【R18】「アナタを愛することはない」と言った私の大誤算

春瀬湖子

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最終章・全ての契約を破棄して

29.こんなはずじゃなかったの

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 ルカが正式に領主になってから半年。
 何しろ内情がぼろぼろだったせいで暫くは落ち着くことも出来ず、王都と領地を行ったり来たりしていたルカだったが何度か月を跨ぐ頃には段々と落ち着きはじめ、やっと一緒に過ごすことが出来るようになった頃。
 ルカから再婚の申し出をされ、そもそも離婚していない旨を告げた私は猛烈に後悔していた。

(一度離婚して再婚すれば良かったわ)

 もしルカの最初の申し出を受け、契約不履行で離婚していたのならそれに付随する契約も破棄されていたはずだ。
 だが今回は婚姻の続行。つまり契約も当初のもので続行ということである。

「……いやいや、別にそれでいいじゃない。契約通り別れればいいだけの話だし」

 ルカの両親の後始末に思ったよりも時間を取られたせいで、私たちが結婚という契約を結んでからもう一年。期間満了日がまさに目の前に迫っている。

 領主が代わったことで経営の方針も変わり、出ていった領民たちが全員ではないものの戻ってきてくれた。
 レーリヤ夫人も王都から引っ越して来てくれたし、何故かルカの親代わりだとゲルマンさんまで来てくれた。

 人が増えれば仕事も増え、活気も戻る。
 完全にストップしていたオパール事業も本格的に手をつけられるようになったし、そうなれば商団メルクスは安泰だ。

 このまま契約満了で離婚しても問題ないのである。
 問題ない、問題ないはず、なのだが。

「ライサ、この資料見て欲しいんだけど」
「わ、わぁっ!」
「? 忙しいタイミングだった?」
「全然大丈夫よ」

 ガチャッと開いた扉に慌てて背筋を伸ばす。
 なるべく平静を装いながら執務室のソファへと移動し腰掛けると、てっきり向かいに座ると思っていたルカが私の真横に腰を下ろした。

「……えっと、隣?」
「ダメ? こっちの方が書類見易いでしょ」
「そ、そうね。向かいだと書類の向きが反対になってしまうものね」

 離れる決心をした時自分の気持ちを自覚したせいか、今更だとわかっているのに隙間なく座るこの距離にすら落ち着かない。

「っていうか、本当に近すぎない?」
「そんなことないよ、だって書類は一枚しかないんだもん」
「それもそう、ね」

 服越しとはいえぴったりと引っ付いた太股。
 それに一枚の書類を見るという名目で私の肩に頬を乗せるようにして覗き込むルカの髪が私の耳に擦れてくすぐったい。

(本当にこの距離感あってるのかしら)

 意識してしまっているせいで顔がじわりと熱くなる。
 こんなはずじゃない、こんなはずじゃなかったのに。

「あれ、ライサ顔が赤くなってるよ? 可愛い」
「!」

 くすりと笑ったルカがちゅ、と頬に口づけをひとつ。
 しかも顔が赤いと指摘されたことで一気に羞恥心を刺激された私は書類を引ったくるようにして立ち上がった。

「これは! 後で見ておくからっ!」
「あはは。もっとすごいこと何回もしてるのになぁ」
「こんな真っ昼間から変なこと言わないで!」
「じゃあ夜にまた言うね? 楽しみにしてて」
「そ、そういうことを言ってるんじゃ……」
「ルカ様、領民からの謁見が入ってます」
「あぁ。すぐ行く」

 完全にからかうモードに入っていたルカを睨みつつ文句を言おうとするが、タイミング良くジーナが謁見を知らせに来たせいでうやむやになってしまう。

「じゃあライサ、また夜にね」
「……っ、いってらっしゃい」
「はい。いってきます」

 腹立たしい。私の反応を見て楽しんでいるルカが堪らなく腹立たしいが、お見送りの挨拶ひとつで破顔して喜ばれると怒るに怒れない。
 これは絶対――

「絆されてますね」
「言わないで!」

 冷静に観察するように私たちの様子を見ていたジーナがポツリとそう告げ、私はワアッと顔を覆い机に突っ伏した。

 こんな、こんなはずじゃなかったのだ。
 ルカの出て行った執務室で、机に突っ伏したまま今度は頭を抱える。

 父から出された条件のために仕方なくした結婚だった。
 恋愛なんて煩わしいだけで、だからこそ「愛する気はない」とそう断言した。
 契約を守ってくれるならば他所で恋人でもなんでも作って構わないと心からそう思っていた。
 そう思っていた、はずだった。

 そんな私の目の前にあるのは、結婚時に密かに交わした契約書。

「もうすぐ期間満了しちゃうわ」
「延長を申し出てみては?」
「無理よ」
「そうでしょうか? 無期限での延期に二つ返事で頷いてくださると思いますが」

 適当なことを言うジーナの言葉を聞き流しはぁっと大きなため息を吐く。
 
(せめて恋愛項目の『私以外』という部分が消せれば動きようもあったのに)

 それもこれも、いちいち思わせぶりな夫が悪い。
 私に触れる手が宝物に触れるみたいに優しい夫が悪い。
 口づけた後の眼差しが甘い夫が悪い。

 責任転嫁だとわかっているけれど、格好良すぎる夫が何もかも悪い。

 さっきだって何なんだ。しれっと頬に口づけるだなんて本当に愛し合う夫婦のようではないか。
 一方通行の想いを抱えている私をそうやって惑わせるなんて彼はなんて罪深いのだろう。

(いっそ私に惚れさせようって思ったこともあったけど)

 ルカが忙しく王都と領地を行き来していたせいで、この半年はほぼ時間が取れなかったのだ。
 惚れさせるどころではなく完全にすれ違い生活。

「もう、どうしてこうなっちゃったの……」

 契約期間満了までもう数日しかないのに、今更離婚したくないだなんてどの口が言えるのか。
 いっそ心も体も全て暴かれた責任を取れと迫ってやりたいところだが、私のプライドが邪魔をして動けずにいる。

 領地が活気づいてきている今、その地盤を確固たるものにする資金は私からの報奨金という名の離婚の慰謝料で賄うつもりだろう。
 それに私の方だって自身の商団を立ち上げ軌道に乗せた。
 全てが計画通りだからこそ、まさに八方塞がりというやつだ。

「本当にこんなはずじゃなかったの」
「そうでしょうか」
「というか、ルカがなんだか甘いと思わない? 最近さっきみたいなスキンシップがより増えたのよ!」
「暫く忙しくてお会いできていなかったんです、そうなっても仕方ないでしょう」
「仕方なくないのよ!」

 わぁっと嘆く私をじっと見ていたジーナが、ふと何かを思いついたように手を叩く。
 そしてにこりと微笑んだ。

「そんなに離婚したくないのなら、新しい商談を持ちかけられてみてはいかがですか?」
「新しい商談?」
「現在の契約をよりよい契約で更新するんです」
「よりよい契約で……」

 確かにジーナの案にも一理ある。
 契約満了するより契約更新を選ぶ方がメリットがあるならば、あえて離婚する必要はない。
 私はこれでも商人なのだ。ならばそういった契約のひとつやふたつ結ぶくらいお手の物だろう。

「べ、別に離婚したくない訳じゃないんだけど。でもよりよい契約があるならそういうのも悪くないって思っただけなんだから」
「今更何の言い訳ですか」
「別に言い訳とかじゃないけど!」

 でも、より良い契約ならば仕方ない。

「新しい契約、考えてみるわ」

 私はもはやなけなしとなってしまったプライドを精一杯高く積み、気恥ずかしさからフンッと顔を背けたのだった。
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