巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1G-酒精と層菓

1G-13 バニラの余波

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 午後のお菓子作りの下準備、二つ目だ。クリスプスを作るなら、卵が手に入った今こそ挑戦すべきだろう。卵と乳と砂糖、そしてバニラがあれば――そう、カスタードクリーム。こちらでは[パストリクリスマ]と呼ばれている。ノヴァクリスマだけでは足りないと思っていたから、ちょうどいい。

「次は、[パストリクリスマカスタードクリーム]を作ります」
「また錬金用語だねぇ。今日は用語でお腹いっぱいだ」

 ルプラは嬉しそうに笑う。満腹なら何よりだ。

「材料は卵、羊乳、砂糖、小麦粉、そしてバニラだな」
 パラケル爺さんがテーブルに並べた材料を確認する。

「お菓子は卵、乳、砂糖を使うものが多いです。この三つが揃えば大抵のものは作れます。あとは分量と工程で食感や形が変わるんです。オーブンがあれば品数はさらに増えます」
「そうか!卵と乳の確保は大事だな。オーブンも作っちまうか!」
「いいね、そうしようよ」
「甘いの賛成!」

 どうやら爺さんも甘党らしい。妖精たちは言うまでもなく菓子に飢えている。

 調理を始める。卵黄と砂糖を混ぜ、粒感を消す。小麦粉を加えてさらに混ぜる。温めた羊乳を少しずつ加え、バニラを足して鍋で炊く――姉に散々付き合わされて覚えた手順だ。ローセアの祝福と【製薬】スキルのおかげで、分量も鮮明に思い出せる。

「卵は三つ全部使いましょう。卵黄と卵白を分けます」

 殻を割り、黄身を分ける。パラケル爺さんも手伝うが、黄身をぼとりと落としてしまった。

「できないときは大匙を使うといいですよ。こんな感じで」
「これならパラケルでもできるね!」
「“でも”は余計だ!」

 ローセアと爺さんが言い合う横で、ルプラは黙々と作業を見つめている。
 砂糖を70gほど加え、しっかり混ぜる。

「しかし、驚くほど砂糖を使うな」
「菓子だからでしょ?」
「余った卵白はどうする?」
「今回は使わないのでスープに入れましょう。全卵レシピもありますから、いずれ試します」

 次に小麦粉を加え、さっくり混ぜる。並行して羊乳を温める。鍋の縁がふつふつする程度で止める。パラケル家の魔導コンロは火加減が絶妙で使いやすい。
「温めた羊乳を少しずつ卵に注ぎます。一気に入れると卵の[プロティウスタンパク質]が固まります」

「パラケルだとドバッと入れそうだな」
「うるさいぞ」

 羊乳をすべて加えたら鍋に戻し、バニラエッセンスを小さじ一杯。甘い香りが漂う。

 ゆっくり加熱しながら混ぜる。さらり、次にとろり、最後にもったり。抵抗が出てきたら力仕事だ。木べらで必死に混ぜ、艶のあるもったりとした状態で仕上げる。バットに広げ、氷で冷やす。

「冷えたら完成です」
 味見をすると、濃厚な卵黄と羊乳、そしてバニラの香りが一体となり、至福の味わいだった。思わず匙をもう一度入れようとした瞬間、三人の視線が突き刺さる。

「もちろん……だよね」
「ああ、そうだよな」
「製造者特権求む」

 諦めて三つの匙を用意し、無言で渡す。三人は口に含むと驚きの声を上げた。

「ああ、これだけでもいい」
「!?」
「なにこれ」

 気に入ってくれたようだ。これなら午後も大丈夫だろう。
 パラケル家を出るとき、三人から「必ず持ち帰ること!」と念を押された。期待は重い。

 ♢♢

 レッドが帰った後のパラケル家。残った三人の会話が続いていた。
「やばいよ、あの“クリスマ”と名のつくもの。単品でも美味しいのに、完成したらどうなるんだろう?」

「おい、お前ら、バニラを見たか?魔素入りを気軽に渡してしまった。用途を聞かずにアクアヴィーテに投入したあの抽出液はまずい。ルプラ、【鑑定】は?」

「いや、早すぎて出来なかった」
「ワシも“効果増強”くらいしか見えなかったが……」
「美味しければいいんじゃない?」
「今のところ料理用にしか見えなかったけど、戻ってきた時に話すか?」
「ああ、そうしよう。小僧も気づくだろう。菓子を作るときに必ず使うからな」

「本人も楽しんでいたし、品数も多そうだね。【製薬】スキルと祝福の効果で記憶が鮮明になっているみたいだし、話す機会はあると思うよ」
「いや~、私、良い仕事したかも~。お菓子~。パラケル~、こうなったらオーブン作らない?」

 能天気に話すローセアを横目に、パラケルはまだバニラの件を考え込んでいた。
「ああ、オーブンは早めに作ってもいいかもしれんな」

「たくさん作ってもらわないとね」
「領主案件になりそうだがな」
「それは主と族長を絡めて交渉してもらえばいいわ」
「それで良いだろう、多分」
「材料はどうする?羊乳と卵だよね?」

「まあ、やってしまったものは仕方がない。頭を切り替えるぞ。羊乳は今までギー油くらいしか取っていなかったが、今日の作業を見るに新鮮なものが必要そうだ。ほとんど加熱しないからな」
「氷冷箱も作った方が良さそうだね。レッドなら大きくても扱える」
「ああ、いくつか作ってみるか」
「家鴨は増やしてもらうように頼めないかなぁ」

 結局、パラケルは思考を諦めた。重い判断は領主や主、族長に任せればいいと考えたのだろう。
「念のため、姿隠しでベルナル家に行ってくれ。二人でな。あとで報告を聞く」

「「了解」」

 二人の返事は力強かった。

*R7.10.13大幅改稿し、シュリンクしました。***
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