見栄を張る女

詩織

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見栄を張る女

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木崎きざきさん、すいません。和真かずま、私がいいって言ってるんです。別れて貰えませんか?」

「あっ、うん。わかった。お幸せに」

 私はカフェの席を立って自分の料金だけ置いて席から離れようとする。

「ちょっ、ちょっと!」

「えっ?なにか?」

「彼氏…いいんですか?貰っても」

「あー、どうぞ!」

 私はそういって、店を出た。


 木崎華きざきはな、32歳。商社の営業事務を勤めてる。

 新卒からやってるのでもう12年勤めてる。

 今話してたのは、松本舞子まつもとまいこ、23歳?だったかな。同じ営業事務をしている。まぁ後輩ってわけだ。

 そして今話してたのは彼氏…もとい、元カレの豊田直人とよだなおと、27歳。営業をしている。

 直人が入社したとき、私は色々と教えていた。まぁ教育係だった。直人は素直に聞き、本当に飲みこみが早かった。どんどん成長する彼が嬉しくなっていった。そんなときに

「木崎さん、ずっと好きでした!付き合ってください!」

 彼が入社にて2年がたったころ、告白をされた。初めは驚き断ってたが、押しに負け私たちは付き合うことになった。

 だが、他にも驚いたことがあり

「えっ!?お父さん常務なの?」

「あまり言ってないけどね」

 今でこそ皆知ってるが当時は誰も知らなかった。付き合ってから教えて貰ったし、まさかお父さんが…

 それでも私たちは自分たちは自分たちだからと言って充実していた。そして付き合って3年目。私は31になっていた。

 結婚もたいなーと思った頃、直人が変わりだした。

「えー!?俺疲れてるんだけど」

 直人のマンションで同棲をはじめて1年。家事は私が全部やっていた。

 お互い仕事してるから初めは分担なんて言ってたのに今では全部私任せ。そして

「いいじゃん!終わってるんだから」

 仕事も終ってるからと言うし。

 確かに終ってはいるが、ハッキリ言って解りやすくない。

「でもさ、ここをさ、こーしたら見易いじゃないかな?」

「そういうフォローって営業事務の仕事じゃないんですか?」

 と言うようになっていた。

 営業もいつもトップの方だし、回りも信頼が出てきてる。だからちょっと天狗になってる感じを見てとれた。それが私生活にも反映して、昔みたいに分担でとか言わなくなってしまった。

 もし結婚してもこんな感じ?それだと私しんどくない?と、そんな気持ちになっていた。

「まぁ、親父がいることで俺も幹部にはなるし、顔だけ売ればなんとかなる感じ」

 自分で努力しようという言葉がなくなってしまった今直人に魅力を感じないでいた。

 こっちから別れを切り出そうかとも思ったが、お父さんに言って私左遷させられそう…とすら、考えていた。

 そんなときに後輩の松本舞子が、直人が常務の息子とだいぶ遅れて知ったようで

「豊田さ~ん」

 と言うようになっていた。

 部署内では私たちは付き合ってることは知ってる人ほとんどで、それも解って媚を売るような言い方をする。

 これで松本に行ったらそれまでだな。と冷静に思っていた。

 その後、必要以上に直人に話しかけるのをみて時間の問題かも…と判断した私は直人のマンションにある私のものをまとめ始めてた。自分の中では直人は恋人いるから!っと言わず多分浮気すると確信したからだ。昔の直人なら有り得ないが今の直人は…

 そしてそれが的中し、今私は松本にカフェに呼び出された訳だ。

 直人が帰ってないのを見計らい、既に纏めてあった荷物を持って出ていった。とりあえず今日はビジネスホテルに宿泊。

 週末は不動産屋にいって、住むところを探さないとなーと思っていた。

 翌日から、わざとらしくベタベタしてる松本。直人は何も言わない。まぁそれが答えなんだろう。

 回りはちょっと気まずい感じでみてるが、元々私は1人が多かったので気にしてなかった。昼休みから戻ってくると

「直人ったら、私にこんなに優しくしてぇ~」

 と、他の人に言ってる松本。チラッと私をみて、まだまだ直人の自慢話をしてる。聞いてる人たちは私もいるから気が気でなかったようだ。

 直人の営業事務は松本が率先にやってるので、私は他の人のをやるようになっていた。

「木崎さん、しっかり纏めてますね!助かります」

 と言われると嬉しい。

 会社は居づらいが割りきるしかない。と思ってたときに



「…私がですか?」

 マーケティング部に異動らしい。

「木崎さんの評価は高いんだけど、色々周りも気遣いとかあって」

 …なるほど。

 まぁ直人は常務の子供だし、簡単には異動できないか。

「解りました」

 私の異動はすぐだった。荷物を纏めてるとき、勝ち誇った松本が

「木崎さ~ん、寂しいですぅ」

 と言い出す

 私はほぼ無視をして黙々と片付け、引き継ぎもせずマーケティング部に向かった。

 腹は立つ!でもあの2人を見ないのであれば楽か。

 松本は勝者の顔だったが、私からしたらスッキリした!という感じだった。

 そして急にきたマーケティング部の皆は驚いてるが

「急な部署異動になってな。今日から木崎さんが配属になった」

 マーケティング部の部長もさっき聞いたようで、皆に紹介してくれた。

「とりあえず席だけは確保してるから」

 と言われ、その席座り荷物を置く。

 ここは女性が少ない。男性のが多いから楽かもしれないな。

 とは言っても、数人いる女性と仲良くなれるとは思えないし…と思ったら

「木崎さん、ランチ御一緒どうですか?」

 と声をかけられた。

「…実は私、松本さんに彼氏を取られたことあって」

「えっ!?そえなの?」

 彼女は山下乃莉やましたのりといい、松本と同期らしい。

 既に退職はしてるが同期の男性と付き合ってたのを松本に寝取られたらしい。

「彼の家に行ったら一緒に寝てたんです。もう2年も前の話ですけどね」

 同じ経験をしてるから話しやすかったのかな?まぁそれでも話してくれるだけ有りがたいか

「あ、あの…、あの娘ちょっと人のものを取る癖があるというか、まぁ女性群には人気はイマイチで」

「まぁそうだろうね」

 その後も松本の話を少しだけし

「もし何か解らないことありましたら、いつでも言ってください」

「うん、ありがとう」

 慣れない部署でこうやって話してくれたのは有りがたかった。


 衝撃的な部署異動から1ヶ月がたち、慣れないながらも、なんとか頑張っていた。

 この部署は企画部と連携することが多く、少し前から企画部の打ち合わせも参加することになった。

「よう」

 と言われ、初めは?状態だったが

「おい!同期を忘れたのか?」

 と言われ

「あっ!?名取なとり?」

「びっくりしたよ!忘れられたのかと思ったわ」

 だって、見た目全然違うじゃん!気がつかなかったわ

 昔はヤンチャな茶髪のちょっと軽い感じなイメージだったのに、今は黒髪の薄いフチのメガネを掛け、ちょっと真面目ちゃんな感じになってて

「全然違うじゃん!昔同期と飲んでたときとかはもう、毎日遊んでますって感じだったのに」

「30過ぎて流石にそれもな…、何時までも夜通し飲んで遊びまくるなんてできねーよ」

「名取もおじさんになったんだね」

「うっせー!!」

 名取が企画にいたなんて知らなかったわ!確か大阪支社に転勤してた気がしたが…

 昔は同期で飲むことも多かったけど、辞めるひともいたり、転勤する人もいたりで人が集まらなくなってやらなくなったんだよな。

「元気だった?」

「まぁな。同じビルなのに会うことないなー」

「ホントだね」

 企画部で始めて会議に参加したときは、まさかの同期との再会があった。


 今日も企画部の会議があって、今終わったところ。

「なぁ、木崎、今日飲みに行かね?」

「えっ?」

「いやー、同期と会うことないからさ嬉しいのもあってさ、色々話したい」

「あっ、うん。そうだね!じゃ行こっか」

 名取と2人で飲むのは初めてだけど、気は使わない関係だし問題ないか!と思って飲みに行く約束をした。



「久しぶりの再会に乾杯!」

 生ビールで乾杯し半分くらい一気に飲む

「飲みぷり、男前だな」

「…」

 褒めてない!!

「さて、どういう経緯でマーケティング部に来たんだ?こんなタイミングで来るなんて普通じゃねーだろ!?」

「…」

「俺は大阪に居たが急遽半年前に本社に返されたわ!規模拡大するから人が足りないとかでな。俺は大阪のがよかったんだけどな」

「そーなんだ」

「で?普通じゃねーだろ?木崎の異動」

 そのうち噂でも聞くかもと思い、経緯を説明した。

「…たく、そんなしょーもないヤツいるのか」

「…まぁでもマーケティング部にいるほうが楽だよ」

「そりゃそうか」

「そのなんだ?常務の息子ってのは誰かに影響されて変わったのかもな」

「影響?」

「例えばさ、そこまで頑張らなくても給料もらえるわけやん!そういう変なこと言うヤツとか」

 そんな人いたかなー?

「うーん」

「とりあえずさ、悪影響まで言わないが色んなこと吹き込んだヤツがいると思うよ」

 それは思うな。急に変わった感じしたしな。

「まぁ、もういいよ!あまり未練ないし途中から無理かもって思ってたし」

「そか」

「そういえば、名取は結婚してないの?」

「えっ?俺はまぁ…、20代の時は全く願望なかったなー、30になって少しは考えるようになったけど、出逢いかなー」

「名取は女は不自由してないイメージしかないけど」

「お前さ、どういう風に見てたわけ?」

「えっ?そのまま…?」

「…」

 あれ?でも昔は飲む度に彼女が違う話だった気がしたけど

「俺だってなー、誰でも言い訳じゃないし、いない時だってあったし」

「そーなんだ」

「どんだけ俺信用ないんだよ!」

 とまぁ、名取に関しては女は不自由してないし、とっかえひっかえみたいなイメージしかない。でも我々同期には友達みたいな交流だしいいヤツ!って感じだけどね

「まぁ、今はいないよ!大阪で恋人はいたが別れたし」

「そっかー」

 でもまぁ、名取ならすぐ出来るだろうな。顔はかわいい系な感じで背も高くちょっとがっちり系。

 モテる要素はかなりある。

 そして、飲みも落ち着き帰る時間になって

「木崎、家どっちだっけ?」

「あーうん、A駅かなー」

「あー、そうなんだ」

「…うん」

「?なに?」

「いや実はさ、全部話したから言うけど今ウィクリーマンションで…、同棲してたんだよね。だから出ていってさ…。週末探さないととは思うんだけど、まだ慣れない部署で疲れちゃってそんな不動産屋まわれてなくって」

「そうだったんだ」

「うん。今週末こそはって思うんだけどねー」

「…うーん」

「ん?」

「ならさ、シェアハウスする?」

「は?」

「うち、実はさ3LDK に住んでるのよ」

「は?なんでそんな大きいところに?」

「うちの兄貴が住んでたマンションだったんだが一軒家買ってさ、それで売却しようとしたのを安く譲ってもらったんだよね。そろそろ結婚もするんだからこのくらい用意してもバチ当たらんだろ!って親にも言われて仕方なくって感じだが」

「そーなんだ」

 でも流石にそれは…っと思うと、私の耳元で

「会社から2駅、徒歩5分、横にスーパー、手前にコンビニ、ファミレス、飲食店徒歩5分内に3軒、ドラックストア、クリニックなども歩いてすぐあるぞ」

「…」

 悪魔の囁き…

「…お、お世話になります」

 自然と口に!!

 だって、だって、こんなの絶対言いたくなるって!!

 とりあえず見つかるまでってことでお願いした。家賃はウィクリーマンションより全然安い条件だし、有難い!

「ゆっくり探していいことろ見つければいいさ」

 名取様ぁ!!!


 週末に荷物を纏めて名取の家に行く。

 スーツケース2つなのでタクシーで移動してきた。

「いらっしゃい!」

 こんな高リッチな条件、幸せすぎる。

「よろしくお願いします」

 倉庫部屋になってたのを片付けてくれた。

 とりあえず荷物を置き

「今日はさ、お礼に夜はご馳走…と言ってもそんなに作れないけどさせてくれる?あっ、予定あるなら後日でも」

「いや、ないけど」

「じゃ、夜楽しみにしてて」

 私はお礼を込めて料理を作り出した。お腹いっぱいで歩けない!ってくらい作ろうとしてた。

「マジすげー!これ全部作ったの?」

 調子にのって作りすぎてギリギリテーブルに全部のったが

「お口にあうかわからないけど」

「いやー、ありがてぇー、あっそうだワインあるから乾杯しよー」

 そういって2人で宴会状態になった。



 きがつくと

「!?」

 ちょっ、ちょっと!!

 なに?これ!?

 名取とソファで抱き合って寝てる!?

 調子にのって抱き合ったりしたのか!?

 やば!覚えてないが…

 離れようとしたがらがっちり手が…、少し踠いてみようと努力するも動かない。

 ど、どうしよう…。起こすしかないか

「ちょっと、名取…」

 と言うも起きないし、参ったなー。

 と、思いつつ見ると、やっぱいい男だよな。メガネなんで仕事のときは掛けるんだろ?掛けないほうがいい男きひたってるじゃん!睫毛も長いし、鼻もいい形。唇だって…って、いやいやなに見てるのよ私。

「名取!!」

 大声で言う

「んー」

「ちょっと、このままだとさ、風も引くし、私動けないし」

「…んー?なに?」

「起きてぇー!!」

 私より飲んでたからな、そもそもなんでこんな風になったんだか

「あっ、わりぃ」

 目が覚めたら腕が緩くなった。そのタイミングで離れた。

「いや、私もどうしてこうなったか覚えてないしそれはいいんだけど、とりま片付けてくるね。残りは明日に回せそうだし」

「あー、俺も手伝うよ」

「大丈夫!名取はシャワーでも浴びてきて」

「おう!ありがとう」

 片付けを終え、ちょうどシャワーを浴びてきた名取。

 !?

 ちょっとラフすぎて色っぽくない?

「ん?なに?」

「あっ、いえ、うん。片付けたから明日とか好きなときに食べて」 

「おう、サンキュー」

 ちょっと男と意識してない!?やっぱりプライベートの空間っていくら友達みたいな関係でも色々知りすぎてヤバイかもなっと今さらながら実感した。


 それからしばらくはあまり不動産屋に行かず、仕事がもう少しなれるまでと甘えてしまってる。

「それで、その後ですねー」

 今はランチで山下さんと話ながら食事をしてる。

 今日は社員食堂にきていた。

「あら?」

 !?

 松本!!

「木崎さんに、山下じゃん!」

「「…」」

 話しかけてくるなよ!

「木崎さーん、彼とっちゃってすいませんー」

「…」

「最近彼すごーく、溺愛されてて困ってるんですぅ」

「はぁ、そうですか。よかったわね」

「ありがとうございますぅ。木崎さんも年相応な彼見つかりますよぉー」

 こっから、窓開けて落としてやろうか!!っと思ってしまうわ

「松本!私木崎さんと話してるから間入らないでくれる?」

「やだー!同期で仲いいじゃない、私たち」

「はぁ?」

「もう、山下たら」

「マジうざい」

 ピシャリと言う山下さん。ムッとして松本は離れて行った。

「あいつきっと、落ち込んでるか確認しにきたんです!私にも経験あるんで」

「悪趣味だわ!」

 松本の悪趣味さに吐き気すらする。

 もうこれ以上は関わらないでくれ!と祈っていたが…


 それから更に1ヶ月がたった頃。

 そろそろ住むところ探すかなーと不動産屋に行こうと週末は動いていた。

「なかなかいいのないなー」

 いいことろはすぐ取られちゃうしな。なんか名取と一緒にいると名取を男として見てしまいそう?ってか、見てしまってる?

 いちようシェアハウスとして距離はあるものの、一緒にご飯食べたり、寝るまでリビングで話ながらテレビやらゲームを一緒にしたりと居心地が良すぎる!

 1度家に帰って休憩するかぁーと思ってたときに名取から連絡があった。

 たまには夕飯外食一緒にしない?って

 いつも作ってくれるからお礼したいと書かれてた。そんな気遣いが嬉しい。

 待ち合わせをして、夕飯まで時間があるのでショッピングをした。

 これってデート!?って思ってしまう。

 そんな時に

「あれ?木崎さん?」

 げっ!松本!!しかも直人も

「…」

 直人は顔を合わせない。

「こんなところで奇遇ですねー、あれ?まさかデート!?」

 と名取を見て驚いてる。

 私は面倒そうな顔をして名取をみる。それを察したみたいだ。

「私たちもデートなんですぅ。年相応な人と出会ったんですか?」

 と言い出し名取をみる。

 意味深な言い方に名取もさっきまでのにこやかな顔はなくなった。

「あー、正社員の方?」

 …何だそれ!?

 とりあえず

「貴女には関係ないでしょう!では、失礼します」

 と言って名取の腕を引っ張って歩き出そうとしたとき

「あれ?陽平ようへいさん?」

 名取を見て言い出した直人。

「?」

 名取は解らない顔をしてた

「俺ですよ!直人です!家庭教師してくれた」

「あー、直人君か」

 知り合いだったの?

「あー、そうか。常務のって君だったんだねー」

「お久しぶりです」

 ちょっと嬉しそうになる直人。

「今はえっと…」

 私を少し気にしたのか、遠慮がちに言う。

「ああ、デート中だけど」

 名取はキッパリと言う。

「そうですか…、父共々あのときは色々お世話になりました」

 ?

 なんだ?

「えー!直人ぉー!どうしたの?」

「この方は親会社の社長の息子さんでうちの会社が大変なときに父や社長にアドバイスして助けてくれたんだよ!そのときに家庭教師で陽平さんが来てくれて、俺も色々不安だったんで心身とも楽になったんだ」

「えっ!?」

 松本は驚いてる!

 ってか、私も驚くが

「その話はしないでけれる?会社を継ぐのは兄貴だし、おれは関係ない!俺はその正社員ってやつをやってるから」

 と最後は嫌みをちょっと入れた。

「今…同じ会社なんですか?」

「…ああ、そうだが」

「じゃ今度是非…」

 と、直人が言い出したところに

「それよりも…、今営業部ってやばくね?」

 と一言。

 えっ?そうなの!?

「いや、ヤバくないですよ!ノルマはみんな達成してるし」

「そーじゃねぇよ!ノルマも突貫的なものだろ?今後ずっと続く相手じゃないのに、その日その日でノルマクリアしても意味なね?」

 それは私も思った。再三直人には言ってたのに

「でもノルマクリアしてるし」

「お前、なんのために会社再建したんだよ!そんな明日にでも続かないような会社じゃく、信用を貰えるのが大事じゃないのかよ!」

「…」

「まぁ俺は営業部じゃないけどな。行くか」

 今度は逆に私の腕を引っ張って名取は歩き出した。


「な、名取…」

「あー、まぁなんだ。あまり家のことは言いたくないんだがな」

「でもびっくりだよ!」

「俺は次男坊だし、経営とかやらんし」

「あっ、うん」

「それで特殊にみられるの嫌だったんだよな」

「そ、そっか…」

 でも親会社の社長の息子…、敷居高くない?しかもシェアハウスしてるし、男として見てるかもだし…

 名取は女として見てないし、それが唯一の救いか。

「お前はそうじゃないだろ?」

 ドキッ

 そんな目で見ないでよ!!

「そりゃ…、名取は名取だし」

「だよな」

 ニカッと笑った名取がやっぱり嬉しい。でもやっぱり早く出ないとなっと思っていた。

 それなのに…


「企画部の名取さんって親会社の社長の息子さんなだって!」

「うそぉー!知らなかった」

「しかも独身者らしいよ」

 松本ーー!!

 お前は本当に…

 翌週には会社でもう話が持ちきりだった。

『名取、ごめん!!』

 LINEをすると

『お前が言ったんじゃないだろ!気にするな』

 でも、あの時会ってなければ…

 そんなのをよそに、名取はいつも囲まれる環境になっていた。

 みんな解りやすいよ!

 そしてもっと解りやすいのが

「名取さ~ん、ランチいませんかぁ?あっ夜予定も聞きたいですぅ」

 あいおい!直人はどうした?

「切り替え早!!」

 山下さんも流石と言わんばかりに驚いてる。

「これから打ち合わせなの!松本は営業部でしょ!関係者以外入らないで!」

「やだぁー、木崎さんこわーい!名取さんも思いませんかぁ?」

「「…」」

 言葉を失う私と木下さん。

「君は何しにきたかわからんが、スケジュール押してるんだ!出てくれ!」

 企画部の課長が一喝して、シブシブ出ていく。

 その後も松本の

「名取さ~ん!」

 がどっかから耳にする。


 …勘弁してほしい。

 なんなの!?もう!!

 少し苛立つ私を見て

「あんなの、名取さんが相手しませんよ」

 と、山下さんは笑顔で言ってくれる。私の気持ちを察してるのかそれ以上は言わないけど、でもそれって気持ちがバレてない?

 はぁー、何してるんだか。


 マンションに戻ろうとすると

「おい!いい加減に!!」

「いいじゃないですかぁー」

「ちょっと、松本!!」

 名取と松本のやり取りをみて入った。

「いい加減にしなさい!」

「なんですか?名取さん、彼女いないみたいだしー」

「あんた直人は?」

「えっ?別れましたよ!」

「…」

「あのね、名取は迷惑なの!辞めてくれる?」

「えー?そんなことないですよね?」

「いや、迷惑だ!何度も言ってるが」

「またまた、照れちゃって」

 頭おかしいのか!?

「とにかく、俺の前から消えてくれ!」

「辞めてくださいよぉ~、それってパワハラじゃないですかぁー」

 めげない所は凄いな。ある意味尊敬する。

「あっ、直人は返しますよ!木崎さんに」

「はぁ!?」

「だって、私は陽平さんしか興味ないですもーん」

 いつの間にか名前だし

「俺はコイツと結婚するから、もう関わるな!」

 と言って私の肩をグイッと引き寄せる

「!?」

「えっー?でも、木崎さんって、30過ぎてますよ?」

「俺も過ぎてるが何か問題でも?」

「女性と男性は違いますよ!女性の30すぎはもう…」

「あんただってそのうち30なるだろ!その時に同じこと言われたらどーするんだよ!」

「…えっ?私は大丈夫です。毎日磨いてますから」

「とりあえず、あんたには全く興味ない!これ以上付きまとうなら、上に言って対処してもらうが」

「そんな、陽平さん…」

 泣きそうな顔をしてみる。

 これは泣き落とし!?

「ちなみに、木…、華とは、同棲してるから」

「えっ!?、そんな…、私本気で」

まぁその場しのぎ彼女だろうけど、仮にも彼女がいるとしてここまでするか?

「行こう!」

「うん」

名取と2人で帰って行った。それからは着いてきてる気配はない。

「すげーな。あそこまでとは…、あんなのに落ちた直人がよくわからねぇー」

「…確かに…って、ちょっと!名取!!」

まだ、べったりくっついてる状況にハッと気付き

「あーわりぃ」

と言って距離をとってくれた。


「あんなこと言って、まぁああ言わないと大変だったしね…、でも明日からまた何をたくらんでるかわからないよ!なんせ名取は親会社の息子なんだし、逃がさない気がするよ」

「…恐怖すら感じるわ!」


その勘は的中する。

ただ、的中の相手は私だった。

数人から売女だとメールがきたと連絡があった。

勿論口外はしないことを約束してくれたが、かなりの人数だったのかその噂は広がった。勿論松本が犯人なのは解っているが

「証拠ないじゃないですか」

と自信がありまくってる。

私は意中の人となったため、数日は自宅での仕事をよぎなくされた。

そして、数日後

「木崎さん、松本の証拠見つかりましたよ!」

「えっ?」

山下さんから連絡があった。

マーケティング部の人たちと企画部の人たちで時間が空いたとき証拠調べをしてくれて、システム部までお願いしたという。

この発信は外部からというのは解ってるが、松本の行動を調べ、そして漫画喫茶からメールをしたことがわかった。

防犯カメラで松本がいることも解り、問い詰め中だという。

「もう少しですから、我慢してくださいね!」

「うん!ありがとう!」

ここ数日、名取は徹夜で帰ってきてない。きっとそれは…

私は行くことが出来ないのでここで待つしかない!

そして

ドアの開く音がした。

「…ただいま」

「名取ー!!」

私は急いで名取の近くに行き

「皆頑張ってくれた!自供したよ」

「…うん」

やばい!涙が…

「俺のせいでごめんな」

「違う!名取は悪くない!ありがとう!!」

私は無意識に名取を抱き締めてした。

「本当にありがとう!」

「…」

「えっ?」

名取が抱き締めてる?ギュッと強く抱き締めてる。

「ほんとお前…」

そういってキスをされ

「な、名取?」

「ずっとここに居ろ!」

!?

「俺のこと抱き締めるんだから、嫌いじゃないんだろ?」

「…」

「自惚れかもしれないけど、お前俺のこと意識してるだろ?で、社長の息子だって解ったから早く逃げて引っ越そうとでもしたか?」

「…っ!?」

「お見通しなんだよ!」

「だ、だって、流石にそんな人と一緒に住んでるのは…」

「じゃ、俺のこと嫌い?」

「…そんなことは」

「じゃ、好き?」

「…」

「言うまで離さないけど」

更にギュッと抱き締められる。

「な、名取!ちょっと辞め…」

「言うまで離さない!!」

「な、名取はどうなのよー!」

「そんなの決まってるじゃん!」

と言って耳元で

「愛してるに決まってる」

あ、頭が…

オーバーヒートして頭がクラッとした。




「起きた?」

「あっ」

気がついたらベットで寝てた。

「寝不足…みたいだな。しっかり休め!俺も休みてぇー」

と言って一緒にベッドに入ってくる。

「一緒に寝よう」

ギュッと抱き締める名取に私は自分の頭を名取の胸に預ける。


その後の松本は問答無用で解雇。そして直人…というか、営業部全体は見直しとなった。

「…華」

私が会社を出るときに直人に声をかけられる。

「今更だけどありがとな」

「?」

「俺は、あいつの押しに負けて付き合ってしまった。あのときは、華をうざいとも思ってたし、凄いいいタイミングで言われたのでつい…」

「…」

「今となっては…だが、仕事のサポートもデカかったし、家で全部家事をしてくれたこともでかかった」

「…」

「今更だけど、当たり前すぎて気づかなかった。華ありがとな」

「…直人、ありがとう」

私達は解れてから初めて会話した。

それをみて

「なにしてるの?」

と、名取が来る。

「あっ、いや、陽平さん…、華にありがとうって言いたかっただけなんで」

そういって頭をさげて直人は離れて行った。

「ったく、心配させるなよな!」

「名取が勘違いしただけじゃん!」

「帰るぞ!」

手をさしのべられ、それに答える。

まだ私の気持ちは言えてないけど、もう一緒にいるのが当たり前になってる。

そのうち言わないとなーと思いつつも、この状態がずっと続けばいいなーと思っている。
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