アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第六話

64 優しく残酷な手

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 気絶してしまったケイを、聖月はベットの上で優しい手つきでタオルで拭いていった。寝ているケイは、まるで天使が寝ているみたいだ。だが、身体についた残滓は、ケイが今までどうしていたのかはっきり分かる。
 聖月は、それを見てズキンと胸が痛んだ。こんなことをするなんて、ケイはどれだけ辛かったのだろう。
 そう思うと、やるせない気持ちになった。まだ居た小向が、ふいに声をあげた。
「聖月、君は残酷だね」
 言われた言葉に、聖月は瞠目した。いつの間にか、カメラはどこかに消えてしまっている。ドア付近で立っていた神山も、どこかにいなくなっている。今部屋にいるのは、椅子に座っている小向と、ベットにいる聖月とケイだけだ。その小向の言葉は、にわかには飲み込めるものではなかった。
「残酷…」
 言われている意味が、聖月にはよく理解できなかった。残酷、といわれるべきは貴方だろう、と言った本人を見て思う。
「どうして、ケイに入れなかったの? それでケイは、満足したはずなのに」
 小向が言おうとしていることが分かり、聖月は何もいえなかった。
 そうだ。聖月は、入れなかったのではない。入れたくなかったのだ。それが、ケイには残酷なことでも、聖月はどうしてもそれはやりたくなかったのだ。
「君は、最大の焦らしをケイにやったんだ。君も焦らされたことあるだろう? そのときどう思った? 辛かっただろう? その辛さをどうしてケイに与えたんだい」
「…それは」
 瞼を閉じているケイを見て、ごめんと心の中で謝る。
 小向の言っていることは分かる。だが、その焦らしを聖月は知らないのだ。感覚がないから、焦らされても普通の人より楽だ。普通の感覚を持っているケイには、これは耐え難いものだった。だから、気絶してしまった。これはきっと、聖月のせいだろう。
 ケイの髪を触りながら、聖月は呟く。
「だったら、アンタがやればよかっただろ。俺には、無理だ」
 聖月の言ったことに、小向はハハッと笑う。その笑顔は、底が見えず恐ろしかった。
「それじゃあ、何にも楽しくないだろう」
「っ」
 歌うように、小向が言う。また、笑顔で、仮面を被り小向は喋る。それがいつになく恐ろしかった。やっぱり、この人は人の皮を被った『何か』なのかもしれない。聖月は心底怖くなって、言葉を口走る。
「最低だよ、アンタ」
 小向は、聖月の嫌悪にまみれた言葉を聞いて一瞬無表情になる。だが、すぐに笑みに変えられた。
「それは、聖月くん。君だよ。優しすぎて、ケイには残酷すぎる。ケイは、あの時本気で君に入れて欲しかった。それが彼の、生きている実感だから。それを君は、優しく触って、道具を使って入れなかった。それが、ケイにとって何よりも嫌なことなのに。君はどんなディメントの客より加嗜的だね」
 その言葉を、理解したとたん聖月は頭に鈍器をぶつけられたような衝撃が走る。
 ――…君はどんなディメントの客より加嗜的だね――…。
 小向のその言葉は、聖月の中に深く入っていく。
 呆然として何もいえない聖月に、小向は笑って言った。
「じゃあ、このビデオは編集してお得意様に売るから。今日は、ケイと同じ部屋に泊まって寝てね」
 返事を待たず、小向は部屋を出て行った。
 その夜、聖月はケイの隣で一夜を過ごした。
 

 
 
 その後、1週間経ってケイに喋りかけても無視されるか、罵声を浴びせられた。
 いつも、ケイは挨拶をしてくれたり、話してかけてくれるので聖月は寂しかった。ケイは、かなり聖月に怒っていた。それも、そうだろうな、と納得している自分もいた。ある意味で、聖月はケイに酷いことをしたのだ。
 友達だったのに、絶交になっちゃったのかな。と思うと、聖月は悲しかった。 
 つかみどころがないケイだったが、聖月には大切な友達だった。
 謝らないとな――…と思いながら、大学に行く日々が続いた。あのホテルでの出来事で、なぜか聖月は1週間ディメントを休むことになっていた。理由は分からないが、そういう特典だから、と小向に言われた。やることもないので、夜に施設の外に行き、夜空を見詰めていると後ろから声をかけられた。
「聖月、よお」
 後ろを振り向けば、そこには蒼が立っていた。夜だというのに、彼は目立っている気がした。
「…なんか、用でもある?」
「いやぁ、別に。…あ、ケイがめっちゃ怒ってたぜ。ビデオ見たけど、ありゃあひでぇな」
 蒼が階段のところで座っている聖月に隣に座ってきた。聖月は、蒼の言葉に驚いた。
「ビデオ見たのかっ?」
 まさか、蒼があれを見てるなんて驚いた。仰天している聖月に、蒼はにやにやと意地の悪い笑みで言った。
「見たのかって、買ったんだよ。無修正、編集なし。いつも思うけど、小向もケチだよなー。あんな馬鹿でかい金払わして。俺さ、ディメントでトップ5入ってるし、もう少し割引して欲しいもんだけど」
「…なんで買ったんだよ」
 蒼が、世間話みたいな言い方で、あのビデオを買ったといっていることが恐ろしい。
 やっぱり蒼は普通ではないのだ、とはっきりと分かる。あんな趣味の悪いもの、わざわざ買ったと、聖月本人に言うところも彼の加嗜性が垣間見える気がした。それを売っている小向はもっと、おかしい人間だけれど。
「だってさ、面白そうじゃん。ケイとお前がやってるの。小向も、よくあんな鬼畜なこと考えるよなぁ」
 感心して話す蒼にぞっとした。鳴いている夜の虫が、一気に聞こえなくなるような錯覚がした。
 ――きっとこの人も、小向と同じタイプの人間だ。
 黙ってしまった聖月を置いて、蒼が至極楽しそうにぺらぺらと話す。
「…そういや、なんでお前ケイに入れなかったんだよ。あいつの中すごいのに。お前、童貞捨ててないんだろ。だったら、ケイで捨てたらよかったのになぁ」
 蒼の口ぶりは、まるでケイとやったといっているように聞こえる。きっとそうなのだろうが、聖月はそれよりも違う言葉が気になった。だが、それを聞こえないふりをして、ぼそぼそと歯切れの悪い声音で言う。
「…ケイは友達だから」
 蒼は、一瞬瞠目した。そして、間を開けて下品に大きく口を開けて爆笑している。
「ぎゃははっ、確かにそうだけどよ。アイツがそれで納得すると思ってんの?」
「……」
 何もまた言えない。
 納得、というよりは、分かってもらえるかだ。黙った聖月に、蒼はニヒルに笑う。
「アイツだって、聖月をダチだと思ってるよ。だけどさ、俺もだけどこういうことだと話変わってくるわけ」
「話が、変わる?」
 彼が何を言おうとしているのか、聖月はまったく分からない。首をかしげると、蒼は言葉を続けた。
「お前は価値観ちげえかもしれないけど、気持ちいいことはダチでも出来る。ケイはそういうこと、あんま考えないけど、聖月のこと襲いたいとか普通に言ってくるんだ。これ、冗談っぽいけどアイツはマジで出来るから。まあ実際、やったも同然だけど」
「…よくわかんない」
 聖月は、思ったとおりのことを言う。蒼の話は、あまりにも別世界の話のように聞こえてくる。蒼が言ってることはつまり、聖月にとって友達の衛と十夜ともセックスできるということだ。聖月の価値感上、それはありえないことだ。たぶん、一般的には聖月の考えのほうが大多数だろう。
 首を振る聖月に、蒼はにやにやと笑う。
「俺も、聖月とはダチだと思ってる。だけど、そーいうこともしたいんだよなぁ」
 肩を引き寄せられて、聖月はぎょっとした。
「嘘言うなよ。友達だったら、無理にそんなことしない。蒼とは友達じゃない」
 このまま引っ付いていたら危険な気がして、無理やり蒼を引き剥がした。蒼は口を尖らせて言う。
「えー、そういうこというなよぉ。ショックだなぁ」
 わざとらしい声音に、聖月はため息をついた。
「…ま、でも。聖月のアレはケイにとって辛いことだな。普通は、ケイが誘ってきたら男はすぐ突っ込んじゃうもんだし。聖月も大概だよなぁ、あんな焦らして入れないなんて。サイテー」
「………」
 蒼の言うことは、下品だったが、そういわれると確かに最低だ。
 だが、聖月はケイやほかの人にはやりたくなかった。そういうことは、ディメントの客と同じことをやっていることになるから。
「しかも、気持ちいい?とか普通に聞いちゃうし。お前って実はSだったりすんの? もしかして、そういうプレイ?」
「プレイってなんだよ! …気になるだろ、普通。そういうの」
「へえ。まあお前もよく我慢できたよな。ケイ相手にさ。普通は、突っ込むよあそこまでされたら。お前感情っていうのが、欠如してんじゃねぇの」
 心臓が、一気に鼓動を打つ。蒼はきっと他意はなく、言ったのかもしれない。だが、感情が欠如しているという言葉はあまりにも的を得ている気がした。
「感情あるよ。ホントはこのディメントのことだって、嫌だって思ってやってるし」
 誤魔化すように、聖月は言う。蒼は気づいているのかいないのか分からない口調で、茶化す。
「へえ、そうなんだ」
「…うん」
 蒼の言葉に、聖月は項垂れた。
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