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第一章・依頼
力比べ
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グラウリー:大柄な斧戦士
ラヴィ:女性鍛治師
マチス:老練な槍使い
トム:小柄な商人
ギマル:北の戦闘民族出身の斧戦士
トッティ:若い鈍器使い
ボケボケマン:オークマスクの魔導師
*
6
「な…来るなって…どういう事だよおっ!」
棘付きの鉄球を手にしたトッティが叫ぶ。だが既に魔導の戦闘に入っているボケボケマンはそれに答える暇はない。彼もまた軽快なフットワークで森に分け入り、敵方の魔導師との距離を詰めようと試みていた。
「どういう事やの? マチスさん――!」
腑に落ちないと言った顔でラヴィは刀を構えながらマチスに聞いた。
「彼は――多分エイジだ……」
マチスはボケボケマンと戦っている魔導師を目を凝らして見ていた。
「エイジ? 誰やそれぇ」
「我々と同じギルドの人間ですよ。ボケボケマンと同じ魔導師のね」
マチスの代わりにトムが口を挟む。彼を含むマチス、ギマル、バニングの四人は事情を知っているようだった。
「……じゃあどうして攻撃してくるんだよッ!」
「……」
*
彼等二人の戦いはデッドヒートを迎えるようだった。魔導師の攻撃魔法は威力の低いもの程射程が長く、逆に威力の高いものは射程が短い。彼等は最初の光球の時と比べて次第に両者の距離を縮めつつあった。鋭い電撃、触れると爆発する真空の爆弾。あわや両者のすぐ脇をかすめていく魔導の威力は明らかに上がっていた。
「これで終わりだぜ!」
蒼い服の魔導師がそう言うと、彼は今まで放った魔導の中で最も複雑なルーンを切り、長い詠唱を始めたのだった。容易ならぬパワーが彼の両掌に集束するのが遠く見る者にでさえわかるようであった。
しかし奇しくもその時同時に唱え始めていたボケボケマンの魔導の詠唱とルーンは、蒼の魔導師のそれと全く同じであった。二人共同時に決着をつける為の魔導として同魔法を選択したのだった!
うねるマグマにも似た凄まじいまでの圧倒感を持つパワーが極限まで高まると、彼等は一斉にそれを放ち合った。
灼熱のエネルギーの奔流は互いにぶつかり合うと、バチバチという音を立てて、一瞬気を抜いたらどちらかにそのエネルギーが逆流しかねない程のテンション(緊張感)を持った激しいせめぎ合いを生んだ。
どちらの魔導師も脂汗を浮かべてそれを相手方に打ち返そうと渾身の力を込めていた。それは四つ腕を組んで力比べをする男二人にも似て、トッティは何故か二人の魔導のせめぎ合いに恨みや攻撃性と言ったものではなく、純粋に己の力量を競い合う男の戦いを見るのだった。それは正に――魔力と魔力の――力比べであった。
両者の魔導を放出する腕が震えだす。限界が近づいていた。
「ぐ、ぐ、ぐぁ―――っ!!」
エネルギーのせめぎ合うその点が、白く発光したかに見えた。大音量と激しい爆風がその場にいる全員を襲い、ボケボケマンと青い服の魔導師も吹っ飛ぶ。
互角のせめぎ合いを長時間しあったエネルギーは、打ち消しあって消滅してしまっていた。
「……」
しばらくしてよろよろと立ち上がった魔導師が、木を背にして立ち上がるボケボケマンの所に歩み寄る。
「……まさかまだ戦うつもり――」
ラヴィがはらはらとした面持ちで言った。しかしその心配は無用であった。
「だーっクソッ、今度こそは俺が勝つと思ったんだけどな!」
魔導師はオーバーリアクション気味に天を仰ぎ見る。
「お前には負けないよ。俺は」
ボケボケマンは静かに言って腕を組んだ。しかしその両足は力を使いきってがくがくと震えている。立っているのもやっと、それは魔導師も同様であった。
「へっ、相変わらずだな…シャ――……ボケ!」
「お前もな」
「はっはっは」
ボケボケマンのマスクの中に僅かに見える、本物の口が笑ったように見えた。蒼い服の魔導師も三角帽を取りほこりを払うと、大声で笑い出す。他のメンバー達もようやく彼等の元へ集いつつあった。
*
「俺はエイジ。天才魔導師だ。これでも一応ティルナノーグのメンバーだから、お前等とは仲間ってわけよ。おい、よろしくな」
エイジはボケボケマンに魔導で攻撃した事などこともなげに馬鹿丁寧に紳士の礼をした。
「ちょっとちょっと――エイジ……って言ったか、アンタ仲間だいうたけどなんでボケマン攻撃したの? そこいらへんはっきりしてもらわへんと、あたし夜も眠れへんわ!」
ラヴィは旅の途中からボケボケマンと呼ぶのは長い、と勝手にボケマンに省略している。
「俺もちゃんと聞きたいよ!」
「ああ――女子供には――おっと失礼。他の者には関係のない理由があってな。俺はいつ何時でもボケを狙ってもいい事になってるんだよ。これはボケが俺を狙うにしても同様の事なんだけどな」
「ハァ?」
ラヴィが呆れ果てたような顔をして言った。
「まぁ説明すると海より深――い深――い理由があってな…説明する気はないけど。ま、そういう事なんだよ。あ、安心していいぜ。他の奴にこんな事しないからな」
「そ、そ――いう問題じゃ……!」
「そういう問題なんだ。ラヴィ」
ボケボケマンがなだめるような声で言う。だって――と納得しかねるラヴィだったが、ボケボケマンのその言葉にはそれで納得してくれと言う無言の圧力があり、それ以上踏み込めなかった。
「実は僕等も知らないんだよ。彼等が戦い合う理由を。何やら本当に深い訳があるらしいんだけどね」
様子を察してトムがラヴィとトッティに耳打ちしてくれた。
「初めボケボケマンがエイジの魔導に直撃していたよね?それなのにボケボケマンに傷が無かったのはどういう事なの?」
意外に鋭い観察力を見せてトッティが言った。
「それは魔法障壁だ。ある一定のレベル以上の魔導師になると魔導に対する見えない盾のようなものを無意識にまとう。それは最初の魔導の様な下位ランクの魔導をほぼ遮断する」
ボケボケマンは説明をした。戦士であるトッティには少し理解しにくい話であった。
「しかし何でここにエイジがいたんだ?」
ギマルが不思議そうに聞く。
「ああ――この依頼の件な、俺の所にも手紙が来て、手伝ってくれってトムから言われてたんだけどさ、最初面倒臭いからパスしようと思ってほっぽっといたのよ。んで、しばらく経ってからもう一度手紙読んでみたらボケもいるって書いてあるじゃん。それなら決着をつけにいこうかってさ、今頃この辺を通ると思って待ち伏せしてたってわけよ」
「ふ――ん……(変で、いい加減な奴……)」
と、ラヴィは思わずにはおれなかった。ともあれそんなわけで自称天才魔導師エイジを加え、一向はバルティモナを目指す。
*
それから約一時間程。予想通り一行はバルティモナ山の麓に辿り着く事ができた。
深い森が開けたその場所に遥か向こうまで連なるバルティモナ高山群の高い岩肌がそびえる。天をつくかのような灰色の岩壁は、およそ人知に介入される事を厳しく拒む大自然の驚異そのものを体現しているかのようである。うっすらと雲がかっている山頂付近には黒く巨大な、不吉な姿の鳥がガーッガーッと鳴いていた。
「ここがバルティモナ山――」
トッティが山頂を見上げたまま口を開ける。
「どうやらあそこが大空洞の入り口でしょうか」
トムが指差した岩肌の先にぽっかりと口を開けている巨大な闇がある。遠目にも幾人かの冒険者達がたまに出入りをしているようだった。
「大空洞に入ったら何日間かは大空洞の中で寝起きを繰り返す事になる。ここらでキャンプを張って入る前にしっかり英気を養っておこう……ん?」
グラウリーはそう言いながら大空洞の入り口の脇に眼を止めた。そこには大きめのログハウスが一軒建っている。
「なんだありゃあ……あんなのあったっけ?いや、待て、あの看板……酒場兼宿屋だ!」
目を細めて見るマチスがログハウスにかかる看板を見て驚いた。
「たくましいっつうか何て言うか…前は無かったのに…」
「でも同じ英気を養うならキャンプよりも酒場の方がずっといいよ。他の冒険者達から何か情報も聞けるかもしれないし。行こう!」
トッティは早く簡易食でない飲み物と食べ物にありつきたいようだ。
「……昔は大空洞の前には冒険を始めようとしたり、冒険を終えて戻ってきた奴等のキャンプがひしめいていたものだった。そうだよなぁグラウリー」
ギマルは親しげにグラウリーに話し掛ける。彼は自分と同じ斧使いであり同じ位の巨漢であるグラウリーに何となく親近感を持っていた。
戦士としての心持ちというものについても、話を重ねていくうちに自分が持っているものと同様のものを持っている人物なのだと見受け、認めていたのであった。
「……そうだな、あの頃と比べると随分ましになったもんだ。トッティの言う通り情報が聞けるかもしれない。行こう」
グラウリーは遠い時代を懐かしむような微笑を浮かべると、ログハウスに向かって歩き出す。
時刻は昼を二時間ほど回っていた。
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