極上の男を買いました~初対面から育む溺愛の味~

春瀬湖子

文字の大きさ
5 / 13
本編

4.報酬は後払いで

「えっと、報酬の件なんだけど」

 お金で買うなんて言ったくせに明確な報酬金額について話し合っていなかったことに今更気付いた私は、隣に寝転んだまま私の髪の毛で遊んでいる光希へと声をかけた。

“二万……じゃ、足りないわよね? 相場とか知らないんだけど……”

 思い返せば終始サービスが良かった。
 私が怖がらないようにゆっくりと距離を詰め、今までされたことのないくらい丁寧に触れてくれた。

 それは本当に愛されているのではとうっかり勘違いしてしまいそうなほどで、だがあくまでもこれはビジネス。
 報酬で結ばれた関係なのだ。

“とんでもない金額言われたらどうしよう”

 内心ドキドキしながら光希からの返答を待つ。
 いくらだ。相場の想像がつかない。プロっていくらで買えるの? 別に法律違反をしている訳ではないのに、どこか後ろめたいのは何でだろう――

 まるで裁判の判決を待つような気持ちになりながら待っていた私だが、意外にも告げられたのは予想外の言葉だった。

「今回はいらないかなぁー」
「えっ!?」
「ていうかさ、経験を積むってこの一回で積んだって言えるの?」
「そ、れは」

 確かに、新しい経験になったことは間違いないが経験豊富になったとは到底言えない。

「折角連絡先も交換したんだしさ、これから俺と色んな経験したら良くない?」

 にこりと微笑みながらそんなことを言われれば、確かにその通りだと思わされる。

「だから、報酬は後払いでいいよ」
「後払い……」
「安心してよ、とんでもない請求はしないから」

 あはは、と笑う彼に戸惑うものの、だが今の私には頷くことしか出来なくておずおずと小さく頷いたのだった。



 どこか食べに行くかと聞かれたものの、その日は疲れていたこともあり解散した。
 タクシーを呼んでくれた光希は、私がタクシーに乗り込むのを確認してからタクシー代だと多すぎるくらいのお金を渡し手早くタクシーの扉を閉めてしまった。
 その金額、三万円。

“私が渡したお金より多い……!”

 その手際のよさに断る隙すら与えられなかった私は、唖然として渡されたお札を見つめる。
 ここから自宅まで五千円もかからない。

 これではどちらが相手を買ったのかわからないと大きなため息を吐いた。

 
「なんて連絡しようかなぁ……」

 帰宅後はすぐにお風呂へと直行しメイクを落とした私の頭にあるのは、光希へなんて送るかだけだった。
 当初の予定ではむしろ私が払うつもりだったお金を全て払ってくれたのは光希である。となれば、社会人としてお礼は送るべきだろう。

“迷うのは文面よね”

 お金ありがとう? これは何か違う気がする。
 慰めてくれて――、というのも違和感があった。

「そもそも次、あるのよね……?」

 報酬は後払いで、なんて言って渡したお金より多い金額を持たせるくらいだし、もしかすると後日まとめて請求されるのかもしれない。
 それにインコネも交換した。

 彼がヤり捨てするつもりだったのなら連絡先を交換する必要もないし私なんか気遣わず挿入していただろう。
 お金を払ったのは光希だし、満足感を得たのは私。

「ここでお礼すら送らなかったら、私がヤり捨てした側になるんじゃない……!?」

 その事実におののき、そしてそこまで考え亮介のことを完全に忘れていたことに気がついた。


 結婚の約束までした相手のはずなのに。

「あー、お母さんたちになんて言おうかな」

 婚約者として紹介したその日にまさかこんなことになるなんて。
 言われた言葉はもちろん今でも腹立たしいが、それでも今の今まで忘れていられたのは出会ったばかりの気遣い屋のお陰だろう。

 今日の私は苛立っていたし刺々しかった自覚もあるのに、笑い上戸な彼に釣られ最終的には私も沢山笑った気がする。

 そしてそれすらも彼の気遣いで成り立っていたのだろう。 

「何よ、ちょっと良い男なんだから……」

 じわりと胸の奥が温かくなるのを感じながら、何て打とうか迷いつつ私はスマホ片手に眠りに落ちたのだった。

 ◇◇◇

 企画広報課の仕事は忙しい。
 そもそも我が社はエンジニアの派遣や新システムの開発、ネットワーク環境を顧客に合わせてカスタムし提供するなど、様々なサービスを幅広く取り扱っている。

 そしてそれらの仕事内容を正確に把握し、弊社と契約するメリットを企業向けにアピールする他、実際にそれらを体験できるような企画を立ち上げたり企業説明の出展ブースを管理し担当するのも企画広報課の仕事なのだ。

 またどうすればより良くなるのか、どこと提携し宣伝すればどれくらいの集客が見込めるのかなどの企画書も毎月提出しなくてはならず、かなり忙しい部署のひとつとも言える。


 ――そう、連絡一本入れられないくらいに。

「……って言い訳は、流石に苦しいか……っ」

 うぐぐ、と思わず頭を抱えてしまった私の目の前にはインコネのメッセージ画面が開いていた。
 相手は光希。メッセージ履歴は四日前で、相手から『おやすみ』と一言だけ入っており私からの返信はない。

“やらかしちゃった……!”

 亮介に一方的に捨てられた日、つまり光希と初めて会ったあの日の夜、何て送ろうかを迷いながらうっかり寝落ちしてしまった私は、翌朝の月曜日に彼からその一言メッセージが入っているのに気が付いた。

 結果的に散々奢らせ、家までのタクシー代も払わせ、そして自分から誘ったくせに挿入はさせずにお礼すら言わない女になっていることに気付いた私は、なんて返信するかを迷いに迷い木曜日の今日まで結局送れずにいるのである。

「気付いてすぐなら寝落ちしちゃったって正直に言えたのに」

 だが迷ってしまったせいで返信が遅れ、遅れたせいで何を打っても言い訳にしか見えず文章を消すばかり。
 遅れた理由を書くと更に言い訳に見え、また文章を消すという繰り返しだった。

“流石に今日こそ送らないと”

 これ以上はまずい。もしこれが取引先なら、信用問題に関わってきてしまう――……

「って、これもビジネスじゃない!?」

 相手の行為に対して報酬を払う約束をしているのだからビジネスだ、と自らが光希に言っていたことを思い出して私の額に冷や汗が滲んだ。
 今まさに光希の信頼を失っているかもしれないと気付き、内心焦る。

 どうしてか、彼から幻滅されたくないとそう思ったのだ。

「これはビジネスメール、ビジネスメール……!」

 言い聞かせるようにしてメッセージを打ち込んでいく。
 ビジネスメールだと割り切ってしまえばそこまで難しいことはなく、私は先日のお礼と遅くなったお詫びをなるべく堅苦しくなりすぎないよう気を付け文章を作り上げた。


『お世話になっております。木浦朱里です。先日は急な申し出にもかかわらずご対応いただき誠にありがとうございました。つきましては、また次回についてご都合のいいお日にちをご提示いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。』


「……いや、堅苦しいな……!?」

 だがこれ以上考えても同じような文章にしかならないと思った私は、打ち込んだ勢いのまま送信ボタンをタップする。

 するとすぐにメッセージが既読になり、シュポンと爆笑している猫のスタンプが表示され、そのすぐ後にメッセージも受信した。
 

『ちょっと拗ねてたけど、ビジネスすぎるメッセージで逆に笑って機嫌は直りました。今度の休みにデートしませんか?』

「拗ね……!?」

 その言い回しが可愛く見えて悶えそうになる。

“ちょっとこの返事はズルくない?”

 きっとなかなかメッセージを送れずにいた私を責めることも、逆に『気にしてないよ』とフォローすることもせずに笑いのひとつとして昇華してくれた彼の茶目っ気に、メッセージを送る前はあんなに重かった気持ちが軽くなった私は、今度はすぐに了承の返事を送ったのだった。 
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

推しの妻になりました 〜アイドルと契約結婚〜

桐生桜
恋愛
 コンシェルジュ見習いの高階苺依には(たかしなめい)には、パート掛け持ちの母、受験生の弟、高校生の妹……支えるべき家族がいる。  そんな毎日の中、唯一の癒しはアイドルグループ『XENO』のTOMAだった。  ある日、勤務先のホテルで苺依は目を疑う光景に出くわす。  冷たい水を浴びせられている男性……慌ててタオルを持って追いかけると、振り返ったのは、あのTOMAだった。 「……余計なお節介なんだよ」  感動も束の間、TOMAの第一声は冷たい一言だった。  しかもエレベーターの扉が閉まり、気まずい密室に二人きり。  テレビで見せる王子様の笑顔など、どこにもない。  苺依のネームプレートを一瞥したTOMAは、温かいコーヒーを要求した。  そして思いもよらない言葉を告げられる。 「俺の婚約者になれ」  父親から押しつけられる縁談にうんざりしていたTOMAが目をつけたのは、ファンのくせに少しも遠慮しない苺依だった。  苺依はお金のために、その提案を承諾する。  こうして始まった、嘘だらけの夫婦生活。  でも共に過ごすうちに、仮面の裏に隠された「本当のTOMA」が少しずつ見えてきて……。  ニセモノだった婚約者が本物の愛に変わるまでのラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。