【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった

春瀬湖子

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2.すっぽかしても、いいわよね?

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「あーっ、疲れた!」

 式の後はフラスキーニ伯爵家へと移動し、案内されたのは私個人の部屋である。

「まぁ、立派な部屋ですね」

 リルクヴィスト家からそのまま私の侍女として来てくれたクラーラが感心したように部屋を見渡す。
 そんな彼女の真似をしてぐるりと部屋を見た私は、部屋の奥にとても大きなベッドがあることに気が付いた。

“ここに、ベッド……”

 夫婦の寝室は別にあると説明されたものの、私に用意された部屋に設置されたそのベッドを見てなるほど、と頷いた私はドレスのままぼすんと飛び込む。

「ちょ、リネア様!」
「ん、いいじゃんいいじゃん」

 そのままごろりと寝転がるとふかふかのベッドが疲れた体に心地良い。


“ここにベッドがあるってことは、夫婦の寝室へ行かなくても寝られるってことね”

 そしてそれは逆に言えば夫婦の寝室へは来るな、とも捉えられる。

「もしかしてロベルトの想い人って未亡人じゃなくてこの家のメイドとかだったのかしら?」

 身分差のせいで結婚出来ず、だが嫡男であるロベルトは結婚する必要に迫られて今回のお飾り婚に繋がったのかもしれない。

 
「バカなことを言ってないで、着替えますよ! これから初夜なんです。身も清めなくちゃですし、夜着だってレースいっぱいの……」
「んー」

 張り切っているクラーラを眺めながら私はのろのろと上半身だけ起き上がって。

 
「初夜はすっぽかすわ」

 うんうんと何度も頷きながらそう断言すると、愕然としたクラーラがあんぐりと口を開ける。

「……は?」
「だから、すっぽかすわ。初夜」
「初夜をすっぽかすのは大事故すぎませんか」

“でも、夫婦の寝室に行ってもいないだろうし”

 私たちはいわば利害一致のお飾り婚。
 与えられた部屋に寝室まで完備しているのだから尚更私が夫婦の寝室に行く必要性は感じない。

 それどころか万が一噂の想い人とロベルトが一緒にいたら……と考えると、それこそ大事故にも程がある。

「うん、やっぱりすっぽかすのが正解よ! クラーラ、夜着はふっわふわで暖かさを重視したものを出して」
「すっけすけのレースでエロさを重視されません?」
「それは暖炉に放り込んで」

 おそらく張り切って用意してくれていただろう夜着を少し惜しみながら片付けたクラーラが、渋々希望通りの暖かい夜着を出してくれる。
 

“よし、お飾りの私はこのままふかふかのベッドでごろごろして毎日過ごそう……!”


 ――なんて、そんなことを思いながらその晩は私室のベッドで眠りに落ちたのだった。



「ん、んん……眩し……」

 シャッとカーテンが開かれ太陽の光が目に痛い。
 もぞもぞと上掛けを引き上げ頭まですっぽりと被った私は、手だけを外に出して眩しい方向を指差す。

 
「クラーラ、二度寝したい……カーテン閉めてぇ」
「二度寝させてやりたいが、それは俺との話し合い後にしてくれ」
「!!!」

 はぁ、とため息混じりで紡がれる少し低い声にギョッとした私は思い切りガバッとベッドから起き上がる。

 じわりと冷や汗を滲ませた私が顔をあげると、そこにいたのはもちろんクラーラではなく、昨日結婚したロベルトだった。


「な、なんで?」
「それはこっちの台詞なんだが」

 むすっとした表情のロベルトが私をじっと見下ろし、そしてすぐに眉尻を下げてベッドへと腰掛けた。

 
「体調が悪いのか? 疲れていただけならいいんだが」

 その心配した様子を少し不思議に思いながら、だが怒っている訳ではなさそうなその表情にホッとする。


「確かに昨日は疲れていたけど、ぐっすり寝たから今日は大丈夫よ」
「そ、そうか。なら今晩は……」
「えぇ! ちゃーんと今晩も、この部屋で寝るから安心して欲しいわ!」

 邪魔しないから安心して欲しいと、しっかりハッキリ寝る場所を明言した、つもりだったのだが。

 
「……は?」
「……へ?」

 心配そうに下がった眉尻がグンッと吊り上がり、私の肩がビクッと跳ねた。
 

「……俺たちは昨日結婚したんじゃなかったか」
「そ、ソウデスネ」
「疲れが取れた今晩も拒否する理由を聞いてもいいか?」
「拒否する理由?」

“え、すっぽかしたから怒ってるの?”

 むしろお飾りの妻が夜に干渉しないと言っているのだから喜ばれそうなものなのに、と怪訝に思った私は今度こそちゃんと伝わるようにと深呼吸をしてから再び口を開いた。


「ロベルトが夜、誰を寝室に連れ込んでも問題がないよう夜はここで寝るわ。だって私はお飾りの妻なんでしょう?」
「お、飾りの、妻……!?」
「えぇ。婚約期間自体が短かったとはいえ、一度も会いに来なかったじゃない」
「それはっ、……確かにそれは悪かった。だが手紙で弁明は送ったし、結婚した後にゆっくりリネアと過ごせるように仕事を前倒してめちゃくちゃ詰めたからで」
「……へ?」

 どこかばつが悪そうにしどろもどろにそう言ったロベルトにぽかんとする。

「だ、大体寝室にリネア以外の誰を連れ込めって言うんだ。そもそもお飾りってなんだ?」
「え、え? だからその、想い人と結ばれないから私と結婚したんじゃないの? ほら、私ずっと行き遅れてたしお互いの利害が一致して」
「はぁ!? 想い人ってだから誰のことを言ってるんだ」
「えぇえ?」

“ちょ、ちょっとクラーラ!? 噂の信憑性どこなのよ!”

 絶妙に話がすれ違っていてハテナが頭上に浮かぶ。
 ここまで断言するということは、本当にロベルトには結婚できない事情のある恋人なんていないのかも、なんて思い始めた時だった。


「……不本意だが、まぁ、いい。もう結婚したしな。とりあえずリネアは俺たちの婚姻が政略結婚だと思っていたってことだな?」
「ま、まぁ、そうね」
「俺も貴族の一員だ、最初から想いが伴わない結婚があることも理解している」

 ふぅ、と大きく息を吐きながらそう言ったロベルトは、キッと眉をひそめ私をジロリと睨む。

「ならば政略結婚らしく互いに尊重し側にいることが当たり前だと思えるよう愛を育むぞ!」
「政略結婚ってお互い干渉しないよう最低限の礼儀を持って過ごす結婚じゃないの!?」
「これがフラスキーニ家の政略結婚だ。今巷で流行っている!」
「巷ってどこなの!? なんか私の知ってる政略結婚じゃないんだけど!」

 捲し立てるようにそう言われ愕然とした私だったが、そういう政略結婚があってもおかしくないのは確か。

“噂の想い人との子供を跡継ぎにするのかと思っていたけど”

 ロベルトの言葉を信じ恋人がいないのであれば、結婚した以上跡継ぎを産むのは必然的に私だということになる訳で。

「わかったわ」

 大きく頷いた私は、そのままバタンとベッドに仰向けに転がり大の字になる。
 そして突然寝転がった私に唖然としたロベルトへ向かって私は右手を握りグッと親指を立てた。

 
「痛くないように突っ込んでね!」
「………………」
「さぁ種付けしちゃって!」
「………………」
「カモンカモン!」

 ニッと笑顔を向けると、唖然としていた顔が気付けば愕然としたものに変わり、そしてあっという間に虚無へと変わった。
 
「……ノーカモンだ」
「そ、そのようね」

“ダメだったか”

 流石にその表情で察した私はのろのろと起き上がり、ベッドに腰掛けているロベルトの隣へ座り直す。

 ぼんやりと二人で並んで座っていると、そっと私の手にロベルトが自身の手を重ねてきて。

「今日から暫く休みだから」
「仕事、詰めたって言ってたものね」
「だから愛を育む努力をしてくれないか」
「……うん」

“こんな予定じゃなかったんだけど”

 親からの圧に、申込んだのはそっちのくせに断ってくる求婚者たち。
 そんな彼らから救ってくれたロベルトの便利なお飾りの妻になるつもりだった。

 けれど重ねられたその手がわずかに震えていることに気付いてしまった今、お飾りだとか言っている場合ではないのかもしれない。


“何よりロベルトの手が温かいから”

 私はお飾りの妻改め、愛され妻というやつなのだろうか。
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