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2B-霊薬と立証
2B-03 トリニタの実とショコラトルの記憶
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「今日はここまでだ。前に話した通り、月に一度はこちらへ来て、進捗と状況を報告してもらうぞ。こちらからは王都の情報などを提供しよう」
「次は学院対策の勉強についても見ます。桐の月に来なさい。招待の手紙を送るわ」
「本日はご対応いただき、ありがとうございました」
父が一家を代表して丁寧に頭を下げる。王都での生活が本格化する前に、夫人にはサナーレウンゲンを、そしてアクアヴィーテも忘れずに納めておいた。熟成樽ごと渡したため、使用人たちは目を白黒させていた。そのまま熟成させてもよし、詰め替えて贈答品にしてもよしと、用途は広い。
商人ギルドに戻ると、皆で一息ついた。エリスさんは途中で別れ、冒険者ギルドで捜索と尋問の計画を立てるらしい。
アゼル爺と父サルタンが、今日の応対について感想を言い合う。
「かしこまって応対すると疲れるな。今日は特にだ」
「自分の子供に受け答えさせるとひやひやする。クリスプスの件はお咎めを受けるかと思ったが、販売を抑えない判断には意外だった」
「お前も親になったということだ。当主の話はよく考える必要があるぞ。信用のある店でないと売れない、商品には十分に注意する、毒となったものを提供すれば補償が求められる――それらを守れと解釈できる」
「なぜあのような遠回しだったのでしょう?」
「物が良かったからだろう。競争相手がいない。金脈になり得るからだ」
「ずいぶん婉曲ですね」
「積極的に進めるわけにはいかないのだ。責任は商人側にある。実績と信頼がなければ市井では売れない。新規の店では無理だ。現状の体制では作るのは咎めないが、売るな。売るなら実績を積んでから。あの態度は“慎重に進めろ”という指示に等しい」
「想定通り、魔素入りは避けて、提供する店を選びますか」
「そうだな。屋台から始め、市井の反応を見る。アレは裏品目として考えればよい」
「レッド、販売について良い案はないか?」
パラケル爺さんが僕に話を振ってきた。
「思いつくのは、作り置きせず、その場で作成する方法です。客の要望を聞いて、入れるもの――トッピングを変えるのです」
「その場で作るのは手間がかかるのではないか?ある程度作り置きした方がすぐに売れるだろう?」
爺さんは効率を重視する。けれど、自分が思い描くクリスプスは、臨場感を大切にしたい。
「逆です。村で作ったとき、最後に見たでしょう?女子たちが自分の好きなように楽しく盛り付けしていた様子を。願望や要望を叶えた菓子をその場で作って渡す。菓子作りの所作そのものが魅力となり、客の満足度を高めます。待ち時間も、見せ場に変えられるのです」
「なるほど。確かに女子共は楽しそうだったな」
「初めての試作では、マリンの友達同士でとても楽しそうでした。母さんも一緒に。世代を超えて販売できると思います」
「屋台となると、皿では煩雑になるな」
試作に参加していなかったアゼル爺が指摘する。
「紙に包んで売れば問題ありません。試作ではホーミィー村のベルナル商店にあった包装紙を使いました。同じものが本店にもあるはずです」
「なるほど。いい案だ。食材の保存はどうする?聞く限り傷みやすいようだが」
「それならワシに考えがある。妖精たちと氷冷箱を作っていたから、役に立つだろう。屋台の作成は村に戻って、ディオスとクバナに相談だ。ワシと鍛冶屋、細工師が揃えば、氷冷箱の組み込みも問題ない。料理道具はクバナがすでに作っている。小僧、確かディオスの妻に器具を頼んでいたな?何をお願いしたのだ?」
「よく聞いていましたね。フライパンではクリスプスの薄い生地が取りづらいでしょう。木の切り株のような形に金属を整形し、縁のない形で作ってもらおうかと」
「ほう、それも屋台に組み込めそうだな。後で意見をくれ」
「村に帰ってから、ぜひ参加させてください」
「よし、屋台はホーミィー村の連中で片付きそうだな。こちらは人と物を手配しておく。バニラはクリスティーヌ様の実家、ベイノイ男爵領に行けば交易品が入手できるはずだ。サルタン、村に戻ったらエルフの里へ魔鴨卵を頼んでくれ」
屋台。クリスプス。クリスマ、果実と並ぶ、もう一品が思い浮かんだ。
「そういえばアゼル爺、こういう形の果物、もしくは実を見たことはありませんか?楕円体で、中心に豆が取れる実です。クリスプスに使えそうで」
魔銀を操作し、形を作る。説明には魔銀が便利だ。粘土のように造形できるまで、技術は上がっている。思いつく限りのイメージを込めて、展示品の模型のように仕上げる。半分に割れる構造で、中の豆が分離できるように。
「……上手く作るものだな。トリニタの実に似ている。バニラが取れる地域との交易品の一種だろう。向こうでは“ショコラトル”という飲み物に使っていた。茶色くてどろりとしたものだ。ここでは紅茶が主だから、飲む者はいないが」
「ショコラトル!それです!男爵領に行く際には、数量の確保をお願いします」
「わかった。そんなに嬉しいものなのか?セプテン王国で需要があるから、経由地として取り扱っているだけだ。取りに行くには時間がかかるが、交易用に確保している分がある。ある程度は渡せるぞ」
「本当ですか!ありがたく頂きます!アゼル爺、ありがとう!」
「孫に喜ばれるのも、たまには悪くないな」
トリニタ――あの造形からして、間違いなくテオブロマの実だ。別名カカオ。チョコレートやココアの原料として知られる。三つの品種のうち、一つの名がトリニタリオだったはず。ショコラトルという飲み物も、確かに聞いたことがある。
成分だけでなく、油脂としても優秀な実。これほど嬉しいことはない。クリスプスの可能性が、また一段と広がった。
「次は学院対策の勉強についても見ます。桐の月に来なさい。招待の手紙を送るわ」
「本日はご対応いただき、ありがとうございました」
父が一家を代表して丁寧に頭を下げる。王都での生活が本格化する前に、夫人にはサナーレウンゲンを、そしてアクアヴィーテも忘れずに納めておいた。熟成樽ごと渡したため、使用人たちは目を白黒させていた。そのまま熟成させてもよし、詰め替えて贈答品にしてもよしと、用途は広い。
商人ギルドに戻ると、皆で一息ついた。エリスさんは途中で別れ、冒険者ギルドで捜索と尋問の計画を立てるらしい。
アゼル爺と父サルタンが、今日の応対について感想を言い合う。
「かしこまって応対すると疲れるな。今日は特にだ」
「自分の子供に受け答えさせるとひやひやする。クリスプスの件はお咎めを受けるかと思ったが、販売を抑えない判断には意外だった」
「お前も親になったということだ。当主の話はよく考える必要があるぞ。信用のある店でないと売れない、商品には十分に注意する、毒となったものを提供すれば補償が求められる――それらを守れと解釈できる」
「なぜあのような遠回しだったのでしょう?」
「物が良かったからだろう。競争相手がいない。金脈になり得るからだ」
「ずいぶん婉曲ですね」
「積極的に進めるわけにはいかないのだ。責任は商人側にある。実績と信頼がなければ市井では売れない。新規の店では無理だ。現状の体制では作るのは咎めないが、売るな。売るなら実績を積んでから。あの態度は“慎重に進めろ”という指示に等しい」
「想定通り、魔素入りは避けて、提供する店を選びますか」
「そうだな。屋台から始め、市井の反応を見る。アレは裏品目として考えればよい」
「レッド、販売について良い案はないか?」
パラケル爺さんが僕に話を振ってきた。
「思いつくのは、作り置きせず、その場で作成する方法です。客の要望を聞いて、入れるもの――トッピングを変えるのです」
「その場で作るのは手間がかかるのではないか?ある程度作り置きした方がすぐに売れるだろう?」
爺さんは効率を重視する。けれど、自分が思い描くクリスプスは、臨場感を大切にしたい。
「逆です。村で作ったとき、最後に見たでしょう?女子たちが自分の好きなように楽しく盛り付けしていた様子を。願望や要望を叶えた菓子をその場で作って渡す。菓子作りの所作そのものが魅力となり、客の満足度を高めます。待ち時間も、見せ場に変えられるのです」
「なるほど。確かに女子共は楽しそうだったな」
「初めての試作では、マリンの友達同士でとても楽しそうでした。母さんも一緒に。世代を超えて販売できると思います」
「屋台となると、皿では煩雑になるな」
試作に参加していなかったアゼル爺が指摘する。
「紙に包んで売れば問題ありません。試作ではホーミィー村のベルナル商店にあった包装紙を使いました。同じものが本店にもあるはずです」
「なるほど。いい案だ。食材の保存はどうする?聞く限り傷みやすいようだが」
「それならワシに考えがある。妖精たちと氷冷箱を作っていたから、役に立つだろう。屋台の作成は村に戻って、ディオスとクバナに相談だ。ワシと鍛冶屋、細工師が揃えば、氷冷箱の組み込みも問題ない。料理道具はクバナがすでに作っている。小僧、確かディオスの妻に器具を頼んでいたな?何をお願いしたのだ?」
「よく聞いていましたね。フライパンではクリスプスの薄い生地が取りづらいでしょう。木の切り株のような形に金属を整形し、縁のない形で作ってもらおうかと」
「ほう、それも屋台に組み込めそうだな。後で意見をくれ」
「村に帰ってから、ぜひ参加させてください」
「よし、屋台はホーミィー村の連中で片付きそうだな。こちらは人と物を手配しておく。バニラはクリスティーヌ様の実家、ベイノイ男爵領に行けば交易品が入手できるはずだ。サルタン、村に戻ったらエルフの里へ魔鴨卵を頼んでくれ」
屋台。クリスプス。クリスマ、果実と並ぶ、もう一品が思い浮かんだ。
「そういえばアゼル爺、こういう形の果物、もしくは実を見たことはありませんか?楕円体で、中心に豆が取れる実です。クリスプスに使えそうで」
魔銀を操作し、形を作る。説明には魔銀が便利だ。粘土のように造形できるまで、技術は上がっている。思いつく限りのイメージを込めて、展示品の模型のように仕上げる。半分に割れる構造で、中の豆が分離できるように。
「……上手く作るものだな。トリニタの実に似ている。バニラが取れる地域との交易品の一種だろう。向こうでは“ショコラトル”という飲み物に使っていた。茶色くてどろりとしたものだ。ここでは紅茶が主だから、飲む者はいないが」
「ショコラトル!それです!男爵領に行く際には、数量の確保をお願いします」
「わかった。そんなに嬉しいものなのか?セプテン王国で需要があるから、経由地として取り扱っているだけだ。取りに行くには時間がかかるが、交易用に確保している分がある。ある程度は渡せるぞ」
「本当ですか!ありがたく頂きます!アゼル爺、ありがとう!」
「孫に喜ばれるのも、たまには悪くないな」
トリニタ――あの造形からして、間違いなくテオブロマの実だ。別名カカオ。チョコレートやココアの原料として知られる。三つの品種のうち、一つの名がトリニタリオだったはず。ショコラトルという飲み物も、確かに聞いたことがある。
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