その寵愛、仮初めにつき!

春瀬湖子

文字の大きさ
6 / 31
第一章:仮初めの恋人

5.家に帰るまでは

しおりを挟む
「ね、帰る前にゆっこを連れて行きたいところがあるんだけど」

 にこりと微笑まれ、ドキリと心臓が跳ねる。
 それは彼の笑顔に対してなのか、『帰る前』という単語にだったのかはわからないけれど。

“人間界に帰るんだ”

 私は好きでこの世界に来たのではないのだから当たり前だ。
 愛着が湧くほど長い時間を過ごした訳でもないし、出来ればすぐにでも帰りたい。

 それなのに少しだけ寂しい気持ちになったのは、きっと目の前にいる彼から親しみを感じてしまったからで。

“それすらも仮初めなのかもしれないけれど”

 だが、私の中にも僅かにだが親愛の感情は生まれ、そしてそれは決して仮初めとは思えなかった。
 二度も助けられたからなのか、本当に心配してくれたからなのか――それともあの時抱き寄せられた腕が、声が、温かいと感じたからなのかはわならなくても、それでも。

“出会えたことが、少しだけ……嬉しいから”

「……うん」

 私が頷くと、目の前の彼もにこりと微笑みそのままゆっくりと手を引かれる。

 
「連れていきたい場所って、どこなの?」
「すぐそこだよ」

 手を引かれるがまま花畑の奥へと進むと、ほどなくして小さな湖がある場所へ辿り着いた。
 
「凄い……」

 思わずそんな言葉が私から漏れる。
 小さな湖では睡蓮が水面を彩り、眩いまでの月光を反射してキラキラと輝いていて。

「それだけじゃないよ? ほら、見て」
「え?」

 囁くようにそう告げたこんちゃんの指差す先へ目をやると、ふわふわと沢山の小さな光が飛んでいた。

「蛍?」
「いや、遊火っていうあやかしだよ」
「あそび、び?」
「そう。んー、ほらお墓の近くで火の玉とか見たことない?」
「ありませんけどっ!?」

 流石あやかしというかなんというか……、例えが途端にホラーになり思わずぎょっとしてしまう。
 そんな私が面白かったのか、ふはっと吹き出したこんちゃんは、くすくすと笑いながらまた視線を遊火へと戻した。

 ――この狐は思ったよりも笑い上戸らしい。


「遊火は人に危害を加えるようなあやかしじゃないよ。ただそこでふわふわと漂うだけ。お墓の例えに驚いたならクリスマスのイルミネーションみたいなものだと思って?」
「またそんな俗っぽい例えを……」

 情緒の欠片もないそんなやり取りに小さくため息が漏れるが、確かにイルミネーションだと思えば悪くはない。

“いや、蛍って例えで良かったと思うけど”

 どこかズレているこんちゃんに内心苦笑した私は、だが先ほど食べられかけたという恐怖なんてころっと忘れその美しい光景を暫く眺めていた。

 この光景は、きっと今しか見られないから。


「本当にありがとう」

 呟くように、だが心からの本音を彼に伝えるとこんちゃんが少し不思議そうな顔をする。

「ここで見たこの光景、忘れないよ」

 もちろんこんちゃんのことも、なんて言葉は恥ずかしくて口には出来なかったが、それでもこの感謝の気持ちが少しでも伝わるようにとそう口にした。


 何故かうっかり迷い込んでしまったこのあやかしの世界。
 
 お姉さんの結婚式の途中だからと一人で待っている時間がほとんどで、だからこんちゃんと過ごした時間は本当に短いものだった。

 その短い時間で何度も助けられ、そして私はまた彼の手を借りて自分の世界へと今から帰るのだ。

“こんなにしんみりした気持ちになるなんて”

 そんなことを思ったことを自分でも少し不思議に思いつつ、彼の着物の袖をそっと引く。

「帰ろっか」
「あぁ、そんな時間だね」

 私の言葉に、まるで一人言のようにそう返事をしたこんちゃんが私の手を再び握って。
 
 
 ――そして、にまっと口角を上げる。
 その彼の笑顔になんとなく嫌な予感を感じ――……


「あ、ゆっこの部屋は俺の部屋の隣にして貰ったから、何かあったらすぐに呼んでね」
「…………はっ!?」

 唖然とした私がぽかんと口を開けて彼の顔を見上げると、彼の赤い瞳が細まった。

「帰るんだよね?」
「帰るよ? 俺の家に」
「私の家、だよね?」
「ん? 結婚して俺の家をゆっこの家にしたいってこと?」
「違うけど!?」
「ゆっこってば、大胆だなぁ。でも恋人からの逆プロポーズはある意味男のロマンだから」
「恋人関係は仮初めだから!!」
「あはははっ」

“も、弄ばれてる……!?”

 笑いながら話を流され愕然とするが、だがここで流される訳にはいかない。
 何故なら私の人間界復帰がかかっているからで。

「……まさか、帰れない……とか?」

 その可能性に気付きぞっとした。
 そして私が青ざめたことに気付いたこんちゃんは、少しだけ眉尻を下げて。

「ゆっこのことは、ちゃんと俺が責任を持って元の世界へ帰すよ」

 そう口にする顔がどこか悲しそうに見え、思わず息を呑んでしまう。

「ただ、姉上があのまま皆で新婚旅行に行っちゃってさ」
「……え」
「皆が帰ってくるまで俺はこの場所を守らなきゃいけないんだよね」
「え、え?」
「だから、ゆっこを送ってあげられるのってまだ先になるんだよねぇ」

“それ、すぐには帰れないってこと……!?”

「あ、この世界と人間界の時間って捩れてるから、こっちに数日留まっても向こうでは数時間だよ」
「全然安心要素じゃありませんけど!!」

 まるで私を安心させるようにそんなことを口にされても、それは免罪符にはならないというもので。

 
「大丈夫大丈夫、ちゃーんと最後は帰してあげるって」
「最後は!? 言い方が不穏! 言い方が不穏だからッ!!」
「大丈夫大丈夫~」
「絶対絶対大丈夫じゃないやつーッ!!」


 どうやら私のあやかし界での生活は、これから始まるようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...