我、輝夜の空に君を想ふ。

桜部遥

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光蓮寺和己編

闇に燃ゆる

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「光蓮寺くん!はい、今日の夜ご飯!」

あの日から、唯は毎日和己の部屋に夕食を運ぶようになった。
とんとんと、部屋をノックした唯の前には、嫌そうに扉を開けた和己が立っていた。
うげっと、眉間に皺を寄せる和己に、唯は遠慮なく手に持っているお盆を差し出す。
「今日は唐揚げだよ、光蓮寺くん!」
「本当に毎日持ってくんなよ……。昨日は天ぷらで今日は唐揚げって、何で揚げ物ばっかなんだよ。」
「だって、光蓮寺くんにはいっぱい食べて欲しいからつい……。」
お盆の上には、唐揚げや白米などの色とりどりな夕飯が乗っていた。
嬉しそうにお盆を差し出す唯に、和己は呆れながらもそれを受け取る。
「お前、良く飽きないな。」
「え?何を?」
「もしかして、お前マゾなのか?」
「だから何を!?」
唯の反応に、和己は少しだけ頬を緩ませる。
言葉の意味を理解していない唯の顔に、和己は内心安心していた。
まさか本当に毎日、夕食を運んでくるとは思っていなかったから。
あの日だけの口約束では無くて、こうして行動に移してくれる事が和己にとっては、何より嬉しかった。
そんな事を口にしたら、この女はすぐに付け上がりそうで言わないけれど。
「んじゃ、今日は帰れ。」
「えー、もう少しお話したかった……。」
口を尖らせ、不服そうな顔の唯を和己はあしらう。
「この後用があるんだ。お前に構ってる時間はねぇ。」
「用事?」
(こんな夜遅くに?)
和己に夕食を持っていく時に確認した時計に表示されていた時刻は、二十時。
高校生が今から出歩くには、遅い時間帯だ。
唯が和己の言葉に疑問を抱いていると、背後から声が聞こえてくる。


「——それはね、俺達妖の仕事だよ。」

ミツルでも、治でもない。聞いた事のない声に唯は思わず身体をぴくりと動かした。
その声に驚いて振り返ると、唯の前にはオレンジ色の髪の男が立っていた。
茶色の瞳が、照明にあたってきらりと光る。
着崩した制服に、耳のピアスが唯の目を引いた。
「初めまして、噂の人間ちゃん。俺は柊帆影。よろしくね!」
チャラチャラした見た目通り、気さくに唯に話しかけてくる男は帆影と名乗った。
帆影はキラキラした笑顔を唯に向ける。
ミツルや治の時もそうだったけれど、この寮の人達は笑顔が眩しすぎる。
そう思いながら、唯は目の前でにこりと笑う帆影に硬直した。
「は、初めまして……雨宮唯です……!」
ペコペコと何度と頭を下げる唯に、帆影はくすりと笑った。
唯の頭の上にほのかな体温を感じる。
ふと顔を上げてみると、帆影が嬉しそうに唯の頭を撫でていた。
大きくてゴツゴツした指先が髪から伝わってくる。
(え、え!?)
突然の行動に唯が目を丸くしていると、帆影はそんな事お構い無しに次から次へと話を続けた。
「唯ちゃんね、よろしく!にしても可愛いね、唯ちゃん。彼氏とかいるの?唯ちゃんみたいな美少女に彼氏が居ない方がびっくりだけど......あ、でも唯ちゃんがフリーなら俺、立候補しちゃおうかなー!」
「あ、あ、あの、柊さん……!?」
「柊さん?帆影でいいよ、俺唯ちゃんと同い年だし。それに堅苦しいのは嫌いなんだよねぇ~」
同い年には見えない見た目に、唯は少し驚きを見せる。
気さくというか、フレンドリーというか。初対面でここまでズケズケと詮索してくる人も珍しい。
帆影の圧倒的なコミュニケーション能力の高さに、唯の目はぐるぐると回る。
(って言うか……頭から手離して~!!)
頭をぽんぽんと撫でる帆影に慌てふためく唯。
そんな二人の様子を見て、和己は不機嫌そうに顔を顰めた。
眉間に皺を寄せた和己は唯の腕をぐいっと引っ張った。
和己の方に身体が傾いた唯は、思わぬ出来事に目を丸くする。
和己が片手に持っていたお盆がその動きに合わせるように、かちゃりと音を鳴らした。

「やめろ、帆影。」

和己は鋭い目付きで帆影を睨む。
そんな和己の威嚇とも取れる行為に、帆影は楽しげにニタリと笑った。
「あれ、和己じゃん。居たの気付かなかったや。にしても……相変わらず自分の妖力を操れてないんだねぇ。姿を人間のままに保てるくらいは出来ると思ってたけど......。やっぱり不器用なんだね。」
確かに、帆影は夜だと言うのに制服姿だ。治やミツルと同じように、妖力を上手く扱えるのだろう。
その挑発に唯の腕を掴む和己の手が力んだ。
その掌から和己がどんな気持ちでいるのか、唯は何となく察してしまう。
唯に向ける天真爛漫な笑顔とは裏腹に、和己に対しては意地の悪い笑みを見せる帆影。
帆影の言葉に、和己は眉間に皺を寄せる。
(光蓮寺くん......。大丈夫かな......。)
帆影の和己の間に流れる険悪な空気に、唯は戸惑いを見せる。
それでも、人間である唯にこの場を収める力は持ち合わせていなかった。

「てめぇ……言いたい事はそれだけか?」
和己は唯の腕から手を離し、帆影の前に突き出す。
駄目だ、このままだと二人とも喧嘩してしまう。そう焦る唯は、力の無い足で一歩踏み出そうとした。
今にも暴れ出しそうな和己を嘲るように笑う帆影は、身体を縮こませて怯えるポーズをとる。
勿論、本当に怯えている訳では無いだろう。その証拠に、帆影は何かを企んでいる瞳で和己を見詰めた。

「おー、怖い!そんなんだからいつまでも力を使いこなせないんだよ。——また、誰かを傷付けてもいいの?」

膨みを持たせた帆影の言い方に、唯はパッと顔を上げた。
「あれ、唯ちゃんは知らないんだけっけ?こいつね、昔……。」
唯と目が合うと、帆影はにやりと意味深げに笑った。
固唾を飲む唯に、帆影はゆっくりと息を吸い込む。

「——昔、自分の炎で大切な人を殺したんだよ。」

その刹那、唯は目の前が真っ暗になった。
「……え?」
その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかる。
正確に言えば理解は出来たけれど飲み込むことが出来なかった。
唯は静かに和己の顔を見る。
そこには、悲しみと怒りと憎しみと。色々な感情が混ざり合いながら、帆影を強く睨む和己の姿があった。

「——帆影。それ以上言ったら殺す。」

空気が冷たく凍り付く。肌に触れる温度は急激に冷え込み、唯の皮膚をピリリと痛めた。
(殺した……光蓮寺くんが?……どういう事……?)
唯の頭の中で纏まらない思考がぐるぐると回る。
目の前には、鋭い眼光で睨みつける和己。そんな和己を見て、面白そうに笑う帆影。
「おお、こわーい!野蛮な獣は嫌われちゃうよ?和己。」
「てめぇ、死にてぇのか?」
「やってみなよ。俺が逆に殺してあげるからさ。」
いがみ合う二人の姿に、唯は足がすくんだ。
(どうしよう……なにか、なにか言わなくちゃ。)
でも、何と声をかければ良いんだろう。
「……。」
二人が傷付くのは見たくない。友達にはなれなくても、和己を守りたいと唯は思った。
黙り込む唯をみたいな和己は、手に持っていたお盆を足元に置いて部屋を出た。
それを見た唯は咄嗟に和己に手を伸ばす。
「あっ!待って、光蓮寺く……」

——パシン!


そんな唯の手を跳ね除けた和己は、一度固まった後、苦しそうに息を吸った。
そして、ただ一言。
「——触んな。」
そう言い残し、唯と帆影の前から姿を消した。
とんとんと、階段を降りていく音が唯の頭の中で響き渡る。
遠のいていく音が、まるで和己の心が唯から離れていくようで。
(……光蓮寺くん)
唯の心はキリキリと痛んだ。

孤独で、人を寄せ付けない冷たい瞳。
なのに何処か怯えているようにも見える。
和己の苦しそうな顔が今も頭の中から離れない。
(光蓮寺くん、どうして……。)

——どうしてそんなに、泣きそうな顔で私を突き放すの?

唯の、その問いかけに答える者など一人もいなかった。


 ‪✿‬


次の日の夜。
唯は治に呼ばれて大広間で正座していた。
(昨日から、光蓮寺くんとまともに話せてないな……。)
せっかく縮まったと思っていた心の距離がぐんと離れてしまった。
はあ、とため息をついていると、扉が開く。

「あれ、雨宮さん?どうしたのそんなに暗い顔をして。」

その聞き覚えのある声に唯が顔をあげると、目の前にいた青年はきょとんとした顔でこちらを見ていた。
相変わらず物腰柔らかな笑顔で唯の心を温める。
「小鳥遊さん!少し考え事をしていて……。それよりもどうしてここに?」
「ああ、治に呼ばれたんだ。」
唯の隣に腰を下ろしたミツルは、そう答える。
(治さんって事は私と同じ……?)
唯は学校に行く前に治から、『夕方になったら大広間に来て欲しい』としか言われなかったので、肝心の内容が気になる所だ。
唯が思い当たる節を考えていると、再び扉が開く。

「——おっ!唯ちゃんにミツルじゃん!」

入って来たのは、思いもよらぬ人物だった。
「帆影くん!と……光蓮寺くん。」
相変わらず陽気な笑顔を振りまく帆影の後ろで、小さな影が揺らめく。
今はまだ、月が昇っていない事もあってか学生服のままだ。

唯の心臓はドキンと鳴る。
昨日の今日では、会わせる顔もない。
唯は和己にかける言葉を探しながら、視線を逸らした。
そんな唯の事など露知れず、帆影は唯の隣に腰を下ろす。
「なんで唯ちゃんがいるの?あ、もしかして今日は唯ちゃんも一緒に仕事してくれるの~?」
るんるんと、楽しそうに話しかけてくる帆影に、唯は首を傾げた。
「あ、その『仕事』って何?昨日も言ってたけど……。」
「ああ、唯ちゃんは知らないんだっけね。それは——」

「——それは、俺から説明するよ。」

唯と帆影の会話に割って入ってきたのは、治だった。
畳によく合う深緑の和服に袖を通した治は、唯に向かって「実は少し頼み事があるんだ。」と話しかけた。
にっこりと柔らかな笑みを浮かべながら、扉の戸を閉める。
唯達と机を挟むようにして正座した治は、こほんと咳払いをした後、話を始める。


「——これからここにいる四人にやってもらうのは……妖怪退治さ。」


治の口から発せられたのは、突飛な言葉だった。
ぽかんと口を開ける唯は同じ言葉を復唱する。

「……妖怪退治、ですか?」

大広間に集められた唯、和己、ミツル、帆影の四人を前に、治は優しい笑顔を見せる。
「そう、妖怪退治。今から、君達にやってもらう仕事だよ。」
「で、でも!治さん達も妖……何ですよね?」
治が話を進めるよりも前に、唯は思わず口を開く。
妖であるはずの治から『妖怪退治』という言葉が出た事に困惑する唯。
それもそのはずだ。妖の皆が、妖怪を退治するという事は……。

(仲間を倒すの……?)

仲間割れとか、そういう険悪な空気では無さそうで、余計に唯の頭を混乱させる。
唯以外の和己達は、その言葉を平然と受け入れているのだから、無理も無い。
この場で唯のみが、顔色を悪くさせていた。そんな唯に、治は優しく説明を始める。

「本来、妖っていうのは人の世から隠れて生きているんだ。人の世、俺たちは表の世界って呼んでいるんだけどね。その表の世界で生きられるのは妖力が強い妖だけ。その理由は分かるかい?」

まるで、学校の授業を受けてるような感覚だ。
治の質問の答えを知らない唯の隣で、帆影が勢いよく手を上げた。
「はーい!妖力の弱い妖は人間の瘴気に当てられて、自我を失うからでーす!」
「その通り。流石だね、帆影。」
当たり前っす、と自慢げに鼻を高くする帆影に、唯はぽかんと口を開けた。

「瘴気って言うのは色々あるんだけど、まあこの場合は『人間の負の感情』だね。妖は人間よりも空気に敏感なんだ。よく、山なんかに行くと空気が美味しいって言うでしょ?妖達はそう言う感覚が過敏なんだ。」
ミツルの分かりやすい説明に、唯は相槌を打つ。
治達のお陰で、話の本筋が何となく理解出来た。
つまり、その負の感情……瘴気に当てられた妖怪達が暴れ回って、危害を及ぼす事を防ぐというのが和己達の仕事だ。
防ぐというのは、つまり、表の世界に出てきてしまった妖達を元在るべき場所へと送り戻す事。
そう言う意味で治は『妖怪退治』と言ったのだろう。
「でも、夜だけなんですね。」
「うん。妖は基本夜行性でね。夜にしか活動しないんだ。勿論夜の方が妖力が高まるっていう理由でもあるけれどね。」
治の言葉に、唯は納得した。
昨日の和己が言っていた『用事』というのはこの事だろう。
(……あれ?でも……。)
これから行う事は理解出来た。けれど、一つだけ腑に落ちない点がある。
それを治に問いかけるよりも先に、和己が声を上げた。

「だからって、なんでこいつがいるんだよ。人間だろ。」

仏頂面の和己が、治に疑問を呈す。
それは唯も思っていた事だった。
何故人間である唯が妖の仕事をするのだろうか。行った所で、足でまといになるだけだ。
唯には祓う力もなければ、妖力も無い。和己達のような即戦力では無いはずだ。
非力で何の力も持っていない唯が、戦力になるとは思えない。
ミツルや帆影も、その点は気になっていたようで、治に答えを促す。
少し黙り込んだ治は、ゆっくりと息を吸い込んだ。

「まあ、ぶっちゃけた話、それが唯くんの入寮の条件なんだよ。元々妖専門の寮だし、その仕事込での家賃だからね。唯くんだけ特別扱いは出来ないんだ。」

「だからって、人間の、それも女の子を……。」
治の説明に納得いかないと様子のミツルが口を開く。
和己もミツルと同じ意見なようで、治をじっと睨んでいた。
「言いたい事は分かるけれど......。それでも唯くんには同行して貰わないといけないんだ。勿論、唯くんに妖怪退治をして欲しいとは言わないよ。ただ、一緒に見回りをして欲しいだけなんだ。そうじゃないと、唯くんを此処に置いとく訳にはいかなくなる。」
治のその言葉は、大家としての意見なのだろう。それでも彼なりの優しいが詰まった言い方に、唯の心はきゅっと締まった。
否定的な意見を持っていたミツルも、治の発言を前に言葉を無くす。


「私……やります。皆と一緒に!」

静寂を切り裂くように、唯は手を挙げた。ピンと真っ直ぐに伸びた手の指先は微かに震えていたけれど、意を決した唯の瞳に治はニコッと笑う。
「唯くんならそう言ってくれると思ったよ。」
「でも雨宮さん!これはそんな簡単に決められる事じゃ……。」
ミツルの苦言に、唯は笑って答える。
「いいんです。私、まだこの寮に居たいですし。それに……何か出来ることがあるかも知れませんから。」

怖くないと言えば、嘘になる。
この寮に来て初めて妖の存在を知った。和己の姿を見て、美しいと思った。
けれど、まだこの世界には唯の知らない世界がある。
それはきっと、綺麗なものばかりでは無いだろう。悲しくて、辛くて、嫌な事も山の数程あるに違いない。
今夜、その闇の世界に片足を踏み入れる事になる。
それはきっと、怖い事で、恐ろしい事。それでも......。

(——決めたんだ。私は高天原荘の一員として、此処で出来る事をするって。)

だからと、唯は顔を上げ堂々とした顔で皆に告げた。
「私は、この場所が好きなんです。」
唯の言葉には熱が篭っていた。その声を聞いて、唯が本気なのだとミツルは悟る。
普通ならばそれでも止めるべきなのだろう。彼女が傷付き、涙を流す事になるかもしれない。
絶望して、本当にこの寮から去ってしまうかもしれない。けれど、とミツルは考えていた。

(この子なら、何か起こすかもしれない。)

その何かが具体的には分からないけれど、ミツルは唯に希望を託すことにした。
それが、ミツルの大切な者達の為になると願って。

「——分かった。なら雨宮さんの事は僕が全力で守り抜くよ。」

ミツルの意を固めた瞳に、治はにこりと微笑んだ。
「そうかい。ありがとう、ミツル。」
「唯ちゃんが行きたいって言うならいいんじゃない?俺もさんせーい!」
帆影の明るい声に、唯はパッと顔色を変える。
「帆影くん!」
「……まっ、和己が認めるのなら、ね。」
帆影の意地悪な言い方に、その場にいた全員が和己の方を向いた。
そこには俯いたまま、動じない和己がいる。
長い前髪がその目元を隠して、和己の表情が読み取れない。
唯が和己の返答を待っていると、声を上げたのはミツルだった。
「……和己。」
和己の目の前に立ったミツルは、真剣な面持ちで口を開く。

「大丈夫。『あんな事』は二度とさせない。何があっても、僕が必ず雨宮さんを守るよ。」

その言葉に、隣にいた帆影は目を細めた。
三人の間に揺蕩う空気は、どこか冷たくてヒリついた。
そんな光景を前に、唯はふと思う。
(皆の間に何があったんだろう。)
それはきっと、今の唯が尋ねてはならない事だろう。
まだ唯は、あの輪の中に入る事が出来ないのだから。
それだけじゃない。昨日の帆影が言っていた言葉。

(——光蓮寺くんは本当に人を殺したの……?)

疑問は、山のように積み重なっていく。
そのどれも、尋ねたら和己が何処かへ消えてしまいそうで、唯は未だに言い出せない。
唯と和己の間に隔たる壁を壊す力を、持っていないのだから。
 
ミツルの言葉に、長く考え込んでいた和己は、はあとため息を零した。
ゆっくりと顔を上げ、唯と目を合わせる。
何処か虚ろな瞳に映るのは、汚れのない顔で見詰める唯の姿。
「……今日だけだ。」
「……!!うん!」
今日だけ。それでも良かった。
何故なら唯が本当にやりたい事は和己との仲直りだから。
今日の夜は和己と共にいられる。その時間の中で絶対に、和己との距離を縮めるんだと、唯は息巻いた。

「さて!それじゃあ皆の意見も固まった所で……よろしく頼むよ、皆。」

治の言葉に、唯、和己、ミツル、帆影は立ち上がる。
唯の胸がどくんと、響く。
昨日や今までとは違う。ここから先の時間は、本当の意味で妖に触れる時間だ。
気を引き締めよう、皆の足でまといにならないように。
唯の決意を固めた瞳がきらりと輝いた。
ミツルの透き通った声が、大広間に響く。

「それじゃあ、行こうか……仕事の時間だよ。」
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