【R18】「アナタを愛することはない」と言った私の大誤算

春瀬湖子

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最終章・全ての契約を破棄して

30.契約なんて、最初から

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 より良い契約での更新。
 ジーナの提案を採用した私は早速その契約内容を考えていた。

「そもそも最初の契約は基本的に満了時のメリットが大きいのよね」

 もちろん必要なものは随時こちらで補充するという契約ではあったものの、ルカから要求されたことはない。
 王都にいた彼のご両親が敏感に嗅ぎつけて搾取していくから避けていたのだろう。そして両親を排除した後に要求されるのかと思いきやそれもない。
 ルカが新領主となり経営が正しく回り始めたことで少しずつだが利益が上がり始めたからだ。

(つまりこの契約でのルカのメリットは離婚の慰謝料という建前で支払われる契約満了の追加報酬だけなのよ)

 ならば契約続行する方が得をする契約内容を考えればいい。
 そう考えた私はペンを持ってうぅんと唸った。

「現状契約なら報酬は一回しか受け取れないから、同金額を毎年受け取れるようにすればいいわね」

 毎年契約更新という少し面倒な形にはなるが、それは事前申し出がなければ自動更新するという文言を付け加えれば解決だ。
 外から見れば少し歪な夫婦関係に見えるかもしれないが、妻が使うお金を年間予算として事前に組み込み計算している家だってあるし、それと同じだと考えれば特別おかしくもないだろう。

「あと、商団に利益が出る度にマージンを支払う項目も足せばいいわね。元々この領地を借りて商売させて貰ってるんだから払うのは当たり前だし、少し色を乗せときましょう」

 これなら流石に最初の契約より新しい契約の方がいいと思ってもらえる。
 そう確信した私はこの新しく作成した契約書を大事に抱え、早速ルカの元へと向かうことにした。の、だが。
 
「ごめんね、その契約は結べないかな」
「え……!?」

 少し眉尻を下げ、困ったように笑ったルカ。
 まさか断られるだなんて思っていなかった私は唖然とする。

「でもこっちの契約の方がルカにとってより良い契約で……!」
「いいかどうかは僕が決めるんじゃない?」

 それはもっともな主張だった。

(そうよ、私が決めることじゃないわ)

 商人として一番口にすべきではない言葉を口走ってしまったことにショックを受ける。
 こんな初歩的なことすら忘れてしまっていた自分に泣きたくなった。

「だから恋なんて邪魔だったのよ……」

 苦笑混じりに溢れた言葉はルカに聞こえてしまっただろうか。
 その確認すらせず私は書類を持って立ち上がった。

「ライサ?」
「……契約を破棄しましょう」
「え?」
「当初払う話になっていた金額と、一方的に終わらせることの慰謝料も払うわ」
「ちょっと待っ」

 恥ずかしい。
 悲しい。
 そして虚しい。

 言い表せないぐるぐるとした重苦しい感情が胸に溢れ、どろりと纏わりつくようだった。

「今までありがとう。最後まで振り回してしまってごめんなさい」

 それはほぼ言い逃げで、それだけなんとか伝えて扉を出る。
 徐々に速度をあげ、私は転びそうになりながら屋敷を飛び出した。

 行きたい場所なんてわからない、どこに向かっているのかもわからない。
 それでも今はただどこかに行きたくて仕方なかった。

(ばか、ばか! 本当に私のばか!)

 きっと昔は美しかっただろう侯爵家の庭園。花なんてもうひとつもないこの庭園を駆けていた時だった。

「ライサ!」

 パシッ、と追いかけてきたルカに手を掴まれる。

「ちょっと話をしよう」

 無茶苦茶なことを言って逃げた私にも相変わらず怒らず、柔らかい声でそう声をかけてくれるが彼の方は振り返れなかった。

「話はさっきので以上よ」
「でも」
「でもとかないの。……私が、契約違反をしたの」
「違反?」

 私の言葉に怪訝そうな声を出したルカ。
 手をしっかり握られたままなので動くに動けない。

「そう、違反」

 私が先に言い出したことだった。
 恋愛なんていらないと、邪魔なだけだから勝手に他所で好きな人でも作ってくれと。

『愛さない』なんて宣言したのは私なのに、こんな大誤算が最後に待っているだなんて思わなかったが、それもこれも全て自業自得だから。

 はぁ、と小さくため息を吐いた私は、泣いてしまわないようぐっと気合いを入れて振り向いた。
 自分のやらかしを自分でちゃんと責任取るために。

「好きになっちゃったの。ルカに愛さないでなんて偉そうに言ったくせに、ね。だから私の契約違反よ、契約は破棄。ちゃんと慰謝料は……ひゃっ!?」

 なるべく平然と見えるようにと願いながら口にする。だがその言葉を最後まで言い切ることなく、気付けば抱き締められていた。

「え……?」

 ぎゅうぎゅうと少し苦しいくらい強く抱き締められて唖然とする。
 私は今、彼に契約違反をしたと報告したはずだったのに。

(どういうこと?)

 ぽかんとしているとふっと抱き締める腕が緩み、自由が戻る。
 今のは何だったんだろうという答えを私が見つける前に、ルカがその場で跪いた。

「契約違反なんて可愛いものだよ。だって僕は最初から契約の条件に当てはまってなかったんだから」
「契約の、条件?」
「君から契約を持ちかけられる前から好きだった。愛さないなんて無理だよ、だって既に愛してたんだから」
「愛して、た?」

 言われている内容が理解できず、呆然としながら彼を見つめていると、少し気恥ずかしそうにルカが笑う。

「ずっと、これからも、君だけを愛してる。契約が最初から成立してなかったんだからそもそも破棄なんてないよね」
「それは」
「これでやっとひとりの男としてライサに求婚できると思っていたんだけど、頷いてはくれない?」

 わざとらしく小首を傾げたルカに促されるように小さく頷く。

「そういうことなら、契約は……不成立だわ」
「うん」
「破棄じゃなくて、最初から不成立」
「そうだね」

 確認するようにそう口にすると、私の手を握るルカの手の力が一瞬強くなった。

「……最初から、改めて言わせて欲しい。君のことを愛してる。だから僕と、本当の夫婦になって欲しい」

 何もない寂れた庭園。
 それなのにどうしてだろう。

「はい」

 自然とそんな言葉が溢れ落ちる。
 その言葉を拾うように立ち上がったルカが私の手を軽く引くと、簡単にバランスを崩した私は再び彼の腕の中にいた。

 ドクドクと激しく跳ねている鼓動は私のものなのか、それともルカのものなのか。

(温かいわ)

 心地好いこの瞬間に身を任せ、どちらともなくふたりの唇が重なった。

 目蓋を閉じたはずなのに、私は何故か色鮮やかな光の中にいるような、そんな気がしたのだった。

 ◇◇◇

「これも女神様の導きなのかな」

 ふたりのベッドで横になっているルカがくすくすと笑う。

(特に何も変わらないわね)

 契約が最初から不成立だったとしても、私たちが既に婚姻しているのは事実。
 けれど、今日からは名実共に本物の夫婦なのだと思うと落ち着かない。

「女神様、信じてたっけ?」

 アルマリアは女神信仰の国のため結婚式でも誓うのは女神様である。
 だが全員が熱心に信仰しているかと聞かれればそれは疑問で、そしてルカはそういう風に見えていなかった。

「いや、全然」

 そして案の定返ってきたその返しに吹き出してしまう。

「ルカってば」
「だって僕の女神はライサだから」
「な、うっ」
「僕が信じているのはライサなんだ、当然じゃない?」
「当然じゃないわよ!」

 からかいまじりのその口調に唇を尖らせて文句を言う。
 バチが当たるわよ、なんて口先だけで注意しながらも、好きな人にそう言われるのは悪い気はしなかった。

 商団の書類全てにサインを終え今日の仕事を片付ける。
 彼の待つベッドまで行くと、ルカがベッドの上で上半身を起こした。

「ライサだって、商団が順調なのは自分の力だって思うタイプでしょ?」
「当たり前よ。私が努力した結果だもの、信仰心のおかげだなんて言われたらたまらないわ」

 フンッとそう鼻を鳴らして宣言すると、ははっと大きく笑ったルカが両手を広げたので促されるように彼の腕の中へと飛び込む。

「あぁ。ライサが成功するのはライサの力だし、これからは僕もそんなライサの力になりたいな」
「あら。私にばかりいい条件ね? その契約、成立するのかしら?」
「僕の女神はライサだって言ったでしょ」

 ぎゅ、と私の背中にルカの腕が回り強く抱きしめられる。
 私の体を抱きしめたままくるりと転がるように体勢を変えられ、気付けば私はルカに組み敷かれ彼をベッドで見上げていた。
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