記憶違いの従者

元森

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 思わず、リチャードは叫びだしたい衝動に駆られた。

 ―――これで、身分の枷がなくなったんだ!

 これから、自分たちは、身分も何もないまっさらな状態になったんだ!

 そうリチャードは、確信し歓喜の熱でどうにかなりそうだった。

「…いたい」

「ご、ごめんっ」

 歓喜のあまり、ぎゅうっと抱きしめていたようで、リカドは非難の声を出す。慌てて、ぱっと体をリカドから離した。ちらりと隣を見ると、壁際でニヤニヤ笑っているチャールズがいた。

 彼は、笑いながら声を出す。

「よかったじゃん。成功してるし、おめでとう」

「あぁ…」

 拍手を小さく彼は送り、二人に――いやリチャードに祝福の言葉を言った。

 リカドは、何も分かっていないようで、首をかしげた。

「…おにいさん、だれ?」

「おっおにいさん…」

 あの、リカドがいっているとは到底思えない。彼が、最近――というよりはここ20年敬語以外使っているところをリチャードはまったく知らないのである。リカドは、主人に絶対に敬語を使い、それを忘れたことはない。

 なぜならば、リカドとリチャードは主人と従者の関係で、明らかな上と下に分かれていたのだ。

 リチャードのことを、様づけで呼ぶのはもちろんで、目上の態度でいつも接せられている。

 だから、こんな「誰」と聞き、リチャードのことを「おにいさん」と呼ぶのは記憶がないのを証明しているのだ。

 あの、リカドが「おにいさん」と呼んでくれるのは嬉しいが、リカドのほうがチャールズよりも1個上の年齢だ。それを考えると、なんとも微妙な気分だった。

「私は、リチャードだ」

「リチャード…」

 誰なんだろう、と首をかしげる様は、なんとも愛らしい。

 記憶を失い、真っ白のリカドは幼児のような純粋な反応をしている。いつものリカドを考えると、ありえないようなものを見ているようだった。なので、リチャードはリカドが本当に記憶がなくなったのだとふつふつと感じた。

 赤い目は、もっと純粋を帯びた瞳になったような錯覚がする。

 今のリカドは、なんでも信じるスポンジのような状態。

 嬉しくて、めまいがした。今のリカドを見ているだけでも、庇護欲が沸き、理性が飛びそうだ。

「僕は…誰…?」

 甘えたように口をきき、しかもリチャードのすそを握ってくる。

 あまりのことで、頭がくらくらして来た。

 いつもとは違うリカド。自分のことを、まるっきり信じるリカド。身分なんてない関係。

 すべてが、夢のようだった。これが本当だったら、涙が出そうだ。

「リカド。君は、リカドだ」

 そうリチャードがいうと、リカドはへえ…と呟いた。

「リカド…。僕はリカド…そう、なんだ」

「うん」

 まだ夢見心地なのか、自分の名前を呟いてぼんやりとしている。まだ、現実と夢をはいかいしているようだった。そんなリカドに欲がどんどんとあふれ出してくる。こんな自分が嫌になりながらも、そう思う感情はとまらない。

 ふと、気になったらしく問いかけられた。

「ねえ…リチャードと、僕の関係ってなんなの?」

 リチャードは、自分がつく嘘を精一杯隠すために、自分が出来る限りの笑顔を作った。

「恋人だよ。私たちは付き合ってるんだ」

 リカドは、一瞬目を見開いた。

 口をぽっかりと開けて、こちらを凝視している。

 リチャードは、従者のリカドに心の奥底から謝り、背中に冷や汗をかいた。心臓はこれまでにないくらい、早鐘を打っている。そして、胸は張り裂けそうに痛い。手は、震えていた。それぐらいの嘘をリチャードはついた。

 不安になって、リチャードは驚いているリカドに問いかける。

「嫌…かな?」

 リカドは、蕩けそうな笑顔をしながら首を振った。そして、こういった。

「いやじゃない。だって、リチャードかっこいいから」

「…そっか」

 このときほど、自分の顔を褒めたことはなかった。拒絶されなくて、ほっとする。そして、その笑顔に胸が高鳴った。

 チャールズが、手を一つ二つ叩いてリチャードを正気にさせる。

「よかったよかった。とりあえず、移動するぞ。リーラが待ってる」

「…だれ」

 リカドが、チャールズを見て、問いかける。チャールズは、笑顔でいった。

「チャールズだよ。この人の弟、よろしくね~」

「…うん、よろしく」

 いつものリカドを知っているチャールズは、敬語を使わないリカドを見てけたけた笑っていた。その様子を見て、リカドは何で笑ってるの?と非難の瞳を、彼に向けている。普段のリカドだったらありえないことだった。

 チャールズは「じゃあ行こうか~」といって、リカドをベットから床に立たせた。

 近くにいたマスターは「他言はしません。またのお越しをお待ちしています」とお辞儀をする。

 チャールズは「永遠に来ないと思う。ありがとう」とマスターに軽口を叩いて、3人はドアの外に出た。

 店の外に出ると、リーラが待っていた。おかえりなさいませ、とお辞儀をしてうやうやしく馬車のドアを開けた。馬車に3人を乗せると、やがて馬車は出発した。

「で、どこにいくの?」

 チャールズが、そうリチャードに聞いた。

「予約していたホテルに」

「ぶはっ、ま、そうなるわな」

 素直に答えたら、笑われた。

「じゃあ…明日の、19時に向かいに行くから。おい、リーラ…ホテルに向かってくれ」

 リーラは小窓から顔を出して、どこのホテルですかと聞いた。リチャードが、ホテル名を答えると「分かりました」といって、馬車はホテルへと向かいだした。

 



 

 

 ホテルにつくと、リチャードとリカドは馬車から降りた。チャールズとリーラにお礼をいって、ホテルに入る。

 チャールズに、先ほど「まぁほどほどにね、兄さん」といわれたがはたしてどうなるのだろうか。

 リカドを見ると、やはり長身のままで、容姿はいつものリカドだ。変わっているのは、隣で同じ歩幅で歩いていることだ。

「ねえ、なんでホテルに来たの?」

「……」

 純粋な目で言われ、申し訳ない気分になった。 

 ホテルの部屋につくと、そこはここの名のしれたホテルの一番いい部屋だった。部屋は広いし、ベットも大きい。

「わぁ~~…! すっごい!」

 ばふん、とベットに飛び乗った。

 リカドがはしゃいでる姿なんて何年…いや、何十年ぶりなんだろう。これだけでも、来た意味はある。この後のことを考えて、顔に熱がこもる。自分を罵りながら、だが結局はまた欲に負けた。

 ここでやらなきゃいつやるのだろう、と自分をいましめた。

 はしゃいでいるリカドを見て、頭がどこかヒューズが飛ぶ。理性も、何もかも消え去った気がした。

 満面の笑みでこちらを見ているのを見て、我慢できずにリカドに抱きしめた。

「…す、すき」

 声が震えた。

 言いながら、目には涙が浮かんでいた。

 リチャードは、堰が切れたように告白をしていた。

「す、好き。すき、すき…愛してる。だいすきぃ…」

 言って、力強く抱きしめる。これだけでも、本人に言ったことだけでも、夢のように感じられた。これが、明日の夜にはすべて元通りになると思うと、悲しくて仕方がなかった。

 リカドは、手をリチャードの背中におずおずと回した。

 感情が、その瞬間一気に、歓喜のなかに踏み入れたような感覚がする。

 リカドは、明日にはこのことを忘れている。だから、すべてを晒してしまおうと思った。

 これが、きっと最後の夜だから。この思い出を、リチャードは思い出して、リカドに思いを馳せるのだろう。

「うん……」

 リカドは、リチャードの言葉を飲み込もうとしてくれている。そのことだけでも、嬉しかった。

 今のリカドにとっては、リチャードは始めて会った他人のような人なのに。

「キス、していい……?」

 胸が破裂しそうになりながら、リチャードは上にいるリカドの顔を覗き込む。

 リカドは、小さく赤くなりながら、頷いてくれた。

「うん…」

「ッ…」

 その瞬間、本能でリチャードはリカドの唇を塞いでいた。

 唇に触れた瞬間甘い痺れが、身体中に――脳内にも広がる。嬉しさのあまり、リチャードの自身はもうズボンのなかで硬くなっていた。あまりのことで、脳内では快楽の電撃が打ち抜かれていく。

 リカドは、慣れていないのか、浅く息をして、顔を赤くしながらキスに応じてくれた。その様子を見たとたん、ビクビクと体がはねるような衝撃が走る。

 何もかも、夢のようだった。

 ここが楽園じゃなかったら、どこが楽園で、天国なのだろう。

 リチャードは、本気で今なら死んでもいいと思った。

「は…ぁ、はぁ」

「んんっ」

 ただ触れ合うキスだったのに、二人は息を荒くする。リカドは、真っ赤にした頬を上下に動かし、呼吸を整えていた。リチャードも同様だった。リカドが少し身体を動かそうとしたとき、彼の足がリチャードの足の間に触れた。

「ぅ…あぁっ」

 リチャードは、一瞬の出来事に声を隠し切れなかった。リカドは、突然のことに目をパチクリさせている。

 快楽が頭のなかに一気に、広がりビクビクと背中を剃らす。

 その刹那、下着の中が震えるように熱くなった。そして、開放感とともに、下着に不快感が残った。なんとリチャードは、リカドが少し触れただけで達してしまったのである。
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