巻き込まれた薬師の日常

白髭

文字の大きさ
1 / 259
序章

P-1 選定の黒石

しおりを挟む
「ふう、外来が終わった。今日の外来も急性の感染症が多かったな」

 私は小売業と医療系の接客を担う薬局の店員だ。周囲からは薬剤師と呼ばれている。小さい職場だが、実際には管理職としての責任も負っている。この職は、町の科学者ともいわれるらしい。かつては薬の製造や研究に携わる職場でも働いていた元研究者の経験も生きている。対象が物から人へと移り、試行錯誤の連続は変わらないが。

 そんな内勤メインである薬局にも、外勤の仕事がある。薬の配達だ。配達と説明、この業界では訪問指導と呼ばれる。外来とは対照的に、自宅へ伺う配達と言えばわかるだろう。以前は独居の高齢者が多かったが、最近は感染症の流行で急性期の薬の配達が増えていた。

 ここは関東近郊の地方都市。当然移動は車となる。店の周囲には田園風景が広がり、畑道を車のヘッドライトだけに頼って進む。内勤の仕事は片付いたが、不足していた薬剤の配達業務がまだ残っていた。

 今回の依頼は、独居の老人への訪問だ。急性期の感染症に加え、迅速な対応が必要な案件とみていた。

 田園を抜け、果樹園が並ぶ街道を進み、産業用トラックの多い道を北へ抜ける。かつて鉱石の採掘で栄えた地域へと車は進む。戦前から高度成長期にかけて採掘された鉱石は建築材料に加工され、専用列車で都心へ運ばれていた。そんな思いをはせながら、老人宅に到着した。

 ギギギギ……と昔ながらの屋根付きのいかつい門扉を開け、敷地に入る。玄関の表札は旧字体の彫り物だ。伝達事項にはチャイムを押さなくてよいと記されている。医院とのやり取りに思いを馳せながら玄関を開けた。この対応を即座に実行できるのは業界に慣れている証だとしみじみ思う。

「ごめんください、アケル薬局です。薬を届けにきました」
「中に入ってこい、入って突き当たった扉の向こうにいる」
 奥から声がかかった。年配の男性のガラガラとした声だ。

 玄関の置物の横を抜け、薄暗い板間をギシギシと音を立てて歩く。この地域では玄関に大天狗の置物を置く習慣があるらしい。夜中に来たらさぞや驚くに違いない。

 扉をノックして中へ入る。部屋は石や本などの雑多なもので埋め尽くされていた。ベッドに座る老人の姿と服装は比較的きれいで、意外だった。普段は整えているところが、病気で少し乱れているのだろう。老人は息が苦しそうで、呼吸が荒い。その反面、彼の目にはこの病に屈しない強靭な意志が宿っていた。

「ご苦労なことだ。すぐに届けられるとは思わなかった。助かるぞ」
 爺さんがゴホゴホと咳をしながら言う。こちらは想定内のため、対疾患用の完全装備で対応している。
「早めに飲まないと治りが遅くなりますから。すぐに飲んでくださいよ」

 今回の案件はリスクが高く、対疾患用の新薬があるのが幸いだった。

「これは今患っている****に効果がある新薬です。早めに飲めば重症化が防げるでしょう。すぐに飲むように先生から言われていますよ」
「ああ、こんな田舎まで悪いな。いつもは元気なのだが。婆さんが亡くなって、後片付けをしていたら体調が崩れてしまってな、それで金だが…」

「国から支給されていますから、気になさらず」
「でもな、こっちもそのまま返すのも気が引ける。…そこの引き出しに、昔から婆さんが持っていた石が出て来たから、持っていけ」

 引き出しを開けると、紫色の布に包まれた黒い石が出てきた。刻んだ線が多数ある石が数個あり、「よくわからないものだが、昔から婆さんは大切にしていた」と老人は言う。周囲に散らばっている石も婆さんが集めたものだという。「たくさんあるから、そこから一つ持っていってくれ」と。

 配達に行くと色々ともらえることが増えた。断ることも考えたが、さらに断ると先方の気分を害しそうだ。見た目には高価そうには見えない。石を一つ受け取り、最も黒いものを選んだ。触れた瞬間、疲労のせいでは説明できない、体の奥を駆け抜ける微かな熱い震えを感じた。ふと爺さんと目があったが、気のせいだろう。

 薬は必ず飲むように念を押して老人宅を離れた。だが、最後に見た爺さんの目だけは、妙に焼き付いて離れず、まるで何かを託されたように感じられた。


 ――数日後、ある紙面に記憶に触れる情報が有った。

 #####
 兵流 三偉(ヒョウリュウ サンイ)さん 87歳 19▲▲年▲月〇日 老衰 野美市田中町〇▲ 2月10日 ……斎場にて執り行う
 #####

 あの時の石の爺さんだと認識した。

 この職種は、さまざまなことを記憶する必要がある。薬の名前はもちろん、その構造式、薬理作用、製剤の特徴、相互作用、類似薬剤の数々。すべて頭の中に入っていなければ対応できないからだ。頭の中に引き出しがあり、そこから必要な情報を取り出すイメージを持っている。そのリスト化された情報の中から拾ったのがこの紙面。新聞の文字を追った瞬間、指先に微かな痺れが走った。まるで紙面そのものが石と繋がっていたかのような感覚だった。

 その日の深夜、なぜか胸騒ぎがして目が覚めた。袋から石を取り出すと、手の上に何かが吸われたような感覚が残る。石に刻まれた線と文様が光り始め、石からレーザーのように光のラインが伸びる。石を動かしてもラインの先は変わらないようだった。ラインは一定の方向に向かって伸びているらしい。

 家族に外出するメモを残し、外に向かう。新月で月明かりはなかった。対向車はまったくなく、街灯だけが道路を照らしていた。ある程度進んだところで、光の先があの家かもしれないと目星を付け、記録を頼りに家へと向かった。

 遠巻きに見ると、家はすでに壊されていた。半壊した家屋と放置された重機が解体を物語っている。

 徐にお守り袋から石を取り出すと、出発時より光が強くなっていた。光線は解体中の家の中ではなく、隣の祠に向かっていた。祠の存在は、訪問したときはまったく気づかなかった。

「ごめんください」と軽く断ってから敷地内に入り、その祠に近づく。

 祠に近づくほど石の発光は強くなる。
 祠の中心からも発光が見えた。
 石と祠が互いに共鳴しているように。

 引き返すべきだと思いつつも、好奇心が勝る。

 祠に触れた瞬間、全身から力が抜けた。
 足元が消え、虚空へと投げ出される感覚に襲われた。

 作者注:)2025.11.29改稿しました。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。

三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。 ……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」 その言葉は、もう何度聞いたか分からない。 霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。 周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。 同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。 ――俺だけが、何もできない。 反論したい気持ちはある。 でも、できない事実は変わらない。 そんな俺が、 世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて―― この時は、まだ知る由もなかった。 これは―― 妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

ダンジョン学園サブカル同好会の日常

くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。 まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。 しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。 一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。

【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~

夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。 「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。 だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに! サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

処理中です...