アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第三章 第十一話

110 久しぶりの面々

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「会うの久しぶりだから緊張しちゃって…」
 はにかみ、聖月は頭を掻く。ディメントの仕事上、男性ばかり会っているので、こうして女性と話すのは久しぶりだった。元々女性と話してこなかった聖月は余計に、そう思うのかもしれない。そんな聖月に、夢が背中を強く叩く。
「なーにいってんの? ナンバー3の癖に弱気だねぇ」
「…いっ、力強すぎ…っ」
 背中の傷の事を知らないから当たり前だが、彼女の力が思いのほか容赦なく、聖月は涙目になって痛みを訴える。
「あはは、夢ちゃん酔っぱらっちゃってる…君塚くんに絡んじゃったらダメだよ~」
 きりが、楽しそうに笑っていて思わず見惚れた。彼女がこうやって笑うという事を聖月は知らなかった。前見た笑みより今の笑みは自然なもので、聖月の心に温かい気持ちが溢れる。
「…元気そうでよかった。借金返せそうなんだよね?」
 聖月の問いかけに、きりは頷いた。
「うん、この調子でいけば大学終わりまで頑張らなくてよくて、後3か月ぐらいで返せそうなんだよ」
 純白の彼女がさらに白くなる―――聖月はそんな風に感じた。彼女の微笑みは、まるで聖母のような温かさと慈しみを持っていた。
「そっか、…よかった…」
 聖月も微笑む。本当によかった。こんなか弱い女性がずっとしちゃいけない仕事じゃない―――、そう聖月は強く思っている。きりは、真っ白で無垢なオーラを持っている。だからなのか―――聖月にある男の本能が一瞬、きりの乱れた姿を想像してしまう自分にゾッとした。
 そんな聖月の想像を振り払うように、夢が声を上げた。
「…でも、そうしたら私、きりに会えなくなっちゃう~」
 顔を赤らめたまま、夢は悲しそうに顔を歪ませた。本当に離れるのが嫌なのだろう。
「夢ちゃん…」
 顔を赤らめ、きりに縋りつく夢も、か弱い女性だった。
「大丈夫だよ、また会おうよ。いっぱい会って、話そうよ…夢ちゃんとは大切な友達だから、これからもずっと会いたいよ…」
「きり…」
 夢の紅いドレスの開いた背中を抱きしめる彼女は、本当に聖母のようだった。夢は長い黒髪なびかせながら身体をきりの胸に預け、ほっとした様子で身を寄せている。そんな様子の二人を見ていると、聖月の心にはチリッとした痛みが走る。美しい友情の光景だった。ここがディメントのパーティーでの中でなければ、さらに綺麗な光景だっただろう。
 この二人の抱擁は、この場ではあまりに性に汚れていなく、とても綺麗だった。
 だからこそ―――二人は注目されていた。女性は羨望にも似た目線や、嫉妬、奇異の目線。殆どの男たちは邪な気持ちで見つめていることが分かる粘ついた視線を送っていた。聖月は思わず周りを睨みつける。
 十夜や衛の事を聖月は思い出していた。彼女たちは自分たちの秘密を共有し、互いを思いやる本当の友達だろう。だが、自分はどうだろう。
 衛には未だに自分の正体を明かしていない。十夜に至っては、ディメントの秘密を知られ、好きだと言われるがまま身体を重ねた。十夜には告白を断り、無理を言って友人としての地位を保って貰っている。それは本当に目の前の二人のような『友達』なのだろうか。
 そんなことを考えたくなくて聖月は2人にトイレ行ってくる、と言ってその場を離れてしまった。
 だがすぐに聖月は自分の選択を間違えてしまったと後悔することになる事態に陥っていた。
「よォ、セ・イ・ちゃ・ん?」
 トイレに入り、手を洗っていた聖月に雷のような衝撃が走る。思わぬ知った声に、聖月は顔を上げると鏡にニヤついた顔の蒼が映っていた。思わず後ろを振り向いてしまい、聖月は後悔した。すぐ後ろに立っていた蒼との距離が縮まってしまったのである。息のかかる程の近い距離に蒼がいる。それは聖月にとって悪い状況に他ならない。
「あお…ソウ…」
 いつも通り蒼(あおい)と言ってしまいそうになり、慌てて聖月は訂正する。するとニヤついた笑みを浮かべた蒼が、さらに距離を縮めてきた。
「いや~、偶然だなぁ。女に囲まれて楽しそうにしてるセイちゃん追いかけたら便所で一緒になったんだから」
 クスクスと笑った蒼。聖月はあまりに近い距離の彼を見ていられなくて目を逸らす。彼は聖月にはどうしてか分からないが、劣情を抱かれている。本当は抱かれていないのだが、この前に聖月を抱いたと思っているのでさらに絡みが強くなっている気がした。
「そ…っ、それは、俺をここまでつけてきたってことじゃ」
「そうとも言えるかもな?」
 堂々と聖月をつけてきたと楽しそうに笑う蒼に、背筋が凍る。トイレには二人以外誰もいない。この前の事があったばかりだ、二人きりになるのは避けたい。聖月は隙を見て逃げ出そうとしたが、一歩遅かった。腰を抱かれ、身体を絡ませられる。熱がこもった熱い視線で見つめられ、身体が固まる。
「おっと、どこいくんだよ。…あんな地味な女が好みだったのかよ、それともいい身体の女? なあ、どっち? ってかさ―――もうヤったわけ?」
「ふ、ふざけんな…っ、2人に変な妄想するなよっ」
 美形の顔が間近で意地悪く笑っている。
 二人のことを下衆な言葉で侮辱する蒼に、聖月は怒りが湧く。睨む聖月に、蒼が強い力で顎を掴んだ。
「ふぅん、まだヤってねぇんだ。いらないんだったら、俺貰っていいよな?」
「馬鹿、やめろっ」
 聖月は思わず叫ぶと、蒼はさらに楽しそうに笑った。聖月の後ろを向いて歩きだそうとする蒼を、思わず手で引き留めてしまった。蒼は聖月の行動に一瞬驚いた表情をする。だが、すぐに愉しそうなものに変わった。
「なーにムキになってんの? アイツらディメントのメンバーだぜ? 知ってるか、二人ともナンバー20位以内の淫売だぞ。俺がヤってもお前がヤっても変わんねえよ」
 アイツらは俺らと同類なんだよ―――…。
 吐き捨て言ったその言葉に、聖月は頭がカッと熱くなる。二人がナンバー20位以内なのは、聖月も知っていた。だが、二人の事を『淫売』という言葉では括った事なんてなかった。聖月はあの2人の事をそんな侮辱に満ちた言葉で考えたくなかったのだ。
 ―――違う。そんな事はない。あの二人は――――。
 聖月がさらに声を荒げようとしたその瞬間だった。あの人がやってきたのは。
「あれ、セイくん?」
「っ」
 目の前に知っている顔が現れ、聖月は思わず停止してしまう。それが客だったらなおさらだ。そこにはスラリとした高身長で圧倒的なオーラを持った聖月の客でもある、宗祐が立っていた。彼に会ったのは、先程の橘との会話以来だ。
 宗祐はじっと聖月を見た後、蒼を見つめてから思い出したように言った。
「…と、…ソウくん? だっけ?」
 完璧な見惚れる顔で微笑み、蒼を見つめる宗祐。聖月は二人が知り合いという事に驚きを隠せないでいた。そう言えば、蒼は宗祐の指名がある前に「イケメンの客がくる」と言っていたことを思い出す。二人は聖月の知らないところで、知り合いだったようだ。すぐさま蒼は、猫を被った貌になった。
 それは誰がどう見ても完璧な≪好青年≫であった。
「はい、ナンバー4で青の蝶をやっておりますソウです。羽山様…でしたよね。この『セイ』を指名して下さって、有難うございます」
 ―――うわあ、猫かぶりの蒼、マジで別人みたいだ。
 聖月は彼のあまりの変わりように、血の気が引いた。先程まで、野蛮な王様のようだったのに、宗祐の登場により心優しい紳士的な王様のようになっている。これであったなら、騙されてしまうのも無理はないと思う。
 聖月は慌てて蒼に掴んでいた手を離すが、逆に蒼が動いた。聖月が親しい友人のように、馴れ馴れしく肩を組んだのだ。聖月は突然の触れ合いに驚き、身体を硬直させる。
 聖月は行動に驚いただけではなく、蒼のその肌の熱にも驚いていた。
「いや、ソウくんの勧めで、セイくんに会えたからね。素晴らしい出会いをありがとう」
「―――っ」
 宗祐から低い声で発せられるのは男の聖月でも言葉を失うのも当然な甘い言葉たち。聖月は宗祐の言葉に赤面していた。何という口説き文句なんだろう。やっぱり、社長になる人は違うな、と聖月が考えていると隣の蒼がとんでもない事を言い出した。
「いえいえ、それよりもセイの『具合』はどうですか? 羽山様を満足させていますか?」
 なんてこと言ってんだよ―――ッ!
 ここには宗祐がいるので、絶対に叫ぶことはないが、理性がなかったらそう叫んでいたに違いない。蒼はその質問を真面目な好青年風に問いかけているのが憎たらしい所だ。蒼のそんな聖月にとってはセクハラな質問に対し宗祐はあくまで紳士的に対応している。にっこりと笑い、男は話す。
「ああ、とても『いい具合』だよ。ねぇ、セイくん?」
「…っ」
 いい具合ってなんだよ、いい具合ってぇ―――。
 聖月は、宗祐の言葉に顔を赤くすることしか出来ない。目を細め深み笑いをする宗祐に、心臓が早くなる。それはこの状況を宗祐が楽しんでいる表情だったからだ。まだ聖月と宗祐は繋がってもいない。だが『いい具合』だと話す宗祐は、百面相する聖月をからかっているようにしか見えない。
「おい、セイ顔を赤くしてないでちゃんと返事しろよなぁ。…申し訳ございません、羽山様。こういう言葉遊び、コイツすっげえ下手くそなんですよ。つまんなくないですか? コイツとの会話は」
「いや、いいんですよ。彼のそう言う所が可愛いんで、ついこうやっていつもからかってしまうんです」
「はは…なるほど、羽山様もいいご趣味だ」
 ふふっと笑う宗祐につられ、蒼も楽し気に声を立て笑っている。二人の会話は、一見して聞くと軽やかに和やかな雰囲気である。
 だが聖月は気づいていた。近くにいる蒼のこめかみが震えており、何かの感情を抑え込んでいることに。
 そして目を細め肩を組む二人を見つめる宗祐の完璧すぎる笑みの違和感を。聖月は和やかな雰囲気にある小さな火花を悪い意味でドキドキとしながら見守ることしか出来なかったのだった―――。

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