我、輝夜の空に君を想ふ。

桜部遥

文字の大きさ
14 / 23
小鳥遊ミツル編

噛み合わない歯車

しおりを挟む


決して、忘れてはならない。
決して、許されてはならない。

「——よく聞け、天狗。もしその時が来たらお前は……×××××。」

あの時、僕の心の中には決して癒えることの無い傷と。
——呪いが残された。

だからどうか神様。これは僕の独りよがりな願いだけれど。
もしも叶えてくれるのならば。

——彼女が見つかる前に、どうか僕を……。





帆影と和解し、ゴールデンウィークは過ぎていった。
六月下旬。梅雨に入り、じめじめとした空気が漂う中、唯達は学生らしく勉強の日々に追われていた。
と、いうのも。
「……っだあ!分かんねぇっ!」
「なになに?和己はもうお手上げー?甲斐性なしだねぇ~」
居間に集まった唯、和己、帆影の前には教科書やらノートやらが散乱している。
「頑張ろう、光蓮寺くん!期末テストはもうすぐだよ!」
そう。期末テストまで残り約二週間。
唯や帆影は兎も角、和己の成績では赤点は免れない状況だった。
四月よりは改心し、それなりに授業に参加するようになった和己とは言えど、中間テストは散々な結果だった。
どれくらい悲惨だったのかと聞かれれば、各教科の先生方が一斉に頭を抱えるレベル。
「こんな事は前代未聞だ!」
と、担任の先生が顔を真っ赤にさせ、大声を上げていたのは記憶に新しい。

そもそもこの条院学園は、中高一貫校。
和己やミツル、帆影など殆どの高天原荘住人は、中学からの持ち越しで高校に上がっている。
高校に上がる際にもテストはあるが、外部からの入試に比べたら難易度は下がっている。
唯は、と言えば、高校から新たに入試を受けて条院学園に入学した生徒だ。
進学校とはいえ、高校入試のレベルは県内トップレベル。
恐らく和己、帆影よりも唯の方が学力は上だろう。

「良いんだよー、和己が夏休みの大半を補習に使いたいって言うなら。その間俺は唯ちゃんと遊んでるからさ。ねー?唯ちゃん?」
「帆影くん、その数式間違ってるよ?」
「嘘っ!?」
その様子を見た和己が「お前も補習だな」と帆影を弄るように笑う。
いつも喧嘩腰の二人だけれど、なんだかんだ言って仲が良いのかもしれないと、唯は思っていた。
帆影も和己も少しずつ雰囲気が変わり始めている。
初めてあった時はいがみ合って、互いにそっぽを向いていたけど。
こうして肩を並べて、一緒に勉強出来るくらいには距離が縮まったみたいだ。
「んー?何笑ってるの、唯ちゃん?」
「あぇ?な、何でもないよ!」
三人で一緒にテスト勉強が出来るなんて幸せ、と唯の頬は自然と緩む。
和やかな空気が漂い、三人はまた自分の教科書と睨めっこしていた。
「にしてもさあ、本当ジメジメしてるよねぇ最近。」
「そうだね。折角夏服になったけど……シャツが肌に張り付いてベタベタするよ……。」
六月に入ったタイミングで、唯達は夏服に衣替えした。
学校指定のシャツに、夏用のスカート。
どちらも通気性があり、風通しは抜群だけれど湿気の多いこの時期は逆にその風が気持ち悪い。
「女の子も、やっぱり着心地悪いんだ?」
「悪いっていうか……落ち着かないって感じかな。梅雨だからって言うのもあるかもしれないけどね。」
「ふーん、まあ俺男だから分かんないや。男子は夏も冬も長ズボンだし。」
「そっかあ。あ、なら帆影くんも女の子になってれば?」
勉強中の何気ない会話の中で、唯が突飛な事を言い出した。
一回は聞き流した帆影だったが、もう一度よく考えて聞けば、何とも爆弾発言だった事に気付く。
(え、今なんて言った……?『女の子になってみれば』って……。)
さらりと平然な顔で、何とも変な事を言うんだよ唯ちゃんっ!
と、帆影は勢いよく立ち上がった。

「な、ななっ、何言ってるの唯ちゃん!?」

かあっと、顔を真っ赤に染め上げた帆影は慌てふためきながら唯を見る。
体温は一気に上昇し、帆影の耳はみるみるうちに茹で上がったタコみたいな色に変わった。
「え?私、変な事言ったかな?」
「言ったよ、言った!変って言うか、変態っていうか!」
急に動揺する帆影に、唯は目を丸くさせる。
というか、変態な事とはと唯は頭の中で疑問を浮かべた。
「いいな、それ。やってみろよ帆影。」
二人の話に食い付きを見せたのは和己だった。
にやりと、何か悪巧みをする笑顔で帆影を挑発する。
いつもならその挑発を買う帆影だけれど、今日は頑なに首を横に振った。
「無理無理無理!って言うか俺の親しい女子なんて限られてるし……。」
「……?光蓮寺くん、どういう事?」
段々と二人から置いてけぼりにされる唯は、状況の説明を和己に促す。
和己は、ああ、と唯に語ったのは帆影の能力についてだった。

「あいつは誰にでも化けられるわけじゃねえ。心を許した相手とか、後は親しい奴とか。限られた奴にしか化けられねぇんだよ。んで、あいつが今までに親しくした女子って言やあ……。」

そこから先は何となく理解出来た。
つまり、今の帆影が化けられる女子というのは唯だけだと言う事だろう。
なら先程の唯の発言が帆影には、『なら帆影くんも私に化けてみれば』と聞こえたに違いない。
「もしかして帆影くんって、女の人に化けた事は……。」
「そ、そんなの一回だけだよ!第一俺は、女の子のプライバシーを侵害する様な事はしないし!」
その『一回』というのは、帆影が小学生の時初めて化けた、幼なじみの母親だ。
帆影が心に傷を負う原因になった、あの一件。
それ以来女の子に化けた事が無いというなら、帆影はきっと『女の子の身体を手に入れる事』に躊躇いを持っているのだろう。
「帆影くんって、割と初心なんだね。何か意外かも。」
「割とって何さ!?俺は一応紳士だからね!本人の前で唯ちゃんに化けるなんてそんな事しないよ!」
「そう?帆影くんなら『ぐへへ、女の子の身体を使ってあんな事やこんな事してやる~!』とか言うのかと……。」
「唯ちゃんの中で俺ってどんな人間なの……。」

帆影の思わぬ一面が見られた所で、唯はふと疑問に思った事がある。
それは今さっき感じた疑問では無く、前々から気になっていた事だった。
聞くタイミングを逃したせいで、有耶無耶になっていたけれど丁度いい。
空気も和んだこのタイミングなら、聞きやすいだろう。

「——ねえ、帆影くん。帆影くんって、何の妖なの?」

和己は九尾の狐。ミツルは天狗。治は鵺。他の三人が何の妖か知っているけれど、帆影の正体は知らない。
『人に化ける事が出来る』という事が分かっているだけだ。
唯の問いかけに、帆影は一瞬開いていた口を閉じた。
唯から視線を逸らし「あー」と、声を零す。
いくら友達になったと言えど、人に言い難い事はある。
唯は無理矢理にそれを聞き出すつもりは無かった。言いたくないのなら言わなくてもいい。
一気に距離が縮まらなくても、少しずつ分かり合えたならそれだけで十分だ。
帆影は暫く黙り込んだ後、静かに口を開く。
「そういえば唯ちゃんには言ってなかったっけね。うん、本当はあんまり言いたくないんだ。結構恥ずかしいし……。でも、唯ちゃんになら教えてもいいかな。」
帆影は思い出していた。唯が言ってくれた『絶対に裏切らない』という言葉を。
(そうだよね。唯ちゃんはきっと俺の正体を知っても変わらないで居てくれる。そんな気がするんだ。)
帆影はすうっと、息を吸い込んだ。
そして一拍置いてから、自らの正体を明かす。

「——俺は。俺の妖の名前は……天邪鬼。それが俺の正体だよ。」

天邪鬼は民間説話に登場する妖怪だ。人の心を探ったり、物真似が得意とされる妖。
そして、その物語の最後は……。

「唯ちゃんが知っているから分からないけどね。天邪鬼は最後、神様に仇なして滅ぼされちゃうんだ。そんな、愚かしい存在が俺。ぴったりって言えばぴったりでしょ?」

聞いてはいけなかった、とは唯は思わなかった。
だって、帆影の笑顔が今までとは違うから。
前までは自分を攻撃するような痛々しい笑顔だったけれど、今はどこか晴れ晴れとした笑顔だ。
少しずつ、帆影も変わって自分を受け入れ始めている。
それが嬉しくて、唯は笑った。
「うん、帆影くんらしいね。帆影くんみたいにかっこいい妖だよ!」
その言葉だけで、帆影は思う。

——ああ、妖として生まれるのも悪くないな。って。


「……でしょ!」

帆影は少し恥ずかしそうに笑った。
恥ずかしいけれど。でも、それ以上に誇らしげに。
帆影の中でまた何かが動き出す音が鳴り響く。
そうだ。きっとこうして俺は……俺達は変われるんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...