした。ズキズキと、脳に広がる痛みに聖月は目を顰める。手で、頭を抑えて、どうにか痛みを紛らわせようとする。身体は、どうしてだかだるかった。身体の節々が痛い。もしかしたら寝違えたのかもしれない。
 聖月は、いつも以上にだるい体を動かして、携帯を見た。携帯には、充電器が刺さっており、昨日きっと十夜がやってくれたものだろう。時間を見ると、ちょうど9時だった。朝の日差しを、カーテン越しに感じた。
 今日は、夢見なかったな――…。
 いつも見る、夢を今日は見なかった。ぐっすり眠れたということなのだろう。十夜を探すと、隣のベットで静かに寝ていた。寝顔を見ると、寝ている姿まで美形だ。朝だからか分からないが、十夜の甘い香りがより強い気がした。なんだかなぁと思いつつ、十夜を起こすために身体を揺らした。
「十夜、9時だよ。おきて」
「…ン……」
 声をかけて、激しく揺さぶると彼の顔が歪んだ。無理やり起こしたことに、怒っているのだろう。
「おきてってば」
 もっと揺らすと、十夜は聖月の手首を掴んだ。
「うっせえな」
 眉を顰め云われて聖月は驚いた。彼のこんな表情の十夜を見たのは、初めてだったから。びっくりしたけれど、手首のある手が妙にリアルでそれを振り切った。
「そんなこというんだったら、ずっと寝てれば?」
「いって…。あ、なんだ聖月か」
 聖月だと気づいたのか、十夜は申し訳なさそうな顔をした。さっきの彼とは打って変わっている。
「幻でも見たの?」
 小馬鹿にした言い方で聖月が言うと、十夜は自嘲気味に笑った。
「そうだよ」
「……へぇ」
 十夜の顔が一瞬、違うものに見えて、聖月の心はざわついた。どうしたのだろう、と思ったが、それ以上は考えないようにした。気づいては、いけないような気がした。聖月が、一方的にそう思っただけなのだけれど、それは世界がひっくり返るようなことに思ってしまったのだ。十夜はすぐにいつも彼に戻った。
「なあ、いつお前起きた?」
「さっき」
「昨日のこと、覚えてる?」
「うん。お酒飲んだら、すぐに寝ちゃった。ごめん、迷惑かけちゃって」
「いいよ、別に。夢とか、見た?」
 笑いながら、十夜は聞く。どうしてそんなこと聞くのだろう、と思った。
「ううん。見てない。いつも見るんだけどな、昨日はぐっすり眠れたんだよね。アルコールのせいかな」
 十夜がその言葉を聴いて、口角を上げた。
「よかったな。いつもどんな夢みんの?」
「……あんま、覚えてないけど。いい夢じゃないかな」
「そっか」
 聖月は、嘘をついた。本当は、どんな夢を見ているかはっきり覚えている。それを、十夜に云いたくないだけだった。
「ご飯、お手伝いさんに作ってもらったんだ。食べようぜ」
「うん」
 十夜は、普段通りに笑っていた。聖月も釣られて笑った。十夜の後を追ってリビングに着く。彼は冷蔵庫を開けて、ラップにかけてあるお皿を取り出した。そこには、チャーハンが入っていた。それを、電子レンジで温め二人はテーブルで囲んだ。チャーハンを食べてみると、美味しかった。
 美味しいね、といいながら二人は食べた。やがて食べ終わり、テレビをつけた。ニュースやバラエティを見て、笑ったりぼんやりした。
「これから、どっか行く?」
 ニュース番組を見ていたときに、おもむろに十夜が聖月に問うた。聖月は、鸚鵡(おうむ)返しのようなことを云った。
「十夜は、どっか行きたいところでもあるの?」
「別に…ないけど」
「俺も、ない。なあ、今日ここで遊んでもいいんじゃないの。 遊ぶところもないし、このへん」
 聖月がそう提案すると、十夜は首を縦に振った。
「そうだな。遊ぶか。昨日のゲーム、続きやってないし」
 けらけら笑いながら十夜は口を動かす。昨日のゲームと聞いて、聖月は悪寒がした。
「えー、またあのゲームやんの?! もっと、怖くないゲームしたい」
 聖月がブーブー言って抗議すると、目の前の男は馬鹿にする言い方で言葉を紡ぐ。
「あー、聖月昨日ビビッてたもんなぁ。おこちゃまだなぁ、おこちゃま」
「おこちゃま云うな! あんなゲーム持ってる十夜、すごい趣味悪いと思うんだけど」
「なにいってんだ、馬鹿。あれ、すごい面白いだろうが」
 二人は、馬鹿みたいに笑いあった。聖月は、幸せだと思った。だって、友人と普通に話せて、こうやって楽に呼吸できる。それだけで、生きていける。そんな気持ちだった。その後、十夜と聖月は、部屋で結局ゲームの続きをすることになった。
 怖い怖い言っている十夜が、面白がって、たまに後ろから大声を出したりした。聖月は心臓が止まる思いがした。
 なんとかゲームをクリアすると、どこからか人生ゲームを取り出してきて二人でやろうと十夜が言い出した。これは、前に衛に無理やり買わされたものだと十夜は愚痴めいて言っていた。なんだかその話をする十夜が面白くて、聖月は大きく笑った。それにムカついたのか十夜は、絶対に勝つといって、子供っぽく笑っていた。
 人生ゲームは、思いのほか楽しくて、二人で大騒ぎした。
 十夜が子供ばっかり車を乗せていったので、聖月のお金がだんだんと減っていった。聖月も、カジノで大儲けしたり、株が上がったりしてお金が戻っていた。十夜は、どうしてだかお金が減るばかりで、貧乏家族だといって笑った。聖月は、独身だったがお金があったので、十夜がエリート独身だといって馬鹿にした。
 また取っ組み合いに発展しそうだったが、なんとか聖月が勝ったので落ち着いた。負けたことが悔しかったのか、十夜何度も勝負を挑んできた。そうしているうちに、18時になっていた。時間が経つのは、あっという間だった。
 結果として、2勝2敗となり、二人はかなり白熱した人生ゲームをやった。
「聖月、お前いつ帰るの?」
 そう18時過ぎに十夜に言われ、聖月は一気に現実に戻された気がした。
「じゃあ、あと1時間したら帰るよ」
「えー、もっと居ればいいのにぃ」
 十夜に甘い声を出されたが、聖月は首を振った。遅く帰ったら、なんと言われるか分かったもんじゃない。十夜は、そのまま言葉を紡ぐ。
「ごめん。夜遅くなると、みんな心配しちゃうから」
「へぇ、みんな心配してくれんだ」
「う…ん」
 十夜の顔が、罪悪感からか、殆ど見れてない。自分の表情が動いていないことに気づいて、聖月は心の底からぞっとした。何とか口角を上げて十夜の顔を見た。彼はいつも通りのように見えた。
「また、来ていい? 今度は、衛も入れてさ」
「いいぜ」
 十夜が笑って答えてくれて、ほっとした。聖月が、カバンの中を整理し、帰る準備をしているとき、後ろから声をかけられる。
「身体平気か?」
「え?」
 ドキリ、と心臓が跳ねた。すぐに言葉の意図を理解して聖月は答える。
「うん、あんまお酒飲むと眠くなっちゃうから、今度から控える」
「そうしたほうがいいな」
 けらけら笑って十夜は、言った。その後、世間話をしているうちにすぐに帰る時間になってしまった。楽しい時間ほどすぐに終わるものだと思い知った。内心かなり落ち込みながら十夜にまたねという。
「お邪魔しました。ありがとね、いろいろと。また学校で」
 玄関先で小さくお辞儀をすると、十夜は聖月の肩を叩いて口を開く。その十夜の顔は寂し気だが笑みを浮かべているものだった。
「またな。今度はすぐ寝んじゃねぇぞ~」
「分かってるって!」
「気をつけて帰れよ~」
 友人の優しい声に聖月の心は温かくなる。十夜に手を振って、階段を下りた。外は真っ暗だった。星は曇っている夜空なので、見えそうにない。夜空に少し勇気を貰おうと思っていたので、少し残念な気分になる。気が重くなりながら、聖月は寮へ足を向けたのだった。
 
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