極上の男を買いました~初対面から育む溺愛の味~

春瀬湖子

文字の大きさ
12 / 13
番外編

リベンジしてみよう

 それは本当にちょっとした疑問だった。

「そういえば、あの京都旅行で会わせようとしてくれてた人って誰だったの?」

 光希と付き合う前に日帰りで突然連れていかれた京都。
 結局あの時は誰にも会わず、光希の大学の時の話を聞いたり普通に街デートをして帰宅したのだが――

“わざわざ連れていってくれたってことは、誰かを紹介しようとしてくれていたってことよね?”

 それが誰だか気になりそう口にした。
 だけだったのだが。

「あ、じゃあ会いに行ってみよっか」
「え」
「今から出てもまだ余裕だな、……っと、はい。チケット取れたよ」
「え、えっ」
「行こ!」
「えぇぇえ!?」

 スマホで何やらしていると思ったら、どうやら新幹線のチケットを取ってくれたらしくにこにことこちらに笑顔を向ける。

「ちょ、そんなすぐに……」
「明日は日曜日だし、元々俺の家に泊まるつもりだったでしょ。なら今日は日帰りじゃなくて京都に泊まってこよ」

 京野菜の美味しいお店があるんだ、と無邪気な光希に呆気に取られている間に気付けば私はまた新幹線のグリーン車へと足を踏み入れることになったのだった。

 ◇◇◇

「いや、あり得ないでしょ……」

 思わずそう呟くのも仕方ない。

“グリーン車ってそんなに頻繁に乗るものだった?”

 私の記憶が正しければ決してそんなはずはないのだが。
 困惑している私の手をグイグイと引き、慣れた足取りで着いたのはもちろん京都大学。
 リベンジである。

「この時間は研究室にいると思うんだよねっ」

 準備も何も整っていないのに旅行なんて、と文句を言いたい気持ちもあったのだが、この楽しそうな声色を聞くとそんな気があっさり失せてしまった。

“まぁ、光希の言う通り今日はお泊まりの予定だったから着替えもメイク道具も持ってるし”

 それにここは同じ日本国内だ。
 何か足りなくてもすぐにどうとでもなるだろう。

 なら、楽しまなくては損である。
 そう私が開き直った時だった。 

「……ちょっと強引すぎた?」

 ふと光希が突然足を止めて振り返り、少し眉を下げてそう聞いてくる。
 まるで叱られる前の子犬みたいなそんな彼が可愛く、私はつい吹き出した。

「そんなところも嫌いじゃないって思ってたとこ!」
「ほんと? 良かった。俺も大好き」

 ふわりと笑った光希にさっきよりも強く手を握られ、思わずドキリとしてしまう。

“嫌いじゃない、に『好き』を返してくるんだから”

 しかも『俺も』と来たもんだ。
 だがそれが事実なだけに少し悔しく、またいまだに彼のこういうところには慣れずうっかり胸が高鳴ってしまう。

 相変わらず身も心も振り回されてばかり。
 けれどそんなことさえも胸の奥がじわりと熱く、そしてなんだかくすぐったいと感じたのだった。

 ◇◇◇

 彼に手を引かれるがまま辿り着いたのはひとつの研究室。

「やっほ、久しぶり!」
「え、えっ!? 光希先輩!?」
「ちょ、ちょっと光希!」

 明るく声をかけながら扉を開けた光希に慌てて声をかけるが、不思議そうな顔で私を振り返っただけでそのまま突入してしまう。

 てっきり情報処理やインターネットなどに関係するゼミなのかと思っていたが、そこは意外にも経済系のゼミだった。

“と、いうかそれより!”

「そっちの人って誰……って、手繋いでる!」

“だから慌てて名前を呼んだのに!”

 手を繋いだまま研究室に入ろうとする光希に、手を引いたり反対の手で叩いたりして知らせたのだが、私の意図が伝わらなかったのかそのまま入り、そして完全に見られた上に指摘されて私の顔が一気に熱くなる。

 彼が院でもこのゼミに所属していたのなら、顔見知りの後輩がほとんどだろう。

“在学中に起業してるし”

 ならばきっと、今光希もそれなりに羞恥を感じている、と思ったのだが。

「いーだろ、見せびらかしに来たんだよね」
「えっ!?」
「うわぁ、彼女自慢ってことっスかぁ?」
「えっ!!」

 むしろ繋いだ手を見せびらかすように高く持ち上げ振って見せた光希に私は思わず唖然とした。

「いーなぁー! しかも巨にゅ……」
「おい、それは言っちゃダメなやつだろ」
「ふみまへん」

 空いている方の手で後輩の男の子の口をすかさず塞ぎ言葉を止めた光希を見て少し驚く。

“ちゃんと怒ってくれるんだ”

 後輩の男の子の、それも私に対してではなく私を使った光希に対してのからかい含めた冗談の言葉。

 けれどそんな男の子同士ならよくありそうな会話すら止めてしっかり注意してくれる光希に、私は改めて大事にされているのだと実感した。

「そういうとこがフラれた原因じゃない?」
「うわっ、お前ぇ!」
「田中、今のは俺も同感だ」
「光希先輩まで!」

 また、冗談を止めるように遮っても場の雰囲気が重くならずテンポよく会話を紡ぐ彼らは皆楽しそうで、本当に仲が良いのだとそう感じる。
 
 けれど不思議と疎外感はない。

“光希が手を繋いでくれてるからかな?”

 この『内輪』感は、普通なら少し寂しく感じたとしてもおかしくはないのだろうが、手を繋ぎ物理的に輪の中にいるせいなのか彼らの楽しい時間に混ざっているような不思議な感覚だった。

 
「で、紹介してくれないんですかぁ?」
「紹介するために来たんだっつの。彼女は」
「あっ、木浦朱里です! これ、もしよろしければ皆さ……ちょっと光希……」

 突然話を振られてハッとした私は、気付けば何でもお会計を済ませてしまう光希に負けぬよう東京駅で唯一ごり押しでお会計をした手土産を彼らに差し出そうとし――繋いだ手を離してくれない光希をじとりと見る。

“片手でお土産渡すなんて出来ないでしょ!”

 流石にそんな失礼なことは出来ず、離してという気持ちを込めた視線を送るがわかっているのかいないのか、にこにこと笑みだけが返ってきた。

「えー、光希先輩って好きな子をからかうタイプなんだぁ!」
「好……っ」
「あ、お土産ありがとうございまぁす」
「あっ、えっと、どういたしまして」
「動揺してる、可愛い~」
「おい、朱里をからかっていいの俺だけなんだけど」
「認めたー!」

 あはは、と笑いが沸き起こり居たたまれないような、でも居心地は悪くないような複雑な気持ちになる。

 まるで新たなコミュニティに来た新人のような、そんな感覚。
 和気あいあいとしたこの雰囲気が、光希が大事にしていた空間。

 私に見せたいと思ってくれていた、インコネが産まれたそんな場所。


 もし今光希が手を繋いで輪の中に引き入れてくれていなかったら。
 もし彼らが光希にだけ笑顔を向けていたのなら。

 きっと私は疎外感を感じ寂しい気分になっていたかもしれない。

 けれど今、私は彼らの輪の中にいる。


“対面でしか友達登録出来ない反面、そのお陰で新参だったとしてもそのコミュニティにちゃんと入ったことが皆にわかる”

 この空間はまさにリアルのインコネだ。

 きっとインコネとは、部活やサークル、ゼミのようなまさに『仲間』が集まるためのそんな集合場所として作られたのだろう。

「そりゃ、最初のアプローチではフラれちゃうわね」
「えっ、彼女さんまで俺いじりっすか!?」
「へっ!? ちがっ」
「あはは、さっきの仕返しされてるんじゃなーい?」
「謝ったのにー!」

 どっと笑いが起きて、遅れて私までも吹き出してしまう。
 くすくすと笑っていると、ふと光希から視線を感じ顔をあげた。

「っ」

 見上げた先には、柔らかい見守るような光希の笑顔。

「ちゃんと、届いた?」
「……うん、ありがとう」

 あの時光希がくれようとした答え。
 そして今改めて受け取った彼の優しさ。

 私は少しでもこの胸に溢れる感謝が伝わるようにと願いながら、繋いだ手に力を込めて握り返したのだった。

 ◇◇◇

「この時間はいると思ったんだけどなぁ」

 あまり長時間お邪魔するのは、と研究室を後にした私たち。
 だが、光希にはまだお目当ての人がいたようで少し名残惜しそうにキョロキョロとした、そんな時だった。

「不二くん?」
「教授!」

 後ろから声をかけてきた年配の男性に、光希がパッと表情を明るくした。

“もしかしてこの方が光希の探していた人なのかしら”

「こんにちは!」
「あぁ。はは、そんなに深く頭を下げる必要はありませんよ」

 私が慌てて頭を下げると、少しおっとりした優しい声でそう告げられる。
 その言葉に従いそっと顔を上げると、声の通りの優しそうな笑顔が向けられていて私の緊張が少し緩んだ。

「ご無沙汰しています」
「元気そうで何よりだ、それに、いい出会いをしたのかな」
「はい、俺の運命の人ですよ」
「それはそれは」

 さらりと告げられた言葉に驚いた私とは対照に、どこか嬉しそうに頷いた教授が再び私へと視線を移す。

「またいつでもふたりで遊びに来なさいね」
「あ、ありがとうございます」

 残念ながら今日はあまり時間がないのだとそのまま去る教授を見送った私たち。

「優しそうな教授ね」
「いや、ただの鬼だよ」
「ただの鬼!?」

 教授の姿が見えなくなったとはいえ、まだ大学構内にいるというのにその光希の発言にギョッとしてしまう。

「そもそもインコネは、教授がびっくりするほど色んな課題とか発表テーマとかを出してくるからその情報を纏めるために作ったんだ」
「そ、そうだったんだ」

 研究テーマは学生が決めることがほとんどだと思っていたのだが、どうやら光希の入っていたゼミは大まかな課題やテーマを教授が決め、その中から何を抜粋し研究するかを学生個人個人で決める形式だったらしい。

 だがその大まかな課題やテーマがマイナーなところを突くことも少なくなく、研究内容や発表内容を絞るために資料を集めるのもかなり苦労したのだとか。

“だから学生たちそれぞれで片っ端から資料を集めて共有するアプリが出来たんだ……”

 とにかくかき集めた資料をそのアプリで全員に共有アップロードし、必要なものをそれぞれがダウンロードする。

 音声データや画像、文章、URL……様々な媒体を一気に共有出来るようにしていたのもそこに一因するのだろう。


「じゃあ、光希の一番の運命の人はあの教授だね?」
「え!」

 ふふ、と笑いながらそう言うと、光希が目を見開いてこっちを見る。

「だって、あの教授がいなかったらインコネはなかったってことだもの」
「それは……まぁ、確かに?」
「インコネが無かったら光希とも出会えなかったかもだし」
「でも、俺の運命の人は教授じゃなくて朱里がいいんだけど」

 少し拗ねたようにそんな可愛いことを言われ、思わずドキリと心臓が跳ねる。
 どうやら顔も赤くなってしまったのだろう、一瞬きょとんとした光希の顔がすぐにんまりと笑顔になった。

「かーわい」
「ちょ、からかわないでよ」
「可愛い彼女に可愛いって言ってるだけだけど」
「も、もうっ」
「この可愛さは、インコネで――」
「い、インコネで!?」

 重ねられた言葉に愕然とすると、一瞬何かを考え込んだ光希がくすりと笑みを溢す。

「いや、俺だけの独占にしとく」

 そしてそのまま、ちゅ、と額に口付けられた。

「ちょ!!」

 焦って周りを見回すが、流石に土曜日の夕方近いこの時間は人がおらずに安堵の息を吐く。

「もう、ここどこだと思ってるのよ」
「おでこだからいいじゃん」
「そういう問題じゃありません!」

 ムスッとして言うと、全く反省した様子無く口先だけで「はーい」と返事をした光希。

“嫌じゃなかったこと、絶対バレてる!”

 いつもより少し少年のようなのは、きっとここが彼のホームのひとつだからなのかもしれない。

 そしてそのホームに、私を紹介しようと連れてきてくれたことが何よりも嬉しかった。
 

「まだ予約の時間には少し早いし、ちょっと散策しながらお店行こっか」
「うん」

 光希の言葉に同意して歩き出す。

“私がまたここに来ることってあるのかしら”

 そんなことが頭を過り、そしてそんな考えを振り払うように顔を左右に軽く振る。

“きっとある”

 だってここはインコネが産まれた場所。
 そしてそのインコネの産みの親である光希が、私にとってもたった一人の運命の相手なのだから――
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

推しの妻になりました 〜アイドルと契約結婚〜

桐生桜
恋愛
 コンシェルジュ見習いの高階苺依には(たかしなめい)には、パート掛け持ちの母、受験生の弟、高校生の妹……支えるべき家族がいる。  そんな毎日の中、唯一の癒しはアイドルグループ『XENO』のTOMAだった。  ある日、勤務先のホテルで苺依は目を疑う光景に出くわす。  冷たい水を浴びせられている男性……慌ててタオルを持って追いかけると、振り返ったのは、あのTOMAだった。 「……余計なお節介なんだよ」  感動も束の間、TOMAの第一声は冷たい一言だった。  しかもエレベーターの扉が閉まり、気まずい密室に二人きり。  テレビで見せる王子様の笑顔など、どこにもない。  苺依のネームプレートを一瞥したTOMAは、温かいコーヒーを要求した。  そして思いもよらない言葉を告げられる。 「俺の婚約者になれ」  父親から押しつけられる縁談にうんざりしていたTOMAが目をつけたのは、ファンのくせに少しも遠慮しない苺依だった。  苺依はお金のために、その提案を承諾する。  こうして始まった、嘘だらけの夫婦生活。  でも共に過ごすうちに、仮面の裏に隠された「本当のTOMA」が少しずつ見えてきて……。  ニセモノだった婚約者が本物の愛に変わるまでのラブストーリー。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。