アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第九話

86 コウのルームメイト

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 だが―――。
 聖月はふと思った。そんな彼でも『コウ』のことは覚えている。コウのことを心配し、講習会まで足を運んでいる。本当に、心配しているのかは、わからない。でも、美也は、明らかにコウに『興味』を示しているのだ。
 それが、いいのか、悪いのかもよく分からない。
「…なんて、いってた?」
 一瞬、耳を疑った。
 まさか神山の言葉を気にするなんて―――そう聖月は失礼だが思ってしまった。でも、それほどに、美也は人間に興味がないことで有名だった。
「…か、感謝しろって」
 聖月は、なんとか声を出す。
 神山のあの蔑んだ目が、脳内に点滅する。
―――――「救ってもらえたんだよ、感謝しろ」
 あの怒気のこもった声も、神山の美しい顔が鬼の形相になったことも、まるで夢のようだ。
「何に?」
 小さな問いかけだった。
「…小向さんに」
 聖月の答えに、美也はほんの少し肩を揺らした。だが、表情は、いつも通りの無表情そのものだった。
「……あの人に、感謝……。アイツは…」
 そう言ったきり、美也は興味なさそうな顔になる。
 本当に、どうでもいいのだ、と感じた。美也には、お世話になっただろう小向のことも「あの人」と言って酷く他人行儀な呼び方をする。神山は「アイツ」。聖月は「お前」。―――全部、有象無象のモノ扱いだ。コウも「アイツ」。
 …―――コウを、どうするつもりなんだろう。
 ふいによぎった疑問。
「…コウを、見に来たのは、なんでですか?」
 聖月の問いに、美也の黒い瞳のガラスが揺らいだ気がした。
「……」
 美也は、しばらく黙ってたがやがて興味なさげに、顔を掻いて―――聖月に背中を見せた。小さな拒絶だった。
「…どうして、」
 そう、聖月は叫ぶ。
 そんな声は、廊下に響いているだけだった。
「……お前、他人のこと心配している場合か。自分の問題カタつけろ」
 美也は立ち止まって、そういった。
 聖月が驚いていると、いつの間にか美也は消えていた。聖月はその場で立ちすくんでしまう。深夜の真っ黒な廊下は、聖月の未来のことを示唆しているようだった。あの美也が発する言葉ではないような気がした。
 …――――お前、他人のこと心配している場合か。自分の問題、カタつけろ――――。
 コウの心配をしている場合なら、自分のことに集中しろと言われてしまった。
 …確かに、そうかもしれない。
 でも、美也がまさか、自分を心配する声を出すとは思っていなかった。
 そういう優しいところも、あるのか…と思う。
 だが、美也に指摘されたことは、心が痛むことだった。
 自分の問題。それは、間違いなく十夜への『答え』だ。ほぼ答えは決まっている。だが、それを本当に言っていいのかわからず、こんな時期まで先延ばしにしてしまった。いや、十夜も聖月の答えがわかっているからこそ、先延ばしにさせようとしている。
 早く、答えないといけない。
 早く、自分の気持ちを、十夜にちゃんと伝えないと――――…。
 聖月は窓に映った闇夜に浮かぶ朧月を見て、深く誓った。
 
◆◆
 
 コウのことが気になって、次の日にコウの部屋を訪れた。
 下位のメンバーは、一人部屋ではなく2人部屋だ。2人部屋に、青の蝶同士、蝶同士、と部屋が別れているのが普通だ。部屋の大きさは、聖月が住んでいる部屋よりも簡素で、2段ベットと机が2つ置ける程の広さで、あまり快適なものではないと前にコウが言っていた。
 下位のメンバーほど高い階につくらしく、行くまでに相当階段を上った。
 息も絶え絶えになったころ、やっとコウのいる部屋の前についた。
 緊張しつつ、聖月はコウの部屋をノックする。昼前だから、きっといるはずだ―――。
 しばらくして、「はい」とドアを開けたのはコウではなく違う男だった。
 タッパもあり、ガタイがいい。身長も聖月より大きく180センチはあるだろう長身の男で、メガネをかけている優しそうな―――知的な男性だった。どう見ても『蝶』というか、抱かれるほうじゃない外見と風貌だった。
「……あれ? セイさん? ですよね」
 思った通りの優しい低い声で、聖月は驚きつつ頷く。
「ごめん。こんな時間に急に来て…コウの様子が気になって」
 聖月が心配そうに言うと、男は頷いた。
「わざわざコウのために来てくれたんですね。…あ、俺、ナンバー22イチです。青の蝶で…、コウのルームメイトです」
「る、ルームメイト?!」
 イチと名乗った男の正体に、聖月は度肝を抜かれた。
 たしか青の蝶と、蝶は同じ部屋にはならないんじゃなかったっけ?―――聖月は混乱して思わず叫んだ。
「…立ち話もなんなんで、中入りますか? コウもいますよ」
 そう言って促されて、聖月は中に入る。「おじゃまします」と言いながら、玄関に入ると、そのまま少し進めば、コウが2段ベットの下で寝ているのが見えた。部屋はあまり広いものではなく、冷蔵庫と机と、ベットを置けば大きなものは置けないような狭さだった。
 とてもじゃないが2人で住むにはいささか狭さを感じる。
「あ…コウ…」
「寝てますよ。……講習会が、酷かったんでしょう」
 どきんとする。
 講習会。 コウのしなやかな身体、細い輪郭、小奇麗な顔つき。コウの普段の太陽みたいな明るさは一切なかったあの狂った夜。異常だと思うほどの痕が残る身体。――――コウの嫌悪感の露わにした悲鳴。全てを投げ捨てた喘ぎ声。
 そんなあの熱帯夜が思い出されて、聖月は思わず息を呑む。
「…セイさん?」
 イチに、不思議そうな顔をされて、自分が考え事をしていることに気が付いた。
「…あ…いや…コウが…」
 ベットで疲れ切って寝ているコウの寝顔は、すこやかなものではなかった。Tシャツから見える鎖骨にはたくさんの情事の痕が残る。苦悶に満ちた寝顔は、普段の明るいものからは想像ができないものだ。
 その姿に絶句していると、隣のイチが苦しそうに口を開けた。
「コウは……本当は、弱い奴なんですよ…。このまま、心を、閉ざしたら…俺…」
 そう言って、イチは押し黙ってしまう。そのイチの表情は、友人を想っているものだった。
 二人の深い絆を感じ、聖月は不意に泣きそうになった。
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