21 / 31
第四章:可愛い恋敵
20.囁きの暗闇
しおりを挟む
「怪我してない?」
「こんちゃんが受け止めてくれたから大丈夫……なんだけど、楓ちゃん、どうしちゃったんだろう」
ぽつりと溢すようにそう呟いた私に、こんちゃんの表情が曇る。
“?”
その様子に首を傾げていると、ゆっくりとこんちゃんが口を開いた。
「実は――」
◇◇◇
「優子、怪我してないといいのだけれど」
「飛べない天狗、ってお嬢様のことかな」
「!」
衝動的に突き飛ばしてしまった彼女のことを考えていると、突然後ろから声をかけられビクリと肩が跳ねる。
警戒しながら声の方へ振り向くと、そこに立っていたのは黒いスーツに少しくすんだ銀色のネクタイをした男性だった。
そして彼の頭には分厚いグレーの耳と、太い尻尾が揺れている。
「……失礼ね、私は烏天狗当主である、黒曜の娘。それをわかっていて口にしてるのかしら」
威嚇するようにその無礼な男を睨みつけると、まるで無害をアピールするかのように両手を広げ私との距離を少し詰めた。
「不快にさせたなら謝罪しましょう。ただ僕は人間界にまで流れる噂を確かめたかっただけなのです」
「人間界にまで……?」
その単語に思わずピクリと反応してしまう。
――『飛べない天狗』
それは紛れもなく私を指す言葉だったから。
“まだ子供だから、すぐに飛べるようになるってお父様もお母様も言ってくださるけど”
お父様やお母様が私くらいの時にはもう自由に飛んでいたと聞く。
そもそも天狗にとって空を飛ぶということは、自身の足で走るのと変わらないくらい当たり前の出来事だった。
念のため医師に見て貰ったが翼にも問題はないという。
それなのに、私がどれだけ羽ばたいても体が浮かぶことは一度もない。
それを誰も責めはしないけれど、当主の娘だからとかかるプレッシャーは大きく私を焦らせるには十分で。
だからこそ落ち込む私にこれ以上気にさせないよう、私がまだ飛べないということを知っているのは極少数の人数だと聞いていた。
“それなのに、何故人間界で噂なんかに!?”
偶然うっかり、そんな理由では人間界に噂は流れない。
だとすれば故意。
「そんな、なんで……」
わからない、わからない。
その得体の知れない悪意に思わず視界が滲む。
当主の娘がこの程度のことで泣くわけにはいかないのに、それでもこの不安と恐怖で涙が溢れた。
「可哀相に、小さなお嬢様。あんな人間ごときに貶められて」
「あんな人間?」
まるで誰が私に悪意を向けているのかを知っているかの口振りに思わずその男の方を見上げるが、何故だろう? 逆光のせいか、その男の顔がわからない。
ただ、上がった口角と薄く開けられた唇の隙間からやたらと鋭い牙だけが覗いているようで。
「妖狐の恋人」
「? 何を言っているのかわからないわ、あの女は」
「人間ですよ」
「……ッ、そんなはず」
クックと笑う声が耳に纏わりつき、堪らなく不安を掻き立てられる。
「アイツの妖術で妖狐に見せているだけです。あぁ、可哀相なお嬢様。慕う相手にも謀られていたなんて!」
“白様が、私を?”
そんなはずない。
――じゃあなんで噂が流れたの?
そもそもあの女が私が飛べないことを知る術なんてなかったもの。
――白さまなら知っていた。
第一彼女は妖狐だった。
――それすらも、嘘だった?
「信じられないなら、確かめてみましょう」
「たし、かめる……」
「『羽団扇』」
「!!」
その男が発したその単語に心臓が跳ねる。
羽団扇は、我が黒曜家の家宝であり烏天狗一族の象徴だ。
一族の中でも触れられる者は限られている。だが。
「お嬢様なら取ってこれるはずですね」
「それは……っ」
“確かに当主の娘である私なら、宝物庫の鍵の場所も知っているし家の中を自由に歩き回っていても違和感は少ないけれど”
「羽団扇で扇いでやるのです。本当に妖狐であれば突風程度は問題ありませんが、もし人間なら」
「簡単に飛ばされてしまう……?」
「えぇ、きっと一目でわかるでしょう。それに風を自由に操れる羽団扇を使えば、お嬢様が飛ぶことを補助してくれるかもしれませんね」
神通力を持つと言われる羽団扇。
初代烏天狗の当主であった大天狗様の羽で作られたその団扇は、一扇ぎすれば突風を起こし二扇ぎすれば竜巻を起こすという。
そして風を自在に操れるとされるその団扇なら、確かに上手く風に乗れず飛べない私でも飛ぶ感覚を掴めるかもしれない。
そう考えた私の喉がごくりと鳴る。
“確かに羽団扇さえあれば”
このいつも纏わりつく焦りから解消され、そして白さまの回りをうろつくあの女を排除できる。
この男が言うように本当に人間ならばただでは済まないと思うが、彼女だって私をバカにし悪意の噂を流したのだ。
それくらいしたって、きっと誰も怒らない――
「ただ、ちょっと扇いで驚かすだけだもの……」
「えぇ。お嬢様は何も悪くない。悪いのはあの狐と……そしてその狐を利用している人間の女ですよ」
「悪いのは、あの女……」
そう、だって私の白さまに纏わりつくあの女が、全てすべて、悪いんだから――
「こんちゃんが受け止めてくれたから大丈夫……なんだけど、楓ちゃん、どうしちゃったんだろう」
ぽつりと溢すようにそう呟いた私に、こんちゃんの表情が曇る。
“?”
その様子に首を傾げていると、ゆっくりとこんちゃんが口を開いた。
「実は――」
◇◇◇
「優子、怪我してないといいのだけれど」
「飛べない天狗、ってお嬢様のことかな」
「!」
衝動的に突き飛ばしてしまった彼女のことを考えていると、突然後ろから声をかけられビクリと肩が跳ねる。
警戒しながら声の方へ振り向くと、そこに立っていたのは黒いスーツに少しくすんだ銀色のネクタイをした男性だった。
そして彼の頭には分厚いグレーの耳と、太い尻尾が揺れている。
「……失礼ね、私は烏天狗当主である、黒曜の娘。それをわかっていて口にしてるのかしら」
威嚇するようにその無礼な男を睨みつけると、まるで無害をアピールするかのように両手を広げ私との距離を少し詰めた。
「不快にさせたなら謝罪しましょう。ただ僕は人間界にまで流れる噂を確かめたかっただけなのです」
「人間界にまで……?」
その単語に思わずピクリと反応してしまう。
――『飛べない天狗』
それは紛れもなく私を指す言葉だったから。
“まだ子供だから、すぐに飛べるようになるってお父様もお母様も言ってくださるけど”
お父様やお母様が私くらいの時にはもう自由に飛んでいたと聞く。
そもそも天狗にとって空を飛ぶということは、自身の足で走るのと変わらないくらい当たり前の出来事だった。
念のため医師に見て貰ったが翼にも問題はないという。
それなのに、私がどれだけ羽ばたいても体が浮かぶことは一度もない。
それを誰も責めはしないけれど、当主の娘だからとかかるプレッシャーは大きく私を焦らせるには十分で。
だからこそ落ち込む私にこれ以上気にさせないよう、私がまだ飛べないということを知っているのは極少数の人数だと聞いていた。
“それなのに、何故人間界で噂なんかに!?”
偶然うっかり、そんな理由では人間界に噂は流れない。
だとすれば故意。
「そんな、なんで……」
わからない、わからない。
その得体の知れない悪意に思わず視界が滲む。
当主の娘がこの程度のことで泣くわけにはいかないのに、それでもこの不安と恐怖で涙が溢れた。
「可哀相に、小さなお嬢様。あんな人間ごときに貶められて」
「あんな人間?」
まるで誰が私に悪意を向けているのかを知っているかの口振りに思わずその男の方を見上げるが、何故だろう? 逆光のせいか、その男の顔がわからない。
ただ、上がった口角と薄く開けられた唇の隙間からやたらと鋭い牙だけが覗いているようで。
「妖狐の恋人」
「? 何を言っているのかわからないわ、あの女は」
「人間ですよ」
「……ッ、そんなはず」
クックと笑う声が耳に纏わりつき、堪らなく不安を掻き立てられる。
「アイツの妖術で妖狐に見せているだけです。あぁ、可哀相なお嬢様。慕う相手にも謀られていたなんて!」
“白様が、私を?”
そんなはずない。
――じゃあなんで噂が流れたの?
そもそもあの女が私が飛べないことを知る術なんてなかったもの。
――白さまなら知っていた。
第一彼女は妖狐だった。
――それすらも、嘘だった?
「信じられないなら、確かめてみましょう」
「たし、かめる……」
「『羽団扇』」
「!!」
その男が発したその単語に心臓が跳ねる。
羽団扇は、我が黒曜家の家宝であり烏天狗一族の象徴だ。
一族の中でも触れられる者は限られている。だが。
「お嬢様なら取ってこれるはずですね」
「それは……っ」
“確かに当主の娘である私なら、宝物庫の鍵の場所も知っているし家の中を自由に歩き回っていても違和感は少ないけれど”
「羽団扇で扇いでやるのです。本当に妖狐であれば突風程度は問題ありませんが、もし人間なら」
「簡単に飛ばされてしまう……?」
「えぇ、きっと一目でわかるでしょう。それに風を自由に操れる羽団扇を使えば、お嬢様が飛ぶことを補助してくれるかもしれませんね」
神通力を持つと言われる羽団扇。
初代烏天狗の当主であった大天狗様の羽で作られたその団扇は、一扇ぎすれば突風を起こし二扇ぎすれば竜巻を起こすという。
そして風を自在に操れるとされるその団扇なら、確かに上手く風に乗れず飛べない私でも飛ぶ感覚を掴めるかもしれない。
そう考えた私の喉がごくりと鳴る。
“確かに羽団扇さえあれば”
このいつも纏わりつく焦りから解消され、そして白さまの回りをうろつくあの女を排除できる。
この男が言うように本当に人間ならばただでは済まないと思うが、彼女だって私をバカにし悪意の噂を流したのだ。
それくらいしたって、きっと誰も怒らない――
「ただ、ちょっと扇いで驚かすだけだもの……」
「えぇ。お嬢様は何も悪くない。悪いのはあの狐と……そしてその狐を利用している人間の女ですよ」
「悪いのは、あの女……」
そう、だって私の白さまに纏わりつくあの女が、全てすべて、悪いんだから――
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる