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2B-霊薬と立証
2B-04 古方薬経を継ぐ者
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貴族との茶会と報告を終え、ホーミィー村へ戻った。自分が会合に臨んでいた時間、マリンは母と共に城郭都市を巡り、買い物を楽しんでいたらしい。
「爺達にも会えたし、おいしい物も食べられたし。服も買えたし……城郭都市って本当にいいなぁ」
その無邪気な言葉に、自分は微笑んだ。だが同時に、彼女がやがて修行に出る未来を思い、胸の奥に小さな緊張が走る。
村に戻ると、親から二日間の休みを与えられた。午前も午後も手伝いから解放され、久方ぶりの自由時間。
「小僧。今日は暇か? 何かやるのだろう? これを貸してやろう」
パラケル爺さんが差し出したのは『古方薬経』。その厚みと紙質からして、単なる古書ではない。薬学的知識の継承を示す重要な書物だった。
自室に戻り、ウィザーリングギルド長から託されたオフィキナールを鑑定する。
#####
【オフィキナールリゾーマ。別名マンドラゴラ根。抜去時絶叫。魔素無。ネル山脈産。薬効部位:根茎。錬金・製薬原料[魔素無;補血魔効果無。元エリクシル材料。絶魔による魔素放散有]】
#####
やはり、こちらの界にもマンドラゴラは存在した。――自分の知識だと、ナス科植物の一種。アルカロイドなどを含むとされ、鎮痛・鎮静作用を持つ。同時に致死的な毒性も孕む。中世では「魔法の根」として信仰され、幻覚や媚薬、あるいは呪術に用いられた。近代以降は薬効が不確実とされ、各国の薬局方からは削除された。つまり「薬としての有用性は否定された」とされる植物である。
このオフィキナールという植物は、魔素を音響に変換するという厄介な性質を持つ。収穫時にそのまま抜けば、絶叫魔法として魔素が霧散する。つまり、薬効成分を保持するには「収穫時の魔素保持」が最大の課題となるらしい。今回渡された標本は魔素が枯渇しており、薬効は失われていた。
このオフィキナールを必需品とするのが霊薬だ。『古方薬経』を開くと、霊薬――エリクシルの記述があった。古代語で書かれた処方は、薬学的にも興味深い。
####
――古方薬経 頁25――
~エリクシル~ (":霊薬"手書き注あり)
魔血が虚して火が衰える者を癒とす。有形の血は自生することあたわず、無形の魔より生ず。消耗した精を集わせ、養血・補陰を重として補魔する。霊材は参根二、狐黄一、曼羅華一、薯蕷一、茱萸実一、桂膚一、甘幹一、華実一、恋茄根一を個に乾させしむ。恋茄根は留意なり。響を避し、冷乾が適。般若に集わせ、魔より抽し、留は百と為す。磁より封じ、剤を保するべし。魔を逸すれば、霊効は総減、封器劣なれば、減衰なり。器五分し日毎に服す。病者に処すれば、風灯より復し、廻天となす。五臓を安め、気を益する。久しく服せば、人をして身軽かしむ。
#####
その記述の下部には、古代の文言、幾人もの注釈、そしてパラケル爺さん自身の筆跡も垣間見える。
#####
――パラケル=アウレオールの注釈――
参根、狐黄、曼羅華(各記述はジンセン。プルプレア。ダツラ。鎮守の森から入手。ホーミィー村外れに整備。栽培種有り)
薯蕷、茱萸実、桂膚、甘幹(鎮守の森、エルフ族から入手可能)
華実(バニラ鞘。男爵領。マダガスタ島交易品より入手。魔素入りは貴重)
恋茄根(オフィキナール。ネル山脈に自生。ランクAに要依頼。扱いは難。加工が未達。要再検討)
※原料はすべて魔素入りを確保すべし。
留と書いてある通り、蒸留により抽出と読む。先人からの教授により、凍結し採取することにより恋茄根の絶叫を回避。形の保持は再絶叫を伴うので注意だ。品質保持の為、現地にて試行錯誤を行う。最終的に城郭都市に持ち帰り、再度作成を行う。残念ながら品質は劣化級に留まった。保存期間は鑑定通り一日となった。被与者は都市にて待機。辛うじて一服に間に合う。服した後被与者は一日眠り、次の日には起きる。服用の際し、魔素の消失は免れたが、霊薬の効果は奇しくもハイポーションを超える程度で与薬は終了となった。霊薬とは名ばかりなのか? 劣化級がいけなかったのか? 冷乾が重要なのか? 般若とはなにか? 五日にわたり与えるほど薬が保持できぬのも課題だ。この試与では素材が尽き、一回の投与にて終了となった。冷乾と般若、保存に耐える容器が今後の解析の課題となろう。手掛かりとなるべく記す。
ヘルメス暦1254年桜月 所持者23位、パラケル・アウレオール
注)後世の為、具体的な場所を記す。鎮守の森・ホーミィー村:アカシア王国パール辺境伯領、男爵領:アカシア王国ベイノイ男爵領、恋茄根の採取:アカシア王国/セプテン王国/アクミナ神聖国を三国境とする山脈をアカシア王国側から入山。地図を別添にて記す。
#####
パラケル爺さんの注釈を読み進めるうちに、自分の胸にざわめきが広がる。冷乾、般若、磁の器――未解明の言葉が、まるで暗号のように立ちはだかる。
質問を用意し、店に訪れるとパラケル爺さんは待っていたように口を開いた。
「小僧か。植物の鑑定をし、本を読んだとするならば、もうそろそろ来ると思ったぞ。それは三十年ほど前の記述だ。冒険者として依頼を受けた時のものだ」
三十年前――。その言葉に、自分の胸に重く響くものがあった。
ヘルメス神が言った“停滞”……それは、この三十年を指していたのか。
ならば、自分が動かし、止まった時を再び進めていかねばならない。
「爺達にも会えたし、おいしい物も食べられたし。服も買えたし……城郭都市って本当にいいなぁ」
その無邪気な言葉に、自分は微笑んだ。だが同時に、彼女がやがて修行に出る未来を思い、胸の奥に小さな緊張が走る。
村に戻ると、親から二日間の休みを与えられた。午前も午後も手伝いから解放され、久方ぶりの自由時間。
「小僧。今日は暇か? 何かやるのだろう? これを貸してやろう」
パラケル爺さんが差し出したのは『古方薬経』。その厚みと紙質からして、単なる古書ではない。薬学的知識の継承を示す重要な書物だった。
自室に戻り、ウィザーリングギルド長から託されたオフィキナールを鑑定する。
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【オフィキナールリゾーマ。別名マンドラゴラ根。抜去時絶叫。魔素無。ネル山脈産。薬効部位:根茎。錬金・製薬原料[魔素無;補血魔効果無。元エリクシル材料。絶魔による魔素放散有]】
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やはり、こちらの界にもマンドラゴラは存在した。――自分の知識だと、ナス科植物の一種。アルカロイドなどを含むとされ、鎮痛・鎮静作用を持つ。同時に致死的な毒性も孕む。中世では「魔法の根」として信仰され、幻覚や媚薬、あるいは呪術に用いられた。近代以降は薬効が不確実とされ、各国の薬局方からは削除された。つまり「薬としての有用性は否定された」とされる植物である。
このオフィキナールという植物は、魔素を音響に変換するという厄介な性質を持つ。収穫時にそのまま抜けば、絶叫魔法として魔素が霧散する。つまり、薬効成分を保持するには「収穫時の魔素保持」が最大の課題となるらしい。今回渡された標本は魔素が枯渇しており、薬効は失われていた。
このオフィキナールを必需品とするのが霊薬だ。『古方薬経』を開くと、霊薬――エリクシルの記述があった。古代語で書かれた処方は、薬学的にも興味深い。
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――古方薬経 頁25――
~エリクシル~ (":霊薬"手書き注あり)
魔血が虚して火が衰える者を癒とす。有形の血は自生することあたわず、無形の魔より生ず。消耗した精を集わせ、養血・補陰を重として補魔する。霊材は参根二、狐黄一、曼羅華一、薯蕷一、茱萸実一、桂膚一、甘幹一、華実一、恋茄根一を個に乾させしむ。恋茄根は留意なり。響を避し、冷乾が適。般若に集わせ、魔より抽し、留は百と為す。磁より封じ、剤を保するべし。魔を逸すれば、霊効は総減、封器劣なれば、減衰なり。器五分し日毎に服す。病者に処すれば、風灯より復し、廻天となす。五臓を安め、気を益する。久しく服せば、人をして身軽かしむ。
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その記述の下部には、古代の文言、幾人もの注釈、そしてパラケル爺さん自身の筆跡も垣間見える。
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――パラケル=アウレオールの注釈――
参根、狐黄、曼羅華(各記述はジンセン。プルプレア。ダツラ。鎮守の森から入手。ホーミィー村外れに整備。栽培種有り)
薯蕷、茱萸実、桂膚、甘幹(鎮守の森、エルフ族から入手可能)
華実(バニラ鞘。男爵領。マダガスタ島交易品より入手。魔素入りは貴重)
恋茄根(オフィキナール。ネル山脈に自生。ランクAに要依頼。扱いは難。加工が未達。要再検討)
※原料はすべて魔素入りを確保すべし。
留と書いてある通り、蒸留により抽出と読む。先人からの教授により、凍結し採取することにより恋茄根の絶叫を回避。形の保持は再絶叫を伴うので注意だ。品質保持の為、現地にて試行錯誤を行う。最終的に城郭都市に持ち帰り、再度作成を行う。残念ながら品質は劣化級に留まった。保存期間は鑑定通り一日となった。被与者は都市にて待機。辛うじて一服に間に合う。服した後被与者は一日眠り、次の日には起きる。服用の際し、魔素の消失は免れたが、霊薬の効果は奇しくもハイポーションを超える程度で与薬は終了となった。霊薬とは名ばかりなのか? 劣化級がいけなかったのか? 冷乾が重要なのか? 般若とはなにか? 五日にわたり与えるほど薬が保持できぬのも課題だ。この試与では素材が尽き、一回の投与にて終了となった。冷乾と般若、保存に耐える容器が今後の解析の課題となろう。手掛かりとなるべく記す。
ヘルメス暦1254年桜月 所持者23位、パラケル・アウレオール
注)後世の為、具体的な場所を記す。鎮守の森・ホーミィー村:アカシア王国パール辺境伯領、男爵領:アカシア王国ベイノイ男爵領、恋茄根の採取:アカシア王国/セプテン王国/アクミナ神聖国を三国境とする山脈をアカシア王国側から入山。地図を別添にて記す。
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パラケル爺さんの注釈を読み進めるうちに、自分の胸にざわめきが広がる。冷乾、般若、磁の器――未解明の言葉が、まるで暗号のように立ちはだかる。
質問を用意し、店に訪れるとパラケル爺さんは待っていたように口を開いた。
「小僧か。植物の鑑定をし、本を読んだとするならば、もうそろそろ来ると思ったぞ。それは三十年ほど前の記述だ。冒険者として依頼を受けた時のものだ」
三十年前――。その言葉に、自分の胸に重く響くものがあった。
ヘルメス神が言った“停滞”……それは、この三十年を指していたのか。
ならば、自分が動かし、止まった時を再び進めていかねばならない。
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