巻き込まれた薬師の日常

白髭

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2B-霊薬と立証

2B-05 霊薬を求めて――パラケルの回想

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 貴重な『古方薬経』を抱え、パラケル魔導具店を訪ねた。こちらが口を開くより先に、爺さんはぶつぶつと独り言を漏らしながら、まるで心を読んだかのように語り出した。

「知りたいか? ……すまんが、酒を飲みながらでよいか? 素面ではさすがに話せん。ウィザーリングめ、ワシの古傷を抉るようなものを渡しおって……これは話せということなのかもしれん。いや、もしかするとこれも奴の差し金か……」

 ただ事ではない気配に、自分は黙って頷いた。重い腰を上げ、棚からロセアスティルを取り出す。自分も手を貸し、浄水を魔術で凍らせ、透き通った球状の氷を生み出す。グラスに落とし、爺さんへ差し出すと、彼はふっと笑い、琥珀色の酒を注ぎつつ古書を手元に引き寄せた。

「依頼者は、言わずと知れた元パーティーメンバーのクリスティーヌだ。依頼は霊薬の作成。報酬は金貨一万枚。当時、通常のポーションは銀貨十枚、ハイポーションは金貨十枚。霊薬に公定価はなく、競売にかければ白金貨百枚を超えるとも言われていた」

 霊薬――完品は古代遺物とされ、現代では再現不能とされてきた。師資相承の秘匿技術であり、爺さんの言葉からもその重みが伝わる。

「あれは三十年前。当時のワシはエリス、バスタと共に王都の依頼を受けていた。バスタ? 今は冒険者ギルドの副ギルド長をしているあの男だ。氾濫の折、オークの長と死闘を演じた豪傑よ。ワシらは共にランクAの冒険者だった。クリスティーヌはすでに冒険者を退き、城郭都市の辺境伯夫人となっていた。奴の伝手で呼ばれたのを今でも覚えている。いわゆる指名依頼だった」

 爺さんは酒で喉を潤し、続ける。
「オフィキナールの自生地に辿り着くのは容易ではない。当時ですらランクA以上の案件。さらに薬草を正しく扱える魔術師が必須だった。発端はこの『古方薬経』だ。……クリスティーヌ、エリスと共に『三重の魔』として活動していたのは知っているな? 依頼を受けるより前、師匠の死に目に立ち会ったとき、この本を託されたのだ。二十代にわたり受け継がれてきた知識の系譜。師匠は“確実に次代に渡せ”と呪いのように言い残して逝った」

 爺さんは自分の持つ古書を指で叩き、さらに新しい装丁の写本を取り出した。

「小僧が持つのが正本。これは複写本だ。貴重な本は必ず写して残す。覚えておけ」
 その眼差しは酔いを帯びながらも鋭く、魔力を込めた警告のように響いた。自分は静かにうなずいた。

「……三十年前、パール家から正式な指名依頼が来た。王都ギルドに届いた文は“薬の作成依頼あり、城郭都市ベンベルクに至急招集すべし”。すぐにピンときた。霊薬だと」

「どうして霊薬だと?」と自分は問う。

「この本に載る古方薬の中でも、霊薬は先人たちの注釈が最も多かった。研究の痕跡が濃い。加えて薬草の選定に長けたエリスがいた。挿絵を見れば、ほとんどが鎮守の森で採れる。問題は二種――バニラとオフィキナールだ。バニラは当時すでにマダガスタ島との交易で知られていた。オフィキナールはネル山脈に自生するとの噂。幸い、バスタは山脈に詳しかった。つまり、当時霊薬に最も近づけたのは我らの一行《パーティー》だったのだ」

 爺さんの言葉に、自分は思わず息を呑む。先日渡したバニラも、その頃から備蓄していた残りだったのか。

「……だがな、真の依頼者は別にいた。パール家で面会したとき、そこにいたのはクリスティーヌだけでなく、アゼルもいた。奴はやつれていたよ。ワシはホーミィー村の出。、奴はベルナル商店で修行していた身だ。あのときはまだ商店長で、ギルド長ではなかった。依頼の本当の理由は、彼の妻リンメルの病だ」

 爺さんの声が低くなる。
「リンメルは産後の体力が戻らず、立つのもやっと。ポーションも、ハイポーションも効かなかった。アゼルは必死に金を集めた。自分の親族だけでなく、リンメルの家族にも頼み込み、金貨一万枚をかき集めた。……小僧、お前なら今や稼ぎ出せる額だろうが、当時のアゼルにとっては血を吐くような努力だったのだ」

 その言葉に、自分は胸の奥が重くなる。
 この身、レッド君の系譜が発端だったとは。
 霊薬は単なる薬ではなかった。
 人の命と家族の未来を背負った、切実な願いの結晶だったのだ。
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