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第三章・我が儘お嬢様
紅いマントの少年
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グラウリー:呪われた山を攻略した斧戦士
ラヴィ:女性鍛治師
バニング:元暗殺者。ラヴィから日輪を譲り受けた。
マチス:老練な槍使い。謎の経歴を持つ。
トム:小柄な商人。マチスと気が合う。
ギマル:北の戦闘民族出身の斧戦士
トッティ:若い鈍器使い
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
エイジ:かつて風の都で修行した蒼の魔導師
*
23
リドルト邸――。
「よく――よくぞ秘宝を持ち帰って…くださった――」
リドルトは震える声で言いながらグラウリーが机の上に置いた中くらいの箱を食い入るように見た。
でっぷりと肥え太った手が、ゆっくりと箱に伸ばされる。
箱を開けると眼には見えぬ確かな波動が微かに駆け抜けて、ランプの明かりの下に水晶球と蒼い石がさらされるのだった。
「す…素晴らしい…――」
言葉にならぬといった様子で、ようやっとリドルトはそれだけ言った。
「この輝き!艶――まさに真の秘宝であるに違いありませんな!ティルナノーグの皆さんにお願いしてよかった……あなた達の力は本物だっ!」
鼻息荒くリドルトは言った。だが幾人かのメンバーは興味なさげにてんで違う方を見たり、何か考え事をしていたりしていた。
彼等にとって依頼を完遂するという事は命を懸けるだけの価値があるに違いなかったが、依頼を受けてから報酬を受けるまでというプロセスのどこに重きを置くかは、個々人によってバラバラであったのだ。
世界の謎を解き明かすという事、それ自体に興味を持つ者もいたし、依頼を遂行するという、一点のみの職人気質を持つ者もいた。また報酬を受ける事に無類の安堵感、嬉しさを感じる現実主義者も当然いたのだった。
「報酬はギルドの方にきちんと納めますぞ――この秘宝を持ち帰って下さったのなら、いくら出しても惜しくないですわい」
「よろしくお願いしますね」
トムが眼鏡をずり上げながら言った。仕事を一つ達成した時に見せる、敏腕商人らしい、手抜かりはないですよ。という自信に満ちた顔。それでいて取引相手を決して不快にさせない、嬉しそうではあるが嫌味のない顔(一流の商人には必須の顔)をしてみせた。
「それでは皆さん、今日は私どもの館の方にささやかながら宴の仕度と、寝台の用意ができていますのでごゆるりと休息を取って――」
「――あのう……リドルトさん…実は――頼み……が――」
リドルトが隣の広間に通じるドアの方に手を指し示した時、ラヴィが何かを言いかけた。
そして、それと時を同じくして廊下をばたばたと走る音が聞こえ、ドーンという衝撃音と共に、何者かの黒い影が飛び込んできたのだった。
「ちょっと待ってええぇぇぇえっ!!」
影は彼等の眼の前でごろごろと転がると、ソファの側面にしたたかに体をぶつけて止まった!
「あ…――あたたたた……ううっ…」
それは小柄な少年だった。居合わせた者達に背を向け、頭や肩をさすりながらよろよろと立ち上がる。
紅いマントに包まれた肩幅はやけに小さく、体をさする手を包む手袋もまた、紅い革だった。彼は後ろに流した明るい金髪を首の後ろで手にかけると、それをフワッとはらった。少し恥ずかしげに振り向いた彼の顔を見て、一同は驚いた。
彼は――少年ではなく――少女であった。
「ベ、ベル!」
リドルトが唖然とした表情で呟いた。
「伯父さん、久しぶり」
ベルと呼ばれた少女は、少し照れくさそうな、ばつの悪そうな顔をしながらリドルトに挨拶した。
「知り合いですか?」
「私の弟の娘――姪です」トムの問いにリドルトが答える。
「今日はお願いがあって来たの!伯父さん!」
ベルはそう言うとつかつかとリドルトの方に駆け寄り、今にもリドルトを倒さんばかりのがぶりよりをしたのだった。
「な、なんだベル……欲しいものがあるなら、ジルに頼めばいいだろうに」
「違うの!そんなんじゃないのよ!」
ベルは必至な形相をしながらリドルトの襟をしめあげんばかりだった。苦しそうなリドルトの顔にたちまち脂汗が浮かぶ。
「く、くる……しい…」
「まあ、まあ」トムが仲裁に入ると、リドルトはのどを押さえて咳をした。
「――ゴホッ、相変わらずの…馬鹿力だ…な…」
「聞いて伯父さん!お父様が、お父様が原因不明の高熱を出して倒れたのよっ!」
「――な、何?ジルが……?」
「そうなの!もう三週間前になるの!ある日突然……まるで今にもこときれてしまいそうな土気色の顔をして――おお――!嫌よ、こんな事、考えたくもないのに!」
「い、医者に見せればいいじゃないか――」
そうリドルトが言った途端――張り詰めていたものが切れたように、紅いマントをまとった少女は大粒の涙をそのエメラルド色の瞳に浮かべたのだった。
「見せたわよ!トールズ一の名医と言われる医者にも見せた。ベルクフリートで高名だという医者にも見てもらった。だけど誰一人として原因が何なのか、どうすれば治るのかわかる人はいなかった!日に日にやつれてゆくお父様を見ていて、何とかしようと色々な所を駆けずり回っている間に私聞いたの!伯父さんがバルティモナの秘宝の奪取を目論んでいるという事を!」
「ど、どこでそんな事を――」
「バルティモナの秘宝っていうのは、一説によれば生命力を司る秘宝だっていうじゃないの!――だからわたし…」
「――まさか、頼みっていうのは――」
「そうなの!伯父さん、秘宝取ってこれたの?――だったら、わたしにそれを貸してよ!」
「馬――」
そう言いかけた時――。
「へっへ。リドルトさんよぉ、いいじゃねえか。バルティモナの秘宝とやらを貸してやってくださいよ」
いつの間にか部屋の入り口にもたれるようにして立っている二人の男。
皮の鎧を着込んだその体はほどほどに筋肉がついている。浅黒く日焼けした肌、無数の切り傷の痕を見れば一目でなにがしかの戦士だと知れる。
だがその男達の眼はどこかずるそうな光をたたえていて――人を見下したような、馬鹿にしたような雰囲気は漂わせてはいるけれど、一流の戦士が身にまとうような、常に周りの味方には安堵感を与え、敵には迂闊に切り込めぬ気迫やオーラといったものは全くみることはできなかった。
「誰だ、そいつらは――ベル」
「へっへっへ。おいら達はこのベルさんに雇われた傭兵でしてね。なにせこんな女の子の一人旅は危険だ」二人組みのうちの一人のスキンヘッドの戦士がにやにやしながら答える。
「ベルクフリートの酒場で情報を集めている時に雇ったの」
「馬鹿な」リドルトはベルの疑いを持たぬ顔を見、そして二人組みの男達を見、最後にティルナノーグの面々を見やった。その顔には幾分不安げな表情が浮かんでいる。
ならず者――。彼は言外にそう言おうとしていた。それは豪商として幾多もの人間を見てきた彼の洞察眼とも言うべきもの。
使い切れぬほどの金を稼ぎ、肥え、そして各地の秘宝を集める事だけが人生の喜びとなってしまった今でも、この眼力、目利きだけは衰えを知らぬ。
その眼が瞬時に姪を騙して金を巻き上げようと、最悪旅の途中でベルを殺して金品を強奪しかねない悪党なのだと見抜いたのだった。
「傭兵か――よく言うな。お前等、この娘を騙してんだろ?」
人を見下した顔では彼等に引けを取らぬ、エイジがニヤニヤしながら言った。
「な、何だと!テメエッ!」
二人組みは突然真っ赤になって腰の得物に剣をかけると――。
「フッ、じゃあその傭兵とやらの腕前、見せてみろよ。本当にこの娘を守れるのかどうかをな」
「ッテメエ、殺す!」二人の男は鞘から剣を抜き放った。
「ちょ、ちょっとぉ!」ベルが抗議の声を挙げるが、エイジは聞く耳を持たぬ。
「エイジって無駄な事するんだねえ、まあ別にいいけど、頑張ってよ」トッティがこともなげな顔をしてエイジを見やる。
「馬鹿、お前がやるんだよ」
「は?」トッティは怪訝な顔をした。
「俺様があんなのとやる必要ねーだろ。お前一人で十分だ。さあ行ってこいよ――はっはっは!手前ら、本性を現しやがったな!コイツが相手だぜ!表出な!」
「勝手に決めるなぁぁあ!!」絶叫がこだました。
「なに、どっこいやっこさんらやる気みたいだぜ。ホレ、お前も表に出ろよ」
エイジが指差すと男達は今にも血管がぶち切れそうな怒りの形相をして、剣をトッティの方に向けるのだった。
「ああん…?テメエから死にてえのか……?いいだろう…こいつをぶっ殺したら次はテメエだぜ。リドルトさんよ、今から死人が出るかも知れねえが、こいつは私的な決闘だ。そこんところアンタらが証人だぜ」
男達は剣を舌なめずりしながら表に出た。
「だ、大丈夫ですか?その戦士さん一人で……いくらティルナノーグの戦士といえど……」
「大丈夫大丈夫。さあ行け我が下僕よ!」
エイジはあさっての方向を指差しながら声を張り上げた。
「俺が殺す!俺がエイジを殺す!いいだろ?ボケボケマンさん」
トッティは憤慨した面持ちで言った。「ああ、いいぜ」と、ボケボケマンは半ば楽しんだ様子で流しただけだった。
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