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蒼編
8 親指姫
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黒川と宝条と瑠璃に別れを告げ、その日は疲れていたのかぐっすりと眠ってしまった。瑠璃と黒川は寄り添って歩いていた。
良かった、と思う。
黒川にお礼を言われたが、俺はあまり何もしていないような気がする。
宝条や黒川の頑張りがあったからこそ、瑠璃をあそこから連れ出すことが出来たのだ。
これから黒川と瑠璃は何度も話し合うのだろう。
――これで、瑠璃ちゃんのホスト通いが無くなったらいいのだけれど…。
「あっつ…」
俺は大学に行く途中、ぽつりと言った。それも無理はない。11月だというのに24度を超えており、日差しが強い。
「聖月、」
声と共に肩を叩かれて、飛び上る程驚いた。思考をしていたから余計にだ。
――この低くて甘い声はもしかしなくても。
「十夜っ…」
はー、ビックリしたと、久しぶりに見る親友の顔を見詰める。
十夜は、微笑んでいた。
切れ長の目で十夜は大きく瞬きをする。
「そんなにビックリしたか?」
悪いねぇ、と軽く言う十夜に聖月は首を振る。聖月の強がりを十夜はクスクスと笑っている。何だか悪い気分にはならなかった。
「その服暑くないの?」
「あっちいよ。失敗した」
「だよなぁ。脱いだら?」
「こんなに暑いとそれすらめんどいもん」
「なんかすっげえ分かるわ~」
あはは、と俺が笑う声がコンクリートの道に響いた。
ジリジリとした暑さが2人を包む。2人はたわいもない雑談しながら大学へ向かっていった。
一緒に行こうと言わず、自然に、だ。ここまでぎこちなく会話が出来ることに聖月はほっとしていた。
十夜はあくまで前と同じように友達で居てくれている。
それが嬉しくて、久しぶりに見る十夜の姿に、先程までの憂鬱が吹き飛んで聖月は心が弾んでいた。
「あのさ、衛の彼女に瑠璃って名前の女の子いたっけ?」
十夜は上を仰ぐ。
「うーん、いなかった気がするけど。何かあったか?」
十夜の言葉に俺はほっと息を吐く。
もしかしたら、瑠璃が衛の元カノではないかと疑っていたのだ。そうでなくてほっとした。
「ううん。何でもない」
「え~? 何だよ急に」
訝しげに言う十夜に俺は首を振る。
ここでホストクラブで、衛の元カノに似た人に会ったなんて言えるわけがない。話がややこしくなりそうだ。
「…何でもないよ。十夜ってホストも似合いそうだよね」
俺の言葉に十夜は目を丸くした。急に言われたので驚いている様子だった。
「ホント急に何だよ? なんかディスられてる?」
「ディスってないって。ごめん、ごめん」
「ホントに?」
「ホントだって」
「それならいいけど」
十夜の長い脚で蹴った石ころがどこかへ飛んでいく。
「なんかあったら言えよ?」
「う…うん」
目を細め、問いかけ十夜はじっと見詰めてくる。まるで裸まで見透かされたような気持ちになり俺は俯いて頷いた。
妙に罪悪感を抱いてしまう。
それから何を話していいか分からないので、終始無言を貫いてしまった。そして、そうしているうちにいつの間にか大学の正門前にたどり着いた。
ここからは十夜と聖月は別れ道に入ってさよならの挨拶をしなくてはいけない。
「じゃあ、また…連絡する」
「うん、またね。宜しくね」
季節外れなじりじりとした暑さが2人の肌を汗で濡らす。
くだらない俺の言葉で十夜の楽しそうな笑い声をずっと聞いていたかった。十夜の笑い声は、俺の心を癒してくれた。
まるで何も知らなかった高校生に戻った気がした。
別れる際に大きく手を振ると、十夜からも手を振ってくれた。
「ふぅ…」
十夜と別れてから、俺はため息を1つした。
――蒼のホストクラブ行きたくないなぁ…。
不意に浮かんだ嫌な約束。どうしてこうなってしまったのだろうか、と思う。
あの場面ではああするしかないのは分かっていた。実際、あの最悪な状況を救ってくれたのは蒼だ。
だが、やはり嫌なものは嫌だ。
――今からバックレ出来ないかなぁ…。
そんな叶うはずもない事を俺はつい考えてしまっていたのだった。
俺は1週間後、また親指姫に来ていた。
まさかホストクラブにこうやって通う事になるなんて思っていなかった。人生何があるのか分からない――不意に宝条の言葉を思い出していた。
蒼は人気のため、他の客の相手をしているらしい。
――俺を呼んだくせに…。
そう悪態をつきたくなるが、我慢する。
隣に居るのはシモンだ。彼はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて、トークを披露する。
セールストークもお手の物で、俺の事を可愛いとよく言った。
はっきり言って嬉しい言葉ではない。
「あのさ、何でここ親指姫っていう名前なの? おとぎ話だったら、シンデレラとかあるじゃない。よりにもよってどうしてそのチョイス?」
俺はつい気になって聞いていた。
そんな俺にシモンは笑った。
「あはは~。よく聞かれる~。聖月さんって親指姫の話って知ってる?」
俺はうーん、と考えてから答える。
「親指に住んでた姫のお話?」
俺の言葉にシモンは吹いた。
「あは! それ、めっちゃ面白そ~! 聖月さんって意外と世間知らず? 残念ながら、は・ず・れ! 親指姫はね~…」
シモンは笑いながら、俺に親指姫の話を教えてくれた。思ったよりも、かなり詳細に。
「このお話の教訓って何だと思う?」
ふわふわとしたイントネーションで語られた親指姫は、俺にとって興味深いものだった。
俺は「教訓…」と呟き考えた。
「教訓とは違うことかもしれないけど、燕が可哀そうだって思ったよ」
俺が初めに抱いたのは、燕はどうなったのだろう?ということだった。
燕はきっと親指姫のことが好きだったのだろう。それなのに、親指姫は南の国の王子と結婚してしまう。
その時の燕の心情を考えると、やるせない気持ちになった。
そのことを言うとシモンは楽しそうに笑った。
「聖月さんは優しいんだね」
「え…?」
良かった、と思う。
黒川にお礼を言われたが、俺はあまり何もしていないような気がする。
宝条や黒川の頑張りがあったからこそ、瑠璃をあそこから連れ出すことが出来たのだ。
これから黒川と瑠璃は何度も話し合うのだろう。
――これで、瑠璃ちゃんのホスト通いが無くなったらいいのだけれど…。
「あっつ…」
俺は大学に行く途中、ぽつりと言った。それも無理はない。11月だというのに24度を超えており、日差しが強い。
「聖月、」
声と共に肩を叩かれて、飛び上る程驚いた。思考をしていたから余計にだ。
――この低くて甘い声はもしかしなくても。
「十夜っ…」
はー、ビックリしたと、久しぶりに見る親友の顔を見詰める。
十夜は、微笑んでいた。
切れ長の目で十夜は大きく瞬きをする。
「そんなにビックリしたか?」
悪いねぇ、と軽く言う十夜に聖月は首を振る。聖月の強がりを十夜はクスクスと笑っている。何だか悪い気分にはならなかった。
「その服暑くないの?」
「あっちいよ。失敗した」
「だよなぁ。脱いだら?」
「こんなに暑いとそれすらめんどいもん」
「なんかすっげえ分かるわ~」
あはは、と俺が笑う声がコンクリートの道に響いた。
ジリジリとした暑さが2人を包む。2人はたわいもない雑談しながら大学へ向かっていった。
一緒に行こうと言わず、自然に、だ。ここまでぎこちなく会話が出来ることに聖月はほっとしていた。
十夜はあくまで前と同じように友達で居てくれている。
それが嬉しくて、久しぶりに見る十夜の姿に、先程までの憂鬱が吹き飛んで聖月は心が弾んでいた。
「あのさ、衛の彼女に瑠璃って名前の女の子いたっけ?」
十夜は上を仰ぐ。
「うーん、いなかった気がするけど。何かあったか?」
十夜の言葉に俺はほっと息を吐く。
もしかしたら、瑠璃が衛の元カノではないかと疑っていたのだ。そうでなくてほっとした。
「ううん。何でもない」
「え~? 何だよ急に」
訝しげに言う十夜に俺は首を振る。
ここでホストクラブで、衛の元カノに似た人に会ったなんて言えるわけがない。話がややこしくなりそうだ。
「…何でもないよ。十夜ってホストも似合いそうだよね」
俺の言葉に十夜は目を丸くした。急に言われたので驚いている様子だった。
「ホント急に何だよ? なんかディスられてる?」
「ディスってないって。ごめん、ごめん」
「ホントに?」
「ホントだって」
「それならいいけど」
十夜の長い脚で蹴った石ころがどこかへ飛んでいく。
「なんかあったら言えよ?」
「う…うん」
目を細め、問いかけ十夜はじっと見詰めてくる。まるで裸まで見透かされたような気持ちになり俺は俯いて頷いた。
妙に罪悪感を抱いてしまう。
それから何を話していいか分からないので、終始無言を貫いてしまった。そして、そうしているうちにいつの間にか大学の正門前にたどり着いた。
ここからは十夜と聖月は別れ道に入ってさよならの挨拶をしなくてはいけない。
「じゃあ、また…連絡する」
「うん、またね。宜しくね」
季節外れなじりじりとした暑さが2人の肌を汗で濡らす。
くだらない俺の言葉で十夜の楽しそうな笑い声をずっと聞いていたかった。十夜の笑い声は、俺の心を癒してくれた。
まるで何も知らなかった高校生に戻った気がした。
別れる際に大きく手を振ると、十夜からも手を振ってくれた。
「ふぅ…」
十夜と別れてから、俺はため息を1つした。
――蒼のホストクラブ行きたくないなぁ…。
不意に浮かんだ嫌な約束。どうしてこうなってしまったのだろうか、と思う。
あの場面ではああするしかないのは分かっていた。実際、あの最悪な状況を救ってくれたのは蒼だ。
だが、やはり嫌なものは嫌だ。
――今からバックレ出来ないかなぁ…。
そんな叶うはずもない事を俺はつい考えてしまっていたのだった。
俺は1週間後、また親指姫に来ていた。
まさかホストクラブにこうやって通う事になるなんて思っていなかった。人生何があるのか分からない――不意に宝条の言葉を思い出していた。
蒼は人気のため、他の客の相手をしているらしい。
――俺を呼んだくせに…。
そう悪態をつきたくなるが、我慢する。
隣に居るのはシモンだ。彼はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて、トークを披露する。
セールストークもお手の物で、俺の事を可愛いとよく言った。
はっきり言って嬉しい言葉ではない。
「あのさ、何でここ親指姫っていう名前なの? おとぎ話だったら、シンデレラとかあるじゃない。よりにもよってどうしてそのチョイス?」
俺はつい気になって聞いていた。
そんな俺にシモンは笑った。
「あはは~。よく聞かれる~。聖月さんって親指姫の話って知ってる?」
俺はうーん、と考えてから答える。
「親指に住んでた姫のお話?」
俺の言葉にシモンは吹いた。
「あは! それ、めっちゃ面白そ~! 聖月さんって意外と世間知らず? 残念ながら、は・ず・れ! 親指姫はね~…」
シモンは笑いながら、俺に親指姫の話を教えてくれた。思ったよりも、かなり詳細に。
「このお話の教訓って何だと思う?」
ふわふわとしたイントネーションで語られた親指姫は、俺にとって興味深いものだった。
俺は「教訓…」と呟き考えた。
「教訓とは違うことかもしれないけど、燕が可哀そうだって思ったよ」
俺が初めに抱いたのは、燕はどうなったのだろう?ということだった。
燕はきっと親指姫のことが好きだったのだろう。それなのに、親指姫は南の国の王子と結婚してしまう。
その時の燕の心情を考えると、やるせない気持ちになった。
そのことを言うとシモンは楽しそうに笑った。
「聖月さんは優しいんだね」
「え…?」
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