巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1G-酒精と層菓

1G-12 錬金術と菓子

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 今日は妹と約束したお菓子作りの日だ。母も朝から上機嫌で、普段よりおかずが一品多い。パンとソーセージに加えて、今日は卵までついていた。

「クリスプス《クレープ》ね。どんなお菓子なんでしょう、楽しみだわ」
「お昼を食べたら作るんでしょ?楽しみすぎる。早く来ないかなぁ」

 マリンは朝から興奮気味で、教会へ送り出すときも笑顔が絶えなかった。母も同じく上機嫌で、どうやら鴨の卵を手に入れてきたらしい。

「卵があればさらに美味しくなるよ。二つくらい使っていい?」
「お菓子に使うなら全部持っていっていいわよ!」

 羊乳と鴨卵を抱えて外出する。母の期待を背負っていると思うと、失敗は許されない。

 向かった先はパラケル爺さんの家。扉を開けると、爺さんと妖精たちが議論の真っ最中だった。

「薬より酒だ」「いや錬金術だ」「もともと薬屋だろう」
 
……何を話しているのやら。

「小僧か。何しにきた?」
「遠心魔導具を借りにきました。菓子の試作もしたいんです。母の監視が厳しくて……」

 事情を話すと、ルプラもローセアも興味津々でついてきた。結局、全員参加での実験兼お菓子作りとなった。
 まずは羊乳から脂肪分を取り出す。アイテムボックスから取り出し、【鑑定】をかける。

【羊乳。ホーミィー村産。鮮度良。乳脂肪分8%。菓子・料理に用いる。生食可】

「乳脂肪分が高いな。これを遠心して脂肪分を集める」
 自分は三人に説明する。動物の乳には水分、タンパク質、そして脂肪が含まれており、脂肪は小さな球状で水に分散している。これを集めて脂肪分を40%に高めたものを「ノヴァクリスマ《生クリーム》」と呼ぶ。さらに衝撃を与えて脂肪球を壊すと「ブーテュルム《バター》」になる。

「なるほど、ギー油に似ているな」とパラケル爺さん。
「加熱するか、遠心するかの違いですね」

 遠心魔導具に羊乳を入れ、十分ほど回す。終わって蓋を開けると、上部に白くとろりとした液体が集まっていた。成功だ。

「この器具は見たことない!レッド製?」とルプラが驚く。

「そうだよ。水流で空気を引き込み、瓶の中を減圧して吸引する仕組みだ」
 羊乳2Lから200mLほどのノヴァクリスマを得ることができた。量としては十分だ。

【*ノヴァクリスマ。羊乳由来。乳脂肪40%。[非加熱。各種菓子・料理に用いる]】

 よし、うまくいった。まだ集められそうだ。残りをさらに遠心して回収し、合計で300mLのノヴァクリスマが出来上がった。ルプラとパラケル爺さんも【鑑定】をして確認する。

「おお、随分と濃厚になったのだな」
「これだけで美味しそうだね」
「で、話の続き。これをどうするの?」
「半分は取っておいて、残りに砂糖を加えて泡立てる。氷で冷やしながらね。するとふわふわの甘い食感になる。[スプーマ《ホイップ》]って呼ばれていた」
スプーマは泡状の懸濁液。空気を含んだ脂肪を再度分散させたものとなる。

 ルプラが興味深そうに反応する。
「また用語が出てきた。スプーマ……状態を表す言葉みたいだね」
「スプーマ、クリスマは【製薬】でも出てくる。物性として錬金にも応用できるかもしれない」

 次の工程に進むため、氷を用意できるか尋ねると、ローセアが手を挙げた。

「私がやる~。こんな感じでいい?」

 汲み置きの水を細かい氷に変え、ボウルいっぱいにしてくれた。さすが妖精だ。
「ありがとう。この上でノヴァクリスマを泡立てる。砂糖は15g弱くらいかな。ここは少し多めに入れる」

 パラケル製のハンドミキサーを使う。錬金用の道具だが、料理にも十分すぎる性能だ。持ち手の先がぐるぐると回転し、ノヴァクリスマが一気に泡立っていく。安定化には冷却が必要だ。温度が上がれば分離する。

「うん、良い甘さ。羊乳の風味もいい。あとはバニラがあればなお良いんだけど……」

「バニラ?あんな甘ったるい香りが必要なのか?今の貴族にはもう流行っていないぞ」

 パラケル爺さんはぶつぶつ言いながら、アイテムボックスから乾燥したバニラビーンズを取り出してくれた。香りを嗅ぐと、まさに求めていたものだ。

 せっかくだからと、十年物の葡萄酒アクアヴィーテにバニラビーンズを三房入れ、経過魔法で1年分を一気に進める。高濃度の酒精で抽出すれば、水には溶けない香り成分が浸出される。

バニラアクアヴィーテ溶液バニラエッセンスを作った。アクアヴィーテで抽出すると、水に溶けにくい香り成分が取り出せるんだ」

 スプーマに小さじ1ほど加え、再び攪拌する。ツノが立ち、完成だ。味見をすると、羊乳の濃厚な風味にバニラとアクアヴィーテの香りが重なり、豊かな味わいになっていた。

「大丈夫……みたいね」
「おいしそうに見えるよ」
「腹は痛くならんのか?」

 無言で匙にスプーマを掬い、三人に同量ずつ渡す。恐る恐る口にした三人は、驚きの声を上げた。

「ほう!」「?!」「なにこれ!」

「そう、これがスプーマだ。いい味だろう?これをベースにいろんなお菓子が作れる。午後にみんなで食べよう。さあ、昼までにもう一品作るよ。協力してくれるだろう」

 三人は無言で首を縦に振った。一体、何を気にしていたのだろうか。
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