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第四章:可愛い恋敵
20.囁きの暗闇
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「怪我してない?」
「こんちゃんが受け止めてくれたから大丈夫……なんだけど、楓ちゃん、どうしちゃったんだろう」
ぽつりと溢すようにそう呟いた私に、こんちゃんの表情が曇る。
“?”
その様子に首を傾げていると、ゆっくりとこんちゃんが口を開いた。
「実は――」
◇◇◇
「優子、怪我してないといいのだけれど」
「飛べない天狗、ってお嬢様のことかな」
「!」
衝動的に突き飛ばしてしまった彼女のことを考えていると、突然後ろから声をかけられビクリと肩が跳ねる。
警戒しながら声の方へ振り向くと、そこに立っていたのは黒いスーツに少しくすんだ銀色のネクタイをした男性だった。
そして彼の頭には分厚いグレーの耳と、太い尻尾が揺れている。
「……失礼ね、私は烏天狗当主である、黒曜の娘。それをわかっていて口にしてるのかしら」
威嚇するようにその無礼な男を睨みつけると、まるで無害をアピールするかのように両手を広げ私との距離を少し詰めた。
「不快にさせたなら謝罪しましょう。ただ僕は人間界にまで流れる噂を確かめたかっただけなのです」
「人間界にまで……?」
その単語に思わずピクリと反応してしまう。
――『飛べない天狗』
それは紛れもなく私を指す言葉だったから。
“まだ子供だから、すぐに飛べるようになるってお父様もお母様も言ってくださるけど”
お父様やお母様が私くらいの時にはもう自由に飛んでいたと聞く。
そもそも天狗にとって空を飛ぶということは、自身の足で走るのと変わらないくらい当たり前の出来事だった。
念のため医師に見て貰ったが翼にも問題はないという。
それなのに、私がどれだけ羽ばたいても体が浮かぶことは一度もない。
それを誰も責めはしないけれど、当主の娘だからとかかるプレッシャーは大きく私を焦らせるには十分で。
だからこそ落ち込む私にこれ以上気にさせないよう、私がまだ飛べないということを知っているのは極少数の人数だと聞いていた。
“それなのに、何故人間界で噂なんかに!?”
偶然うっかり、そんな理由では人間界に噂は流れない。
だとすれば故意。
「そんな、なんで……」
わからない、わからない。
その得体の知れない悪意に思わず視界が滲む。
当主の娘がこの程度のことで泣くわけにはいかないのに、それでもこの不安と恐怖で涙が溢れた。
「可哀相に、小さなお嬢様。あんな人間ごときに貶められて」
「あんな人間?」
まるで誰が私に悪意を向けているのかを知っているかの口振りに思わずその男の方を見上げるが、何故だろう? 逆光のせいか、その男の顔がわからない。
ただ、上がった口角と薄く開けられた唇の隙間からやたらと鋭い牙だけが覗いているようで。
「妖狐の恋人」
「? 何を言っているのかわからないわ、あの女は」
「人間ですよ」
「……ッ、そんなはず」
クックと笑う声が耳に纏わりつき、堪らなく不安を掻き立てられる。
「アイツの妖術で妖狐に見せているだけです。あぁ、可哀相なお嬢様。慕う相手にも謀られていたなんて!」
“白様が、私を?”
そんなはずない。
――じゃあなんで噂が流れたの?
そもそもあの女が私が飛べないことを知る術なんてなかったもの。
――白さまなら知っていた。
第一彼女は妖狐だった。
――それすらも、嘘だった?
「信じられないなら、確かめてみましょう」
「たし、かめる……」
「『羽団扇』」
「!!」
その男が発したその単語に心臓が跳ねる。
羽団扇は、我が黒曜家の家宝であり烏天狗一族の象徴だ。
一族の中でも触れられる者は限られている。だが。
「お嬢様なら取ってこれるはずですね」
「それは……っ」
“確かに当主の娘である私なら、宝物庫の鍵の場所も知っているし家の中を自由に歩き回っていても違和感は少ないけれど”
「羽団扇で扇いでやるのです。本当に妖狐であれば突風程度は問題ありませんが、もし人間なら」
「簡単に飛ばされてしまう……?」
「えぇ、きっと一目でわかるでしょう。それに風を自由に操れる羽団扇を使えば、お嬢様が飛ぶことを補助してくれるかもしれませんね」
神通力を持つと言われる羽団扇。
初代烏天狗の当主であった大天狗様の羽で作られたその団扇は、一扇ぎすれば突風を起こし二扇ぎすれば竜巻を起こすという。
そして風を自在に操れるとされるその団扇なら、確かに上手く風に乗れず飛べない私でも飛ぶ感覚を掴めるかもしれない。
そう考えた私の喉がごくりと鳴る。
“確かに羽団扇さえあれば”
このいつも纏わりつく焦りから解消され、そして白さまの回りをうろつくあの女を排除できる。
この男が言うように本当に人間ならばただでは済まないと思うが、彼女だって私をバカにし悪意の噂を流したのだ。
それくらいしたって、きっと誰も怒らない――
「ただ、ちょっと扇いで驚かすだけだもの……」
「えぇ。お嬢様は何も悪くない。悪いのはあの狐と……そしてその狐を利用している人間の女ですよ」
「悪いのは、あの女……」
そう、だって私の白さまに纏わりつくあの女が、全てすべて、悪いんだから――
「こんちゃんが受け止めてくれたから大丈夫……なんだけど、楓ちゃん、どうしちゃったんだろう」
ぽつりと溢すようにそう呟いた私に、こんちゃんの表情が曇る。
“?”
その様子に首を傾げていると、ゆっくりとこんちゃんが口を開いた。
「実は――」
◇◇◇
「優子、怪我してないといいのだけれど」
「飛べない天狗、ってお嬢様のことかな」
「!」
衝動的に突き飛ばしてしまった彼女のことを考えていると、突然後ろから声をかけられビクリと肩が跳ねる。
警戒しながら声の方へ振り向くと、そこに立っていたのは黒いスーツに少しくすんだ銀色のネクタイをした男性だった。
そして彼の頭には分厚いグレーの耳と、太い尻尾が揺れている。
「……失礼ね、私は烏天狗当主である、黒曜の娘。それをわかっていて口にしてるのかしら」
威嚇するようにその無礼な男を睨みつけると、まるで無害をアピールするかのように両手を広げ私との距離を少し詰めた。
「不快にさせたなら謝罪しましょう。ただ僕は人間界にまで流れる噂を確かめたかっただけなのです」
「人間界にまで……?」
その単語に思わずピクリと反応してしまう。
――『飛べない天狗』
それは紛れもなく私を指す言葉だったから。
“まだ子供だから、すぐに飛べるようになるってお父様もお母様も言ってくださるけど”
お父様やお母様が私くらいの時にはもう自由に飛んでいたと聞く。
そもそも天狗にとって空を飛ぶということは、自身の足で走るのと変わらないくらい当たり前の出来事だった。
念のため医師に見て貰ったが翼にも問題はないという。
それなのに、私がどれだけ羽ばたいても体が浮かぶことは一度もない。
それを誰も責めはしないけれど、当主の娘だからとかかるプレッシャーは大きく私を焦らせるには十分で。
だからこそ落ち込む私にこれ以上気にさせないよう、私がまだ飛べないということを知っているのは極少数の人数だと聞いていた。
“それなのに、何故人間界で噂なんかに!?”
偶然うっかり、そんな理由では人間界に噂は流れない。
だとすれば故意。
「そんな、なんで……」
わからない、わからない。
その得体の知れない悪意に思わず視界が滲む。
当主の娘がこの程度のことで泣くわけにはいかないのに、それでもこの不安と恐怖で涙が溢れた。
「可哀相に、小さなお嬢様。あんな人間ごときに貶められて」
「あんな人間?」
まるで誰が私に悪意を向けているのかを知っているかの口振りに思わずその男の方を見上げるが、何故だろう? 逆光のせいか、その男の顔がわからない。
ただ、上がった口角と薄く開けられた唇の隙間からやたらと鋭い牙だけが覗いているようで。
「妖狐の恋人」
「? 何を言っているのかわからないわ、あの女は」
「人間ですよ」
「……ッ、そんなはず」
クックと笑う声が耳に纏わりつき、堪らなく不安を掻き立てられる。
「アイツの妖術で妖狐に見せているだけです。あぁ、可哀相なお嬢様。慕う相手にも謀られていたなんて!」
“白様が、私を?”
そんなはずない。
――じゃあなんで噂が流れたの?
そもそもあの女が私が飛べないことを知る術なんてなかったもの。
――白さまなら知っていた。
第一彼女は妖狐だった。
――それすらも、嘘だった?
「信じられないなら、確かめてみましょう」
「たし、かめる……」
「『羽団扇』」
「!!」
その男が発したその単語に心臓が跳ねる。
羽団扇は、我が黒曜家の家宝であり烏天狗一族の象徴だ。
一族の中でも触れられる者は限られている。だが。
「お嬢様なら取ってこれるはずですね」
「それは……っ」
“確かに当主の娘である私なら、宝物庫の鍵の場所も知っているし家の中を自由に歩き回っていても違和感は少ないけれど”
「羽団扇で扇いでやるのです。本当に妖狐であれば突風程度は問題ありませんが、もし人間なら」
「簡単に飛ばされてしまう……?」
「えぇ、きっと一目でわかるでしょう。それに風を自由に操れる羽団扇を使えば、お嬢様が飛ぶことを補助してくれるかもしれませんね」
神通力を持つと言われる羽団扇。
初代烏天狗の当主であった大天狗様の羽で作られたその団扇は、一扇ぎすれば突風を起こし二扇ぎすれば竜巻を起こすという。
そして風を自在に操れるとされるその団扇なら、確かに上手く風に乗れず飛べない私でも飛ぶ感覚を掴めるかもしれない。
そう考えた私の喉がごくりと鳴る。
“確かに羽団扇さえあれば”
このいつも纏わりつく焦りから解消され、そして白さまの回りをうろつくあの女を排除できる。
この男が言うように本当に人間ならばただでは済まないと思うが、彼女だって私をバカにし悪意の噂を流したのだ。
それくらいしたって、きっと誰も怒らない――
「ただ、ちょっと扇いで驚かすだけだもの……」
「えぇ。お嬢様は何も悪くない。悪いのはあの狐と……そしてその狐を利用している人間の女ですよ」
「悪いのは、あの女……」
そう、だって私の白さまに纏わりつくあの女が、全てすべて、悪いんだから――
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