アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第三章 第十三話

132 好きな人

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「…あんまり嬉しくない?」
「えっ」
 涙を拭う十夜に、顔を覗き込まれて聖月は口を開けてしまう。間抜けな顔を晒し、聖月は十夜の言葉を反芻した。ディメントから出ていかれて嬉しい。そのはずなのに、モヤモヤとしている。それはきっと、宗祐のことがあるからだろう。ディメントから出ていったら、それこそ、本当に接点が消えてしまう。
「そうなのかな…? 俺は…」
 俯く聖月に、十夜が口を開こうとした瞬間だった。
「あ、ミツと十夜だぁ!」
「うわっ」
 ドンッ、肩に衝撃を感じ聖月は大きく目を瞑る。高い元気な声。声をかけてきたのは、友人である衛だった。大きく明るい声が、食堂に響き渡る。聖月が衛の顔を見ようとしたら思った以上に顔が近くて、ドキッとする。人好きする顔なので、見ていて心臓が早くなる。というより、人の顔が近くだとどうも緊張してしまう。
「なんか3人で会うのは久しぶりだねぇ~…」
 んふふ、と笑った衛にドギマギする。
 そんな衛の隣に可愛らしい小柄のショートカットの女性が居て、あれ?と首を傾げた。―――こんな人、衛の知り合いに居たっけ?
 そして衛はその女性は衛と女性と手を振り別れていた。仲のよさそうな表情で「またね」と言い合う二人は「友達」とは思えないぐらい甘いものが含まれていた。そんな離れていく女性の背中を不思議な気持ちで見つめていたら、衛に「気になる?」と逆に首を傾げられた。驚き、目を瞬かせていると十夜の軽い声が耳朶を掠める。
「へえ~、彼女?」
 聖月の正面に座っている十夜のニヤついた顔は、きりのことを彼女とからかった時と同じものだった。
 そのからかいを、衛は満面の笑みで受け止める。
「うん! あれ?言ってなかったっけぇ?もう3か月は付き合ってんだけど~…」
「そうなの?! い、いつの間に…」
「へえ~、かわいい子じゃん」
 十夜が「かわいい子」と評するのは頷ける。それぐらい「彼女」は可愛らしかった。
 聖月は思わず先程の彼女を見詰めた。小さくなった彼女の隣には、身に覚えのある女性が立っていた。
「―――…」
 それが誰か分かった聖月は息を呑む。それは、ワンピース姿のきりだった。あぁ、二人は友達だったのか。と意外な接点に目を細める。二人の姿は段々と小さくなり、談笑しながらどこかへ行ってしまった。教科書を持っているので、次の講義へ向かっていくところだったのかもしれない。衛の彼女がきりの友達なら安心だ。そんな気持ちが出ていたのだろう、そんな聖月を衛がからかう。
「なーにニヤついてんの? 俺の彼女だからねっ、そんなニヤニヤじろじろ見ないでくれるかなぁ~」
 ぷんぷんと怒る衛に、聖月は衛の顔を見てこくこくと頷く。こうやってジト目で怒る衛は妙に迫力があった。
「わ、わかってるよ。ただ、…今までの彼女の中で一番好感が持てるなって思ってさ」
 素直に自分の気持ちを言うと、衛が目を丸くした。そんな聖月に、十夜も重ねるように言った。
「声も交わしてないのに何言ってんだ。まぁ、そう言いたくなるのも分かるけど」
 衛の前の彼女は可愛く元気だが、寂しがり屋で、メールをすぐ返さないと怒る子だった。さっきの場面だったら、二人なんてほっといて私と居て!とその場で激高していただろう。だが先程の彼女は、すんなりと別れていて、聖月にはそれだけでも好感度が高い。
 二人からの誉め言葉に衛は頬が緩みっぱなしだ。
「へへ~、分かる?! 可愛くて自立してていい子なんだよぉ! 二人とも早く彼女作ったらいいのに~」
 思わぬ流れ弾に、顔が歪むのが分かる。―――今それ言うのかよッ…。
 いつもの衛のお節介だが、今聞くといつもより辛い。
「ッ、う、まぁ…それは、そうなんだけど。…今はちょっとそんな事考えられないかな…」
「……」
 聖月は何となく気まずくて首を押さえ、力なく笑う。十夜はそんな聖月を目を細め見ていた。聖月はそんな十夜の視線が分からないほど、気まずくて首を擦る。
「特に十夜! 性欲魔人の癖に、恋人作んないとかどういうこと?! 今度いい子紹介してあげるから、早く元気出してよね~! これ、ハンカチ!あげるっ!」
「ッ、はぁ?! お前、なんでっ?!」
 押し付けられたチェックのハンカチと衛の顔を何度も見比べ十夜は素っ頓狂な悲鳴を上げる。聖月も前半の「性欲魔人」にも後半の「早く元気だして」の言葉でさらにびっくりしてその場で静止した。
「だってまだ涙の痕ついてるんだもん」
「…っ」
 十夜に対して衛に悲しそうな顔で笑われて、聖月は心臓が飛び跳ねる。よく見れば、十夜の頬にはまだ涙の痕が残っている。これでは、先程まで泣いていたことが分かってしまうのも仕方がない状態だった。十夜は目を見開き、衛の顔を凝視している。
「やっぱり、ハンカチ貸して。…うん、これで…、よーし…」
「あ―――…」
 衛は固まって動かない十夜にハンカチを奪うと、そっと涙を拭いた。その姿はあまりに優しくて見ているだけなのに胸がじいんと温かくなる光景だった。
「イケメンに戻ったね!」
「あぁ…ありがとな…」
 ハンカチで拭われた十夜の顔には涙の痕はなくなっていた。衛は笑顔で十夜の事を見詰めている。お礼を言う照れた様子の十夜に、胸が締め付けられる。泣かせたのは自分だと思うと、罪悪感でいっぱいになった。衛は、どうして泣いていたのか聞かなかった。
 それはきっと衛の『優しさ』だ。それに聖月は何度も甘えて救われている。それはきっと十夜もだろう。
 3人の間に照れくさい空気が流れたが、それを終わらせたのは意外にも衛だった。
「どうしいたしまして。 …―――んで? ミツ、合コンいつにする?」
「…えぇ?! だから俺はいいってっ、それに衛彼女いるってさっき言ってたじゃんっ」
 脈絡もなく言われた言葉に、まだその話は『続いていた』のかと驚く。耳元で囁かれ、肩を組まれ密着した衛にドギマギとする。友達である衛の客とは違う親しみを感じる密着は未だに慣れない。急な触れ合いにカァーッと身体が熱くなり、聖月は衛の腕の中でもがく。
「合コンのセッティングだけだし~、俺は参加しないもん。あ、そこまで嫌がるってことはまさか好きな人がいるの?! それって誰、だれだれだれ?」
 興奮している衛の腕が首を絞める形になり聖月は息が出来ず椅子の上でバタバタと足を動かした。
 好きな人がいるの―――?
 その言葉は脳を揺さぶり、聖月の心臓を早める。
「まって、く、くるしいって」
 そんな動揺がバレないように、聖月は衛のじゃれあいに大げさに苦しんで見せた。
「おいおい、だからそんなに引っ付くなって。聖月が苦しんでるだろうが」
 そう言いながらグイっと衛を引きはがし離れかせてくれた十夜は、大丈夫か?と聞いてくれている。やはり十夜は昔から頼りになる友達だ。相変わらずの色男っぷりだった。苦しさから解放された聖月は息を整える。
「え~、十夜やっぱり俺には当たりきつーい。聖月には過保護~」
「アホ。お前がそういう事するからだろ。…んで? 好きな奴…いるのか?」
「えっ」
 十夜の言葉が予想外で心臓が跳ねる。まさか、十夜に聞かれるとは思ってもみなかった。十夜の顔は、真剣な顔でこちらを見ている。決して、冗談を言って切り抜けるなんて不届きな事なんて出来なかった。形容しがたいチリチリとした胸の痛みがして、自分の気持ちをそのまま言っていいのかためらう。
 十夜は友達になってくれると言ってくれたが、それでも、その言葉を言っていいのかわからなかった。
 二人の視線を感じ、聖月は目を右往左往させる。
「えっと…、」
 そう口を開いてから、聖月は固まった。客を好きになった。でも、もう会えるかも分からない。そんな事を伝えて、どうなるのだろう。そもそも、衛は『ディメント』の事を知らないのに。曖昧に答えることは許されない気がして、頭の中でぐるぐると言葉が回る。
 どうしよう―――そう思った瞬間だった。衛が大きな声を上げたのは。
「あーっ、嘘嘘っ、もうこんな時間?! 俺次の授業行かなきゃじゃんっ」
「えぇ?!」
 突然衛に耳元で叫ばれて、聖月は今まで考えていたことが全部飛んだ。十夜もまるで異物を見るような顔で衛を見詰めている。
「じゃあ、またっ! 今度二人には飲み会という名の合コンセッティングしとくからね~」
「「だからそれはいいっ」」
 嵐のように去っていった衛に、十夜と声が重なる。二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。
「あはは、なんだありゃ。嵐かよ」
「衛くんらしい」
 しばらく二人は笑いあった。はー、と息を整えると急に二人に静寂が訪れる。そして、視線を感じた。顔を上げると、真剣な顔で十夜が聖月の瞳を射貫いておりドクンと身体中がざわついた。そして、綺麗な口で十夜は言葉を紡ぐ。
「………お前の事、好きになって後悔してないから」
「―――え?」
「告白する前は罪悪感とか、無垢なお前にこんな気持ち抱くなんてって…思ってたけど、今は全然後悔なんてしてない。それに…今は友達だし…。だから、聖月に好きな人がいるからって俺に遠慮することねえよ?」
 ニカッと元気に笑われて、聖月は無性に泣きたくなった。こんなに見ていて気持ちいい程の笑顔の十夜の笑顔なんていつぐらいぶりに見ただろう。
「―――だからさぁ、白状しろって、おらっ」
 げらげらと笑いながら机越しに顔頬を指でつままれる。
 からかう十夜は、本当に何もかも吹っ切れたように聖月には見えた。ディメントの事も。聖月の事も。そうだったら、本当によかった。よかった―――。そう心から思う。もう「君塚聖月」に囚われていないのなら、本当によかった。
「うおっ、いたっ、やめろって。言うから、言うからっ」
「…おう」
 聖月がそう言った瞬間、十夜から手は離された。痛みがなくなり、聖月はほっと息を吐く。そして―――、十夜の顔は僅かに歪む。それは、あまりに微細な変化だった。
 だから、聖月は、それを見ずそんな変化に気づかないまま―――決意を固めた。
「…お客さんの事、…好きかもしれない。もう会えないかも、しれないけど…」
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