【R18】その言葉には、もう乗りませんッ!

春瀬湖子

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第二章・護衛令嬢、出稼ぎにいく

16.見誤ったのははたしてどちらか

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「なんではこっちなんだが!?」

 捕まった私を見て焦ったように声を荒げるフレン様。

“そんなことを言われてもなぁ”

 完全にフレン様のいる場所を終着点にしどうやって薙ぎ払おうか考えながら飛び出したのだ。
 
 伸ばされた手の先がフレン様と仮定し叩き落とすことを想定していたのに私を掴んだのなら、そりゃ反応も遅れるだろう。

“だってフレン様に到達するより2秒も早いんだし”

 戦闘というのは力も大事だが何よりスピードだ。
 
 初手で躓いた私は、飛びかかって来た男の中で最も体格のいい男に後ろから羽交い締めにされるような恰好で立っていて。

「くそ、彼女を離せ!」
「あぁ、やはりこの方は女性でしたか」
「ッ」

“焦ってるなぁ……”

 他の刺客たちが子爵の後ろ、扉を守るように下がってフレン様から距離を取っているおかげか私の心には余裕があった。

“現状フレン様に一番近い刺客は私を拘束しているこの男のみ。対峙した時の音で彼らの武器は手に持っている長剣のみだしそもそも狙いが私なら安心だわ”

 ここで抵抗してフレン様にまで危害が及ぶ可能性を考えると、このまま捕まっている方が圧倒的にフレン様が安全でむしろ穏やかな気持ちになってしまう。

 しかしそんな私とは対象にやたら焦っているフレン様と、そしてそんなフレン様にご満悦そうにしている子爵はゆっくりと私に近付いて。

「なっ!」

 さわっと私の胸に触れた。
 瞬間、ぞぞぞと全身に鳥肌が立つ。

“気持ち悪い……!”

 嫌悪感が体を巡り、反射的に抵抗しそうになるが私はあくまでもフレン様の護衛。
 ここで私が暴れたせいで主に危険が及ぶのだけは避けなくてはならず、なんとか必死に耐える。

 
「そんな顔をするってことはこの女性がよっぽど大切なんですねぇ」
「……ッ」
「私だって、彼女のことが大事だったんですよ……!」

 穏やかな話し口調だった子爵が途端に声を荒げ、私のシャツを無理やり引っ張りビリビリと嫌な音が部屋に響いた。
 
 クラバットがあったので前が全開になることはなかったが、それでも胸を押さえつけているコルセットは露になってしまっていて。

「ちょっ!」
「ほぉ、押さえつけてこれとは……なかなか……」

“ひぇっ”

 今まで私の周りにいた男たちは、私を令嬢を釣るいい餌としか認識していなかった。

 フレン様とうっかり一夜を共にしてしまったが、あれはお酒という存在に惑わされた事故のようなもので。

「ふざけんな、彼女に触れることを許可していない!」
「許可制とは、王子というのは随分偉いんですねぇ。そうやって権力を使って彼女にも触れたんですか?」
「触ってなどない!」

“ですよね”

 怒鳴り返すフレン様に思わず頷いてしまう。
 むしろその子爵の片想い相手に触れてくれていれば私が責任を迫られることなどなくて。

“……?”

 そんな考えが頭に浮かび、ツキンと痛む胸に気付く。
 私は迷惑しているのだ、ならばここで胸が痛むはずなんてなく――

 
「そんな嘘を誰が信じるんです? それとも捨てた令嬢が多すぎて彼女のことなんて覚えてないということですか?」
「だから本当に触れてなんてねぇんだって! つか彼女彼女って言うが子爵がフラれたのは子爵に魅力が無かったからだろう!」
「なっ!」

 フレン様の声色に棘があり、苛立っているのだろう。
 そしてその苛立っている声を聞くと、先ほど痛んだ胸の傷が慰められるような気がした。

 こんなのまるで――

“まるで、好きみたいじゃない”


 他の令嬢との行為に胸を痛め、自分のために怒る彼に喜びを覚える。

 拒否しているのは私のくせに、その矛盾があまりにもちぐはぐで私は戸惑いついフレン様から顔を背けた。


「……はっ、ほら貴方が大事にしている彼女も信じていないようですよ? 顔を背けて傷ついてしまったようだ」

 ハハッ、と鼻で笑いつつも苛立ちを抑えられていないのか、子爵が乱暴に私の胸を揉む。

 コルセットの上からだからか、そこまで手のひらの感触などは無かったが気持ち悪いという感情が私の胸を占めた。


「やめろ……!」
「私のことをただ奥手で紳士的な美青年だと思ってもらったら困るんですよ」
「ねちっこいストーカーって聞いてるぞ……!」

 グッと拳を震わせるようにして叫ぶフレン様を見ながら子爵の手がゆっくりと胸から鎖骨に上がり、顎に触れる。

 そしてそのまま私の仮面に手を掛けて。
 

「殿下だって彼女がどれだけやめてと泣き叫んでも構わず触れたんじゃないんですか……!」
「いや、あの人童貞でしたけど」
「えっ、へ? こ、鋼鉄の剣……!?」

 カパッと仮面を外し私と目があった子爵が、あからさまにギョッとする。

“その驚愕顔、拘束していた人質が私だったからなのかそれともフレン様が童貞だって言われたからなのかどっちでしてるのかしら”

 愕然とした顔をしながら二、三歩後退った子爵の手から私の仮面がスルリと落ちてカツンと音が響く。

“バレちゃったし仕方ないわね”

 その音を合図に、私は自身を背後から拘束していた男側に体重をかけ軽くしゃがみ、その勢いで前方に投げた。

 投げたとは言ってもフレン様の方へ転がられたら困るので、投げるために掴んだ腕は離さずそのまま地面に叩きつけ捻る。

「ぎゃぁあ!」

 その場に男の悲痛な叫びが響き、その声に気を取られた扉を守るように下がっていた刺客を思い切り殴り付けた。

「な、なにを……!」
「ちょっとこん棒にするだけですよ」

 突然殴りかかられた男が驚き武器を落とすと、すぐその場にしゃがんだ私は落ちた武器……ではなく、その男の両足をしっかり抱えて。


「よっこいしょー!」

 その男を大きな棒に見立て、遠心力の力も借りて大きく回転をする。

 狭い扉を守るように固まっていたお陰で避ける隙も無かったらしく、狙い以上に弾き飛ばされる男たちに私は思わずにこりと笑った。


「や、やめろ! そこにはせっかく集めた高級品が!」
「えぇ? フレン様がやめろと言ってもやめなかったじゃないですか」
「り、リア……?」
「すぐにお側に戻りますので動かずお待ちください」
「あ、はい……」

 こんな時に景品の心配なんて、と考えながら適当に男たちを薙ぎ倒し動かなくなったことを確認する。

「な、なんでっ、さっきまで無抵抗だったじゃないか!」
「抵抗出来なかったんじゃなくて抵抗しなかっただけですよ」
「だがお前は素手で、そんなバカな……!」
「そんなこと言われましても……。私、最強なんです、知りませんでした?」

 完全に腰を抜かしへたりこんだ子爵の腕を掴み、私がされていたように背後から羽交い締めにしつつフレン様の方へ振り返ると。

「……く、ふはっ」
「え、何も面白くないんですけど」
「あー、ははっ、そうだな。俺は知ってたぞ、くくっ、オリアナが最強だって」

“何も褒められている気がしない……!”

 あんなに苛立っていたフレン様は、相変わらずお腹を抱えるようにして笑っていて。

「まぁ、いいか」

 そして笑っているフレン様を見て、なんだか私も気分が良くなり首を傾げる。

 完全に戦意喪失していそうな子爵たちを宝物庫にあったよくわからないベルトのようなもので拘束した私たちは、ここにあったものを証拠にし子爵の違法カジノを摘発することに成功したのだった。


 
“って言っても、暗殺者についてはわからず仕舞いだったのよね”

 あんなに弱い刺客しか集められなかったのだ、そんな彼が近衛騎士団の目を掻い潜り王城へ刺客を送り込めるはずなんてない。

“だったら、誰が――”

「オリアナ」
「!」

 考え込んでいた私に声をかけるのはもちろんフレン様だ。

「どうでしたか?」
「あぁ。あのカジノは元の管理者に戻るようだ」
「そうでしたか」
「子爵は通貨の件だけでなく密漁、そして件の令嬢への付きまといに王族への暴行容疑で尋問にかけられる……かもしれない」
「かもしれない?」

 その歯切れの悪い言い方を怪訝に思っていると、少し戸惑いながら口を開いたフレン様が告げたのは。


「その、尋問をかける前から震えて何でも話していてな」
「はぁ」
「なんでも、笑顔で薙ぎ払う姿が目に焼き付いているそうで」
「はぁ?」
「鋼鉄の剣から守ってくれ、と自ら牢に飛び込んだんだ」

“……えっ、それ、私がトラウマになってるってこと!?”

 そりゃ尋問にかける前から全部暴露し自ら牢に入ったとなれば、今さら尋問どころではないだろう。
 だが、その理由が私の笑顔っていうのはどうしても納得出来かねて。

「待ってください! 確かにあの時私は笑いましたけど、それは決して危ない意味じゃないんです、いい感じに刺客が飛んだからでっ」
「ふはっ、それ十分危ない意味じゃねぇか?」
「えぇっ!?」

 再びお腹を抱えて笑いだしたフレン様に、それでもまぁ主が無事に笑っているならば悪くないと私も少し安堵する。

 あまりにも呆気なく、けれど全てが丸く収まったのだとホッとし、何故か一国の王子と出稼ぎに出るというとんでも出来事は幕を下ろしたのだった――
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