巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1G-酒精と層菓

1G-14 午後のお菓子作り・準備

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 家に帰る道すがら、午後の計画を立てていた。午前中の試作品は概ね良好。三人の驚いた顔を見るに、上出来だったのだろう。ホーミィー村の素材は味が濃いのか、それとも自分の舌が鋭くなっているのか。きっと両方だ。

 パストリクリスマは鴨卵と羊乳の組み合わせ。ノヴァクリスマ単独でも濃厚で十分美味しかったが、二つを掛け合わせればさらに美味しくなるのは当然だ。かつて向こうで好んでいた味を思い出す。

 クリスプスを仕上げるにあたり、もう少し工夫できないかと考える。定番のチョコレートは無い。カカオさえあれば工程は読めるのに、入手は今後の課題だ。残念だが仕方ない。ベルナル家の台所には糖蜜があった。濃厚な樹液のシロップだ。砂糖もある。乳鉢と乳棒で粉にすれば粉雪のように仕上げられる。パラケル家用に盛り付け用の皿を装飾するのも一興だろう。

 当初は卵なしの薄い生地を想定していたが、予想外に卵が手に入った。卵があれば生地をモチモチに仕上げられる。モチモチの生地とパストリクリスマを組み合わせれば、生地を主役にした菓子ができるはずだ。よし、この線も進めよう。

 マリンは九歳。お手伝いや料理に目覚める時期だ。生地作りとトッピングを任せれば満足するだろう。火を使うときは自分が隣で見守ればいい。実家のコンロもパラケル製の魔導コンロ。性能はそこそこだが、生地を焼くには十分だ。

「ただいま」
「あら、レッド。下準備は大丈夫?母さん、手伝うことあるかしら?」
「パラケル爺さんに聞いたんだけど、ギー油はある?」
「あるわよ。炒め物に使うやつね。……これよ」

 蓋付き瓶を受け取り、匂いを嗅ぐ。バターのような香りが薄いが、酸化臭はない。品質は問題ない。

「今回使わせて。卵と羊乳ももう少し貰えるかな」
「いいわよ。家鴨の産卵期はもう少しで終わるけど、まだ余裕があるはず。もらえるだけもらっておく?」
「お願いするよ。他にも作りたいものがあるから」
「!? いいわ!母さんに任せて」

 母は荷物をまとめ、勢いよく外出していった。店番はどうするのかと思ったが、結局自分が交代することにした。ひと息つきながら、クリスプスの生地配合を思い出す。粉100g、砂糖10g、羊乳200mL、卵1個。これで5枚程度の生地ができる。

 続いて、勢いで作ったバニラエッセンスを【物質鑑定】で確認する。

【*バニラチンキ。別名:バニラエッセンス。普及品。40%酒精浸漬液。芳醇な甘香。各種錬金材料。魔素含。各種効果増強。[増強支援;4。特級品;10。加工;酒精素材至適+2。原料保管条件;劣化要因有-8。計普及品判定]】

 ――バニラチンキ。そうか、チンキ剤。薬の一種だ。乾燥生薬を酒精で浸漬するとチンキ剤になる。それを料理に使うとは想定外だった。様子がおかしかった理由がわかった。パラケル爺さんから渡されたのは錬金素材だったのだ。

 やけに美味しかったのは、この増強効果のせいかもしれない。ノヴァクリスマの風味を底上げしたのだろう。錬金素材と食材を掛け合わせると、美味しさに繋がるのか。今後の検証が必要だ。

 考え込んでいると、マリンが帰宅した。友達を連れて。
「兄様、教会でお友達に話したの。一緒にお菓子作りしたいって。いいかなぁ」

 ……連れてきてから言うのか。ここで断れば鬼兄だ。承認するしかない。

「……ああ、いいぞ。材料は大丈夫だと思う。ただ器具が足りないかもしれないから、それぞれ持ってきてないか確認して。母さんが追加の食材を取りに行っている間に準備しておこう」

「やったぁ!みんなでできる!」
「レッドさん、ありがとうございます」
「よろしくお願いします」

 細工職人の娘ローズと、鍛冶職人の娘フローラ。どちらもマリンと同じ九歳。二人とも茶色い髪のボブカットで、村の子供らしいワンピース姿だ。フローラの方がわずかに背が高い。

 そこへ母が予想外に早く戻ってきた。羊乳3Lと卵10個を抱えて。
「母さんありがとう。追加で使わせてもらうよ」
「店番をしながら、ちょくちょく見させてもらうわ」

 全員揃ったところで、料理教室の始まりだ。
「今日作るのはクリスプスというお菓子です。小麦粉で作った薄い生地に果物を乗せ、クリスマで装飾します」

「クリスマ?なにそれ?」
「羊乳で作ったものだよ。午前中にパラケル爺さんの家で試作した。時間がかかるから、先に作っておいた」

 村では話題が少ないせいか、パラケル家に通っていることも噂になっているようだ。

「はい、おしゃべりはここまで。作業は三つ。生地作り、果物のカット、生地を焼くこと。最後に装飾だ」

 強力粉300g、砂糖40g、牛乳600mL、卵3個。これで15~20枚は焼ける。粉と砂糖を振るい、牛乳を少しずつ加える。卵を割り入れ、よく混ぜる。最後に温めたギー油を加えて馴染ませる。

 女の子三人は一生懸命混ぜている。自分は指示と補助に回る。意外にも手際が良い。

「フローラちゃんはよく親を手伝っているの?」
「うん。お母さんと一緒に料理してる」
「私も朝ごはんはたまに作る~」
「うんうん、いいお嫁さんになるよ」

 次は焼き。フライパンにギー油を溶かし、生地を薄く広げる。弱火で三分。端を持ち、手でひっくり返す。

「火傷に気をつけて。フライパンは直接触らないように。ひっくり返して二分で完成。お皿に重ねて冷まそう」

 魔導コンロは三口。三人が並んで火の前に立つ。慣れた手つきで生地を焼いていく。マリンも母と一緒に練習していたようだ。

「へへっ、ばっちりでしょ?最近習ってるから」
「このくらい余裕です」
「レッドさんにはできない子だと思われてたみたいですね」

 甘い匂いとともに、生地は次々と焼き上がり、重ねられていった。母は店番をしながら、ちらちらとその様子を覗いていた。
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